ここは、田中康夫・長野県政を監視するためのウェッブ・サイトです。(2000年12月8日開設)
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ずぶずぶのワークシェアリング (03/26)
※ 辻元商店、疑惑のブティック
日曜のテレ朝サンプロの2ちゃんの実況スレで、久米の真紀子といい、田原の辻元といい、子供の好き嫌い並みに判り安い。という優れた形容がありました。田原と辻元のズブズブの関係というのもなかなか良いセンスを行っている。
勝谷先生は田原総一朗の質問をして「優しい優しい」などとお書きになられてましたが、これはこれでまたあまりにも解りやすい構図ですね。矜持と諦観とは全く無縁の人々が、田中康夫の周囲に蠢いてメディアを弄んでいる。
さすがに今度ばかりは、田原総一朗も株を下げた。多くの視聴者の感想は、この人も老いた。そろそろ潮時だなというものだったでしょう。もっとも、中には有田芳生氏のように、自分の田中康夫への盲目的支持は忘れてこんなこと仰る方もいらっしゃいますが。
「田原総一朗さんがいくら辻元議員と親交があったにせよ、個人的感情を優先する番組作りではまさしく公私混同だ」
ご自身の公私混同はいかがでしょう?
そして辻元という政治家も、数多くのインタビュー要請を受け、記者会見を逃げ回りながらも、自分のことを良く伝えてくれるメディア、プロパガンダに供に歩んできた田原総一朗のサンプロと筑紫哲也のNEWS23にだけはちゃっかりと涼しい顔して出演して、キャスターぐるみで弁護して貰う。この辺りも、自分が気にくわないメディアはのらりくらりと遠ざけて、ヨイショしてくれるメディアとだけ付き合う康夫ちゃんと全くメンタリティは一緒。昨夜のNEWS23に至っては、記者も党幹部も辻元の居場所を探している中での突然のテレビ画面登場だった。しかもメディアには出るなと言われている状況下での出演。いや、特定のテレビに出て守って貰うのは100歩譲って良いと言おう。所詮メディアに中立性などありはしない。しかし、ならばそれと同じ時間を、自分が歓迎しない記者たちの質疑応答に割くべき(昨夜TBSの玄関で辻元が喋ったのはほんの五分だった)。それが政治家が持つべき最低限の矜持と諦観。それが全く無い所は、何処かのカワードな県知事と全く一緒。
たとえば、昨夜のNEWS23中では、こんなやりとりがあった。
「名義貸しではないか」との指摘に対しても、「違う。(元秘書が持っていた)永田町の経験とか知恵も大事であり、私にとっては貢献して頂いていた」と反論した。読売
私が筑紫哲也なら、「貴方がやったことが名義貸しに当たらなかったら、政界のおおよその行為は全部無罪になる」と突っ込みます。そんな自明なことを、誰一人突っ込まない。「日大の板倉教授はこんなコメントを寄せました」と、脇役のアナがフリップを持って喋っただけ。たとえば、一週間に一回、いや、毎日でも良い。たかが電話相談で一千万円を超える給与を国費から出して良いなどという国民合意は何処にも無いことはあまりにも明白なこと。
たとえば、ことここに至っても、どうして先週の記者会見で嘘を言う羽目になったのかも全く明らかにしていない、サンプロもNEWS23でも、いったい辻元自身でどういう調査をしたのか、肝心のことをわざと誰も訊かない。
挙げ句に、「他の連中もやっているじゃないか?」と田原総一朗に乗せられて馬鹿なことを言う。いい気になって固有名詞まで暴露するが、その相手は、土井党首と同じ選挙区の小池百合子であったり。何をかいわんやのレベル。スピード違反で捕まったドライバーが、俺はほんの20キロ・オーバーなのに、あいつらは30キロ・オーバーじゃないかとくだをまくようなもの。
だいたいこの人の最初の「知らなかった」「あり得ない」発言自体があり得ない。菅直人の直系新人として山本譲司が当選したのは96年の選挙だった。辻元清美と同期で、年齢も近い。なのに、山本穣司が逮捕された時に、「うちの事務所はどうだろうか?」と疑わなかったはずも無い。そもそも、辻元は、「議員になりたてで右も左も解らなかった」と述べているが、この秘書の名義を借りたのは当選後半年も経ってからのことで、もう素人と呼べる時期じゃない。むしろシステムを利用する旨味を覚えたから、名義貸しに乗ったというのが真相でしょう(でも資金処理の手口は玄人ですから、党、もしくは先輩議員からの細かい指図があったのでしょう)。
この後に及んで自分からは辞めないとか、他の議員を道連れだとか豪語しているけれど、この人の頭の中に、党と他の野党に迷惑を掛けているという認識が全く無いのも言語道断。
さて、誰が仕掛けたのかの話になると、みんなが囁いているように野中機関でしょう。野中機関の正体は、警視庁の公安部ですね。公安情報のひとつとして、辻元があった。何しろ左翼系の付き合いが広くて、彼女を広告塔として利用したい勢力は一杯ありますから。野中機関のようなものは、昔からあったんです。中曽根政権が長続きした理由は、官房長官の後藤田正晴が、この公安情報を握っていたからですね。ただ野中さんの目的は、野党ではなく、検察庁ですよ。自分に尽くしてくれた鈴木宗男を守るために、もしムネオを小菅に引っ張るのであれば、辻元も一緒だぞと。それ所か辻元だけじゃなくぞろぞろ出てくる。それを全部小菅に連れて行けるんだろうなと、地検の特捜部にブラフを懸けた。
辻元が小菅に引っ張られるかどうかは、55年体制の経験がある社民党周辺の人々と野中さんの交渉如何になる。社民党としては、何としてもここで辻元を切って、他の議員に類が及ぶのを防がねばならない。マスコミは惻隠の情で突っ込まないけれど、原よう子タンなんて、もし秘書問題で突っ込まれたら何が出てくるか解ったもんじゃない。
まあしかし、残念ではありますね。最初の記者会見であんな突っ張り方をすべきでは無かったし、田原総一朗のセンスの衰えは、もはや世論の方向すら掴めないほど劣悪で、サンプロへの出演は逆効果にしかならなかった。政界コピーライターとしては、そこそこのセンスがあったけれど、それだけのお人。
政治家と作家は三日やったら辞められないんでしょうね。康夫ちゃんもとうに長野県での任務は終えたのに、地位に連綿と執着している。この人の場合は、知事の報酬と知名度を利用しての借金返済という、県政に優先する目的がありますが。
それにしても、康夫ちゃんも、友人に恵まれないというか、類は友を呼ぶというか……。
最後に、お二人の記念すべきエールの交換をここに再録します。
「辻元と僕はサルトルとボーヴォワールの関係になろう」
「康夫と清美で、政界のヤスキヨや。一緒に政治の地殻変動を起こそう」
※ 膀胱癌
