ここは、田中康夫・長野県政を監視するためのウェッブ・サイトです。(2000年12月8日開設)
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二転三転・多磨全生園訪問 01/29)

※ 脱田中県政ネット記者会見
 今日は、脱田中県政ネットが午前中に県庁で記者会見を行った模様ですが、どんな話だったのでしょう。

※ 日垣先生
 久しぶりに日垣隆氏について触れますが、この人、非常に無邪気な、単なる見栄っぱりですね。ブランドもの買い漁りにしても、彼にジャーナリズムを学ぼうという学生を取り巻きに戴く事も。最新のガッキーファイターの「憤怒の河」というコラムでは、慶應の学生をコピー取りに使った時のエピソードを面白おかしく語ってらっしゃいますが、この手の見栄っ張りには、東大だの慶應だのの学生に端金をくれて、サイトを運営させ、コピー取りに使っているという事実が、ステータスとしての意味を持つんだろうな。彼が批判する立花隆さん辺りとたいして変わらんような気がしますが。
 私、こういう人(周囲に学生を侍らすブンカジン)は信用しません。全く、アホかいな、の世界ですな。大手のマスコミやテレビ局が、この手の、メディア被れした学生アルバイトを顎で使っているのと同じ構図。
 だいたいそこの慶應ボーイよ、どこそこ行ってコピー取って来い、なんぞと大先生に言われたら、俺はそんなことするためにあんたと付き合っているわけじゃないと一喝しなさい。お前さんらはいったい何を求めて日垣隆と付き合っているんだい? 業界人脈に加えて貰って、マスコミ就職するためかいな? だったら、コピー取りも堪え忍ぶ価値があるだろう。そういう下品な欲でも、利用する側の大人が狡猾だったというだけの話。しかし、もしジャーナリズムを学びたいというのであれば、貴方がいるべき場所はたぶんそこではない。

※ 多磨全生園

 県庁サイトにある18日の康夫ちゃんの会見録、そして月曜にアップされたK嬢の日記、さらには火曜の勝谷先生の日記にも、「多全生園」とありますが、これは「多全生園」が正解だそうです。2チャンで指摘されるまで私も全然気付きませんでした。所が、検索サイトで検索を掛けると、「多摩全生園」の表記の方が多い。公式サイトは「多磨」ですから、これは「多磨」が正解でしょう。東京西部には、たまはたまでも、「多磨」の表記をするエリアがあります。ちなみにうちの近所には、多摩川の上にホームが懸かる「二子玉川」という田園都市線の駅があります。政策秘書室の方は、ファイルの修正を指図しといた方が良いでしょう。
(※追記。ちなみに東京では今日発売の週刊SPAのコラムも、この全生園訪問記なのだが、こちらの表記も「多摩全生園」となっている)

 所で、康夫ちゃんの多磨全生園への訪問が長らく行われなかった理由は、先方の元患者らが、「マスコミを大勢引き連れての訪問は困るから」時期を失したということだった。
 本人がそう弁解した。ところが、田中康夫はこれまで、マスコミをシャットダウンしてのお忍びの会談とか結構やっている。それ自体、先方がそう希望するのであれば、一人で行く事自体、何の支障もない(宣伝にならんからこっそり行くのは嫌だということか?)。だからこれは、そこを訪問しないことの弁解になっていない。
 ところが、いざマスコミを引き連れて訪問したら、今度は、「(取材しなかった)他の新聞というものは限られた紙幅かもしれないが…」(産経のダイアリー)と開き直る。何ですかこれ? 一度は、いかにもあなた達の同行は控えて欲しいと暗に求めていながら、いざそれで同行しなかった、記事にしなかった社があると、「なんで来なかったんだ?」と開き直る。
 言う事が二転三転。いったいこの人には何人の人格が同居しているのか? サイコパスの典型だと思う。
(18日の会見では、草津の方は、「雪が深くて、出迎えに出る高齢者が危ないから行かない」という理由を述べているが、そもそもなんで雪が降る時期まで放置したの?)

※ 相手にするな

 というアドバイスを勝谷先生が受けたそうで、それが賢明でしょう。康夫ちゃんの周囲にいる人々が勝谷先生に求めていることは何か? ということを見極めるべきだと思いますね。彼ら彼女らは、ネット上で、勝谷先生がいつもの下品で下劣な言葉を用いて批判派に吠えることを期待しているわけじゃない。それは相手にとって思うつぼ。そんなことをしても、揚げ足を取られるだけだということにそろそろ気付かないと。
 周囲が期待しているのは、勝谷先生の豊富な業界内人脈を駆使して、康夫ちゃんの礼讃記事を週刊誌やスポーツ新聞に押し込み、いざ批判的なスタンスの記事が出そうになったら、コネでもって潰しまくることでしょう。これまでそれは成功して来た。無論、「構成・勝谷誠彦」と記事に出るわけではないから、ご本人としては不満があるかも知れないけれど、周囲には理解されているんですから。無名の支持を励みとすれば良い。
 それを歯が浮くような科白で康夫ちゃんを誉めてみたり、外回りが続いてメールすら読み書きする暇も無い最中に、後先のこと考えずに汚い言葉で罵って挑発したりするから周囲が「あ〜あ……」と溜息を漏らす羽目になる。

 言葉の価値を知って伝えるということは政治に携わる者の大切な素養の一つだろう。(火曜勝谷先生日記より)

 そんなもの知ってないでしょう? 康夫ちゃんは。だから、こういうことを書いても、少なくとももうネットワーカーは踊らないんですよ。読み手を白けさせるだけ。自分に求められていることは何で、自分が手を出すべきで無いことは何か? を考えた方が良いと思いますよ。でないと、康夫ちゃん支持者は、こんなにもトンデモな人ばかりというマイナスなイメージを拡大させるだけでしょう。

※ 産経のダイアリーより
* 山岳遭難で飛ばす、県の救助ヘリについては「(1回飛ばすのに)150万、200万(円)かかるので、(救助依頼した人には)実費を請求させていただかないといけない、と思ってるんですけどね」と方針も。28日

 ま、いつもの言ってみただけだと思うけれど、このコスト計算というのは、実は数字のマジックが潜んでましてね、燃料代はたいしたことありません。何せ灯油に毛が生えたのが航空燃料ですから。だいたい考えても見てください。民間でやっている東京湾フライト・クルーズって、一人1万円しないんですよ。なんでこんな無茶な計算が成り立つかと言えば、機体の購入費から人件費、一切合切を含めて、一回のフライトに換算すると、こういう数字になりますという代物がこれです。この辺りは、海軍力のプレゼンスと似たようなもので、軍艦というのは、浮かべておくだけで毎日金が湯水のように出ていく。それを何処かに派遣したからと言って、いつもより余計な金が掛かるわけではない。
 かつてエアラインの収益率を巡り、猪瀬直樹に挑んだ康夫ちゃんともあろうものが、なんと雑な計算をする。

* 小泉首相の発言として新聞記事からの引用として)『涙は女性の最大の武器だ、っていうからね。泣かれると、男は太刀打ちできないでしょ』。お前は、女の涙を見ても、いろいろ決断してきたんじゃないの?生活では…、という感じはあるけどね。28日

 うーん、実感が籠もっているよね。自分もいろいろ泣かれたんだろうにゃぁ(~_~;)。

* 長野市内で20日開いた桂米朝一門の落語寄席へゲスト出演した菊水丸氏に「菊ちゃんは無償で、交通費まで自前で。そのへんに、人間国宝との違いが出てまんなー」とお礼のことば。菊水丸氏からは大阪−長野間のJR夜行急行を「どうにかしてください」と改善を求める要望に、知事は「(昨年交代した、現在の)JR東日本長野支社長とは、まだお目にかかっていないんですわ。いろいろお願いしたいことがあるんですけどねー。まぁ、長野県知事なんか、『吹けば飛ぶ』と思ってらっしゃるんでしょうが…」と、皮肉たっぷりな口調で大阪から“電波”を発信し、面会を切望する。27日

 前段部分はまた訳が解らない。自分が興行師となりお膳立てして、相手は商売で呼び、こっちの菊水丸氏は、たぶんただの押し掛けに過ぎなかった。それをして、人間国宝との違いと揶揄するのは、先方に対して失礼でしょう。

 後段部分。実はウワシンのペログリ日記でも、電通の長野支社長の挨拶が未だに無いとブツブツ言っているんだけど、なるほど「知事詣で」をしない企業人はなっとらんという、極めて素直な心情の吐露ですな。
 所で、問題のJRですが、急行「アルプス」(JR東日本管轄)と急行「ちくま」(JR東海)を勘違いしているという指摘がありますがどうなんでしょう。これは、どちらかと言えば、「JR東日本」ではなく、「JR東海」や「JR西日本」の問題のような気がしますが。

