こここは、田中康夫・長野県政を監視するためのウェッブ・サイトです。(2000年12月8日開設)
 当サイトはリンクフリーです。Yahoo-JAPANからは登録を拒否されましたが、リンクの許諾を私に求める必要はありません

県公共事業評価監視委にみる理不尽な人選 (06/17)

 すみません。またまた更新の間が空いてしまいました。脱・田中県政ネット(←日を追うごとに編集のスキルが上がってゆくのは執念を感じますね)選挙の裏社会も、この所更新頻度が上がっているので、私も置いてけぼりを喰わないようピッチを上げたい所ですが。

 些末なことですが、勝谷先生の月曜付日記にある「まず全省庁の局長以上の辞表を預かる」、という発言は小沢一郎のものではありません。サンプロにおける発言は10時49分前後で、発言者は小沢党首では無く民主党の鳩山党首でした。ビデオで2回見て確認しました。

※ 先週の首相官邸有事法制の意見聴取後のぶら下がりにおいて。
「議論はたたき台というものがあって、しかしこれはたたき台のレベルにも達していない」

 いや、そういうことは、普段叩き台のレベルに達している議論をしている人間が言うべきことだと思うが。

「辻の本を読む女は『ダメンズウォーカー』だ」
「辻のバンド・・・『アホーズ』だっけ?」

 Yahoo-JAPANの掲示板より。これは、MBSラジオでの放言だそうです。ちなみに、この発言の後に続く北岡俊明『「論理的に話す力」が身につく本』(PHP)の紹介もなかなか面白いです。私、今日書店を探しまくって入手しました。初版は去年の4月。今年の五月末に再販が懸かっています。この頃は、「論理的」なる言葉を用いた本が売れているみたいで(ちなみにこの本は四六のソフトカバーですが、自己啓発のコーナーにありました)、お求めの場合は間違えないように注意して下さい。
 この本、なかなか面白いので、ぜひ県庁の売店に積んで欲しいですね。せめて県庁内で回し読みして下さい。そうすれば、田中康夫の言っていることを理解できない自分たちは至極真っ当なのだという自信が身に付きます。

 辻仁成かぁ……(~_~;)。放っときなよ。いや、同業者が辻ファン(なるマスの集団が世間に存在すればの話だが、たぶんそんな連中はいない。代理店的手法が好きな連中が、辻仁成というブランドを担いで、御輿にのっかって一儲けしようと企み、そこに自分の役回りを招致して演じている男がいるだけの話)をバカだのアホだの罵る権利はあるかも知れないが、少なくとも、純文系の同業者にしてみれば、「田中康夫にそれ言う資格ってありか?」でしょう。
 しかし康夫ちゃん、今でも自分は作家だと思っているんだろうか? だとしたらそっちの方が「重傷」だと思う。作家として長続きしなかったというコンプレックスでもあるんだろうが、物書きなんざブロックバスターを一本出せば十分、だいたいあんたは批評家として十分な評価を得たじゃないか?

※ 松本市役所公費サッカー観戦
 しかし信濃毎日という所もあざといですな。こんな些末なことを記事にする。記事とセットで、早速「県民オンブズマン」(その実態は、しなやか会と一体)のコメントを取って報じるのですから。
 観光で韓国に行くというのならともかく、松本市の助役や、議会議長さんが、どうせ康夫ちゃん派から後ろ指刺されることは解りきっている公費出張という形を取ってまでサッカー見物に行きたいほどのサッカーファンだとは思えない。ご本人たちにとっては難儀なことでしょう。随行する職員にしても、もしサッカーファンなら、他の試合を見たかったかも知れないし。

※ 県公共事業評価監視委の新委員決まる
 この人選は、二つの意味で酷いと思います。もう滅茶苦茶。
たとえば、県治水・利水ダム等検討委員会で、法政大の五十嵐先生がいらっしゃいます。この人、いつも遅れて委員会にいらっしゃいます。東京からですから当然のことです。皆勤賞でも無いのに、あまりにも議論していないことが多いと言ってみたり、かと思えば、いざ出鱈目な答申が出たら、積極的に支持する。
 もちろん、県外の人間ならではの視点もあるでしょう。長野県は金がない金がないという状況で、二人も委員を増やして、県民は半分以下の5人。女性が一人もいないとか、まあそういう問題でも無いと思うんだよね。それはそれで大きいと思うけれど。このメンバーを全員会議やら何やらで県内に揃えるなんて、まあ県内出身者ですら無理でしょう。判断が分かれた時に、賛否両派から、説明の手間暇を二十三重に払い、なお全員に必要な情報を与えるのは、物理的に無理ですよ。
 人物的な基準を云々言う前に、県治水・利水ダム等検討委員会の教訓が全く生きていない。

 もう一点は、「県治水・利水ダム等検討委員会」に見られるように、結局この人は、この手の審議会に丸投げてしお墨付きを出して貰うことの旨味に味を占めてしまったわけです。それを批判していた人間が、やっぱりミイラ取りになったんだな。
 この手の第三者機関の中立性ということを考えた時に、この人選というのは、田中康夫が言うこと決めることは正しい、議会や県庁が決めることは間違っているかも知れないという大前提が必要になるわけですよ。だってこれは康夫ちゃんの好みで全員選ばれた人たちですから。康夫ちゃんが決めたことには反対のしようもない。県治水・利水ダム等検討委員会が結局そうだった。
 せめて、中立を装う人選にするために、半分は知事たる自分が指名させて貰うけれど、半分は議会からの推薦を戴きたいという程度のことは言うべきでしょう。これでは、じゃあ、以前の県公共事業評価監視委と何処が違うんだ? ということになりかねない。だって、今度のメンバーでも、県知事の言うことは精査せずに了承するわけでしょう。だったらこんなもの要らないでしょう。
 これが県議会の予算承認事項であれば、蹴って良いと思いますよ。このメンバーには妥当性が無いし、県外者が中心では、物事の精査に労力も時間も割けないからと。

ところで、以下が信毎の定例会見のダイジェスト
 ―公共事業評価監視委員の人選の基準は。半分以上が県外者で、女性は一人もいない。

 知事 公共事業のあり方は税金の使い方であると同時に社会のあり方でもある。県や日本の社会の明日を考える言葉を持ち、県民に分かりやすく伝える力を持った方を選んだ。いずれも広い視野を持った方だ。結果として男性ばかりとなった。

以下が味も素っ気もない信毎とはひと味もふた味も違う産経のダイアリー

【14日(続き)】 続く午前中の会見。知事がすべて選んだ県公共事業評価監視委の12人は「県外の方が多い」に、憮然(ぶぜん)とした表情で「この(会見出席者の)中にも県外からお出でになって間もない方が県内の事情に精通され、日々プロフェッショナルな表現者(報道陣)として報じられているわけで」と反論。「女性がいない」には「女性がいると何か違うんですか?男性ばかりでは何かいけない理由があるのですか?」とそっぽを向く。

 続いて質問する本紙記者から「お話、ちゃんと聞いていただけますか?ちゃんと正面向いて、下向かず」に「ちゃんと聞いてますよぉ」とようやく目線は報道陣に。同評価監視委の明確な人選基準・理由?に「全員が公共事業の、長野県の、日本の社会の明日を考える言葉を具体的にお持ちで、県民に分かりやすく伝える言葉の力をお持ちの方」。人選理由を個別に公表する考えは?に「(各委員の)名前がすべてを物語っている」。「名前を見てもよく分かりません」(本紙記者)に「困りましたですねー」と何人かの新委員の名を挙げて批評し「私、(本紙記者に)ぶら下がりをいつも…」などと説明を続けるのを嫌がるため、「ぶら下がりの度にお伺いしていいですか?一人ひとり」(同)に「どうぞぉ。もちろん」と許可。「前回委員(10人)を外した理由は?」(同)に「取り立ててございません」と一言。「土木部推薦の委員候補者を外した理由は?」(同)に「これまで(部局案が)追認されていく形であったと思う。人選は知事が行う形」。

 いや、産経記者ご立派!(^o^)。やっとこの人たちも、面と向かって「名前を見ても解んないよ」と言えるまで成長したんだね。

「この(会見出席者の)中にも県外からお出でになって間もない方が県内の事情に精通され……」

 これは、読売新聞が隣県版を配った時にも、似たようなことをほざいてましたが、まあねぇ、公の仕事と民の仕事を一緒くたにされてもねぇ……。

「女性がいると何か違うんですか?男性ばかりでは何かいけない理由があるのですか?」

 この人のフェミニズム精神なんてのは、所詮この程度のもんだよね。ご都合主義の最たるもの。女性はこういう場で、まずスタートラインに就くことをすら許されて来なかったわけで、「女性がいると何か違うんですか?」は、やっぱり女性が聞いたら脱力せざるを得ないでしょう。K嬢でも入れりゃ良かったじゃん。
 いずれにしても、この件は、県議会で、はっきりと「この人選は認められない。予算は出さない」と明言すべきでしょう。デタラメの度が過ぎている
 日曜日は、県政会のイベントで石田名誉団長が「不信任云々」と仰ったそうですが、この集まり、ウェッブ上では実は産経だけが報じているけれども、大宅賞作家の小林照幸氏の講演があったんですよね。どういうお話だったのか私はそちらの方に興味があるのですが。