21日午前11時10分 長野市内の自宅で、県危機管理室から松本市の山林火災について電話連絡を受ける。松本市の要請に基づき、自衛隊にヘリ消火の応援を要請することを了承。その後、術後の診療のため長野市内の病院へ。危機管理室から数回、現況などの電話報告 信毎の知事24時
長野市内の病院で定期検査を済ませ、45分ごろ登庁する。産経のダイアリー
産経さん。祝日に病院で「定期検査」も無いでしょう。だいたい休日診療というのは、部外者をシャットダウンすることが目的で、たぶん山火事が無ければ「終日長野市内の自宅で過ごす……」とでも書かれていたことでしょう。
土曜の夜に「定期検査」を受けて、それが一週間も経たない祝日の木曜日に「定期検査」などということがあり得るか? と言えば、そんなことは絶対にあり得ない。定期検査が三日おきになったとかいうのでなければ。
はっきり書きますが、恐らく今度は悪性でしょう。膀胱腫瘍は、良性で済む確率が極めて低い腫瘍のひとつです。悪性腫瘍の膀胱癌との診断が下った後、治療と平行して、転移の有無を診断するための検査がしつこく継続されている。そして医師団は、膀胱全摘の時期を睨んでいるというのが現状でしょう。こういう段階では、診療科は、泌尿器科以外が主になりますから、何で知事がこんな所にいるんだ? という話になる。だから部外者を排除できる休日に来院し、カルテや生検は偽名で回される。
もう、議会の正副議長が膝詰めで病状を問い質す時期に来ていると思います。私は、康夫ちゃんの身体が心配だなんてことは書きません。物書きたるもの、好きなことやって全力疾走してポックリ早死にするのが理想ですから。作家・田中康夫がそれを実践するのであればあっぱれという他はない。そもそも膀胱摘出しても、それが即、死に繋がるわけではない。松田優作のケースはレアな方。早期診断早期治療に尽くせば、生活のクオリティを制限するだけで、問題は転移云々に絞られる。
ただ、明らかに彼の集中力の維持に闘病が影響を及ぼしているように見える。車座集会の放置、人事の手抜き、新年度予算への興味の喪失、ダム問題に関する第三者然とした態度の数々、諸々の政策への詰めの甘さといい、やる気満々だった1年前とは大違い。
少なくともここ半年の長野県政は、余所者の田中康夫でなければ出来なかったという代物は何一つ無い。こういう状況が今後とも継続されるのであれば、誰か身近な人間が引導を渡すべき時期に来ていると思います。
※ 松本市火災。
さて、その、康夫ちゃんが病院から呼び戻されるきっかけとなった松本市周辺の火災ですが、結果的に、大量のヘリを呼べて、ままうまく立ち回ったと言って良いでしょう。
ただ、相変わらず危機管理室はどうもうまく機能していないみたいですね。危機管理室長の登庁もなぜかやたら遅いし、まあ知事は別に良いけれど(でもこの人、長野の仮住まいで火災発生のニュースに接した後、のこのこ病院に出かけているんだよね。それだけ病院が優先したということでしょうが)。登庁後も、実はしばらくは職員の前には姿を見せずに、姿を見せればみせるで、手持ちぶさたに、会議室でハンバーガーを食べていたそうですが。危機管理室長に至っては、何をするでなし、情報も何も無しで、記者の皆さんは、埒が明かないとこの人を素通りして部下に直接取材を懸けていらしたとか。
ホームページ上の展開もどうしようもない。この日、松本市役所のサイトは、トップページで情報が流されました。県庁のサイトは、翌日まで全く音無し。つい昨日、ラジオ出演予定があった康夫ちゃんを東京駅から引き返させる原因となった昨夜の上田市の火事でも同様。上田市役所は、トップ頁をすぐ書き換えて現場写真まで入れて対応したのに、県庁サイトは無視。火災発生が夕方だったことを思えば、職員が残っての編集は可能だったはず。
木曜日は祝日でしたから、あまり無理は言いたくないけれど、松本市役所に出来たことが、どうして県庁で出来ないのか? この日は、乾燥し、強風もあり、警報が出て、火災の他にも、鉄路が二本、風の影響を喰らって不通となっていた。そういう情報は、市役所レベルでは提供しようがないわけですよ。県庁がカバーするしかない。
一方で、ウェッブサイトの単純編集は、そんなに金が掛かるわけでもない。危機管理室に、専用のディレクトリとパーミッションを与えて、ひな形を作ってちょこまか編集してアップロードすれば良いだけの話。iモード頁なんか、肝心の災害や交通情報で使えなければ、存在価値ゼロですよ。長野県内で一番のエリートを集めて私らより偏差値の良い人々が勤務しているのですから、その程度のことは造作無いはず。
この程度のことも出来ないのに、情報公開度全国4位なんて笑っちゃいますよ。情報を公開しますということを、単に開かれた行政という記号で考えるべきではない。今やいかに、プッシュ型のコンテンツを作り、市民に情報を届けるかという部分にまで踏み込まないとこの手のランク付けは無意味ですよ。私は、長野県の情報公開の意欲をして、10位以内には入れて良いと思うけれど、3位4位を与えるような公開度は無い。
あとですね、日曜日に午前1時まで新大久保で勝谷先生と飲んでいたとか(話半分ね。この人は今アルコールを呑みたい気分ではあっても、そんな時間まで飲んでいて良い体じゃない)。なんでこんな日に上京する必要があるのでしょう。乾燥注意報が出っ放しで、小さな火災があっという間に大火になる。気温が急激に上がって、雪崩発生のピークにもある。そういう状況下でも全くワレ関せずで、腰掛け気分のヘッドがほいほい地元を離れてやれ土日は休みだ、夜はラジオ出演だと、毎日のように新幹線通勤している。こんなことに県民が怒らないというのは異常ですよ。
※ 人事異動
春の異動が発表になりましたが、酷いもんですね。単なる順繰り人事と、康夫ちゃんに尽くした不毛な報奨人事のみ。
政策秘書室長の青山さんの出世は、これは仕方ないと思います。この1年間、わたくしを殺して知事のために良く尽くした。この方の能力云々というのは私は全く知らないけれど、議場で、ひな壇のお飾りと化す副知事を差し置いて、もっぱら彼の判断に頼っている康夫ちゃんの姿を見ても、この程度の恩賞が無くては気の毒というもの。
問題は、まずは、政策秘書室長兼危機管理室長に高橋徹危機管理室長という、これですよね。
現実問題として考えると、この人が危機管理室長としているもいないも全く一緒です。それはこの一年間の危機管理が問われるような状況で、この飛行機ヲタクが何の役にも立たなかったし、リーダーシップの発揮も無かったことから明か。むしろこの人がいない方がうまく回っている。ただ、危機管理の向上というのは、田中康夫のある意味公約であったし、目玉でもあったわけで、それを兼任で構わないということになったら、じゃあそれだけ危機管理室の地位は低いのか? という話になる。