* 信州大の伊藤武広副学長がすぐに入室し、「教員への大学新卒者の採用を見合わせるべきとした知事発言の真意を確かめにきました。お考えに変わりはないですか」と切り出すが、「もちろんでございます」と語尾を跳ね上げ回答。「最初は臨時でつぎは非常勤講師となり、常勤講師となった後、教員として採用していくのはどうでしょうか。すぐに正規教員として採用するのは…」と、社会経験を持たないまま教員となる現在の制度に疑義を提起。25日

 この問題も、単に考えなく口を滑らせたことの後始末でボロが出たというか、何も考えが無いことの証明になっているとしか思えないんですけれど。
 この人、問題の本質を全く理解できていないと思う。たとえば民間の採用でも、「試用期間」というのはある。けれども、試用期間を過ぎて正社員採用する時に、「君は不向きだから」と、クビに出来るかと言えば、日本の労使関係の中では、それは出来ないんですね。滅多にやっちゃ行けないことになっている。
 そもそも大元を辿ると、問題のある人物が教師として採用されるのでは無く、ごく一般的な教師が、月日が経つ毎に、何らかの理由で、問題行動が増えて、でも公務員の身分保障の厚さから、クビに出来ないという袋小路に陥っているのが実情です。ならばここで必要な事は、そういう傾向を持つ人間の採用を回避することではなく(←何しろそれは物理的に不可能)、問題行動が散見される教師を速やかに現場から遠ざける、あるいはクビにするというシステムを整備することです。
 そのために、地域住民を交えた外部の評価システムを構築するなりすれば良いだけのことでしょう。採用方法の改善は、全く的を外した着想です。

* 日本新聞協会の新しい見解について「ずいぶん踏みこんだものだな、という気がします」と再び得意げに。25日

 朝日のメディア欄に、長野支局発で、この新聞協会の見解絡みで、表現道場の現状のレポートが載りました。ま、あんなものでしょう。欲を言えば、主催の問題をきっちり書くべきだと思いますが、それを前面に押し出すと、大マスコミとしては未練がましい作りになるから難しいところですね。

 田中知事は「主催がだれかを判断するのは(情報の受け手である)市民。マスメディアに主催権があれば誤謬(ごびゅう)のない報道が存在するかと言えば、自信を持ってノーと申し上げる」と語り、今後も県が会見を主催する考えを示した。日刊スポーツ 26日

 逆説的に言うなら、「県に主催権があれば誤謬のない報道が存在するかと言えば、自信を持ってノーと申し上げる」
 さて、同じく、誤謬の可能性を含む会見であるなら、私は、官製主催の会見より、マスメディア主催の会見を支持します。この手の科白は、官製主導の記者会見の方が、「民」主導より誤謬が少ないという前提でしか成り立たない。そして、そもそもその前提を信頼できないから、われわれは民の主導を良しとしているのです。

* 12時から始まった県教育委員との懇談が続く中、河川改修の話題となり、「ダムを仮に止めるときに、『じゃ、対案(を出せ)』と議会の人はおっしゃった。でも、そもそも、そこにダムが必要だったのかどうかも議論しないといけないですねー…(中略)…よくヨーロッパは河川が急ではないから、という言い方がありますが…(中略)…街中の川に一段、降りれば、アムステルダムやヴェネチアでなくても、たとえばまぁ、多少大雨が降ったときにも、商店街でも床下ぐらいは(水に)つかる。道路が水浸しにもなるのはあるわけですよね。それが市民のコンセンサス(合意)で、受け入れられるのか、受け入れられないのか…(中略)…どこに人が住んでいいのか。そのプライオリティー(優先順位)をつけないといけないし、他の地域に住むのにインセンティブ(報奨金)を与えるのか」と、これからの県の治水のあり方に関する私見を述べる。23日

 インセンティブ云々の下りは意味不明。前段部分は、私はずっと以前から主張しているように、貴方は、対案を出せと言われた時に、そもそも、災害と供に暮らすということを、県民に説くべきだった。その発想無く、意固地に脱ダム代替案に拘ったからこそ、こんな羽目になったのでしょう? 今さらそんなことを言っても、全ては手遅れです。

* 知事のやっしーブローチを付ける理由は、利権の政治と戦うため、とする発言に関し「ネットで見て、『感動した』っていうメールが2通ぐらい来てた」とうれしそうに本紙記者に言い残し、23日

 本質的な部分で、「利権政治」とブローチは何の関係も無いと思はれ。一人はK嬢で、もう一人は勝谷先生だったりして。

※ 18日会見より
* 長野県としてはなぜ農林水省と言わないのかということでございまして、林業だけはどのようなお考えなのか。

 ちょっと誤解があると思いますね。世間が農水省と言っているだけで、とうの農林水産省が、自分たちのことを「農水省」と公文書で表記しているんだろうか? そんなことはあり得ないと思いますが。たまたま自治体とのフランクなやりとりの中で、そういう表現が出ているだけでしょう。

* 以前にお伝えしたと思いますが参加希望型指名競争入札というものを現在試行、トライアルしております。

 これに関しては、2チャンのこの3件の書き込みが詳しく解説しているので参照のこと。

 もう1点、ある意味では納税をなさる方からすると喜ばしい点であると思いますが、落札率というものがございます。これは私どもがこの事業にかかる費用はいくらかということを積算をするわけでして、これが予定価格でございます。この予定価格よりも低い価格でございます。この落札率は一番低かったものが52%。一番高かったものでも74%。平均で67%でございます。これは皆様のマスメディア等で喧伝(けんでん:世間に言いはやし伝えること)されるいわゆる落札率が90…100%に近い落札率というようなことが大型公共事業等では言われてる訳でございますが。また私たちは最低入札の価格というものに関してももう一度見直していく。私は私見としてはより下げることによってさらに理解される公共事業になると思っておりますが、落札率が平均で67%だったというのは、今までの公共事業においては類を見ないに等しいことであろうと思っております。

 で、これはちょっと常軌を逸した落札率だと思いますね。たとえば52パーセントなんて、これは原価割れも良いところで、1円落札に似たようもので、もし後々のメンテで元が取れるという絡繰りでもなければ、とんでもない欠陥工事になるのは明かで、これは自慢するようなことではなく、何でこんな極端な落札率になるのかをこそ県は検証すべきでしょう。

 ここまでで19分を独演会に浪費。

* 昨年の秋の段階では膀胱内の内視鏡検査では異常は見られませんでしたが、11月の末の段階で医師は腫瘍というふうにはその段階で判断しませんでしたが、私が腫瘍が生起するほう芽ではないかというふうに映像を見て医師と話しまして、もう一度12月の末に検査を受けましたところ1カ所だけ非常にまだ小さな段階であります。

 これは嘘ですね。11月末の段階では、もう手術日程は入っていました。県庁の皆さんは、実は、この日程が事実上空白だったものだから、康夫ちゃんはこの時期にミラノへお買い物に行くのだろうと思っていた、というのが真相です。

* 吉田元議長の報告書問題
 とても真っ正直な答えで好感が持てるとおっしゃった方が県職員の中にもおりまして、人間には様々な考え方があるのだなあと、私も思い至らなかった、やはり人間の思考の多様、多面的な面というものを改めて実感したところであります。私どもの職員としては…、議会事務局の現在は職員になっている訳でございますが、長野県庁として採用された職員が、ああした場で私が伝え聞いて書かしていただいたと。あるいはサッカーのくだりに関しても、議員から否定されることでですね議員の名前で印刷された報告書であるにもかかわらず、議員にご迷惑をお掛けして至りませんでしたというふうに申し上げるというのは、私どもの同じこの県庁舎の別棟とは言え、また私どもの長野県庁が採用いたしました職員が、そういう言葉を吐くというのを見るのは大変につらい思いであります。

 呵々! 笑っちゃいますな。あんたはそうやって部下を思い遣るほど立派な日常は過ごしとらんだろう。

* 地労委問題

 しんぶん赤旗の長谷川守攻です。
 今日、笹森会長と会った時に地労委(地方労働委員会)の問題でですね、笹森会長が向こうの側は特定政党に支配されて幹部は党員であるといったふうな、かなり根拠のないことをですね言っている訳ですが、それが一部報道でですねもう既に流されたと。その部分がですね。ということなんですが、こういう大時代的な逆の意味での一つの立場がですね出てきたんですが、それについて知事はどういうふうにお感じになられたかです。

 だってさ、赤旗さん。貴方がここでこうした質問を行っているということ自体が、その事実を認めちゃっているじゃないの?