 さて、今日は本当は、インフィオラータの開けてびっくり無駄遣いや、脱ダム答申の話まで書きたかったのですが、ちょっと作業時間が押してしまったので、また明日火曜日の夜までにアップとします。
 そうそう、田中康夫名言集を2ちゃんからお借りしましょう。解釈は私ですが……。

「結果として」−−−−つまり過程はデタラメに満ちているということを自ら認める時の科白。
「いい意味で」−−−−適当な言葉は思いつかないが、罵倒ならすぐ出てくる。それをオブラートに包む時の常套句
「ありがたいエールとして」−−−−本当は二言も三言も言い返したいが、頭に血が上っているので、せめて自分はウイットに富んでいる人間であることをアピールするために、こう応えておく。
「それはあなたのお考えです」−−−−自分の考えがとうてい世間に受け入れられないと負けを悟った時の逃げ口上。
「名前が全てを物語っている」−−−−自身たいした付き合いも無い人間をむやみに引っ張ってくるもんだから、何しろ説明のしようがない。そこで、この王様の服が見えないのか!? と開き直る。



稼ぎを公開できない本音 (06/10)

 昨日のTBSの報道特集で、SBC放送上條記者取材による、パトカー追跡巻き添え事故のレポートが放映されました。
 全く気の毒な事件ですけれど、これで長野県警を責めるのは無理ですよ。こういう事件になると、公はある部分遺族の逆恨みを受けるしか無いけれど、現状では、逃走する意志を持った人間の車を停止させることは不可能です。取り締まる側の意志や技術が全く及ばない行為であって、それで公を訴えて、応訴費用を税金から支出させるというのは納税者にとって迷惑な話でして、私は、こういうケースで世間やマスコミが遺族に取り合う必要は無いと思います。われわれに出来ることは、遺族のカウンセリングに力を注ぐことくらい。

「司法の場できちんと責任が誰にあるのか、明らかにしていただくことが、痛ましい事故でなくなられた2人へ、向き合って対処すべき姿勢」と応訴の方針を明らかに。23日会見

 これではいかにも遺族に同情し、遺族の立場にあるように読めるが、実際に県が取った態度は「県警は悪く無い」であって、これは誤解を招くような発言でしょう。司法が判断するだろうなんてのは、第三者が言うべきことであって、一方の当事者が言うべきことじゃない。こういう時には、「お気の毒であるが、県警の判断は正しかった」と明白に言うべきです。為政者が、自分一人安全地帯に置いて無責任なことを言うべきではない。

※ 脱ダム答申が描く未来像
「すっきりしないまとめ方だったが、結論は是としたい」(石坂千穂・共産党県議団長)との意見は県議会では少数派だ。

 これは毎日新聞の9日付けの記事ですが、あの共産党ですら、その結論の纏め方に相当の無理があったことを認めざるを得ないほど酷い答申だったことを暴露している。しかし、日本共産党が信用ならん所は、普段は、散々手続き論で「それは無効だ」と保守政権にイチャモン付ける集団が、いざ自分が与党側に回ると、涼しい顔して頷く所ですね。
 土曜日は、脱ダムネットの決起集会で500人も集めたそうで、前日でしたか、支援者集会で60人しか来なかったという報告もありましたが、なかなかどうして、本人が顔出さないのに、昨日の今日でこれだけの人数を集められるのはたいしたものですよ。

 ちょっと、将来的なことをつらつら考えています。国交省が河川改修の許可を出す出さないという話がありますが、たぶん出すでしょう。下諏訪に関しては、やり方は簡単で、ダムと見まがうばかりのコンクリがちがち改修をすれば良いだけの話ですから。それに、話題の県知事が選択したことを国が駄目だと言える時代でも無し。
 ただ引っ掛かるのは、結局その河川改修は、脱ダム派が主張した、かなり低い基本高水流量の基準で行うしかない。だって、ダム推進派の基準を元にしては、実はダムが適切でしたということを認めることにもなるから。ここで問題になるのは、これは、当然洪水の発生確率を上げることになる。ダムがあれば冠水せずに済んだ家々が水に洗われるリスクを高めることになる。
 何度も言いますが、われわれが持っているのは、過去の経験則、それもたかだか百年のものであって、未来の、今まさに直面している気象激変期を想定したものではない。恐らくは、数十年内に、過去より高い頻度と可能性で、住宅密集地の冠水を発生させるような集中豪雨があるでしょう。それが明日か、40年後かは解らないけれど。必ず、ケチった基本高水流量が痛い眼に遭う日が来る。
 今は熱病に憑かれたような民衆も、いずれはその冷厳な現実に気付く。立派な護岸で固められた砥川の水面を見下ろしながら、やっぱり不安に駆られる。田中政権が何期続くかは解らない。仮に2期続くとしても、6年後には多選を問う選挙がやって来る。私には、その時、脱ダムの継承が選挙の焦点として生き残っているとはとうてい思えない。
 6年経ったら、やっぱりあの時の判断は間違っていた、ダムは必要だという議論が必ず起こるでしょう。そしたらはわれわれは、ほとんど倍の予算を投じて、ダム並みの河川改修も、そしてまたダムも造らねばならないという二重の過ちと、二重の出費を強いられることになる。
 あなた方は、6年後、ダムを止めたことの理念を記憶から呼び戻す自信がありますか? あるいは、自分の子どもたちに、この川は、ダムを造らないことによって危険なままだが、それでも、あの時の選択は正しかったのだと胸を張ることが出来ますか? またお宅の知事は、ダムを排除することによって、住民のリスクが増すだろうことを、率直に認めて、県民に説いて回れるだけの度量と覚悟と人徳を持っていると思いますか?
 20年も経ったら、いつのまにか、ダムに匹敵する遠大な護岸と、ダムがそこに両立していた。結局は税金を二重に無駄遣いし、土木建設業界を倍に潤して、二重の環境負荷をやってのけたという、歴史の皮肉が待っているかも知れない。
 半世紀も後のことなら、未来人の知恵と技術に委ねれば良い。でも、20年後のことは、われわれで決着し、その覚悟を末代まで語り継がねばならない。

※ しなの鉄道社長をH.I.S.から
 この新社長。たぶんもって2年でしょう。2年経ったら、さっさと辞表ですね。私はスカイマークに期待しているので、あまりH.I.S.の悪口は言いたくないけれど、それにしても代理店としてのH.I.S.は使えない会社です。そういう印象しかない。

※ 溜まっていた産経のダイアリー、一ヶ月分

「人間わがままじゃなきゃ、改革なんかできません。わがままを批判する人は、改革を逆戻りさせたい人ですね」9日版より

 たわけ! 鼻で藁っちまうような負け惜しみですな。もしそうなら、小泉政権を批判しているあんたも改革を逆戻りさせたい人ってわけだ。本音は、去年の今頃と同じ。俺の批判をする奴は北朝鮮へ行けだろう。だいたい、わがままというのは、単純に個人の性格を言うのであって、政策を評する言葉じゃない。この科白は、民主主義の手続き論を性格論議にすり替えたいだけでしょう。

 私は意欲ある市町村に一般論として、私たちが支援することはある。いい意味での市町村の格差、区別が出るのは望ましい。それで県内の人口動態が出ることも望ましいわけでね」 6日

 これは、れいの乳幼児窓口無料化制度に関する科白ですが、現場にとっては、これは意欲のあるなしという問題ではなく、財政に余裕があるかないか? という問題。そりゃ都市部は可能だろうけれど、郡部では土台無理な話。それで人口動態が出てもやむなしというのはあまりに無責任な話。どうしてこんな重大な問題発言に、誰も抗議しないんだろう。

 県産農産物のブランド化には「なかなか長野県のアイデアは、国や他の県がパクる(盗む)。他県では評価される気がするが、県内で理解を得るには時間がかかる」と自問自答。将来の長野県は「都会と格差がないように。もう一つ、日本におけるスウェーデンを目指す」 6日

 いや、そのブランド化とかは他県はとっくにやっているし、たぶん貴方が旗振ってもこけるだけ。今時、なんでもスイスだの北欧だのの名前を出せば世間が踊ると考えるのは、30年くらい頭が古いんじゃないのか?