さらに言うと、そもそも、この程度の役職ですら存在感を示せなかった人に、どうして政策秘書室長の重責が務まると言うのか? 政策秘書室というのは、建て前はともかく、部局を横断するような施策を考える所でしょう。正面から押しても、あそこの部の何々さんは、うんと言わないから、じゃあここを押してみようかと、県庁内のパワーバランスに気配り目配りを効かせて腹芸の出来る生え抜きでなければ、そんなもの使えるわけが無い。自治省キャリアの阿部ちゃんですら、どうやらこの人は財政に関しては素人のようだと陰口を叩かれている状況なのに。
次に、企画局長に田山重晴住宅部長。これも、実にあからさまな、ヒラメ人事ですよね。上ばっかにおべっかを遣って出世するタイプ。私は、この人に関して、良い話は全然聞きません。でも、そういうこともあるのかなぁ……という程度にいつも聞いてました。でも、康夫ちゃんに一番近い部長として注意してみると、たとえば産経のダイアリーを読んでいると、一緒に昼飯を食う部長クラスでは、この人が回数で抜きん出ている。
予算を取ってくるのが良い管理職という基準で言うなら、この人は優秀なのでしょう。県議会でも、県営住宅もっと作れとはっぱを掛けられてもいる。全国的に公営住宅をどうしようかという状況にあるのに、「もっと作りますよ」なんて時代錯誤なことを長野ではやっている。この一年間、住宅部長がやった仕事と言えば、トイレのあり方研究会みたいなおふざけと、もっと公営住宅を造りましょうを推進するために、女性の視点とやらの導入を進めただけ。この税金の無駄遣い事業をどう転換しようかなんていう視点は全く無かった。そういう、知事に取り入って、金を取ってくることしか出来ない人を、企画局長に担いでどうするんですか。
衛生部長に、菅谷昭衛生部医監の採用というのも、組織を回して、市町村ともあれこれ調整すべきポストであるにも係わらず、こういう人を任命するのは、私は人材の無駄遣いだと思います。どうせ実務は、現場の担当者が二重に行うことになるし、肝心のこの人は、雑用に追いまくられて、本来の、県の医療改革のビジョンを描くということはとても出来ないでしょう。
あと解らないのが、土木部長に小市正英道路建設課長。これは、道路建設課長からの規定ルートがずっとあって(この方は、先の選挙違反で名前が挙がった人なわけですが)、土木部が譲らなかったという説もありますが、私は、そういうものではなく、もう康夫ちゃんにとってはどうでも良かったことの表れでは無かろうかと思います。
全体として評価すると、全く吉村政権時代の人事と同じなわけですよ。自分に靡く人材を配置しただけ。しかも県庁は県庁の中での異動を堅持するというルートからはみ出すこともなく、現地機関は現地機関同士での人事があっただけ。
私が、この春の人事異動に関して、県庁の内外から聞いた不満で一番多かったものは、情実人事とかでは無くて、「いったい、現地機関を大事にするという話は何処に行ったんだ? エース級を外に出すでなく、この人事案の何処に現地機関重視があるのか?」というものでした。そういう点に鑑みると、この春の人事は、「とにかく俺の周りに気持ちの良い人材だけを置きたい。後は勝手にやってくれ」という無関心、消極的な姿勢しか感じられない。
※ 田中知事は22日の記者会見で、4月から幹部4人と毎朝会議を開くことを明らかにした。
会議について「5人が毎朝会合することでスピーディに物事を進める」などと説明し、重要な意思決定の場になるとの考えを示唆した。4人の幹部は、副知事、総務部長、政策秘書室長、それに企画局長で、この会議のメンバーは22日発表された人事異動の結果、4人とも知事の側近になる。NBS
さしずめ、毛沢東を囲む4人組という所ですね。何でも県庁周辺では、東京からおいで願ったけれど、全く使えない阿部ちゃんと危機管理室長、そして康夫ちゃんの三人をして「東京3バカトリオ」とか何とかあだ名しているとのこと。さすがに私はバカと命名する勇気は無いので、ここは、CXのヒットドラマ「踊る大捜査線」に登場するお茶目な三人組の湾岸署幹部にあやかって、「長野県庁スリーアミーゴス」と命名したいと思います。
四重奏は、カルテット、五重奏はクインテット。カルテットはポピュラーだけれど、クインテット楽団は珍しいです。それはなぜかと言うと、クインテットは、調和を取るのが難しい割には、クインテットにした分の合奏効果を得られないことが多いから。さてこの長野県庁クインテットはうまく行くのでしょうのか? 朝一の練習となると、リーダーパートの遅刻で頓挫しそうにも思いますが。
※ 11時25分 伊那市出身のジャーナリスト河野実氏が自動車雑誌の取材。産経のダイアリーより。
すみませんが、私は、車雑誌の世界は全然解らないので、もし掲載誌が店頭に出たらどなたか2ちゃんにポスト願います。
※ 脱・田中県政ネットのサイトが、事実上閉鎖されました。残念です。ぜひ再開して欲しいですね。
たとえば、私が上で書いたようなことは、議員さんが言っても、たいしてインパクトは無いわけですよ。それは、もう議会対知事の枠組みの中での口喧嘩としか捉えられない。脱・田中県政ネットに関しても、ある部分、長野の指導層というニュアンスがありますから、グラスルーツの意見とはちょっと言い難い部分はある。しつこく言うけれど、私は所詮余所者です。余所者の意見というのは、所詮余所者としての重みしか無いんです。それは読売がいくら知事と対決しても、信毎が書かなければ県民に届かないのと同じこと。
でも、無名の、若い、サラリーマンや学生やOL、おばさんたちが、「この人事はおかしいじゃないの? どうして貴方は東京から連れて来たキャリアばかり重用するの? なんであんたはこんな時期に東京に帰ってばかりなのだ?」と言えば、それはインパクトがあるんです。
発信する側には、自分みたいな無名の一般人が何言っても、誰が聞いてくれるわけでもなし……という諦めはあるだろうし、それは知事をはじめとして、康夫ちゃん礼讃メディアがこぞって宣伝してくれるK嬢のサイトのようにはいかないだろうけれど、ネットワークの上では、全ての情報は等価で流れているという事実をぜひ受け入れて、一歩前へ踏み出して欲しいと思います。新年度になれば、進学、就職、いろいろ環境が変わる人もいるでしょう。K嬢のサイトが立ち上がったのも、丁度今頃でした。
220万人もいて、結構な数の若者もいるだろうに、一年経って、そういう人間が一人も出てこない現実を、私はとても残念に思います。信大という、地方の名門大学の学生諸君は、誰一人、田中県政に疑問を感じないのでしょうか?