※ 28日月曜TBSラジオ・アクセス
 この日のテーマは、中高一貫教育に関してでした。
 すみません。ちょっと風邪が酷くて、私は鼻風邪だけ(でも熱が37度を越えている(ーー;))なのですが、女房は寝込んでまして、その分、子どもの相手をしなきゃならん。しかもこれから外出しなければならないで、このラジオと、先週末の会見に関しては、私の風邪がこれ以上拗れなければ、また明日とします。子どもを抱いたまま清書しているので、ちょっといつもより誤字脱字が多いかも知れません。ご容赦を。
 巨泉が議員辞職? まあ、民主党のためにはそれが良かったかも。本件も明日以降に。



K嬢スクープを検証する (01/26)

 K嬢による飯田高校事件報告書レポートを巡る問題をここでちょっと整理したいと思います。

 追撃コラム氏が政策秘書室に問い合わせた所では、資料は政策秘書室が渡したものである。しかし、政策秘書室はK嬢に抗議するつもりであるとあります。

 なぜ政策秘書室が抗議を検討しているのかが今ひとつ不明ですが……。
 本来、公にはしない約束で渡したものを公開したからなのか? あるいは「解禁日」のようなものがあったにも関わらずそれを破ったことに対してなのか。
 いずれにしても、知事の寵愛を受けるK嬢に対して政策秘書室が抗議するということは無いでしょう。彼らとしては、言ってみただけでしょう。何しろ、その資料を渡すという行為自体が、K嬢の発想による申し出→受け渡しではなく、知事の発案であった疑いもある。私は、その可能性を排除できないと考えています。とすると、政策秘書室としても、この件では、大っぴらには出来ないことがあるでしょう。政策秘書室サイドから真相が出てくる可能性は低いと思います。どっちにしても、彼らが泥を被ることになるから。

では、これはスクープでは無かったのか? というと、私はそうは思いません。

下記土曜日付けのレポート第1弾に下記の下りがあります。

当方ではそれに先駆けて報告書の全文を入手することができた。添付資料にも、特に一審で県側が三度にわたる和解交渉に応じなかったこと、それに続く控訴審で県が逆転敗訴した後、上告に至る過程、このあたりは非常に生々しく、驚くべき記述が目白押しであった。資料のごく一部だが、公開してみたいと思う。

 この下りは、誰(メディア)もまだ手にしていない、書かないだろうことを、書いた、スクープしたという喜びが素直に文章になったのでしょう。つまりK嬢の側には、明らかにスクープであるとの認識があった。
 たとえば、木曜日付けの、他のメディアは何やっているんだというニュアンスの、誇らしげのテキストも、それを窺わせる。
 これが形としてスクープであったかどうかに関しては、私は、ReadMe.毒氏の、ここ数日の分析に全く同意します。恐らくは報告書から固有名詞を抜いてチェックするために、もろもろ(県庁の)公開が遅れたのでしょう。K嬢のスクープを演出するために公開をわざと遅らせた可能性も否定はできませんが。

 ところで、スクープか否かをいったん置いて、この「飯田高校事件報告書」なるものの性格について考えてみましょう。もとはと言えば、このレポートは、康夫ちゃんが上告を取り下げたことに対して、「それが遅かった」あんたはもっと早くにその判断が出来たではないか? という批判に対するものとして田中知事が用意したことです。
 体裁や目的は、文字通り「飯田高校事件報告書」なのであるけれど、議会がせっついたものの核心はそうでは無かった。それはまさに、事件の解明や、県庁はどう考えるかではなく、「なぜ田中康夫の上告取り下げは遅れたのか?」それをこそが核心だったはず。
 田中康夫は、それだけは勘弁して欲しいから、「中には固有名詞がある……」とかなんとかブツブツ言って、延々と公開を日延べする。
 そしてやっと公開された文書はどういう代物だったかと言えば、それは25日付けで読売が書いた(田中県政特集からアクセスして下さい)ように、(報告書は)肝心のことは何ら触れずに、単なる読書感想文で終わっている。しかも県教委に責任をおっ被せているらしい。田中康夫にとっては、このレポートそのものが、自分の責任を糊塗するための煙幕、カムフラージュでしか無い。

 では、その読むべき価値の無いレポートにあって、K嬢が「驚くべき記述が目白押しであった」と驚嘆すべき事実は何かと言えば、もちろんそんなものは無い。前政権がどの時点でどういう判断を行ったかなどということは、遺族にとっては大事かも知れないが、今の県民にとってはどうでも良いことですよ。何しろ、前政権は過去の遺物に過ぎないのだから。
 ではなぜ、K嬢は、(報告書の真偽を問われてもたぶん反論はしないだろう)前知事と副知事の判断に問題をフォーカスしたのか? それはまさに、田中康夫の「悪いのは俺じゃない、前政権だ」という思いが強く現れから他ならない。
 都合3部に別れたK嬢のレポートの最後は、まさにそれを強調するものだった。読み手の落差というのは、K嬢と読売長谷川記者でまるで違う。(注 読売のサイト上には、聞き手として男性記者の氏名がありますが、これは記者会見から察するに、長谷川記者の執筆でしょう)
 となれば、この報告書に関して、ここをこそ強調して欲しいと考えた人間がK嬢の周囲にいて、某かの便宜を計った、指図したということです。具体的には、こういう文書があって、ここにこういう下りがあるからそれを書けと命じた人間がいるということでしょう。

※ あと、勝谷先生ですか。ここ数日の先生の日記は、コピペするのも恥ずかしくなるような壊れようなので、コピペは慎みますが、これが脱記者クラブ宣言の成果だとか笑っちゃいますな。権力に取り入る御用記者には、記者クラブのあるなしなんて全然関係無いじゃありませんか。バッグドアから情報にアクセスするんですから、スクープなんざ無限生産できる。
 でも、霞クラブの記者が、外務官僚の肩を持って真紀子叩きのスクープを連発したからと言って、それをスクープと呼べるかどうかは疑問な所です。そういうのは、業界では、ためにする情報操作、アドバルーン記事、提灯持ちとしか言わない。
 長野県の選挙裏社会に関して言うと、そもそも、糞虫と書いて愚弄挑発したのは勝谷先生の方であって、選挙裏社会サイトの方ではない。勝手に噛み付いて罵っておいて、いったい卑怯者はどちらか? と申し上げたい。サイト同士で会話が成り立つので有れば、別にEメール・アドレスを教える必要も無い。
 しかし、何ですな。人間は、誰しも自分の性格を越える知性を発揮することは出来ないんでしょうな。悲しむべきことです。反面教師の値打ちもない。
 自分の論説を他者に伝えるために、最大限出来るべきことをする。その努力が全く窺えないというのは、貴方は2ちゃんねるの厨房以下です。政治とは、異論を持つ人間を言葉で説き、理解を得、納得させることです。その政治を論じる時に、言葉を放棄するということは、即ちその人物には、政治を語る資格は無いということです。貴方はいったい、誰に対して、何を訴えたいのですか? 貴方はこの20年間、活字社会の最前線にいて、いったい何を学んだのですか? それが田中県政を応援することに役立っていると思いますか?


合成の誤謬 (01/23)

※ K嬢サイトから
■2002/01/19 (土) 飯田高校事件報告書から(1)和解はせず判決を

先週12日、知事は飯田高校で10年前に起きた殺人事件に関して検証した書類を手に、殺害された生徒の両親宅を訪れ、霊前に報告を行なった。
現在、県のホームページでは、その報告書の「本文」部分のみ公開されている。報告の重要な骨子部分についてきちんと触れられていると思われるので、まずこちらをお読み頂きたい。
http://www.pref.nagano.jp/hisyo/governor/iidahigh.pdf
(なお、23日に、添付資料も含めた完全版が公開された。
http://www.pref.nagano.jp/hisyo/governor/iidahigh.htm )

当方ではそれに先駆けて報告書の全文を入手することができた。添付資料にも、特に一審で県側が三度にわたる和解交渉に応じなかったこと、それに続く控訴審で県が逆転敗訴した後、上告に至る過程、このあたりは非常に生々しく、驚くべき記述が目白押しであった。資料のごく一部だが、公開してみたいと思う。