 公用車で退庁。歩いて約5分の長野市・県信用保証協会へ。5分、同所で同協会幹部らと意見交換会。知事は「事業者からよく聞くのは、保証までいかず、『信用保証協会は慎重な審査をするんだろうか』と」と皮肉交じりで積極的な融資をするよう“かみ付く”が、同協会側からは、融資相談が金融機関経由がほとんどで、保証承諾率(事前相談に占める保証承諾)は99・6%と説明があると「保証した数が99・6%だと、私どもに届いているのは0・04%(実際は0・4%)の県民からの声に過ぎないということですか?私どものサンプリングは、大変偏った県民の声を聞いているということでしょうか?」と“返り討ち”に不満を示す  5日

 この問題には一言。あんたそれ言うんなら相手が違うだろう? まず芽野さん相手にそれを公の場で訴えなさい。

 【28日(続き)】 9時24分、松本市の長野朝鮮初中級学校へ“異例”の初訪問。校長室で名刺交換後の37分、

 この朝鮮学校訪問の件ですが、この後の記者会見でも謝罪はしないことを言明しているる。私は、この5月中の発言を通じて、この件と、バイト収入を明らかにしない件に関しては、「今月の卑劣漢賞」を捧げたいですね。
 結局この訪問は、総連からの暗黙の停戦提案ですよ。補助金が欲しいから、あんたの発言には目を瞑ってやるという暗黙の意思表示に、康夫ちゃんは飛び付いた。まあ政治家ってのは、いつも自分が握っている利権をバックに、他人の弱みに付け込むんですな。

 この日、公示された税務署の高額納税者に知事の名前がないとの疑問には「(公示対象の所得税額)1000万円以上(本当は1000万円超)に至っていない。収入ではありませんから」。知事報酬以外の収入について公表の考えはないかと突かれ、ただ一言「現時点では特に考えておりません」。18日 16日会見から

 本音を言うと、これだけで一項目作って、タイトルとして目次に残しておきたいのですが(でもやっぱりタイトルにした(^o^))、公務に影響を及ぼしてまで励んでいるバイト収入を明らかにせよという声が長野県内に無いというのならまだしも、なぜそのつもりがないのか? 理由は単純で、後ろ暗い、県民に説明できない稼ぎが山ほどあるからですよ。出版社やテレビ局からの支払い調書の一枚一枚はとても世間には公に出来ないという後ろめたさがあるから公に出来ない。たぶん、政治家ランクでは無く芸能人ランクでのギャラをあちこちで貰っているから、その稼ぎはとても公に出来ない。
 たとえば、去年の田原総一朗との共著「脱ダメ日本宣言」の発売は、遅れに遅れたでしょう? あれはなぜかと言えば、発売日を遅らせて、印税収入を翌年に持ち越し、膨らんだ去年の稼ぎを圧縮するためです。そういう絡繰りを随所でやっていることもバレてしまう。だから隠し通すしかないのです。隠すべきことが無いのなら、堂々と公表すれば良い。ラジオ番組一本一本の支払い調書に至るまで。

 現状の土地改良事業に疑義を示す観点から、「これからの土地改良は大きくしてしまった水田を小さくしていく。ダウンサイジングの時代でしょ。分社化の時代なんだから」。そんな知事の発想に、永井順裕・須坂市長からは「知事、それは現場へ行けば、違うと分かります」と“現場視察”を進言する。16日

 一言。アフォ〜。この人は、なんでもかんでも、マスなものをを批判してミニチュアに訴えれば世間を欺けると思っている。詐欺師でも下の下の手口!

「為政者というものは、ねぇ。アラファト氏にしたって自分の命と引き換えにね、何人かを国外に追放しちゃったというか、イスラエルにあげたようなもんじゃないですか。権力者ってそういうものかもしれないけど。それは権力者じゃないと私は思う。権力者は市民のために、まさに自分を犠牲にする人であってね。ああいう人は権威者」とも。15日

 そういうことは、せめてバイトを今の半分に減らし、自分を犠牲にしている所を県民に見せてからにしなさいって。そりゃアラファトだって怒るぞ。

「社民党というのはろくでもない。自民党もだけど。辻元なに?あれ。参考人招致で『すべて私がワルーございました』と。ほんとのこと、おまえ言えよー、という話でしょ?(中略)私は友人だったけど、ほとほとあきれたね。(中略)それで、何か変な本出しただろ?とんでもないねー。男が悪いんだよ。取り巻きが」15日

 誰だよ、その社民党の議員と、ヤスキヨだ! とはしゃいでいたのは? うーん。しかし取り巻きが悪いんだよ、取り巻きが。あんたもそれに気付けよ、いい加減。と言ったって、取り巻きを持つ政治家は、何もかも失って見なければ、自分が裸の王様だったことには気づきはしないんだよね。

「国会議員はおいしいんですかねー?長野県議もおいしいこと、あるんですかねー?長野県はもう(おいしいこと)なくなったと思いますけどね」。15日

 長野県議はもうおいしくないかも知れないが、長野県知事にはおいしい稼ぎが一杯あるじゃないか?

※ インフィオラータ
私、しつこくこれを追求します。

 インフィオラータの花びらを結局、堆肥(たいひ)化せず、ごみ処分とした点には「皆様への途中経過への報告の部分が十分でなかったのは、今後の糧にしたい」。5月1日

 アホな話でね、考えてみりゃ堆肥の材料に花びらなんぞ使ってどうするんですか。こんなもの最初から絵空事ですよ。そりゃ、「これは無農薬で育てた作物や花です」という、実際は化学肥料をばりばりに使った畑に、アリバイ作りに堆肥を撒くのならともかく、花びらなんぞで作った堆肥にどれだけの肥料価値がありますか。

 長野のインフィオラータは、「全体の調和ができていない」神戸や東京・晴海のものと違うと強調。また「思いつきのジグソーパズルが段々埋まって、皆様に理解される」として、県の今後5−10年のデザインを何人かの人と共同立案で今秋に発表する方針を明らかに。20日

 メディアは誰も書かないけれど、日本各地で行われている同様のイベントというのは、たとえば子供たちが、自分たちの絵を下にして花を敷き詰めて行くスタイルのものです。下手くそな絵を拡大投影して花びらで飾り付ける。それがメインらしい。まさしく彼が「全体の調和が出来ていない」と扱き下ろすのが、市民参加のインフィオラータですよ。所が、田中康夫が拘ったのは、イタリアからのデザイナーを招いての、緻密に計算されたシンメトリーな「絵」だった。まさに、新聞の一面をカラーで飾れるような絵を欲しがった。行為とか過程とかはどうでも良い。そんなもん無くたって、自分がテレビに出てラジオに出て、あるいは雑誌で「ボランティア」「手作り」「自由意志参加」「25万人」と嘘も百編繰りせばそれで通るんだから。
 彼は実は、このことを結構気にしていたらしい。いろんな所で、調和だとか、プロのデザイン性を褒めちぎっている。恐らく制作過程で、話が違うじゃないか? 等の批判が、現場からあったのでしょう。だから後々取り繕う羽目になった。
 実際は動員に過ぎなかった子供たちに、目医者に通わせてまで作らせたものは、ボランティアや手作りという美名とはほど遠い、知事による知事のための、お仕着せのデザインとイベントに過ぎなかったという事実は覚えておきましょう。

※ 鉄のカーテンが降りる時

「時間があればぜひ(同省へ)来てほしい」(王局長)の要請に「長野は私と一緒に、まさに皆さんよりも遅れて“大革命”を行っている最中で…(中略)…私は常に県民に“すべて”を見せることで革命ができると思う…(中略)…小異もすべて明らかにし、知らせていくのを良いと思っていない人もまだまだ長野県にはいるかもしれないので、長い期間、私が河北省に行くと、せっかくガラス張りにしているのが、しばらくいない間にここ(知事室)のカーテンが閉じられてしまうと…。県民のための革命が、成果が出てから訪れたい」と“公約”実現の条件付きで約束。10日の産経のダイアリー

 先日のリナックス・ワールドでも、ガラス張りの知事室に関して、「公開されていることによって、誰も後ろ暗いことは出来ない」と自慢していたけれど、秘密にしたい接触は、三階で行われていることは、早くから指摘されていた。つまり彼にとって、「公開」の意味する所は、自分がそのガラス張りの知事室に入っている時、その空間のみであって、その部屋の外のことは全く別です。

*「スキー再興戦略会議」の初会合 これ、頭撮りを除いて非公開でしたね。
*「しなの鉄道経営改革評価委」 公開→一転、知事が非公開容認
*「信州ものづくり産業戦略会議」 これも非公開
*「こども未来センター」 いつのまにか非公開が当たり前になっている。

*「県治水・利水ダム等検討委員会」は、唯一、部会を含めて公開されている所だけは評価できたのに、最後の最後に非公開にして、大きな汚点を残した。唯一双方が評価できる「公開して透明性を確保した」という誇りをチャラにした。しかも、最後のプロセスを非公開にする合理的な根拠が何ら明示されていない。

 行政の情報は、原則公開です。非公開にする場合は、非公開にする理由が無ければならない。それがこの人の理念だったはず。それがいつの間にか、2年も経たずに、原則非公開、批判されても公開はしない。しかも非公開の理由すら教えないという体たらく。「スキー再興戦略会議」なんざ、参加者は、全員、メディアの申し子のよう人々で、撮られてなんぼの人々ですよ。何を非公開にする必要がありますか?
 先日、テレ朝の記者が、談合情報があった入札の画面撮りを拒否されたことを訴えた時には、随分威勢の良い反応を見せたが、こと自分が関わる問題に関しては、原則非公開の流れに全くお構いなし。
 あっさりと、自分の稼ぎを詳らかにしないことを述べる辺りも、その延長線上にある。どうせ非公開にしたって、全国紙が騒ぐだけ、信毎に批判されるわけでもなし、という驕りがそうさせている。
 田中康夫にとって、いよいよ「情報公開」は、実態を伴わない単なるスローガンになって来た。