※ 今夜のトゥナイトに康夫ちゃん登場。
私は、善次郎氏と違って、これだけはまず無いだろうと思っていました。いくら何でも、番組の最終回に田中康夫を担がねばならないほどこの人の人脈は貧しくは無いだろうと思っていましたから。こういう所が、まだ甘いというか、私は深層心理の部分で、勝谷先生に同業者としての某かの尊敬を抱いているということなのでしょうね。
たとえば、私は辻元のトゥナイトでのインタビューを面白く観たけれども、あれは勝ちゃんファン的には、「これまであんたがボロ滓に言って来たことは何なんだ!?」というある種の裏切りにも近い感想を抱かせる羽目になった。私は、雑誌記者の矜持というのは、そういうものであって構わないと思いますけれど、その後の辻元に対する掌を返したような豹変ぶりを見ると、私ら業界人でも、小声で、「なんて節操無い人だろう……」と呟きたくなる。
感情的な部分で思いこみの強い人間を、テレビという枠の中に引っ張り出して相対することの難しさ、あるいは危うさを考えると、踏み止まるべき一線はあるべきで、この番組に田中康夫を連れてくるのは、それは公私混同が過ぎるのではないですか? と私は疑問に思います。そもそも、この対談コーナーの発足の趣旨自体が、そうではなかったはず。自分がこの十数年、毎夜楽しみにしていた番組の最後の最後で、中身の見え透いた企画を放映されるということに、私は、番組のファンとして、怒りを感じてもいます。せめて、立つ鳥跡を濁さずの姿勢を貫いて欲しかった。最後っ屁と揶揄される構成で無いことを祈りましょう
※ K嬢サイトから
いずれの件も、知事が就任直後に見直し・着手した事業が、一定の形の完成をみたものである。昨年来の『県政改革ビジョン』策定や、積極的な情報公開、徹底的な事業見直しによる効果的な予算案策定などと並んで、少しずつ形となって見えるものが増えてきている。土曜付。
完成だってぇ!? 冗談は止しなさい、バカものが。子ども未来センターなんざ、大山鳴動してやっとスタートラインに戻っただけじゃないか。こういうのを世間では、牽強付会、税金と時間の無駄遣い、パフォーマンスで1年間無駄に過ごしたと言うのだ。
長野は無能官僚の姥捨て山 (03/20)
※ 県政会分裂
田中知事と有識者が対談するトークセッション21(百六十九万円)、地域通貨導入促進事業(百六十三万円)、職員研修の講師謝礼を盛った行政改革推進課題検討事業費(二百万円)。政策秘書室が政策立案の調査などに充てる政策調整事業費(六百五十一万円)を三百万円程度に減額する。信毎より
田中康夫トークショーの減額は当然のことです。こんなもん田中康夫のお友達に講演会のお膳立てをして税金から謝礼を出そうという代物ですから、私利私欲のための税金浪費。バッサリ切って当然。職員研修の講師謝礼は難しい所で、どこまでが職員のためで、どこまでが知事の人気取りのための人選であるかの境界が無かったことがこうなった原因です。康夫ちゃんの人気取りのために職員研修が利用されるのは目に見えている。復活を志すのであれば、人選にいっさい知事をタッチさせないという部分等の改善が必要でしょう。
政策調整事業費というのは、目的すらはっきりしない。これも減額はやむを得ない。焦点となるのはエコマネーの減額でしょう。エコマネーの周辺には、しばしば怪しげなNGOや革新系の市民団体がいたりしますから、その辺りが嫌われたんでしょう。個人的には、この減額は残念に思っています。金額もたいしたことはないし、あくまでも実験研究レベルですから、いずれ認めて欲しいし、更なる事情説明が必要でしょう。
さて、県政会が分裂しました。実は、このニュースが報じられた月曜日の段階では、私はこの分裂騒動よりも、池田県議の県政会離脱騒動の方に興味がありまして、良く状況が解らない。
きっかけは、週末の車座集会における以下の発言らしいですが……
同村の楢川小学校で車座集会。「来年度以降、各地で(集会を)開く時には県議や市町村長に声をかけて、基本的に後半は一緒に車座集会をしたい」。後半は池田益男県議(県政会)、田中村長、武重善博木祖村長と並んで質問に答える。「本当に木曽のことを思ってくれる知事。何としても長くやってもらわねば」と述べた池田県議に「後援会の結成式じゃないから…」。信毎より
たとえば、県政会のお偉方の逆鱗に触れて嫌気が差したというレベルでも無い様子だし。あるいはここ一年、康夫ちゃんにエールを贈り続けたことで、後ろ指刺されていたことに嫌気が差したのか。面白いのはK嬢の受け止め方で。
池田氏は田中知事の高校の先輩にあたり、知事就任後、県議の中で最も早く知事のもとを訪れて会談している。知事も木曾右岸道路早期建設に前向きな姿勢を見せていることもあって、早くから良好な関係にあった。月曜付日記より
これなんか自家撞着の最たるもので、もし木曽右岸道路(実質的には棚上げ状態にある)で、池田県議が康夫ちゃんにすり寄ったというのであれば、これは単なる利権政治そのものでしょう? あなた達はそういうものと決別したかったんじゃないの? それとも、田中康夫が推し進めることなら、道路事業でもオッケーってか? それで康夫ちゃんにエールを贈る県議は守るべき存在なのか?
はっきり言って、この県議さんが、「本当に木曾のことを思ってくれる知事」と褒め称えるほどのことは、この人は何もやってませんよ。何かありましたか? たとえば、事実上放置状態にあった産廃施設問題を抱える阿智村は、木曾に隣接していますよね。木曾地域の産廃もここで処理されると聞いている。なのに、この人、ことの他、この地方には冷淡な人じゃないですか。軽井沢にはあれだけ入れ込んでいるのに。
ちょっとこれは事情が良く解らないですね。従来型の利権政治の延長線上で、知事と仲良くすべきだと判断なさったのか、余人には窺い知れない思いがあって、こういう言動になったのか。
そのくせ自分のケツもふけずに同会は分裂騒ぎは起こすは田中さんを評価する議員を恫喝して離党されそうになるはの馬鹿踊り。勝谷先生火曜日記より
なるほど。K嬢サイトから孫引きしている所をみると、勝谷先生も、実は道路建設には賛成で、それは「評価」しなきゃならんと思っているわけだ。
それで、県政会が分裂したわけですが、分裂した議員の中に、垣内議員の名前が無いのがちょっと意外でしたね。分裂を報じた信毎にこういう下りがあります。
若手県議の一人は「一丸となって田中県政に向かわなければならない時に、何を考えているのか」と、突然の分裂劇にいら立ちをあらわにした。
恐らくこれが垣内議員の発言ではないかと思います。各社の報道では、田中知事への対決姿勢云々という面が強調されていますけれど、それは確かにあったのでしょう。言ってみれば、新撰組の出入りみたいなものですよ。隊長らに檄を飛ばされ、押っ取り刀で飛び出し、敵の前で刀に手を掛けてみたら、けしかけた張本人の土方や近藤が背後に現れて、「まあまあ、月夜は暗いし、今夜は懐も寂しいから、また次にしようや」と諭されてとぼとぼ引き返すという状況が8月以来今日まで続いた。その内に、世間からは狼少年呼ばわりされ、刀はすっかり錆び付き、薩長はどんどんつけ上がって、こっちを挑発してくる。そんな気持ちはあったでしょう。
ただ私は、問題の核心はそこでは無いと見ています。有事法制を巡る議決というのがありましたが、県民クラブは全く投票がバラバラなんですね。会派としての拘束が極めて緩やか。
他方、県政会は大所帯ですから、大所帯を纏めていくために譲れない部分が出てくる。しかも一年生議員は、どうしても顔が見えにくい。員数合わせ的な評価と扱いをされがちにもなる。だったら、小会派でも、自分たちがやりたいことをやれるような環境を作りたいということでしょう。県政会のベテランや、残る議員の皆様にも、ここは鷹揚に構えて、協調すべき所は協調するという寛容な態度を示して欲しいと思います。もちろん、この会派は、今後は、他の会派と離合集散という経過を辿るでしょう。あくまでも第一幕に過ぎない。県民クラブなどは理念も近いことだし、キャスティング・ボードを握れる人数にするために、統一を睨んでの政策協力を進めたら良いと思いますよ。