 私は、もしこの件がK嬢の「スクープ」だとしたら、厳しく指弾します。このK嬢サイトの書き物は、必ずしもアップロードが記録された更新日とは一致しません。これは土曜日とありますが、実際にアップされたのは日曜以降のことです。私は月曜に入ってからでは無かったかと記憶しています。
 一般論として言うなら、あるメディアが、何がしかのルートを通じて、公開前の公文書を入手することは、それは「スクープ」と言えます。
 ただ、これはそれとは全く別の次元の問題。知事と個人的な親交を持つK嬢(何せ大宅賞受賞ジャーナリストのインタビュー要請を断りながら、K嬢のインタビューにはホイホイ応じているんだもの)が、公開前の公文書を入手したという事実があったとしたら、知事におべっか遣えば、誰でも公開前の公文書を入手できるということを意味する。(だいたいこのレポートは、無茶苦茶だぞ。4回も連載しておきながら、そのフォーカスを前知事と副知事がいかに腹黒く立ち回ったかに割き、なぜ現在の知事が上告取り下げの判断を下さなかったの肝心なことは一切無視している)
 表現道場として、全ての県民に開かれた会見の場を提供すると言いながら、田中康夫は影ではこんなことばっかりやっている。週刊文春への諸々の情報提供等。
 こんなアンフェアなことをやらかす男に、メディアのあり方なんぞ説教する資格があるものですか。表現道場に行く連中は、なぜK嬢がこの文書を公表前に入手するに至ったのか明らかにすべきだと思いますね。県庁は、誰がそのレポートを渡したかを明らかにすべきでしょう。K嬢も、後ろ暗くないのであれば、その経緯を明らかにすべきこと。
 表現道場の面々はその文書の存在を知っていて、誰でも入手できたけれど、単に何処も触れなかっただけなのか? あるいは解禁日があって、K嬢がただそれを破っただけなのか、はたまた、他のメディアは、そんな完全版文書の存在すら知らなかったのか? その経緯を明かにすべきでしょう。
 これでは、どこぞのど田舎の、知事べったりなら安泰という閉鎖的な地方メディアの状況と全く同じ構図じゃないですか? お前さんに良くも記者クラブの閉鎖性を批判する資格があるもんだ。

※ 月曜日。日本テレビ系列 22時55分より
 ニュースの出来事 「逆風!? 田中知事2年目…新副知事の目に涙?」

 およそ10分の長いレポートでしたね。サンプロの田中康夫絶賛のギトギトした部分を抜くと、あんな感じになるんでしょう。何やら、動き回っている絵は一杯あったけれど、今ひとつ中身が無かったかのように見えるのは、詰まる所、具体的に論評すべき政策がここの所とんとない。だから、涙ぐむ東大出のエリート官僚にスポットライトを当てざるを得なかったのでしょう。
 信州木こり講座に関して、相当の時間を割いていましたが、あれを報じるのであれば、森林組合でないと落札が難しいということよりも、木こり講座が抱える根本的な問題点(便所のない原発と同じ)に触れるべきだったと思います。

※ NHK、22日夜プロジェクトX「医師たちは走った。医療革命・集団検診」

 長野県で始まった集団検診運動を扱ったレポートでしたが、長野の老人医療費問題に関しては、先週日曜日、鳥取県の片山知事を招いての特集番組でも放映されていましたが、なかなか良い作りでしたね。

そこで、はたと思ったのだ。田中康夫という人は県政における若月俊一ではないか。勝谷先生、水曜日日記より。

 一言、全然別人です。勝谷先生、相当に熱が酷いようですから、ゆっくりお休みになることをお勧めします。
週三日、4時過ぎに県庁を抜け出し新幹線に飛び乗り東京に帰って せっせとアルバイトに励み、六本木で憂さ晴らしした翌日は9時過ぎに出庁しなきゃならんような男と、地を這って村人の健康に尽くした医師を同列視するのは、それは医療への冒涜です。人間の誠実さへの冒涜です。
 カルト宗教の信者が、オラが教祖様を、仏陀やイエスと同列に奉らなければ気が済まない病理と一緒です。

※ 「私は常に県民とともにある、ということです。お金がいっぱいかかる、ドロドロした政治ではありません…(中略)…(税金を)政治家のためでなく、市民に戻すのが私のミッション(目的)。県議会のように(私を)理解しない人もいますが、私は金大中(韓国大統領)さんと違い、独身なので、(自分の)子どもが指さされる恐れはありません…(中略)…ガラス張りにすることで、本質が見えます。市民が私の昼ごはんを見ることも。実体のないパフォーマンスは長続きしません…(中略)…(胸元のやっしーブローチは)閉ざされた利権の政治を行おうとする人々と戦うためにつけている」。22日産経のダイアリーより

 お金が一杯かかるドロドロした政治では無いと言いつつ、結構政治資金は掻き集めているみたいですが? 貴方の昼ご飯を見たら、どういう本質が見えるのか、まずそれを明らかにして欲しいと思いますね。

※ 県会意識 知事ボルテージ上がる 支援団体新年会(1/23) 信毎

 知事は、いくつかのテーマについて語る後半で「県議について」求められると、「有権者が選んだすてきな人たちですから」「六十一人いて、あれだけ所得保障されているなんて、これこそ福祉のあるべき姿かもしれない」などとボルテージを上げた。会場からは拍手の一方、「マスコミもいるのに、発言には気をつけた方がいい」と心配する声も。

 バイトに精出して県を留守にする知事さんに所得保障するのは、福祉のあるべき姿なのかな? 全く、飲んで煽てるしか能も芸もない、お馬鹿さんの集まりですな。外では、物言えば唇寒しの、吉村県政下と全く同じ状況を招いておきながら、結局の所、利権の在りかが代わっただけだった。
 私が一人の支持者としてこの場にいたら、「県議もまた220万県民が選んだ選良である」と皆の面前で叱責します。
 所で、昨日はそんなビッグイベントがあったというのに、「しなやか県政」のサイトのアクセス数はまた100件を切っている。この人たち、大丈夫でしょうか。

※ 宮城県で、公共事業にコスト表示の看板を掲げることを決めたそうで、なかなか結構なことですね。
 情報公開の道筋は一本道ではない。職員虐めとしか受け取られかねないような情報公開に固執する前に、やるべきことは山ほどあるということでしょう。

※ 知事会見 平成14年 年頭知事会見 1月4日

*大晦日朝生ブッチの件に関して

メールマガジン「これでいいのか!田中県政追撃コラム」 奥秋昌夫氏
 ご自身の都合であれされたのか、それとも向こうのテレ朝の方の都合でもって、何と言うか、下ろされたって言うとあれですけども、出演ちょっと…、何か書類送検中の身だからやめてくれみたな話があったのかどうか、そういったとこ聞きたいんですけど。

長野県知事 田中康夫
 そんなにスクエア(square:几帳面な)だったりカワード(coward:臆病な)なテレビ局ではないというふうに私は評価しております。
 出演者、つまりテーマに関してと、出演者に関してであります。当初私はまさに構造改革、私と大分小泉純一郎氏の構造改革という言葉の認識は異なるということは今朝の仕事始めの場でも多少申し上げましたが、石原伸晃氏が出演をするというお話でありましたので、その他の出演者のメンバーもお聞きして、考えていた訳ですが、1つは構造改革について、あるいはテロ以降に関してというのはある意味語り尽くされている部分や、それぞれの立場がもうある種確定している部分があるので、私はむしろまさに日本の市民にとっての生命の問題でもある狂牛病…、牛海綿状脳症という問題に関しても、例えば自由党の山田氏のように非常に日本の農業の消費者のための再生ということを考えているような方も加えて議論をする方が、薬害エイズの教訓というものをなんら生かしきれず責任も取り得ていない日本の政治というものが議論できるのではないかということをお話いたしましたが、そうしたテーマは議論にはならないと。また出演者も当初のメンバーとはかなりの部分異なるという形から、それでは最初から議論の行方というものは見えてるのではないかということで、出演をいたしておりません。
 よろしゅうございますか。

 ちなみに、その日の朝生の出演者は以下です。
荒井 広幸(自民党・衆議院議員)
平沢勝栄(自民党・衆議院議員)
渡辺 喜美 (自民党・衆議院議員)
枝野 幸男(民主党・衆議院議員)
首藤 信彦(民主党・衆議院議員)
辻元 清美(社民党・衆議院議員)

猪瀬 直樹(行革断行評議会委員,作家)
植草 一秀(野村総合研究所上席エコノミスト)
金子 勝(慶応大学教授)
紺谷 典子(エコノミスト)
島田 晴雄(慶応大学教授)
野坂 昭如(作家)
宮崎 哲弥(評論家)
森本 敏 (拓殖大学教授)

 この人のこれまでの習性に鑑みると、自分と波長が合わない人物と会う覚悟があったわけではない。別に誰かと議論をしたかったとはとても思えない。過去にそんな形で、誰かと議論したことなど一度も無い。そもそも、田中康夫が番組で紹介したい、彼と波長の合う政治家を番組に出せ、出さなければ俺は出ないぞいう態度自体が間違っている。この番組は、気にくわない勢力同士でバトルするのが醍醐味なんだから。そもそも引き受けた時点で、この人は番組の主旨自体を全くもって理解していない。自分の都合で番組編成が回るものとはなから決めつけている。
 少なくとも辻元だの宮崎だのと康夫ちゃん好みの人選が十分になされている。それでも逃げた理由は何かと言えば、ただひとつ、天敵の猪瀬直樹が出ていたから、というだけの話でしょう。
 それはともかく、書類送検中の身の上の人間を番組から降ろすことがカワードだとは私は思わない。報道番組としては、むしろ真っ当な判断に過ぎない。この人、本当に反省してんの?