速報・「脱ダム」で答申/浅川・砥川ダム検討委 (06/08)

 ま、予想された答申でして、問題は、宮地委員長が、こういう答申を出すことの正当性をどう繕うかでしか無かった。
 長先生の昨夜のレポートの最後の下りと私の感想は一緒でして、こういうことなら、部会所か、委員会そのもので討議を繰り広げた意味すら無かったではないですか? 委員会の勢力比は、知事によって任命された時点でおおよそ解っていたこと。その人たちが、任命された瞬間に挙手して、多数決で決めればそれで良かった話。いったい、部会での議論は、どこに反映されたと言えるのか? こういうやり方だと、今後その、税金もかかれば、事務局に人も出さなければならない県庁側が、部会はもう要らない。要らないから、部会審議は止めようという暗黙の圧力を、部会審議の無視という形で指し示したとしか思えない。(基本高水の論議はどこに行ったの? 水源問題のいったい何が解決されたの? はたまた最後の最後になって公開が大原則だった委員会の意見書の非公開は何? だいたい、なんで浅川と砥川の主文が同じ内容なんだ?)
 徒労感を覚えるのは、委員の任命責任を問うと、知事は、委員会そのものの設置は議会が求めたことだと責任を回避転化することですよね。私は、部会があれほど分裂して、結論を出せなかったことをもっと尊重すべきだったろうと思いますよ。委員会は、そのまま両論併記で答申を知事に出せば良かったのですよ。その答申を元に最終決定を下すのは知事であり、それを審査するのは議会であるべきなのだから。それが嫌なら住民投票するしかない。

 昨夜12時過ぎのNHKの深夜のニュースで、答申の風景が流されていたけれど、全国的には、いかにも第三者が公明正大な判断を下したかのような誤った先入観を国民に与えることになる。恐らくは、この一年間の部会委員会でのやりとりは、東京のマスコミ的には全部無視して、その結論だけが一人歩きし、知事は、堂々と、ダム計画を止められる。

 私は、「茶番劇」という厳しい言葉は遣いたくないけれど、少なくとも結果を見る限りに於いては、これは初めに結論ありきの「茶番劇」だと言わざるを得ないでしょう。税金の無駄遣いであることは言うまでもなく、民心を愚弄する行為です。田中康夫が就任当時に口を酸っぱくして批判していた、行政主導による環境アセスメントの類と何ら変わらない。攻守が逆転しただけ。
 読売のサイトで、鹿川庸一郎記者が、知事は住民一人一人を説得して歩く覚悟で当たるべきだ。と書いているけれど、この問題をここまで拗らせた原因は、あるいは、この問題のボタンの掛け違いは全てそこから始まっている。最初から私がしつこく書いて来たように、まさに田中康夫の無責任体質がもたらしたことです。
 脱ダム宣言文の執筆や拡販には、頭も労力も使うが、彼は現地に入って、地元住民を説得しようとはついぞしなかった。お膝元の浅川に関しても同様。自分では全く汗を掻こうとせずに、住民に背中を向けて、ひたすらメディアのスポットライトだけを求めて、広告代理的なプロモーション活動に終始した。それが、本当はダムは要らないんだけどなぁ……と思っている人々を多数白けさせる結果となった。そのことを本人は決して認めないだろうし、彼の近くにいる多くの支持者たちも、私と同じ考えを抱いているけれども、口には出せずにいる。
 田中康夫は、たぶん今後とも変わらない。一、二度、現地に乗り込んだ「振り」をして、そこをテレビに撮らせて、いかにも地元民を自ら説得しているような光景を全国にばらまいてことを強引に進めるでしょう。かつて、公共事業を強引に進めた行政がそうだったように。現に、一度は自分が反対しながら、今は推進する側になった産廃処理場問題がそういう経過を辿っている。
 なお、昨日の委員会の動きに関しては、Yahoo-掲示板のこの辺りからお読み下さい。hiyokunoti 氏の詳細なレポートがあります。


※ 知事と部局長との空証文 (06.05)

一方で長野県は官と民との関係においてまたも革命。http://www.pref.nagano.jp/hisyo/kyouyaku/kyouyaku.htm。先日来書いているこの国の「官」による「民」への植民地的支配を打破する画期的な方法。選挙で選んだ知事というのは県民の代表として役人を使役する立場だったんですよ。ほとんどの県のみなさん知ってました?(笑)。もちろんあらゆる議員も首長もそうだ。この「協約」の意味、それぞれじっくり考えてみて下さい。勝谷先生月曜日記より

 底抜けにメデタイ。これの何処が革命ですか? この「協約」にいったいの何の意味、どれほどの価値がありますか? 40歳過ぎてたわけたことをいわんで下さい、文春のデスクまで務めたお人が。人生の半分をメディア業界で過ごした貴方は、役人の文書も読めないほどの能無しですか?

 まず基本的な部分で、なんでこれ、県民との協約じゃなく知事との協約なんだろう。この人、「脱アメリカ」と言いつつ、発想はアメリカのビジネス・モデルそのものなんだよね。知事は、県庁内ではヘッドに過ぎず、知事が県民の代表となるのは、主に県の外に対してでしょう。論理的な整合性が無いんだよね。知事との協約なら、そりゃ所詮身内の約束ですから、重みもたいしたことは無い。

 全部読みましたが、キーワードは、県政改革ビジョン、ボランティア、NPO、それら康夫ちゃんが好きな言葉を散りばめて適当に美辞麗句でペーパーを作っただけ。
 企画局長のペーパーは何ですか? 衛生部長のペーパーは、拍子抜けも良い所。辛うじて好感が持てるのは、期限目標が明示された総務部長と農政部長のペーパーくらい。この二人の力の入れようは、実際にファイルのバイト数で現れている。
 もし私が知事なら、たとえば、住宅部長に「今年、うちは所得制限オーバーの入居者100人を公営住宅から退去させます」とか、これは生活環境部の担当になるのかな? どこそこにいついつまで産廃処理施設を作らせ、同時に、この地域のゴミをいくら減量させます、ということを期限付きで銘記させる。つまり、県民がハラハラするようなシビアな目標を掲げずして、美辞麗句で飾り立てた営業目標に何の値打ちがありますか?
 各部局、書式もバラバラなら、意欲もバラバラ、少しは何処かが音頭を取るなり、知事が精査して、「これは期限を入れるべきじゃないか?」と指導すべきなのに、全く誰かが事前に目を通した形跡が見られない。

 さて、私は、職員の中でも、部局長とは、県政における各行政執行部門の責任者、民間企業に例えるなら、いわば「執行役員」であると考えております。と同時に、所属する部局の利害を越え、県政運営全体に関与し、トップ・マネジメントを支える、いわば「ボードメンバー」(board member:重役、役員)でもあると考えております。これまで、私が「県政改革ビジョン」等で県民の皆様とお約束をしてきた事柄も、部局長との共同作業により具体化が図られてまいります。

 あんたが本当にこんなことを考えているとしたら、その執行役員が提出した営業計画を、右から左へ斜め読みで流して三文判を押した無能な代表取締役をまず最初にクビにしないとね。こんなのを株主が読まされたんじゃたまらない。

※ しなやかな長野県を育む会
 ページのデザインが変わりました。会長紹介のページというのがありまして、穂苅甲子男さんという方が、れいの松本駐屯地イベントで、ずぶ寝れになりながらの閲兵風景に感動したことなどを述べてらっしゃるんだけれど、まあこの際、危機管理の観点から言えば、そうすることによって県知事が風邪をひき、病床に伏して県政が滞る危険を考えるなら褒められた行為ではないという突っ込みはさておき、本来なら政策で評価すべき所が、こんなパフォーマンスで褒めるしかない。日垣隆にしてもそうだけど、この知事さんは、支援者がヨイショに困るほど実績の無い人なんだろうかとクビを傾げちゃいますよ。
 リナックス・ワールドのレポートが追加されました。これは斉藤さんではなく、高橋さんが行かれたのでしょうね。でも500人もいなかったですよ。たぶん上を見て400人くらいだなと私はカウントしましたが。あげくにオープンソースには無縁な集まりだったしぃ。

「インターネットメディアでも、田中県政や田中知事個人に関して、応援するものから批判するものまで様々な情報を見ることができます」

 こんなことをお書きになるのであれば、リンク集から脱・田中県政ネットを削除するような、オープン・ソース、オープン・マインドに反するみっともないことは止めましょうよ。あなた方は今、自分たちの世界観に閉じこもり、リナックス的な世界観から最も遠いことをやっています。ところで、最後のマンスリーボイスからすでに一ヶ月と一週間が経過しようとしている