問題は、6月県議会ですよね。「勝負は6月だ」、なんてそれ、8月からそればっかじゃないか?(~_~;)。今回知事の年収のことを突っ込んだ議員もいなかった所をみると、そもそも2月議会は、始まった時点で、誰も本気じゃなかったんです。追求する材料は6月に繰り延べとなった。6月議会は、ちょっと流動的になったと見て良いでしょう。
問責決議というのも出ましたが、全文がネット上に無いので、何とも言えない部分はあるのですが、もっと具体的に、たとえば車座集会のこととか、県外バイトの件などを列挙すべきだったろうと思います。知事就任以降、田中知事の都合で下りた作家タレント活動は一つもありません。テレ朝の朝刊瓦版を下りたけれど、これは選挙に伴って、立候補時に下りたものです。「GQ」の対談が無くなったのは、雑誌自体が消えたため。TBSのアクセスなんてのは、知事就任直後は、結構お休みも多かったのに、年度明け以降は、一度も休んでいない。SPAのコラムも同様。就任直後は休載が多かったのに、今は全く皆勤賞もの。車座集会や地方行脚の数は減らしても、バイトの数は全く減らしていない。そういう事実を一つ一つ積み上げるべきでした。
泣いても笑っても五月下旬には、高額納税者名簿に名前を連ねることになる。これで「田中康夫」という名前が出なければ、借金返済を口実にして、そうとう後ろ暗い申告処理を行ったということですから、立場上それが出来ないことを思えば、当然名前は出る。6月県議会では、知事のバイト問題は避けて通れないでしょう。
もうひとつ、言わせて貰うと、実は、新会派を旗揚げした人々は、不信任云々という大義の部分を除けば、実はそうそう反田中勢力でもないと思っています。ちょっと二律背反する部分があって、もし不信任問題さえ乗り切れば、康夫ちゃんにとって、最大の理解者になる可能性もあるでしょう。康夫ちゃんには、その辺りを見誤ることなく、言葉は選んで慎重に接して欲しいですね。
※ 「東海地震15年以内に」 危機管理室長が私見
「あくまで私見だが、東海地震は十五年以内に百パーセント起きる」。十五日の県会生活環境委員会で、高橋徹危機管理室長がこう見解を述べた。防災対策が急務なことを強調した発言で、県議の間には「学者でもないのに断定的に言っていいのか」との声の一方、「可能性が高いとの認識」と冷静な受け止めもあった。
塩沢昭氏(県政会、飯田市)が質問。委員会の後、高橋室長は「県が防災対策を充実させていくための目安として述べた」。「十五年以内」については「通常、地震の発生確率などには三十年という期間が多く使われており、それ以上に差し迫っているという認識から用いた」と説明した。
委員会の再質問への答弁でも室長は「ほぼ起きると考えている」と軌道修正。一方、塩沢氏は「非常に可能性が高いということと理解した。一層防災対策を進めてほしい」と、淡々と受け止めていた。信毎16日
危機管理室長に関して、「使い物にならない」と、ダム湖毒物混入悪戯通報事件の時に扱き下ろしたのは私が初めてだったと記憶していますが、またしても使い物にならない事例が暴露されましたね。この辺りのやりとりは、Yahoo-掲示板の kawamoyuru 氏のレポートを参考にして頂くとして……。
長野県は、まるで使い物にならない中央官僚の姥捨て山状態ですね。
官僚であっても、私見を述べることが許されるケースはあるでしょう。ただ、それが許される場と許されない場、許されるテーマとそうでないテーマというのはあるべきで、これは、あらゆる基準に照らして、軽々しくも私見を述べてはならない場とテーマです。
東海大地震が来るかどうかは、実は解りません。東大教授のロバート・ゲラー氏のように、そもそも「来ない」「予知は無理」「学会の地震マフィアが研究費をせしめるために煽っている」と堂々と主張する人もいます。この人が助教授時代にこれを暴露した時には、センセーショナルな騒ぎになった。
ま、いつかは来るんでしょう。明日か、10年後か30年後か。それに対して備えることは決して悪いことではないから、世論は無駄だとか批判しない。
ただ、「15年以内に100パーセント起きる」と言われたら、私は首をかしげます。だって30年前から起きる起きると言われているんですよ。地球の営みの中では、10年も100年も時間的にたいした違いはない。15年前より可能性が高まったとは思えない。
仮に来るという前提でも良いけれど、それを必ず来ると言っては拙いでしょう。それは科学でも予知でもない。単なる易者の占いに過ぎない。占い師は「来る」と言って金取っても良いけれど、官僚は「予言」で給料を貰っちゃいけません。
いくら消防庁が東海地震対策の利権で焼け太りして来たと言っても、これは拙い発言です。同時に、これは kawamoyuru 氏のレポートでしか明らかになっていないですが、こういう危機管理室長の発言もある。
「諏訪は東海地震が想定されており、そのエネルギーはマグネチュード8.3程度で、770ガル。ところダムの耐震設計では0.15を採用しているので、たかだか147ガル。ダム予定地は諏訪湖の中央から4、5`しかないので、ダムは壊れる。」
これは何かの勘違いでなければ、何か捕捉すべきことをど忘れしてしまったのでしょう。ここに上げられたマグニチュードとかの数字は、あくまでも震源地(たぶん海面下になる)の数字であって、これではまるで諏訪湖で直下型地震が発生するかのような言い様。部会長が怒ったとのことですが、知事は、部会に影響を与えるような発言は慎むようにと仰っているのですから、ぜひこの人にも厳重注意を与えて欲しいですね。
「(室長は地震の)危険をあおるのでなく、正確なことをお伝えするということなんで…」 19日 産経のダイアリーより。
正確でも何でもないと思うが……。
宮沢敏文氏(県民ク)から砥川部会の「河川改修案は土堤であれば(国から)認められないのはご存じか?」。知事は「(一般質問での)発言部分を確認させていただく」と述べたため、15−17分暫時休憩。再開し、知事は「今、確認しました。今の状態は土堤でございます」。宮沢氏から「マスコミの皆さんから、知事は『砥川はなぜ(論議を)急ぐのか』といったと聞いた。偽りか?」に知事は「部会長はたびたび『場外乱闘はよろしくない』と。神聖な議論をしたいのが私の思い」。宮沢氏は「(部会に)口を出さないといって、そんなことを言っている。おかしい」に、知事は「部会が早すぎないか、という批判(発言)は伝聞。場外乱闘は望むところでないが…(中略)…(新和田トンネルからの利水について、議場でなく)私の1階知事室でおっしゃってくれれば」と部会の進行に結局、口を出す。また、佐藤良男氏(県政会)との質疑後の16時52分−17時5分、休憩。再開し木下茂人氏(県政会)からは浅川、砥川以外の残り7河川の方向性・目標がいまだない、と問われ「車の両輪である議会からお叱(しか)りを受けた。身を引き締め、取り組みたい」。12日のダイアリー