*朝日新聞社 佐藤徳仁氏
 朝日新聞、佐藤徳仁と申します。
 長野県と県議会の情報公開というのは、ある程度まだ不十分とはいえ進んできているとは思うんですけれども、長野県警の情報公開についてはほとんど進んでいないと思います。田中知事は長野県警の情報公開について、現在どのようにお考えてるかお聞かせください。

長野県知事 田中康夫
 4月1日から長野県警に関しても情報公開条例が適用になる訳でして、これは私が就任後間もない12月の

 ここから後が、突っ込みようもないほど支離滅裂になるんだよね……。

※ 知事会見 平成14年度税収見通し他 1月11日

 税収と予算に関して
 これは、日本という社会…、この場合には国という表現の方が的確かもしれませんが、国全体が非常に小泉純一郎内閣はNTT株を用いての二次補正という形はあるにせよ、ある種の緊縮財政化を敷いている訳でございます。ただ私は従来から申し上げてるように、「ショー・ザ・フラッグ(show the flag)」という異なった意訳ではなくて、「ショー・ザ・ドリーム(show the dream)」だと申し上げておりますので、もちろん教員の外部評価、あるいは採用のあり方ということが前提条件ではありますが、30人学級をはじめとした、まさに実体のあるショー・ザ・ドリームであり、そしてそこに雇用を生み、景気浮揚を行えるようなですね、従来型の景気浮揚とは異なる形のものを予算の中で計上していくと。これは教育委員会のみならず社会部でありましたり、衛生部でありましたり、そうしたところに見られることになろうと思っております。ただそれは財源というものはより限られてきておりまして、昨年…

 これも支離滅裂なやりとり。

いわゆる30人学級に関してでありますが、教員に新卒者を採用することは原則見送るべきだというような表現の記事というものが散見されておりますが、これに関して少し説明を加えたいと思いますが、私は新卒、大学を出た新卒者がそのまま一生の待遇が保障される教員として最初から採用されるということはいかがかと言ってる訳でございます。

 前回の記者会見では、こんなことは↑一言も言っていない。

もう1点は、これは私たち公務員もひとたび雇用されますと、よほどのことがない限りは解雇はされない訳でありますが、教員もまた同じでありまして、私は基本的には教員というものは新卒の、大学の学部の新卒者を採用するということは原則見送っていくべきではないかという強い考えがあります。これはやはり教員になる方は非常勤の講師、そして常勤の講師という形からを経て教員に採用されるべきではないかと。また民間の企業等に勤務をした方が教員になるべきではないかと。先般も海外青年協力隊という個々の協力隊員に関して私は高い敬意を払っておりますが、その背後にあるいわゆる外無能省(外務省)やジャイカ(JICA:国際協力事業団)と呼ばれる形態のものが、いかなる貢献をしているかということに関しては少なからず懐疑的ではありますが、先般も長野県出身で首都圏の大学を出た後、長野県の教職員試験に残念ながら合格せず、首都圏でいわゆる臨時の教員を行いながら数年間にわたって中南米に出かけていたという女性が、その他の私どもの高遠高校等に勤務をしている職員で海外青年協力隊に行っていた者と併せて報告にまいりましたが、非常に素晴らしい使命感や考えを持っている人物でありまして。これは教員だけでなく私は、私の妹が医師を勤めている関係で看護婦、看護士という者に関しても言えると思いますが、例えば子どもが生まれていったん休職、退職をしてですね、再び看護婦の職に戻った方は給与条件ははるかに同年齢よりも低く、身分も不安定でありますが、非常にある意味では逆にその立場がそうさせるというふうに揶揄(やゆ)的におっしゃる方もいますが、大変に非常に高い使命感や働きをしていると。代用教員と呼ばれます、ご自身でお子さんも育てたが故にいったん退職され代用教員として多くの学校を転々と、と言うとまた語弊がありますが、なさっている教員の方が非常に素晴らしいきめ細やかさを持ってるというケースは、これはみなさまも私と違って保護者でらっしゃる方が多いと思いますので、大きくうなずかれると思われます。やはりこうした多くの市民が持っている疑問に対して、いや、そうではないのだ、新卒でも素晴らしい人がいるのだ、新卒採用した人がこれだけ素晴らしいのだ、あるいは教員をずっと続けている人がこれだけ素晴らしいのだということを、おそらくはこれは長野県にとどまらず、都道府県の教育委員会というのは説得力を持ってお話になることができない現在の教育の現状というのがあると私は思っております。ですから、私は新卒の採用というものではなく、やはり様々な教育現場での経験や、あるいは他の社会での経験を経た人こそ教職員として正式に採用していくべきではなかろうかということも述べました。

 この長ったらしい文章で康夫ちゃんが言っていることは、どう解釈しようが、新卒は採るべきではない、いろんな仕事、人生経験を経たもの採用すべしという意見に他ならない。「強い考え」とまで言い切っている。にも関わらず、私は新卒、大学を出た新卒者がそのまま一生の待遇が保障される教員として最初から採用されるということはいかがかと言ってる訳でございます。とは、これは言っていることの意味が全然違うでしょう。これじゃ、教育委員会は混乱しますよ。

* 給与所得者の視点からするとなかなか理解しにくいのではないかと思う訳でございます。

 これは不正受給があったアーケードへの補助金問題なのですが、別にそれに対して税金が支出されること自体をして、給与所得者の理解が得にくいというのは変な話だと思いますね。アーケードの利益は消費者全体が享受できるのであって、この問題に関する康夫ちゃんの瑕疵は、第一に、不正があったということと、そのアーケードに税金を支出することが否かどうかということは、別の問題であるという認識が欠けている。
 で、支出することがどうか? ということに関しては、結局、この手の整備は、関係者だけでは回らないことが多い。そういう時に、じゃあ税金からもいくらか負担しますから整備しましょうと、旗振りの呼び水になるわけですね。そういうメリットがあるということを無視するのはどうかと思います。不正は不正で、厳しく取り締まれば良いことです。

※ 噂の真相2月号 ペログリ日記
 信州牛に関して
 11月18日、――中略――
 安心シールの普及率は開始後一ヶ月を経過しても僅か20%台。取り分け、卸売り市場の半分強を占める農協系は「低調」の極み。巷間伝わるに、黒毛和牛、交雑種、乳用種と、包み隠さず品種も牛肉履歴書に記されるのが「抵抗」の理由とか。即ち狂牛病発覚以前、交雑種を「安価」な黒毛和牛なる表示の下、買い求め(させられ)ていたやも知れぬ消費者に、無用の不安を与えかねない、との親心か。
 いやはや、農畜産品の「原産地管理呼称制度」導入が急務、と僕が唱える理由がここにも。しなの牛キャンペーン時、長野産レタスを僕が丸かじりする写真をPOP広告として飾りたい、との申し出を快諾し、京阪神地区の小売店舗にお目見えするも、泣く子も黙る強固なる組織力を誇るJA幹部からは、電話の一本すら受けた記憶はなし。

 実はこのあとにも長々とねちねち農協への嫌みが続くんだが、まず後段部分から、この人は、自分が県知事として協力した事業に関して、逐一お礼を貰わないと気が済まない人物らしい。さっさとお辞め頂いた方が良いんじゃないの? 某かの謝礼や報酬を求めるとしたら、それは単純な贈収賄。知事としての業務の範囲内での行為で、某かのお礼を求めるとしたら何だろう? 精神的な贈賄行為、強要と言えないだろうか?
 この安全シールの話。事実関係はこんな所でしょう。しかし彼は、昨年の記者会見で、シールが普及しない理由を問われても、こんなことは一言も言わなかった。
 この一件ほど、田中康夫という人物のいい加減さを物語るエピソードは無いと、私は考えています。
 田中康夫が「しなの牛」に込めたものは、単にブランドという記号でしかなかった。そのブランド・イメージを作るには、それなりの基準、スタンダードが必要であるという肝心要の部分がすっぽり抜け落ちていた。だからあっけなくこけた。
 私は、日本の農業のおおよその問題点は、農協に集約されると思っています。日本の農業をこれほどまでに展望の無い姿にした責任は、ひとり農協にあると言っても過言ではない。
 所が、田中康夫は、「原産地管理呼称制度」が必要だと説きつつも、そのためには具体的に何が必要かを全く、驚くほど何ひとつ語っていない。この安全シールに関しても、農協の人間など絶対読みはしないアングラ誌でこっそり書くだけ。
 問題点が何処にあるかを知らないわけではない。認識していないわけでもない。それは百も承知している。そのためには、農協と衝突し、農協の意識改革を進めなければ何一つ改善できないことは自明のこと。
 でも田中康夫には、そんなつもりは毛頭無いんだな。影でこそこそ陰湿な悪口言うだけで、農協と正面から向き合おうという覚悟は全く無い。それはなぜかと言えば、農協票を失うのが怖いんですよ。農協が握っている郡部の、ジッちゃんバアちゃんの無垢な支持を失うのが怖いから、何も言えない、言う気はない。土建土建と世間の時流には乗れるが、田中康夫もまた、旧来型の政治家と全く変わりなく、農協だけは敵に回せないというジレンマから抜け出せない。
 農協を変えるには、地方からボトムアップで変えていくしかない。いいチャンスなのに、極めて、悲しむべき状況だと思う。