※ ■2002/06/05 (水) 要求監査の結果報告(1)
○4日昼、知事からの要求に基づき行なわれた県議海外視察の結果報告があった。私は、報道の方々と同様に知事室にはいり、報告の始終を聞くことができた。私のほかにも、「長野県議員ふしぎ発見」のページで知られる「長野県議会チェックフォーラム」の皆さんも来室しており、この件に関する興味関心の高さを感じさせた。K嬢サイト水曜日

 だってさ、「長野県議会チェックフォーラム」って、これは「しなやかな長野県を育む会」の単なる別働隊じゃん。政治家が一杯、政治献金の受け皿を作っているのと一緒のこと。県民というより、田中康夫支持者が集団で県議のあら探しをしているんだという事実をはっきり書きなさいってば。

「いまは私に対して報告いただいたが、県民の関心が極めて高い事項なので、独立した第三者機関である監査委員としては、県民に対して直接説明する必要がある。そこで監査委員としてのお考えを述べて欲しい」と要望した。

 康夫ちゃんがこういう風に「県民の関心が高い」と訴えているということは、つまり俺が仕掛けた割には県民の反応は鈍いという事実の裏返しということですわな。私は、議員さんの海外観光旅行どんどん行きなさいという立場では有れど、でも本来こういうことは、県民の関心が高かろうが低かろうが積極的に監視すべきことでしょう。

※ 5月20日 TBSラジオ・アクセス。バトルトークテーマは「亡命問題」
 SBC出しこの日は、長野市内で「21世紀ニュービジネス協議会」総会というのに出席した後に、懇親会にも顔を出しているんだけど、懇親会に顔出さなければ、東京に行けているんだよね。前回も無意味な長野出しでしたが。批判は聞かないという康夫ちゃん、少しはバイト批判を気にしているようで。ただこの日は、聴くべき内容はありませんでした。
 冒頭部分でNYの土産話。ボランティア然とした手作り芸術をして、「どこそこよりこっちの方が良い」この人の常套句ですよね。何か組織的なシンボルを一方に出して、「金と組織にに飽かせたあれに比べれば、手作りのこちらの方がずっと価値がある」詐欺師の常套句です。芸術に関して言うなら、美術館にも価値があるし、手作りにも価値はあるんですよ。それらは等価であって、カウンターとしてのお互いが存在してこそ、互いが映える。

 公安委員への河野氏の任命に関して。産経のダイアリーは以下のように書きました。
「河野さんを新たな公安委員にしたい、ときょう(夕方)県警本部長に伝えまして…(中略)…河野さんは大変立派な、沈着冷静で多面的に物事が考えられる…(中略)…県議会の方も必ずや認めていただけると私は願っていますけども」と公共電波で知事の口から初めて“発表”。

 実は、こんなことも言ってました。
「県民のための警察のための公安委員になってもらいたいという純粋な思いからです」

 政治家から「純粋」という言葉が出たら、それは疑え、大きな嘘が潜んでいるということです。

※ 6月3日 TBSラジオ・アクセス。バトルトークテーマは「福田官房長官の核武装発言」 ゲストに自由党の東議員。
 不覚にも最初の15分を聞き逃しました。どうやらこの番組は、今やほとんど康夫ちゃんウォッチャーに聴かれていない様子で、先々週も実は、羽田からの帰宅がぎりぎりになって、電車の中でラジオのスイッチを入れたのだけれど最初の一分ほどを聞き逃して、私への偏愛振りを発揮する妙な連中が毎日明け方まで煽っているご苦労なこっちゃ。君はそれで田中康夫を応援しているという満足感なり、あるいは大石英司を不快にさせてやったというカタルシスでも得られるのかい? だとしたら、ちょっとイタイかも。いや解っている。その辺りの損得勘定、コスト・パフォーマンスの計算が出来ないから、君はそんなことに情熱を注ぐしかない2ちゃんで「聴いた人がいたら教えて下さい」と書き込んだけれども、これが2週とも全く無反応。誰も聴いてないんだよね。

「海自の三佐はなぜ実名を出さない? なぜ本人にインタビューしに行かないの?」

 都合の悪いインタビューは須く断ってる男に言われたかぁないが、まだ逮捕もされていない人間の実名を出すのは人権侵害だろう。そもそも私は、よほどの凶悪事件や政治家の犯罪を除いては、犯罪者の実名報道には反対ですが、「実名を晒せ」というのは、単なるポピュリズムですな。

「政府高官としか書けない意気地なしの……」

「政府首脳」が福田だったことをこれまで書かなかった言い訳の爆笑。あちこちの記事で「バックグラウンドブリ-フィングは欧米でも出所は秘密」などと説教垂れる。クラブならば誰もが知っている事実を伏せて会見で福田に迫り官房長官は一人二役の二人羽織いよっさすがは羽織ゴロ。脱記者クラブを達成して誰もが会見に出席して表も裏もない長野ならあり得ないキチガイ喜劇。万人注視の長野なら誰かが最初から「福田氏が核武装可能発言」と書く。それが論旨にそっているという自身があるならね。違うんだろ。この時期を狙った橋本派利権エセハト派集団に佞た意図的なリ−クだからこんな阿呆らしい手順を踏むのだ。官邸の不用意さには呆れるしかないが演出をする抵抗勢力御用記者の存在は私たちは銘記しておいた方がいい。勝谷先生火曜日日記より

 康夫ちゃんも勝谷先生も、まるで水を得た魚のように、この「政府首脳」という匿名問題に飛び付いているけれども、別段批判されるような所はありません。もしあるとすれば、その匿名のお喋りには、記者クラブの連中しか入れなかっただろうという一点のみです。バックグラウンドブリーフィングが出所不明なのは当たり前のこと。そんなものの何処が説教ですか。
 ベトナム戦争当時、アメリカのメディアでは、「政府筋」「消息筋」等、匿名を意味するいろんな代名詞が流行った。欧米では、この手の政治ニュースをクオリティ・ペーパーで読む階層は限られますから、たとえ「消息筋」と書いても、それが誰のことか読者は実はだいたい察しが付く。
 日本においてもそれは似たりよったりで、「政府首脳」と書けば、普通官房長官を意味する。「政府最高首脳」と書いたら、それは総理大臣を意味する。それは新聞社と読者の暗黙のお約束ごとであって、そんなことに世間が気付かないわけでもない。
 勝谷先生に関して言えば、脱記者クラブで誰でも出入りできるようになったという事実と、それで表も裏もない報道が達成されたというのは、全くの別問題。もしそれが達成されたのであれば、何故知事は、メディアを選んで、この情報は信毎に、この情報は共同にと、姑息なリークをする必要があるのですか? 匿名と言いつつもざっくばらんに口を滑らせる官房長官と、メディアを選別してはリーク情報を流し、マスコミを操ろうと日々策を練っている姑息な知事とどっちがましですか?

「日本海側にはなぜ米軍基地が無いのか……

 これは、有事法制絡みの部分で説明しようと思っていたのですが、この人しつこくこの発言を繰り返すのでここで書きます。
 米軍基地が日本海側に無い理由は、日本海側に自衛隊基地が少ない理由と同じです。つまり、自衛隊基地も米軍基地も、旧日本軍の基地を引き継ぎました。敗戦までの日本にとって、日本海は内海、朝鮮半島は内国でしたから、日本海側にたいして基地が無いのは当たり前だった。だから、米軍基地が日本海側に無いことに、政治的な意図は全くありません。朝鮮戦争は九州の基地や立川横田厚木だけでこと足りたし、それ以降は、基地を作ろうにも、日本の政治状況がとてもそれを許さなかった。

※●中国人強制連行裁判で協力の署名 (5月27日) ABN
田中知事は第2次大戦中、日本で強制労働させられた中国人の遺族に裁判の全面解決に向けた協力を求められ、署名に応じました。

 もし長野県内で、同様の強制労働があって――、松代大本営建設では実際にあったわけですが、もし県知事が一方の当事者になるとしたら、こんなことが出来るはずもなく、まったく無責任な行為だと思います。個人的には気の毒な話だと思うし、国の名誉に関わることだから、私はもっと早い時期に、金銭的な慰謝を行うべきだったとずっと主張してきましたけれど、これは基本的には、ポツダム宣言の受諾、その後の日中国交回復時に決着済みのことです。それを、地方自治体とは言え、行政のトップにいる人間が、あたかも裁判に訴えることの正当性を後押しするような行為に及ぶのは、脱法行為に近いし、国際条約に対する挑発であるし、国の専管事項たる外交への不当な介入です。こんなことやるのであれば、知事職を辞めてからにして貰いたい。

