1。初めての盲導犬歩行|
1996年4月の中旬、盲導犬が欲しいと思った私は、早速、関西盲導犬協会に電話して、申し込んだ。
友達の話だと、1〜2年は待たなくてはならないという。人によっては半年ぐらいで訓練に入るとも言うし、4〜5年、待ったと言う人もいるらしい。 いつになるのか全く分からないというのも、落ち着かないものである。 5月に、協会から、家まで調査に来た。 家の中や、周囲、白杖での歩行状態を調査されたようである。 そして、6月のある日、関西盲導犬訓練センターまで、体験歩行に行った。 ハーネスを手に、歩き出したのだが、犬の後ろ足を踏みそうな気がして左足を思いっ切り前に出せない。 訓練士さんからもっと犬に近づいて、そして手の力を抜いてと教えられ、歩いたのであるが、初めは、ぎこちなかったけれど、100メートル歩いた頃、やっと力を抜く事ができた。 白杖で歩くのとは、ちょっと感覚が違うのである。 その時は、まだ盲導犬を信じ切ってはいないので、ぶつかるのではという心配が、体をぎこちなくしていたのかもしれない。 少しずつ慣れ、盲導犬の歩きに合わせられるようになって、ぶつかる心配はないなと、思ってからは、歩くのが楽だなあと感じてしまった。 続いて、わざと障害物を作ってある所を歩いた。 盲導犬の行くようにただ付いて行ったのであるが、左に右にとジクザクであるし、止まったりする。 私は、何故そうなるのかが分からなかった。 後でそこの様子を手で触れながら、まあこんなに迷路に作られた所だったのかとびっくりしてしまった。全然ぶつからなかったのである。 これを味わった私は、益々、盲導犬が欲しくなったのである。 |
2。早くユーザーになりたい|
盲導犬の理解を深めるための、活動グループ、ユーザーの会に私も入会した。
まだ、盲導犬がいただけるかどうかもわからない時であったのだが、色々と知っておきたいと思ったからである。 いろんな場所に出かけて行った。 10数頭の盲導犬と一緒である。私一人が白杖であった。 関西盲導犬協会、日本ライトハウスの盲導犬訓練施設にも見学に行った。 日本初の盲導犬ユーザー、河相さんの講演も聞きに行った。 皆は、盲導犬と一緒にスイスイ歩いて行く。私はといえば、グループの晴眼者の腕を掴まらせてもらって歩く。 ああ、早くユーザーになり、一人でスイスイ歩きたい。とてもくやしい気持ちになっていった。 |
3。危機一髪|
申請してから1年が過ぎたが、協会からは、何も言ってはこない。
電話で何時になるのか聞いてみたが、分からないという返事であった。 今年度は、もう全て決まっているという。 私は、2年以上は待たなくてはならない事を知る。 来年度も、どうなるのかわからない。 こうなったら、盲導犬なんか頼るものか、白杖で、どこへでも歩いてみせると意気込んだりなど、していた。 そんなある日、いつもの様に、地下鉄の駅で、電車に乗る為に、ホームに降りる階段を下っていたら電車が入りますというアナウンスが聞こえてきた。 そして電車が止まった。 私は急いで階段を下り、杖の先を、地面から離して、左右に動かしながら、電車に杖の先が当たる所まで進んで行った。 点字ブロックが足に触れた。 もうここかなと前に進んだが、杖が当たらない。 ドアの中に入ったのかなと更に進もうとしたとたんに、けたたましく電車の警笛がなった。 びっくりして反射的に、一歩下がり、杖を思いっきり引いたとたんに、入ってきた電車に杖が当たってしまったのである。 止まったと思った電車は、反対側の方面行きの電車だったのである。 登り下りの線路をはさんで、両側にホームがある駅である。 私が一歩早かったら、又は、警笛を鳴らすのが一瞬遅かったら、私はこの世には、もう存在しなかったかもしれない。 その日は、一日中不安に苛まれ、もう外出はするのを止めようと思った。 怖くて、家族の誰にも話さなかった。 次の日に、やっと家族に話したら、私の不安と心細さがわかったのであろうか、ちょっと冗談っぽく、聞き流してくれた。 それから少し気分も和らいで、以後、あわてて乗るのは止めよう、杖の先は、しっかり地面をついて行こうと決意したのであった。 そして、こんな時、盲導犬がいたらと、益々、思いは強くなっていったのである。 |
4。共同訓練の日程決まる|
申請してから、2年が過ぎた。私の視力は眼前手動に下がっていた。
盲導犬の理解を深めるために活動していたユーザーの会が、解散する事になった。 阪神タイガーズの元監督さんだった、藤田平さんが、毎年、チャリティゴルフをされ、この会に寄付して下さっていた。 解散になり、私が、長いこと待っている事、地下鉄駅での事などを知って、盲導犬を私にという話が出てきたのである。 諦めかけていた私は、もう、嬉しくて嬉しくて、その会のメンバーと、チャリティゴルフを毎年され、寄付して下さっている藤田、元監督さんに、感謝の気持ちでいっぱいになった。 遅くとも1998年度内には、できるだろうという話が聞こえてきたのである。 それからというもの、盲導犬に関係する本を図書館から借りてあれこれ読み始めた。 そして半年後、共同訓練に、入る準備の為、関西盲導犬協会から家に調査に来られた。又、白杖歩行状態等を調査されたようである。 そして、10月のある日、関西盲導犬訓練センターまで、私に適した盲導犬を決める為もあるのだろうか、面接や、細かい調査があった。 盲導犬の候補犬と、体験歩行、私の環境認知の状態なども調べられたようである。 最後に、この候補犬の性格や、名前等を教えられ、この犬で良いかどうか訪ねられた。 私は、オードリーという名前がとても気に入ったので、この犬で良いと答えた。 11月の初め、訓練センターから、11月24日が、共同訓練の入所式に決まりましたと、連絡が入った。 申請してから2年7ヶ月、待ちに待った盲導犬ユーザーへの道がやっと開いたのであった。 嬉しくて嬉しくてたまらないのと同時に、今度は、私も、ユーザーになれるのだろうかという不安が新たに出てきたのであった。 |
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