33分、県議会土木委員会に出席。木下氏から「昨日の続きで、答申時期を」に「7河川の時期を私が決定するのは(検討委に)失礼に当たる」。奥村剛氏(県政会)からは知事の発言による約束・責任を聞かれ「言葉というのはもちろん吐くわけですから、(知事が)判断し発言し決断することは一定の影響があるのでございます」。土木委員会で奥村剛氏(県政会)から、砥川部会での河川改修単独案が「『脱ダム』宣言でいう環境に看過し得ぬ負荷を与えないのか?」に、知事は「審議を見守っている段階。お答えするのは難しい」。浅川の答申を3月末としたのは部会に失礼でなかったのか?に「いえいえ、そんなことはないと思います」。また竹内久幸氏(社県連)から、同案に関し国土交通省は疑問であるとおっしゃっているが、なぜ議場で表現が違うのか、に「(メモを)直したということでなく、議場で聞き取りメモをとりながら発言。結果としてそのように発言しているということ」。「河川課のメモと中身が違うと解釈するが」(竹内氏)に「私はそのように認識しておりません」。検討委からの答申時期の問題は昨年12月の段階で論議されている、との指摘に「仮にダム事業でなく、河川改修事業として…(中略)…仮に国との協議が不調に終わった場合、事業初年度の15年度に県単独事業で予算措置を検討するとともに、16年度以降に国庫事業の採択をいただけるよう努力する」と珍しく“仮定の話”に言及。治水の判断に関し「要は部会、検討委でそれぞれ論議し、知事は知事で検討されるということですね?」(竹内氏)に「有り体に言えば、これはそういうことなんではないでしょうか?それは認められている共通認識と思うが」。12時7分、同委員会終了。歩きながら、報道対応。「4月改選の公共事業評価監視委員で県民益にかなう人選とは?」に「私としては公正無私に選ばせていただく」。「県民益の言葉は抽象的。知事が念頭におく選考のポイントは示せないのか?」に「それは人選をしてからご判断いただくこと」。知事室へ。15分、3階知事応接室へ。午後は各種打ち合わせ。19時20分ごろ、退庁。18日のダイアリー
答弁が全く、泥縄。これじゃ、知事発言をメモして後で辻褄を合わせなければならないお役人さんが気の毒ですよ。
月曜日の記者会見でも、県議会が部会設置を求めておきながら遅延を知事のせいにするのはいかがなものか? と開き直っているけれども、前段として、ここにあるように、まず知事が、年度内の答申を臭わせた時期があったでしょう。議会としては、部会を直接指導する立場に無いわけで、知事を通じて審議を急げと言うのは当然の権利。自分が指導する立場にあることを認識して欲しいですね。そして、砥川部会の遅延の責任は、知事が任命した知事の側の委員にあるわけですから、それをきちんと指導すれば良いだけの話。
この件はどうなるかと言えば、全部6月以降にずれ込みますよ。もし6月県議会に結論を下したら、不信任の口実を与えることになる。だからだらだら続けることにこそ意味がある。ところで、ここにもありますが、砥川や浅川以外の7河川の進行はどうなっているんでしょう。県庁自体が、この2件で体力を使い果たしているようにも見えて、実質的に余所に力を注げるとは思えませんが。
※ 週刊金曜日3/15日号の表紙裏に、追撃コラムの奥秋氏の「不思議」だらけの田中県政というという投稿があります。木曜辺りまでは、書店で購入可だと思います。
週刊金曜日と言えば、康夫ちゃんヨイショ・メディアの一つですが、投書欄であれば、こういう礼讃調では無い記事も許されるということでしょう。実はこの雑誌においては、神戸市長選挙を巡る場外乱闘もちょっと以前に掲載されていました。時期を逸したので触れませんでしたが。要するに、落選候補同士の陣営が「お前ん所が引っかき回したせいで……」と、ありがちな泥仕合をやってました。
※ 有田芳生氏
問責決議案について日テレのザ・ワイドでちょこっと報じる。
有田は相変わらず「支持率は高い、県議会の方がしっかりしてない」
私は番組を見ていなかったので、2ちゃんから拝借。有田先生、貴方は、田中康夫と、その提灯持ちメディアやジャーナリスト以外のソースをお持ちですか? またご自身で、長野県政に関して調べてみようと思われたことがありますか? 改めてここに、昨年4月の有田氏の日記を引用します。
ときにうとうとしながらも休憩室で田中康夫・長野県知事批判の小学館文庫新刊を読む。愚劣。あとがきで弁明しているが、田中さん本人には取材を申し込んだが駄目だったという。それはいい。こんな便乗的駄本のアリバイ取材などに応じるはずがない。なにしろ長野市に行ったこともなく、現地取材もしていない悪しき評論屋が、活字資料だけ人に集めてもらって机の上で観念を組み立てた「前頭葉肥大」の典型。なにしろ『選択』誌を「調査報道で定評のある」と8ページ目で書いたところからうさん臭いと断定した。読み終えてクズカゴに捨てる。
私は、有田氏の日記を欠かさず読んでいるが、少なくともこの日以降(そもそも田中康夫が県知事に当選以降も)、有田氏が長野県を訪れたという記述は無い。たかだか長野に行ってないというだけのことで現地取材もしていないとバッサリ斬り捨てたお人が、ご自身長野を訪問するでなし、田中県政の提灯を持つのはいかがなものか? と述べさせて貰う。この人は、こと田中康夫に関する限り、病的なまでに救いがたいと言わざるを得ない。
有田氏にしても日垣氏にしても、この人たちのパターンは一緒。取材に関して、やたらと現地取材だの人と会うだのを自慢して、それを怠る人間を悪し様に罵る人々が、こと田中康夫となると、全く取材の労力を掛けずに、盲目的な支持を惑わず与える。
※ 土曜に病院
信毎の動静記によれば、この人、16日土曜日に木曽郡楢川村での車座集会を終えて、4時10分に、同村を出発して長野へと帰って、その足で病院に行っている。時間外診療ですが、大病院ですから、土曜の夕方&夜と言えども治療は出来るでしょうし、知事という立場を考えれば、その程度の配慮はあって良いと思う。ただ不思議なのは、では前日の夕方には行けなかったのかというと、この日の午後は、18時には退庁している。実は15日金曜午後の知事のスケジュールがはっきりしないんですね。県庁サイトのスケジュールも事実上空欄、産経のダイアリーも触れていない。何か予定が入っていて空けていたけれど、それが潰れたということでしょう。
週一回の治療は先週で終わったつもりでいたけれど、やはり某かの自覚症状が出て、急遽、土曜の夜に駆け込む羽目になったということでしょう。産経のダイアリーは、土曜の治療に関して「定期」と書いているけれど、金曜に出来なかったわけではないことを考えると、これは定期じゃないでしょう。土曜の夜に治療を依頼するというのは、尋常ではない。かなり重篤な状況にあると見て良いでしょう。
11日11時46分、信大の小宮山淳医学部長ら。報道陣に「マスコミの人はいいんじゃないんですか?」と退室を促し、非公開で懇談。12時20分、小宮山医学部長ら退室後、3階知事応接室へ。産経のダイアリー
小宮山淳・信大医学部長らと非公開で懇談。退室後、同学部長は「小児の救急医療などに関して相談した」。信毎の知事24時
表向きのテーマはともかく、人払いした所を見ると、会談の主要議題は知事の膀胱腫瘍に関してでしょう。本当に小児救急医療の話なら、別に隠し立てする必要もない。むしろメディアを入れて積極的に広報すべきことですから。
※ 上田市長選
母袋氏の当選ということで、私がほっとしたのは事実です(~_~;)。だって、勝谷先生のざま〜みろ的な罵倒だけは読みたくないと思っていましたから。日曜夜は、信毎の速報に齧り付いていました。まあしかし、勝谷先生もあざといお人ですよね。正直に「県政会出身の旧来型政治家が当選しやがって……」と書いたからと言って、別に勝谷先生にとって不都合なことは無いと思いますけれどね。(勝谷先生ネタは下記でも)。
もちろん、実際には羽田党の信任投票のような側面はあったわけですが、接戦と聞いていたので、蓋を開けた後の票差にはちょっと驚きました。圧勝と言って良いでしょう。本当に選挙ってはの素人には解らない世界です。
ただ一点、私は、県民にとっての issue となるポイントは、実は政策とか県政会云々ではなく、二人の候補者の年齢差だろうと思っていました。知事と仲良くするにしても喧嘩するにしても、現職の68歳という年齢では荷が重いだろうという不安が、より若い市長の選択へと動いた部分は大きいと思います。それが最終的に有権者の投票行動を左右した。
4年後の市長選挙を睨むと、新市長は、この後4年間の業績というより、田中知事と比較してどうか? という視点で判断される部分が大きいだろうと思います。仮に4年後康夫ちゃんが現職だとしたら(つまり2期目ということですね)、の話ですが、少なくとも康夫ちゃんが現職の間は、市民が比較する相手は、前職や元職の市長ではなく、康夫ちゃんでしょう。まだお若いですし、更に上を目指して頑張ってほしいものです。