※ 地方自治法改正案
 1月11日の産経に、この地方自治法改正案に関わった上智大学法学部教授の小幡純子氏の論説が載っていまして、いくつか世間に誤解があると説明してらっしゃいました。
 康夫ちゃんは、首長の責任が曖昧になるという論点で、改正に反対しているのですが(正直な所、私もそう考えていました)、どうもだいぶ話が違うようなので、参考までに、倉庫に置きます。ぜひ一読してください。

※ 手続き民主主義でなく結果民主主義
 【16日】 8時50分、登庁し1階知事室。教育委員会と打ち合わせし、10時7分に終了。県農村生活マイスター認定証授与式出席のため、近くの長野ホテル犀北館へ。55分、県庁に戻る。11時2分、特別会議室で現地調査のため、県内を訪れる参院国土交通委員会の一行を待つ。13分、到着した委員らと名刺交換。あいさつで「納税していただく方々に納得していただける、グランドデザインを描けるアドバンテージを持った国土交通省と…」と、同行の国交省幹部を意識。県側の概況説明のあと、45分、質疑に。各方面ときしみを生じていないか、と問う委員に「みなさんと社会を変えていくのがリーダーでして、リーダーにはパースペクティブ(遠近法)があるのかどうかが…(中略)ジグソーパズルのように、半年か一年先には形が見えてくるかと…」。12時5分、退室。直後の質疑で、委員側からカタカナが多くて知事の発言が分からなかったとの意見が飛び出し、阿部副知事が「県民の方にお知らせするときには注釈を付けています」。産経のダイアリー 16日

 変な話で、「県民の方に知らせる時には注釈を付けている」というのは、それは県庁サイトにある記者会見のテキストのことを言っているんだろうけれど、これはじゃあ、この知事さんの言っていることは、翻訳しなけりゃ、県民に届かない、理解不能だということを、副知事自ら認めてしまって(いやそれ自体は事実だから仕方ないんだが)、でもその対策として、テキストを起こす時には、ちゃんと翻訳していると、無茶なこと言ってるわけでしょう? そんなアホな話がありますかいな。
 知事が言ってることは訳わからんが、県民に届けるために注釈つけてますなんて、まるで、ミズスマシ知事と、その腰巾着副知事みたいな関係じゃないですか。

 それで、康夫ちゃんは、ここで自分の手法は手続き民主主義でなく結果民主主義だと言ったらしいけれど、民主主義とは何か? と問われたら、それは「手続き」です。民主主義のおおよそ99パーセントは、手続き論に集約されると断言して良い。その手続きを守れるかどうかに懸かっている。
 結果民主主義? そんなアホな概念がありますかいな。結果が良ければそれが民主主義だと。そんなものは独裁政治の単なるデマゴーグに過ぎない。
 彼は、その時の長野選出の北沢議員とのやりとりで、「一人の意見を聞いても、その背後にある意見がどのようなものか感じ取るのがサーバントリーダーだ。私がリーダーとして提示することは市民が判断する」と更にアホなこと言っているんだけど、その一人の意見は、表に出て誰でも目にすることが出来るから民主主義が達成できる。その一人の声の後ろにある、でも私達には聞こえない別の意見に耳を傾けるとしたら、それはもう民主主義を完全に逸脱しているでしょう。ここでは、その声として聞こえない声が正しいという前提でなければ、この論理は成り立たないから。それが正しいか否かの判断が出来ないから、表に出たマジョリティの声の判断に従いましょうと言うのが、民主主義の大前提です。

 さて、そこで合成の誤謬という問題が出てきます。
 長尚先生のサイトが、ここの所精力的に更新されています。読み応えのある論説が展開されています。ぜひ読んで下さい。なぜ日本経済がこういう状況に陥り、経済を巡る議論の何が間違っているのかが謎解きされています。
 合成の誤謬というのは、もとは経済学用語です。どういう意味かというと、個人としては合理的な行動であっても、多くの人がその行動をとると、好ましくない結果が生じる、という意味です。
 康夫ちゃんが、民主主義に関して、選挙前後に言っていたこと、「導き出された結果は、必ずしも住民が望んだものではなかった」というのは、まさに合成の誤謬です。康夫ちゃんは、知って知らずか、この言葉を遣いませんが。この頃は、経済学を飛び出して、政治に関しても遣われます。
 今、日本を取り巻いているいろいろな状況は、多かれ少なかれ、この合成の誤謬に陥っている問題が少なくないと私は思っています。小泉政権に関して、合成の誤謬を指摘する学者は少なくない。たとえば道路公団の改革を巡る問題がそうです。
 明らかに、道路公団はどうかしています。大きな改革が必要でしょう。ところが、道路公団を巡る国会やメディアの議論というのは、日本の道路行政をどう舵取りするのか? の一番肝心な部分を置き去りにして、ただ道路公団を潰す潰さないという問題で回っている。実は道路公団問題を扱っている猪瀬直樹氏は、道路を造るななんてことは言っていません。道路をどうするかという問題は、それはそれで議論すべきであるし、作るなとも言っていない。ただ、道路公団はおかしいからもう止めようと言っているに過ぎない。
 実は私は、長野県政に関しても、大なり小なりこの合成の誤謬のジレンマに陥っていると見ています。田中康夫が読み解く合成の誤謬と全く逆の意味で、そのジレンマに陥っている。
 たとえば、情報公開がそうです。県庁の情報公開は進んでいるけれども、では自由闊達な議論が出来る状況になったかと言えば、少なくとも、田中県政を批判しようとすると、相当の勇気が要る。こんなことは、田中県政の誕生直後には無かったことです。みんが田中康夫を支持しているという前提で回っているがために、言いたいことを言えなくなった。
 信州きこり講座がそうです。環境保全にも役立つ、失業対策にもなる、緑のダム構想にも貢献できると喧伝されているけれども、実は、伐り出した木材の需要は全く無いと言っても過言ではない。仮にその需要があったとしても、植林スピードを越える量の伐採はできない。木材資源は有限です。全員がそれを望んだら、得る物も得られない。
 最初は、田中康夫は、その合成の誤謬と闘おうと考えたのだけれど、その場合でも、対話や説明が必要だということを、ほんの二、三ヶ月で放棄してしまい、田中康夫自身が、県民にとっての合成の誤謬の中心となってしまった。

 テレビ等で、私の存在が報じられてから、頂戴したメールで一番感じたこと、多く述べられていたことは、田中康夫を今追い出したらこの後どうなるんですか? という不安です。この人たちはどうも田中康夫が今やっていること、やろうとしていることは実はどうでもよくて、去った後のことを恐れている。県民が、長野県をどうしようかではなく、田中康夫を護持しよう、そうすることが県民のためであると思いこんでいる。県民の、お上を頼ろうという意識がやっぱり抜けていない。
 この辺りは、康夫ちゃんを取り囲む連中の、いかにも「田中康夫だから出来た、彼でなければ出来ない」というプロパガンダが見事に浸潤している。
 でも日本中に、改革派知事と呼ばれる連中は一杯いるじゃないですか? 田中康夫が去ったら、また元に戻ると思いますか? 戻れると思いますか? そんなことは県政会の人々だって考えてはいないでしょう。
 2月県会で、不信任を出すのに大義名分が無いということがニュースとして報じられています。政治における大義名分というのは面妖な代物で、たとえば国政レベルでは、衆議院はもう3年経って、そろそろ選挙だからとか、総理の支持率が低いからとかが立派な大義名分になって不信任が提出されて選挙になる。
 ではそれが無ければ放置して良いのか? 手続きは要らない、結果さえ良ければそれで良しと嘯くような為政者を戴く必要がありますか?
 満州事変以降の日本は、いくつか引き返すチャンスがあった。軍部が独走したというけれども、それをセーブする権限を議会は持っていた。帝国議会は、その権能を一度として停止されたことは無かった。これはナチスに関しても同様です。
 議会が本来持っている権能を自ら封印して、結果良ければ、手続きは要らないとした為政者と軍部の流れを阻止できなかったから、日本は破滅へと転落した。
 私はむしろ、旧来型の陳腐な大義名分が無いことを誇りとすべきだと思います。われわれは日常の知事の業務や発言を検証して、この人には知事の資質は無い、駄目だと判断する、と堂々と県民に問えば良い。