※ 田中康夫知事、有識者の検討会設置へ−−県全体の将来像描く /長野

 ◇宇沢弘文・東大名誉教授ら
 田中康夫知事は2日までに、10年後、50年後の県の目指すべき方向性を定めるため、有識者との検討会を近く設置することを決めた。参加する有識者は東大名誉教授の宇沢弘文氏ら5人。田中知事は就任後、県政の各分野については、新たなビジョン作りとその具体化を進めてきた。検討会はそれらとは別に、「やさしさ、たしかさ、うつくしさ」をキーワードに長期的視点で県全体の将来像、進むべき方向を描く。
 委員は、宇沢氏の他、世界的な建築家で東大教授の安藤忠雄氏▽東大教授で「人間回復の経済学」著者の神野直彦氏▽国際日本文化研究センター教授の川勝平太氏▽京大助教授で田中知事との対談でも知られる浅田彰氏。毎日3日

 しかしまあ、この人も政府の審議会をボロクソに罵っておきながら権威好きなお人ですな。今時どんな田舎もんが東大なんていう権威に引っ掛かりますかいな。もし予算が組まれるのなら、また議会で全額削除でしょう。たとえば浅田彰のアプローチなんて、憂国呆談を読めば一目瞭然。この人は今は、田中康夫が言うことに、隣で頷いて太鼓持ちするだけの役回りしか演じていない。それは田中康夫にとっては、京大の先生のニューアカの旗手からお墨付きを貰っているという精神安定になるだろうけれど、少なくとも、そんなことに税金を支出すべきでは無い。京大って所は、ピンキリな先生が集う所だけれど、今となっては、浅田彰は、論壇デビュー時に才能が枯れ果てたとしか言いようがない。
 私が、県議会の議員なら、田中県政誕生以降の憂国呆談のコピーを議場で配って、いったい、この先生を迎えることに、どれだけの意味があるのか? 田中康夫の言い分に頷くだけなら、K嬢一人で十分では無いか? と迫ります。



オウンゴールを連発する知事 (06/03)

 都合2週間ものお休みを戴きまして、たいへん失礼しました。いつも情報をお寄せ下さる皆様にも不義理をすることになりまして。
 田舎に帰省している時も、ずっと康夫ちゃん関係の雑誌スクラップとそれをオーサリングしたデータを持ち歩いていたのですが、結局読む暇もなく(でも何とか一回更新はした)、帰省の疲れが出たのか、風邪に祟られまして、まだ鼻炎が完全に解消できない次第です。すでに風邪の初期症状が出てから十日になります。
 水曜日は、そんな中、お台場の東京ビッグサイトで行われたリナックス・ワールドの康夫ちゃんの基調報告を覗いてきました。でもリナックス話は皆無で、主催したIDGの記者が「日本の県知事の中で、田中知事はリナックスのことを一番正しく理解している」と絶賛するような話も全くありませんでした(そもそも康夫ちゃんが披露したリナックスの県庁内普及度というのは、常識的に考えれば極めて疑わしいと言わざるを得ない)
 ネタも使い回し。わざわざ出掛けていって聴くほどものは何もありませんでした。むしろ、康夫ちゃんが使ったフリップのFLASHを私に貸してくれれば、あの4分の1の時間で、康夫ちゃんがここで自慢したことの全てを「嘘だ」と否定して差し上げたのですが。(あのフリップは、いつ何の機会に誰が作ったのだろう?)
 康夫ちゃんのイベントは、いつも「録音不可」のアナウンスが流れるもので、いやまったく、リナックスの「公開」の精神からほど遠かったりするのですが、隠し録りの音声が良くないので、音声のアップは断念しました。
 相も変わらず、「緑のダムがダムの代わりになる」とか、自分への批判者をして「守旧派」だの、自分にとって都合の良い、反論し易い批判だけを摘み食いしてと言いたい放題でした。最後にK嬢サイトを褒め称えたり(アホだよ、あそこにいる連中はみんなネットワーカーで、K嬢サイトと私の位置関係もおおよそ把握している) 盛んに「脱MSN」と説くが、MSNって、ただのプロバイダ、あるいは単なるパソコン通信のことで、しかもシェアもたいしたことはない。誰がどういうレクチャーをして吹き込んだんだろう。

 今週はピッチを上げて溜まったネタを片づけます。
※ 公安委員に松本サリン事件冤罪逮捕(←逮捕は無かったぞと、2ちゃんで突っ込まれる)の河野義行氏を指名

 この人の全国的な知名度を考えると、いずれ田中県政の広告塔として担ぎ出されるだろうことは時間の問題であって(探せばこの手の人材は他にも結構います)、ポストとしては、いかにもなポストではあります。
 私は、隣県の公安委員であれば、異論はありません。きっと良いお仕事をなさるでしょう。その穏やかな言動からは、立派な人格を窺わせるし。ただ、私は、長野県の公安委員として彼を任命することには反対です。いくら人徳に優れているからと言って、長野県警に対して、何の遺恨も無いかと言えば、それはそれで嘘になるでしょう。しかも松本サリン事件を巡る長野県警の失態は何ら決着がついていない。そういうぎくしゃくした状況下では、県警は身構えるだろうし、果たしてどれだけ公平なジャッジを為し得るか甚だ疑わしい。
 たとえば、飯田高校殺人事件は、松本サリン事件より古い話です。それを蒸し返して検証しようという人物が、こと松本サリン事件における長野県警の行動は全く問題にない。この事件で、長野県警は、表向きいかなる処分も行わなかったし、もちろん河野氏に対してろくな謝罪も行っていない。県民はそのことを全部把握している。
 私がこの件で言いたいのは、「それは本末転倒でしょう?」の一言。もし河野氏を公安委員に担ぐので有れば、まず長野県警にきちんと誤認逮捕の非を認めさせ、県民に対して、きちんと謝罪と関係者の処分を成し遂げ、事件に行政としてのけりを付けた上で、河野氏を迎えるべきことです。それをすっ飛ばしてこういう人事を行うのは、単なるスタンドプレーに過ぎない。それが県民の利益になるのであれば、人気取りの人事も結構だけれど、手順をすっ飛ばしてこういうことをやるのであれば、それはスタンドプレーの批判を免れ得ない。
 もちろん、この人事は何が目的かと言えば、県議会への挑戦ですよ。県議会としては、すんなり受け入れられるものでは無い。それで県議会がブツブツ言えば、また揚げ足取ってやろうという、ただそれだけのことです。河野さんが公安委員としてどういう仕事をするかは、この人の興味とする所では無い。

 ところで、この人事のリークは、またしても共同通信だったようですね。ニュースがどう扱われるかではなく、自分がどう書かれるかしか興味のないお人ですから。全国ニュースとして行けると判断したネタに関しては、ローカルな信毎ではなく、全国にニュースが流れる共同にリークするというわけです。特定の全国紙では無く、共同という所が味噌ですよ。その方が最終的な露出度は高いですから。こんなことに割く頭脳の半分を県政に割いてくれれば良いんだけど……。

※ 週刊SPAコラム5月28日号(5月21日売)
「安全地帯からの亡命問題批判じゃ、ダブルスタンダードに過ぎないよ」

 この問題は、もの凄く複雑な問題です。恐らく、ダム問題以上に複雑に絡み合っていると言って良いでしょう。

 嘗て奉天と呼ばれし瀋陽に位置する日本の総領事館に北朝鮮と思しき国籍を有する市民が複数名、駆け込むも中国の官憲が連れ去る事象が発生しました。怪しからん、強制送還されたなら処刑されてしまう、との大合唱です。人権派を任ずる「朝日」「毎日」的表現者のみならず、国威派を任じる「産経」「讀賣」的表現者に至るまで。

 国威派と言われるのは面はゆいし、私は自分のことを保守的だとは思っても、国威派だと思ったことも無い(しかし、物事を二項対立で考えるのがお好きな人だ)。けれど、敢えてここは国威派というくだらんレッテルを受け入れるとして、少なくとも、今回に関しては、北に送還されたら、かなり厳しい措置が待ち構えていたろうことは疑いよう無く、そういう予想された事態に対して、メディアが統一戦線を組んで政府や中国に圧力を掛けるのは、ごく当たり前のことです。それ自体、批判されるべきことではない。

 言わずもがな、外務省改め害・無能省の失態です。総領事以下、現場職員を処分するのみでは事足りますまい。然れど、如何なる理由を以てか、プロフェッショナルを自任する表現者は絶えて報じぬ模擬想定が存在します。仮に、日本への亡命を彼らや彼女らが望んだ場合、国威派は因より人権派に至るも諸手を挙げて歓待するであろうか、との。縦しんば“超法規的特例”として認めようとも、その後に続く数千、数万の迷える子羊をも新しき日本の市民として受け入れるであろうか、との。昨年、日本政府が難民認定したアフガニスタン人は僅かに3名。比するに不認定は39名。その大半はハザラ人と呼ばれる少数民族。タリバン政権下で民主化運動に身を投じたモハマド・ジャワド氏も、その1人です。その事例を鋭くも報じた4月16日付「毎日」から引用します。
 タリバン政府の出頭を拒み、パキスタン経由で日本の空港へと辿り着いた彼は難民認定を申請するも入国管理施設に収容され、血圧200を超え20回近く倒れても8ヶ月間、入院措置すら取られず、精神障害に陥り、“強制送還”の日を待つ。
 ’81年に難民条約を締結しながらも頑なに拒み続ける法務省の「哲学」を、国威派は質そうともしません。日出ずる国への亡命なあんて、瀋陽に於ける今回の連行者らが望む筈もないと知った上で安全地帯から声高に、中国と外務省の「責任」を追及はするものの。