※ 昨年の観光客数 平成最低の9408万人
消費額も3年連続減の3682億
昨年一年間の県内の主な観光地の利用者数は、延べ約九千四百八万人(前年比2・6%減)で、「平成」に入って最低だったことが県観光課のまとめで分かった。観光消費額も三年連続減少の三千六百八十二億円(同1・9%減)で、本県の「基幹産業」の一つである観光を取り巻く情勢は厳しさを増している。 読売
意外な記事ですよね。ガラス張りの知事室が観光効果を持っているということで、実際に康夫ちゃん効果によって、どれだけ観光収入がアップしたかを弾いためでたいメディアもあった。なのに実際には観光客も消費額も減っていたというのですから。
日帰り客をどう繋ぎ止めるかは難しい問題ですよね。私なら、ハコモノつくります(~_~;)。長野駅の東口に温泉スパ・リゾートを作りますねぇ。善光寺側の潰れたデパート跡でも良い。今時の国内旅行は、駅歩の水着で入るプール型の温泉がなきゃ駄目ですよ。善光寺帰りに県庁でタレント知事さんの顔を拝んで温泉。そして一泊してお帰り頂くと――。
※ 産経のダイアリーより
9時50分、牛越充・信濃教育会長と懇談。――中略―― 長年懇談を切望していたという牛越会長は退室し「やっと、知事とじっくり話せた」。11日
変な話ですよね。月に3度も、わざわざ上京してグルメ対談するほど暇を持て余している人間が、1年も地元の会長職のVIPと会えないんだから。
※ 週刊SPA
今日発売のSPAは、れいのSPAの有害図書指定問題で、まるで鬼の首でも取ったかのようにはしゃいでいるけれど、バカだねぇ。こんなのは、知らん顔して県議に一本借りにしといた方がよほど貴方の利益のためになるのに。
何でも、編集部が「時代の今を伝える雑誌です」と胸を張ったとか。ならば、去年、大川興業元総裁を招いて現地取材までした宙ぶらりんの橋が、来年度どうなるかもきちんと「今」を取材して欲しい。
長野県議会の例の『SPA!』有害図書指定推進県議におかれては先例として挙げた岐阜県が実は指定していなかったことが露見。http://www2.diary.ne.jp/user/95992/。宗男は比例区だがこいつは選挙区あるよ。こういう低能送り出している選挙民の皆様に県民の一人として敢えて猛省を乞う 勝谷先生土曜日記
この程度のことで低脳呼ばわりされちゃ、勝谷先生、貴方なんかとてもご自分の原稿を人に見せられたもんじゃありませんよ。
ついでに、日曜の日記から。
そりゃあ私もシャロンの政治家としての無能さは困ったものだと思っている。しかし、2000年前のディアスポラ以来のカナンの地における両者の確執についてこの若者たちはどこまでの理解あって人さまの大使館にデモかけているのかと、いくつか質問するが要領を得ぬ。
論語読みの論語知らずという所ですね。これは無茶な話でして、日中問題を論じるのに、元寇や和冦を持ち出すようなもの。パレスチナ問題は、一方的にイスラエルに非があるのであって、国連は一貫して占領地からの撤退決議を行っている。ずっと無視していたアメリカですら、先日とうとう賛成票を投じた。シャロンがどうのこうのでもないのね。それ以前の問題。たとえるなら、ナチスのフランス占領ですよ。自爆テロはレジスタンス、PLOはヴィシー政権、アラファトはペタン元帥。イスラエルはナチス。シャロンはヒットラー。私、竹島返還デモを韓国大使館前で行っている時に、見知らぬ人から「君らは百済出兵を知っているか?」と絡まれたら逃げ出すか、警察呼びますよ。まともな精神だとは思えないもの。
※ 3月8日、金曜日 知事会見 2月議会代表・一般質問を終えて
聴く必要も読む価値もなし。何もかもが、泥縄で付け焼き刃。言っていることに何一つ整合性が無い。
※ 3月18日 月曜日 知事会見 議会終了後記者会見
県の広報が新聞になったことを議会で批判されて、新聞で県の広報をするのは「一過性である」ということこそ自家撞着ではないか? そういう県議さんは新聞で広報しているじゃないか?
これも読売の問題を脱・ダムに絡めるような無茶な話で、県の広報と、政党の広報を同列に論じられてもねぇ……。聞かれもしないのに、不信任に関して、またこっちもやり返すぞとブラフ。
以下、K嬢が質問というより、長演説。でもって康夫ちゃんもトークショー・モードで長演説。ここ数日のK嬢の日記に関しては、突っ込み所が満載なのであるけれど、私が目を付けた所は、だいたい ReadMe.毒 の長月ゆももR氏のサイトに書かれてしまったので、そちらをご参照下さい。
知事の資質の代替案を示して頂いていない。
だってさ、資質の無い人間にそれを訴えても通じようが無いでしょう。それは代替案ではなく、原理原則論であって、それがこの人には無いってことを批判されているんだから。そもそも代替案なんて発想が間違っている。
鈴木宗男の議員辞職は必要ないと、県政会が毎日新聞のアンケートに答えたことをして(何でも地方自治体では3県しか無かったらしい)、問責決議は有り難いエールであると。
この人、会見中、問責決議に関してずっと「エールを頂いた」と嫌みを言い放しでした。品がないというか、40歳も後半に入った男が、こんな品のない皮肉で意趣返しするしか知恵が回らんのかいなと思います。という以前に、それって、物書きの表現か? もうちょっと職業的センスを発揮して、ウィットのある皮肉にして欲しい。ご本人としてはウィットを効かせたつもりなのだろうけれど、それって直球の皮肉で、ただ下品なだけですよ。
※ 教育現場に若者を。
河合塾顧問の丹羽健夫氏が、非常に面白いことを産経の正論で書いてらっしゃいました。
教育現場に関して、「若い先生をもっと採用せよ」という話です。
今、教員養成系の大学や学部の志望率が非常に落ちている(つまりは質も落ちている)という現実があります。当然のことです。何しろ、教師の採用枠がどんどん小さく狭くなるのですから。小学校では、教師の平均年齢は45歳にもなる。40歳で線引きすると、40歳以下の教師は、全体の三分の一しかいない。康夫ちゃんは中途採用ということに拘っているけれども、私は、いつも言っているように、若い教師をどう現場に送り込むか、逆に言えば、適正の無い教師をいかに放り出すかに知恵を出した方が良いと思います。そういうことをすっ飛ばして30人学級に拘るのは間違っていると思います。
ところで、先日、中学校の教職にある友人と飲んだ時に、この30人学級に関する現場の意見を求めました。その時の会話です。
友人「余裕があるならぜひ30人学級にして欲しい。だって、教壇に立った時、生徒の椅子が一列消えるってことで、これは大きいよ」
私「そうは言っても、俺たちの時代は50人学級だったぜ?」
友人「あの頃はそれで良かったんだよ。一人一人を放っておいても親は文句を言わなかった。今はそうじゃない。一人一人をケア出来る状況にないと、世間は納得しないからね」
※ 日本経済の問題点に関して、以下ここに書き留めます。
日本の景気はどうして上向かないのか? という問題を考える時に避けて通れないことは、そもそもどういう状況をして不景気、不況と言えるのか? 経済成長とはそもそもどういう概念を言うのか? の定義づけをしなければ、議論自体が成り立たない部分があります。何度も書いてきましたが、「消費の冷え込み」「不景気」「失われた10年」と言われながら、ここ10年、僅かならがも日本の家計消費は少しずつ伸びていた。数字に表れる形で落ち込みを見せるようになったのは、近々のことです。
デフレ・スパイラルにしても、厳密に解釈するなら、日本経済にデフレ傾向はあっても、スパイラルに陥っているとはまだ言えない状況にあります。郵貯の大量満期を迎えて、降ろしたお金が銀行へシフトすることにより、実は統計における個人貯蓄は微増傾向にある。ペイオフ導入でタンス預金が増えているはずなのに、です。こんな社会のどこに不況があるというのか?