※ 寄席に関して。
 再度問います。昨年の11月18日に、東大の坂村健氏を招いての講堂での講演会がありましたよね。私は、こういう場に、誰かを招くのは結構なことだと思います。そこに招かれたのが、落語家であっても構わない。県民が納得できる程度の車代で招待できるのであれば、それが税金から支出されたとしても、批判すべき代物ではないでしょう。
 でも、それが講演会として妥当な入場料を取りますよという話になったら、話は全く別です。そこに招かれたのが坂村健氏であったとしても、その出費を県職員に強いるのは、甚だしい公私混同でしょう。共済組合は、いろんな所に補助しているけれど、それが知事の口利きとなると話は全く別ですよ。
 もちろん形としては、県の共済組合が斡旋してお膳立てして仕切ったという形になっているのでしょう。でも実態は、田中康夫が、知り合いの米朝師匠に、知事という立場で、寄席の場所を県内に斡旋し、共済組合に協力を強いて(入場料の正規料金は4.000円だったらしい)、あまつさえ県庁職員にもプライベートの出費を強いたという事実関係は何ら揺らぐものではない。これは、知事が自分の顔でもって、どこかのホテルを安くするよう交渉して、ついては共済組合からも補助出させるから積極的に利用しなさいと奨励したというレベルの問題とは全然違いますよ(←それはそれで問題だと思うが、少なくとも職員には利用しないという選択肢がある、寄席は、客の入りが悪ければ知事の面子が丸つぶれになるから行かないという選択肢を取れない)
 こんなことがもし許されるとしたら、田中康夫の知り合いというだけで、誰でも彼でも、県内で、共済組合からの補助の元、商売ができて、県庁から職員が自腹を切って動員されるということになる。それが職員のためになるとだけ説明を加えれば良い。何しろ落語の鑑賞が県庁職員のためになるというのであれば、世間のおおよその娯楽は許されることになるでしょう。
 知事の肩書きで興行師をやらかし、付き合いのある連中を招いて興業だの講演だのを企画し、その入場料の一部は共済組合に出させ、県庁職員には自腹を切っての参加を命じる。こんなことが本当に許されるんですか?
 こんなにも酷い公私混同をやらかしているのに、県内のメディアは一切報じようとしない。あなた方の目は節穴ですか? なぜそんなにも鈍感でいられるのです?

※ 先週末の記者会見と週刊SPAは次回に


この寄席は斡旋利得では無いのか? (01/21)

※ まず番組予告。今夜月曜日。日本テレビ系列 22時55分より
[ニュースの出来事 「逆風!? 田中知事2年目…新副知事の目に涙?」
 明日、レポートします。

※ 上越市直江津港整備補助金削除問題
「海水浴や買出しなど、十分長野県民は上越市にカネを上納している」

 ついうっかり忘れていましたが、この問題に関して。
 個人的には、今の長野の財政下では、しばらく中止するのもやむを得ないなと思います。ただこの人、れいによって、失礼な物言いで隣県の人間を挑発しても仕方ないでしょう。無益なことです。
 こういう財政状況だから、しばらくということでお願いしたいと述べれば済むこと。その代わり、県民に一層、上越市でお金を落とすよう奨励しますと言えば済むのに、それで済まないのがこの人の悪い性格なんですね。
 この件に関して私が思っているのはそれだけなのですが、ちょっと面白いなと思ったのは、地方自治体が、隣県の事業に予算を出しているという現状です。こういう動きというのは、むしろ田中康夫的なエッセンスの範疇だと思うのですよ。現に、県境沿いの子供たちが隣県の学校に通えるように康夫ちゃんは配慮もしたわけでしょう。
 そうすると、隣県の事業に何らかの形で予算を出す、もちろん隣県からも貰うという形は、これから増えてくるでしょう。軽井沢の整備なんか、群馬県の協力無くしては進まないし、長野ほど隣接県が多い県にあっては、それはむしろ避けて通れない。
 県境自治体の整備が滞りがちなのは、隣県のことは隣県のことという建て前が支配して、影響していたからで、上越市への補助金問題は、それを考える試金石になったと思います。
 事業を継続すべきか否かは、私は積極的な意見を持ち合わせないけれど、その点は、前向きに考えて欲しいと思います。

※ 田原総一朗は斡旋利得罪に問われないのか?
 業際事件というのは、ちょっと信じられない部分がありますよね。知事には1千万円用意するとか、リベートの金額が3パーセント以上あったとか、さすがにリベート額がこんな数字になると、もうどこぞの発展途上国並みですよ。こう書くと、あんたはウブが過ぎると勝谷先生辺りに批判されそうだけれど、それでも、こんなことが未だにまかり通っている現実に、私は、ちょっと驚いています。
 日曜のサンプロでもやっていましたけれど、でも私はどうしてもひとこと田原(太鼓持ち)総一朗に言いたい。田中康夫に30万円献金して、その後、番組でヨイショしまくり、一緒に本も出す。こういう行為は斡旋利得とは言わないんだろうか? いや、それとも単純収賄か?

※ 吉田参議院議員、旅行報告書は読んでいず
 この、吉田議員の名前で出された報告書が、実は随行員が書いたもので、自分は読んでもいないし、書けと言ったことは書かれてもいなかったと述べているのは、まあ正直と言えば正直なお人ですな(~_~;)。笑っちゃいかんけれど。
 公文書なのですから、政治家たるもの、一度自分の名前で出したペーパーに関しては、全責任を負うというスタンスを取って貰わなければ困ります。私は何の擁護もしない。

※ 落語で頭ほぐして… 県職員ら対象 米朝さんら出演 (21日信毎)

 菊水丸さんが会場に「お囃子(はやし)」を求めた場面では戸惑い気味の反応もあったが、会場からは笑いが絶えず、職員の頭もほぐれた様子だった。共済の補助があり職員らの負担分は一人二千八百円。家族三人で訪れた男性職員(38)は「いい家族サービスができました」と喜んでいた。

 疑問でならないんですが、こんなことやっていいんだろうか? これは、康夫ちゃんが、以前から知り合いだったという米朝師匠に、高座を斡旋して差し上げたわけでしょう。友情出演とかで河内家菊水丸まで呼んでいる。
 私はてっきり、ボランティアとしての高座だろうと思っていたら、入場料があって、県職員は共済組合から補助があって一人2.800円で済んだと。
 記事は、いかにも県職員が楽しんだように好意的に書かれているけれど、これは、絶対おかしいと思いますよ。なんで知事が共済組合の金の使い道を指図できるんですか? これは経緯はどうあれ、結果はそういうことでしょう?
 それも自分が付き合いのある芸能人にステージを斡旋して、県職員には、共済組合から補助を出させるから、家族ぐるみで金払って行きなさいと、これは今流行の斡旋利得でしょう。
 いったい共済組合の支出は、誰の判断で回っているんでしょう? その辺りをはっきりして欲しいですね。
 この人には、この手のことが多すぎる。昔から付き合いのある連中を特別顧問に担いで報酬出そうとしてみたり。
 金が絡む所で、全く公私の区別を付けようとしない。良くこれで、手が後ろに回らずに済んでいると思いますね。

※ 地下放水路案
 柳田議員のサイトに、脱ダム代替案として、非常に面白いアイディアがアップされています。地下放水路案という、金は掛かるけれども、環境負荷の低い方法です。
 もし技術的に可能で有れば、非常に良い選択肢になると思います。問題はまさに、金銭的な部分に集約されるだろうと思いますが。
 ところで、私のブックマーク集をご覧になられる方々は、あまり下の方はチェックなさらないと思いますが、以下の2件も、比較的頻繁に更新され、鋭い批判が展開されています。
田中康夫長野県知事へのメッセージ  無手勝流ポリティック・ウォッチャーズ

 また昨日、新着の所に紹介した ReadMe.毒 というサイトは、非常にユニークな視点を持っています。
 私は、同業者に関しては、私よりセンスの良い人間は山ほどいると思っています。この手の評論活動では、私のレベルは中の下辺りでしょう。ただ、さすがに、いわゆる素人さんに関して、凄いセンスの持ち主だと驚嘆することはそう滅多にあるものではありません。
 もちろん、一般世間というのは、才能の宝庫です。しばしばプロは、素人は所詮素人などと見下しますが、私はBBS時代から、世間には時々とんでもない才能が隠れているものだと思っていました。この方は、そういう逸材の一人と言えるでしょう。康夫ちゃんだけでなく、大橋巨泉に関する洞察、日垣隆氏への洞察。いずれも、私もそこまでは気付かなかったという面白いネタが盛りだくさんです。
 今時、SHARP X68000EXPERT を持ってて「戦闘妖精雪風」が好きだなんてのは、ただもんじゃない。この手のディープなヲタクとは絶対関わり合いになりたくない(~_~;)。

※ 記者会見3本分
 今日は、記者会見3本分を片づけて、その中で合成の誤謬という問題を書きたかったのですが、この寄席の問題があまりに酷いと思いまして、それをクローズアップしたかったので、明日に譲ります。
 この寄席に関して、もし県民が誰もおかしいと思わなかったとしたら、それは変だと思う。知事が、知人の落語家なり文化人なりを、県庁職員のためになるからと連れて来るのは自由だけれど、その話なりパフォーマンスを鑑賞するために、貴方がた金払いなさい、共済組合から補助も出させます、なんてのは滅茶苦茶な話でしょう。
 これが職権乱用でなくて何だと言うんですか?