 あたかも、康夫ちゃん言うところの国威派が、法務省の姿勢を質そうともしなかったというのは、間違いです。ここに私がいます。法務省の入管政策を口を酸っぱく批判して来た私が。これは国の恥ですから、国威派があたかも、この事態に見ず知らずの態度を決め込んで来たかのようなことを言われるのは甚だ迷惑。こういう人々に付く人権派弁護士や、NPOが、たまたま革新の傾向が強いから、あたかも国威派がそれを容認しているように見えるだけです。
(ところで、アフガン難民と北朝鮮の難民は性格が相当に違います。ここに事例されたケースは政治難民ですが、北朝鮮の場合は、ほとんどが経済難民と言って良い)

 この問題はなぜ複雑かと言うと、一筋縄ではいかない要素を孕んでいるからです。私は、常々、日本再生のためには、1.000万人単位で中国からの移民を受け入れるべきだと主張してきました。これは、隣に広東語を喋る人々が越して来るということであり、その中には、犯罪傾向を有する人間もいるということです。
 冷戦終結後、ドイツでは、年間40万人もの経済難民が「政治亡命」を理由に押し寄せ、ドイツでは、法律を改正して、門戸を狭めざるを得なくなった。ネオナチの台頭は言うに及ばず。フランスの国民戦線の台頭は私達が目撃した通り。あの、ヨーロッパで最も外国人に寛容なオランダ人(←でも黄色人種は別なんだよね)ですら、極右政党が台頭し、人権外交のお手本のように言われる北欧の一角デンマークでも、移民排斥に通じる法律改正が進められている。西側先進国は、亡命に名を借りた難民流入に警戒心を剥き出しにしている。
 つまり、「門戸を開放しよう」という優れて人間的な行為が、ある種のナチズムを国内に惹起する原因を作ってしまった
 日本の場合は、実は国民合意はあるんです。移民に対してはノー。難民に対してもノー。だから、メディアがいくら告発しても、法務省は変わらない。議論するまでも無くノー。だから、国会で議題になることもない。
 従って、われわれがやるべきことは、メディアや国会に向けて訴えることでは無く、国民に向かって、議論を喚起することです。他人を国威派だのとレッテル張りして、貴方のように、自分ひとり「安全地帯において批判する」ことではありません。

 ところで、今回の亡命劇を演出した支援集団が、過去に北朝鮮国内で撮影した飢餓状態を伝える決死のレポートが度々テレビで流されます。かつて、彼らがこのビデオを撮影するにあたり、日本の各メディアは、大々的に報道することを確約したものの、実際には、朝日毎日は無視した。それを積極的に報道したのは、一人産経だけだったという事実を指摘しておきましょう。つい一年前、「自分の言うことが気にくわなければ北へ行って住め」と豪語した男の口から、亡命問題での第三者然とした評論が出てくるというのも、また滑稽な話ではあります。受け入れる受け入れないの前に、この人は、「そこへ行って住め!」と言い放った男ですよ。そんな人権もへったくれもない男から、何人たりとて、「害無能省」などと罵られたくは無いでしょう。

 さて、6月4日号の「泰緬鉄道」の話ですが、これは犠牲者の数字が一人歩きしていまして、われわれの世代には、映画「戦場に掛ける橋」がもたらす、非情に残酷な旧日本軍と、誇り高い英国軍捕虜のイメージしか無いけれど、実際には、当時の日本の鉄道技術は世界一でした。自然環境が過酷なせいで難工事ではあったけれど、戦時中の鉄道敷設工事としては、実はこんなものです。米軍のアフガン攻略戦が始まる前に、ロジスティックスをどうするかという問題で、インド洋から鉄路を曳くとしたら、その参考には、泰緬鉄道建設が適当だろうかと話していたものです。

※ スキー場再興探り知事らが戦略会議 県が緊急提言へ(5/26)
 県内のスキー場の振興策を考える県のスキー再興戦略会議の初会合が二十五日、新潟県新井市のスキー施設「ARAIマウンテン&スノーパーク」で開いた。田中知事、同施設を経営する盛田英粮氏、マーケティングコンサルタントの西川りゅうじん氏ら七人が意見交換。県観光課はこの日の論議を基に、来月にも緊急提言をまとめる。信毎

 まるでバブルの燃え滓みたいな連中を集めての会合ですね。長野のスキー場の活性化を話し合うのに、どうして新潟のスキー場なんでしょう? コースの一部は長野だとか?

 この盛田英粮氏と言えば、知る人ぞ知る、ソニーの御曹司ですね。盛田会長の不肖の息子としていろいろと芸能マスコミにも取り上げられましたが、この頃は、スキー場経営に腰を落ち着けたと聞いてました。このARAIリゾートを開発する時も、ソニー本体は、とにかく、会社を巻き込みさえしなければ、ドラ息子が何処で何やろうが知ったことじゃないと冷ややかに言われたものでした。
 聴くところによると、文字通り、バブル感に満ち溢れるたいそう立派なリゾート施設だとのことですが。
 ま、結局、戦略会議とは名ばかりで、この人にとっては、「俺が行きたい所が良いスキー場だ」の発想ですよ。所詮、バブル紳士の道楽みたいなもので、某かの結果を出せるとはとうてい思えないので、あまり税金を垂れ流すことのないよう望みたいものです。
 個人的には、私は、こういうバブリーなスキー場は好きです。カリスマ経営者の跡取りとして諸々プレッシャーがあったろうことを考えると、世評ほど、盛田氏がドラ息子だとも思わない。更に脱線しますが、スキー場というのは、愛好者に取っては、利便性&雪質諸々が、そこへ出掛ける動機となるけれど、経営姿勢とか哲学とかで選ばれるスキー場があっても良いと思う。康夫ちゃんが目指しているものも実はそれで、彼は、俺がてこ入れして、儲けは出ないが、つうが毎年こっそりと通うブランド・スキー場が一つ出来れば良い。と、その程度の目論見ですよ。この人にそれ以上の発想があろうはずも無い。

※ 松本市長 vs 知事
 松本市島内の旧市清掃センターで働いていた市職員五人が九六、九七年ころ、市発注の下水道工事現場で無許可で建設業者のアルバイトをしていたことが二十九日、明らかになった。営利企業への従事制限などを定めた地方公務員法に違反するとして、同市は近く関係職員を処分する方針だ。30日信毎

 不思議な記事ですね。これは去年とかの話では無く、96、7年の話ですよ。6年以上も昔の話。たぶん、「今もそのアルバイトが継続されていることが解った!」と続報を打つだろうと思って期待していたのですが(新聞の世界ではスクープを小出しにすることは良くあることです)、ウェッブ上で読む限りは後追いも無いんだな。誰がどういう意図を持って流して書いた記事か興味が尽きないですね。
 公務員がアルバイトとは、もう全くもって許せない話ですよね。ハッハッ(~_~;)。
こんなの小さい小さい。処分なんてアホらしいっすよ。だって県庁のトップが、一心不乱にアルバイトに励んで、それを誰も批判しないんだから。県庁職員、どんどんバイトすりゃあいいですよ。職員は公務員法に縛られるから不可だが、知事は特別職オッケーだから、バイトに励んで良いよ、その収入を公にする必要もないよなんて馬鹿な話があって良いわけが無い。県職員は堂々とバイトして、信濃毎日新聞に積極的にカミングアウトしましょう。

* K嬢サイトから
まぁ、本来なら市長も知事に直接掛け合って上記のような話をすべきものだとは思うが、市長も忙しい身だろうし、自身の発言が公に伝えられる機会もそれほど無いようなので、取材があった際にはここぞとばかり発言を残しておこうという気持ちも強いのでしょう。

 なるほど。知事に腰を上げて貰うためには、傘下の市町村長は長野詣でしろってことだな。

パラグアイチームの松本での交流を記録したもの。多くの写真でチラベルト氏と隣り合って写っている白髪で眼鏡の男性が松本市長である。写真をクリックすると拡大されるが、結構笑えるというか…。市長にとっての「キャンプの成功」というのはそういった瞬間だったのかもしれない。大人の対応をしていたチラベルト氏には頭が下がる思い。

 このページの写真を見て感じるのは、別に笑えるものではなく、むしろ、なぜここに知事が写っていないのだろう? 知事が多忙だというのであれば、議会中でも無し、せめて副知事が顔を出すのが筋だろう、そのための副知事ではないのか? という素朴な疑問ですよ。

*報道陣から再度パラグアイキャンプについての質問が集中し「前日にお電話で歓迎会、試合の席がありますといずれも初めての招待。一般の市民でもスケジュール(の都合をつけるのは)は難しい」産経のダイアリー 29日