そういう事情を考慮するなら、この問題に関しては、ひとつの指数、ひとつの現象を指摘すると、おおよそにおいて、その指数に疑義を提示するような別の指数や別の現象をたちどころに上げることが出来ます。それこそ、タペストリーの折り合わせのように、複雑な要因が絡み合っている。10通りの視点があれば、それが別の10通りの要因と組み合わさっているかのように。
従って、以下にお話しすることは、土地問題にしても銀行の問題にしても、あくまでも、不景気、不況とよばれる現象を説明する上で、ひとつの要因に過ぎません。単に、「私は、これを日本の構造的な経済の弱点として、最大の要因として上げたい」というだけのことです。20年前から主張していることです。なお今もこの問題を取り上げるのは、根本的には、全く改善させていない。日本の景気が再び回復すれば、再度この問題が浮上する恐れがあるからです。
それは何かと言えばまずは土地です。日本の土地の価格というのは、実体経済を全く反映していない。チューリップ相場の如き、土地そのものが収益を生みだすという、病的な構造を持っている。
たとえば、世界一着陸料の高い日本の空港の問題は、どこに起因するかと言えば、それは公租公課が高いからであり、公租公課の大部分は、結局は土地の値段が原因です。人件費にしてもそれが原因です。日本の公共事業費が総額としてみれば、これだけ巨額であるにもかかわらず、下水道ひとつ満足に整備できない。(田中康夫は、つい月曜日の記者会見で、各国の公共事業費を並べて見せ日本の公共事業を批判したが、土地取得費に纏わる日本の高コスト体質という特殊性を考慮に入れなければ、他国と単純比較することに意味はない) 土地の値段が関係しないはずの下水道にすら関わってくる。なぜかと言えば、他の事業で金を遣いきって下水道事業まで回す余裕が無いからです。そもそも、下水道というのは、しばしば道路事業とセットです。土地が高いから道路事業も進まない。環八なんて、石原都知事の強権をもってすら一向に完成しない。日本人は土地への執着が強いと言われますが、ひとつには値段が高いからです(ひとつには、戦後無理な持ち家政策を進めたから)。一度手放したら、二度と買えないという不安を大衆が抱くからです。土地はいつでも買えるし、余ってますよという現実を大衆が認めるならば、用地買収ももう少し容易になるでしょう。
ここで少し、株の問題に触れます。日本の株式市場は、バブル期の4分の1に縮小しました。本来なら、これだけの値下がりがあれば、とうにリセッションに陥っている。それが無いのはなぜか? というと、日本経済というのは、極端な話、実は債券市場には依存していないのです。少なくとも大企業はそうではない。市場に対して大企業の信用を形作っているものは何かと言えば、土地のあるなしです。その土地資産でもって、大企業は運転資金を回してきた。鉄鋼業界などという、とうに倒産しておかしくない重厚長大型企業が、合併はあっても、倒産しない理由は、その膨大な土地資産によって信用を維持しているからです。
しかも、ベンチャーが旗揚げしようとすると、まず最初にネックになるのが、事務所をどうしようかで、それが躓きの原因にもなる。挙げ句には、事務所の部屋代を捻出することで体力を使い果たしてしまう。
ここで、ではNY辺りのオフィスの賃貸料も異常ではないか? それは日本だけの現象では無いという批判もあるでしょうが、確かに、クリントン政権後半のNY、今また香港といいう具合に、好景気下では、しばしば土地の高騰が発生します。しかし、日本のように、それが全国的規模で発生して、地上げ屋や横行し、銀行が狂奔することはまず無いし、これらは、レアなケースと言えます。もちろん、それが正常な状態でもない。
欧米企業の資産は、ほとんど債券だから、マーケットの浮き沈みに敏感になる。しかし、私はそれが本来の資本主義の姿だと思います。
一生の大半を、家のローンのために使うということが、いかに愚かで無駄なことか。日本人がいかにそれで精神的に病み、社会のダイナミズムを喪失させているかを、もう少し真剣に考えるべきでしょう。今土地は、下げ止まり感があり、経済界には、「土地の下げ止まり宣言」を政府が行えば、一気に経済が上向くという考えがあって、これはたぶん事実でしょう。値上がり期待感で土地の流動化も進む。ただ、これはやっちゃいけないことで、調整インフレより遙かにインモラルな景気操縦になる。今こそ、土地は投資の対象としては無価値であるという法整備を進める絶好のチャンスでしょう。あとは、買いたい人間が買いたいときに買えるようにすれば良い。10分の1の通貨デノミと、100分の1不動産デノミが私の持論です。
この土地の問題というのは、実は銀行の問題とセットになっています。この20年間、多くの業種が変革を迫られて変わったけれど、一番変革しなければならないのに、未だに一向に変わろうとしない業種がある。それが銀行です。離合集散を繰り返すばかりで、何も変わらない。戦後の銀行は、大蔵省の護送船団に入って、サラ金よりも氷貸しよりも怠慢でした。金を借りに行くと、やれ定期を組め、土地を担保に出せ、保証人を立てろ。あげくに、チューリップ相場のごとき土地投機にのめりこみ、不良債権を抱えながら、ほとんど誰も責任を取らなかった。
こんなのは、大卒の人間の仕事じゃありませんよ。事業計画なんか何の興味もない。担保があるか、保証人は担保を持っているかしか見ない。バンカーのプライドを全く持たない、氷貸し以下の人々でした。挙げ句に、バブルが弾けることは解りきっていたのに、湯水のごとく土地に貸しこんで痛い眼に遭った。今でも、その構造は何も変わっていない。土地が値上がりしないものだから、担保の判断ができなくて、貸し渋りを招いている。
これをどう変えるか? 法律でもって、土地の担保価値を制限するしかない。その代わりに欧米のバンカーのように、きちんと事業計画を評価するスキルを養うべきで、それを90年代の、バブルが弾けた時に身に付けるべきだったのに、それをやらなかったツケを未だに払っている。銀行がこうだから日本では業種転換が捗らないし、ベンチャーも育たない。
株式市場には未だに根本的な問題があって、機関投資家優遇と、税制面での株売買虐め(小口の顧客を市場から排除する)がまだ残っている。それを改善すれば、個人投資家も少しは市場に帰ってくるでしょう。(とはいえ、退場する企業もあれば、上場を果たす企業もまた多いのは事実で、株価が低迷しているというマイナス面ばかりが強調されがちではあれど、上場ラッシュが続いているという事実も無視すべきではありません)
では、景気の回復には何をすれば良いのか? を論じるためには、そもそもまた、景気が良い状態とは何ぞや? という定義づけから始めなければなりません。たとえば、インフレ政策をとって経済成長は達したが、円安になっては意味が無い。構造改革は、その処方箋たりうるかと言えば、構造改革の問題は、これは基本的に景気の問題とは無関係です。構造改革が成し遂げられれば、景気が回復するようなことを言うのは、これ単なる詐欺。景気動向に係わらず、改革すべき物は改革してゆけば良いのです。
私個人は、銀行の与信能力を向上させる。それによって動脈硬化に陥っている日本経済に、お金という血液を流す手だてをする。同時に、個人投資家を債券市場に呼び戻すために、市場の公平性透明性を高める。この原理原則を地道に推し進めるしかないでしょう。 空売り規制が、思わぬ効果を発揮して、3月危機の回避に一役買うことも出来たわけですから。
もう一つは、思い切った子育て支援(100万円単位の出産報奨金)と1.000万人単位の移民の受け入れ。この二つに関しては、またいずれ。