*有賀松本市長の発言に対し田中知事は「事前に直接お願いするのが 長野県のやり方だ」と述べ有賀松本市長の批判に反論しました。知事は招待状が届いてから行事が開かれる前日までの数日間、何の連絡もしなかったとして松本市の対応を批判しました。また、キャンプは多額の税金を投入したとして 早急に費用の収支報告をまとめて 市民に明らかにするよう注文をつけました。 TSB 31日

*キャンプ中、パラグアイ代表チームの宿舎だったホテルに知事が講演に来たが、残念なことに選手にさえ会わなかった」と不満を述べた。その上で「県市長会長の私だって(知事の性格を)直せない。知事を直すのは皆さんの仕事」と強調した。30日信毎

 まず、基本的な部分で、親善試合日に限定して康夫ちゃんの日程をチェックしてみましょう。パラグアイ・チームが松本に滞在したのは、19日から27日までです。
まず21日、ジュビロ磐田戦(夜)。

21日の知事予定。
08:50〜 知事室(1F) 商工部打合せ
12:00〜 ブエナビスタ 内外情勢調査会松本支部懇談会
16:00〜 国際21 平成14年度JA全農長野青果物取引会議
17:15〜 犀北館 (社)信州経済同友会懇親会

「ブエナビスタ」というのは、これは松本のホテルのことですね。産経のダイアリーに面白い下りがあって、この日、松本から長野へ引き返す部分で「14時7分、講演終了。参加者と名刺交換後、公用車で同所を出て以降は「寄り道をして電話などをしながら移動」(秘書)し、県庁には寄らず16時29分」とある。

 要するにこの人、ブエナビスタでの懇談会の後には、暇を持て余していたわけですよ。有賀市長の発言にもある通り、このホテルは、パラグアイ・チームの投宿先だった。知事が、チームがこの松本で一番高いホテルに泊まっていることを知らないはずもない。週末の会見で産経記者から突っ込まれて、「チームは、この時間帯、食事に休息を取っていたと聴いている」と弁解するが、要するに、逃げたんだな、この人。チーム選手は会って、一緒に写真に収まらずに済む理由を探した。目の上のたんこぶたる有賀市長のイベントには、一切関わらずという態度で「初志貫徹」した。

 26日のレッズ戦は、これは東京のビッグサイトでアルバイトに励んでいたから出席できない。忙しいは忙しいでも「公務で忙しい」というのと「副業で忙しい」というのは全く別の話ですからねぇ。21日の予定にしても、経済同友会の懇親会は、所詮県内の集まりですから、失礼して松本に引き返して試合を観戦することは出来た。イベントへの協力ですから、経済同友会もその程度のことは譲るでしょう。

 事前に招待を受けていたにもかかわらず、「前日に初めて聴いた」なんてのも全く愚劣な嘘でね、まるで田中真紀子の桜鑑賞会での「招待状が届いている届いていない」のコメディを想起させる。こういうのは、「招待状は貰ってません」と言った時点で負けなんですよ。仮に貰って無くとも「都合が付かなくて……」とさらりと受け流すのが大人の対応。

 大人の対応と言えば、K嬢が褒め称えるチラベルト氏。今回、チラベルト選手の行動に松本市長が救われた部分は非情に大きかったと言えますが、ただ全国的に見ると、キャンプを張った地域地域で、各国のチームは、結構積極的に市民交流しています。鹿児島におけるフランス・チームのようなケースはむしろレア。それにしても、チラベルト選手は、キャンプ地が決定した時点で、きちんと県庁を訪問して知事に挨拶しているにもかかわらず、滞在先ホテルを訪れながら、挨拶ひとつしなかった知事の姿勢というのは、私は、県民として怒るべきだと思いますよ。それは仮にも招待した相手に対して失礼じゃないか? と。
 知事やその信者が、「いや松本市長は礼儀知らずだが、それにしてもチラベルトは立派な人間だ」なんて比較するようなことじゃない。そんなことを言う前に、まず県知事としての非礼を批判しなさい。相手は有賀市長一人ではなく、パラグアイ選手団であり、南米の国民なのですから。

 先週末の会見では、自分のイベントに比べて端金しか出さなかった松本のイベントに対して「収支報告を出せ」と迫り、「松本市職員に職務命令があって実現したイベント」と皮肉をたらたらと述べるが、この辺りの下りは、そっくりインフィオラータに例えを変えると凄く面白いですね。
「職務命令によって県庁職員が動員されたインフィオラータに、県知事による県知事のためのイベント……」と。
 ちなみに、「しかしインフィオラータの収支報告書は出ていないが?」と迫ったのは読売記者。それを苛立たしく康夫ちゃんが打ち切った所に、再度招待状の件で「一度事務方が松本市に断りの返事を出しているじゃないか?」と突っ込んだのは産経記者です。康夫ちゃん、この辺りは全くしどろもどろで、相手が喋り終わる前に遮って必死に弁解しています。結構笑えます。2本目のファイルの4分辺りから聴いて下さい。ここに信毎記者の姿が見えないのもなお面白い。

 ちなみにこの人の会見でのサッカー話はヨタそのものでした。
れいによって「ネイション・ステーツを越えた……」なんぞと仰るが、おいおい、サッカーはネイション・ステーツそのものだよ。W杯は、形を変えた世界大戦に他ならない。

 少なくとも、このパラグアイ招致を巡る喧嘩は、康夫ちゃんには全く勝ち目はありません。先週末も、週刊新潮を使って、市民ホール問題で松本市長を批判させていたけれど、あっちはまだ勝ち目はある。でもこっちには無い。
 言ってみればフランス・チームとアメリカ・チームが闘っているようなものですよ。アメリカは見栄えは良いけれど、所詮素人。しかも、監督たる知事が、選手たる職員から全く信頼されていない。だから招待状云々なんていう田中真紀子レベルのみっともない話になる。(しかし何だなぁ。あれだけ一生懸命、田中真紀子を応援していた康夫ちゃん、秘書給与疑惑では、口にチャックしてワレ関せずの態度を取り続けるのはいかがなものか? 辻元清美にも辞めた後で「評論家活動」するだけで、自ら「辞めろ」と迫った訳ではない。今回はどうするんだろう?)
 招待する側の松本市は、当然、知事側がどういう対応をするか百も招致で行動を起こしている。その辺りは、福田官房長官並みにネチネチして抜かりは無いわけ。所が一方、それに応じる側の県庁スタッフは、別に知事の失点になる分については、俺の知ったこっちゃないという腹づもりがあるから、後々知事がボロを出すことになっても別段構わない。
 攻守完璧なチームを相手に、選手を罵ることしか知らない無能な監督が一人でフィールドに出てサッカーするようなものですから、勝ち目があるわけがない。しかも、自身がインフィオラータという、後ろ暗いイベントを主催し、それにキャンプへの出費額を遙かに上回る税金を支出したという、どうにもレカバリーしようのない事実があるのですから。試合を始めた時点で、何を血迷ったかくるりと後ろを向いて、見事なオウンゴールを決めて、かつポーズまで決めてみせたほどみっともない。
 だいたいこの問題。「都合が付かなかった」の一言で済ませれば良かったケースですよ。それを120パーセントの後ろめたさがあるものだから、余計なことをボロボロ喋って傷口を広げるいつものパターン。
 この問題は、不要な予算を組んでの金まみれの招致というダーティな図式が最初にあって、本来なら十分に松本市長を批判する材料として機能するはずだったのに、知事はせっせとひたすら自分で墓穴を掘る羽目になった。K嬢みたいなアホな取り巻きの口車に乗せられるだけで、何処かで軌道修正を促す優れたアドバイザーもいなかった。

 ところで、全国区的に残念なことがひとつあります。パラグアイ・チームの松本滞在は、他のチームと比較すると、割と長い方でした。それだけ市民と接する機会も多かった。当然、メディア露出も多かったと言って良い。でも全国区的には、いち早く日本入りしたチラベルト選手の入国シーンが流れた程度で、ほとんどテレビ等、全国区のメディアで報じられることは無かった。私はこのことを、お仲間たる田中康夫に楯突く田舎の市長へのマスコミの嫌がらせだと思っています。

インフィオラータの実数

 最も多かったのは、アウトレットモールが人気を集めている軽井沢高原で、昨年より一万二千人多い四十五万一千人。続いて善光寺の四十三万八千人で、参道を花で彩る「善光寺花回廊」の効果で一万五千人増えた。今年二月に無料開放されたビーナスラインの沿線では、白樺湖が二万五千人増の十八万八千人、美ヶ原高原が四万人増の八万二千人など軒並み好調だった。21日 読売

 インフィオラータの実数に関してですが、善光寺が43万人で、前年から1万5千人しか増えなかったということを考えると、インフィオラータ自体は、たった二日間のイベントで、しかも二日目は雨だったことを考えると、インフィオラータに訪れた観光客数は、増えた分の1万5千人にも満たない可能性もあると言わざるを得ない。
 それを考えると、このイベントは、善光寺に乗っかっただけで、いったい25万なんていう桁違いに破格な数字がどうして出てくるのか不思議でならない。
  


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