ヒューイ・ロングを考察する 01/19

 実はここ数日、2チャンでずっと私への嫌がらせが続いていまして、ここ二日三日で4本スレが立ち上がりました。皆さんが、これをお読みになる頃には、また新しいスレッドが立ち上がっているかも知れません。
 この人、ちょっとオマヌケなことをやっているんだけど、今は何がオマヌケかは書きません。事態が沈静化したら、いかにこのスレ>>1がアホかということを書きます。今、それを明らかにすると、この人のアホさのお陰で、私が受けている僅かな利益が損なわれるので(~_~;)。

航空・船舶板に「売れない作家&航空ヲタク「大石英司」を叩け
ニュース速報板に「★作家がネット上でクラッカーに挑戦状★
マスコミ板に「★売れない無名三流作家を救え★
国際情勢板に「大石英司−ダメダメ自称作家−
政治思想板に「バカ小説作家「大石英司」を叩き潰せ!

 ニュース速報板のスレが順調に上がり続けていることには、正直、(。-_-。)ポッとなる。何かこう、この人誰? というポジションの歌い手が、紅白に招かれてしまったような(~_~;)。

※ さて、まず勝谷先生の日記から。
 TDLからロイヤリティがアメリカへ渡るという話(今朝土曜)ですが、実はこのロイヤリティは知れています。なぜかというと、米国のディズニー社は、TDLが立ち上がる時に、それが事業として成功するなんてちっとも思っていなかったんです。だから、オリエンタルランドの経営に任せて、うまくいったらロイヤリティも遣せという契約で始まった。
 ところが大成功しちゃっって、彼らは直営にしなかったことを後悔した。ロイヤリティも知れている。だったらヨーロッパに作るディズニーランドは、自前の経営で立ち上げると意気込んで、結果大失敗しました。お国事情を全く考慮しなかったせいで。

 田中さんの発言だとか人格だとか手法だとかをゴタゴタ抜かす裏で奴らがホントは何が一番イヤなのかこの無機質なペ−ジは教えてくれる。(水曜勝谷先生日記より)

 議会議員の「ミーちゃんハーちゃん」発言を叩いた後にもうこれだもん。ご自分は、議会の発言に関してゴタゴタ抜かすが、田中知事に対してゴタゴタ言う奴は許せん、という出鱈目は止めて欲しいと思う。
 まあしかし、何しろ、政策と呼べるものはほとんど無いという声も一部ではあるし、現状では、発言人格手法とかでゴタゴタ抜かす人がいても仕方ありませんわな。批判しようにも、政策が無いんじゃ。私だっていつも苦労しているんですから。しょぼい政策からネタを探すのに。
 しかも、康夫ちゃんの談合防止策って、明らかに効果を上げていないんですよね。そのことも触れて欲しいと思うんだが。
 金曜の日記の神戸震災の下りですが、健気という言葉ですけれど、もともとの兵庫県知事の式辞原稿というのを探したのですが、ネット上にどうも無い。天皇陛下の、昨年四月の行幸の発言も、一部は発見したのですが全文は無い。でも、実は一時間懸かりで検索して、こういうのを見つけました。

言語に絶する災害の場で、被災者により示された健気な対応と相互への思いやりに、深く心を打たれました。今も一人ひとりが多くを耐えつつ、生活しておられることと察します。時をかけて、被災者の心の傷が少しずつ癒されていくことを願いつつ、被災地のこれからの状況に心を寄せ続けていきたいと思います。


 これは、震災2週間目、両陛下の神戸お見舞い時に皇后陛下が述べられた言葉です。
 「健気」という言葉の語感をして「見下している」というのは、ちょっと首を傾げます。私は、むしろぴったりな印象を受けますが。
〔年齢や外見の弱さに似合わず〕勇気をもって困難な事に立ち向かうようす。「―な心構え」「―に努力する」−現代新国語辞典より
 仮にそういうある種の主従関係がそこに隠喩されていたとしても、ここでの主客は、県知事と県民ではなく、県民の代表としての知事(健気なる存在・従者)と、主(あるじ)たる天皇の関係の中での言葉であって、用語用法としてそう間違っているとは思えない。
 じゃあ、「健気」という言葉を遣った皇后陛下も、勝谷氏から見れば「人々を見下した根性」ということになるのかも知れないけれど、難しいのは、いわゆる天皇家における日本語と、われわれ平民が使う日本語というのは、微妙に意味や用語用法が違うんですね。
 ま、こういう当事者の皆さんというのは、とにかく憤りをぶつける相手というのをいつも求めてらっしゃるわけで、そう批判する気はございませんが。

※ 知事の手術はいつ決まったのか?
 康夫ちゃんの2月の手術に関して、面白い話を聞きました。実は康夫ちゃんの手術日程は、かなり早い時期に決まっていたとのことです。
 いろいろ情報を総合すると、年末の定期検診で再発が解って手術を決めたなんてものじゃなく、恐らくは、遅くとも11月初旬、10月中には、手術日程が組まれていたようです。たぶん手術日程だけ先に決めて、その間、投薬で状況を観察しつつ、やっぱり手術が避けられなくなったというのが真相でしょう。たぶん公になっている知事の日程に載らない所で、医師の診断を受けたのでしょう。
 そうして考えると、康夫ちゃんが恒例のお正月ミラノお買い物旅行を取りやめた理由は、予算案を組まなければならないとか、批判されるからとかではなく、単純に、秋に入った段階で、ドクターストップが懸かっていたということです。
 ちなみに、私の女房の友達がミラノに住んでいることが解りまして、お正月帰省した時に女房が会ったらしいのですが、ミラノは、先週から丁度バーゲンでして、毎年この季節は、札束を抱えた日本のOLの皆様がミラノのホテルを占領なさるそうです。康夫ちゃんにおかれまして気の毒ではありますが、健康第一です。

※ 県に提言「信濃にやか」結成 玉村、加瀬氏ら
 加瀬氏は「会は親田中知事でも、反田中知事でもない」としている。今月末をめどにホームページも設ける。16日信毎

 疑問なのは、柳沢京子氏までメンバーに入っていて、「会は親田中知事でも、反田中知事でもない」は無いでしょう。時々、いわゆる市民団体というのが、実際にはメンバーが完全にだぶっているのに、いかにも数があるように虚仮威しするために、ボコボコと団体を立ち上げることがありますが、それに似ていますね。
 それで、デジボのサイトが遂に閉鎖されまして、タカハシさんは、何かまた始めるようなことを書いてらっしゃるので、たぶんこれがそれに該当するんでしょう。ただ私、非常に不思議に思うのは、こんな、後援会の二番煎じに過ぎない団体を新たに立ち上げたは良いけれど、じゃあ、その後援会自体は、きちんと回っているのか? サイトを覗いている限りは、全くそれが窺えない。
 こんな、一見中立を装う偽装団体を立ち上げている暇があったら、まず後援会をきちんと回して、そこから知事に意見するというシステムを確立すべきでしょう。そもそもが、この「しなやか長野県をはぐくむ会」という唯一の後援会の目的は、茅野仁科柳沢という所が核になって、夏以前の、人の話を聞かない知事に政策提言して行こうという主旨で立ち上げたはず。ところが、ここから某か政策提言なり、知事へのご意見なりが為されたという話は一度として聞かない。やっていることは、全く読むに値しない、康夫ちゃんの妄言と、集会の案内だけ。後援会幹部連中が、いついつ何処でどういう会合を持ったとか、そういう情報すら公開されない。
 後援会の本来の目的すら果たせない連中が、風呂敷だけ変えて、いったい何を包むと言うんです?

※ 週刊SPAコラム 1/22号 チラベルトのディレンマ。サッカー政治的利用と無縁足り得るか。
 対パラグアイ戦は全て韓国で行われます。然れども、経済効果は計り知れぬ、と睨んで松本市は、百数十億円の市民会館建設に政治生命を掛ける市長自ら誘致活動を繰り広げ、キャンプ地に内定しました。総額2億円。パラグアイ側に7千万円余、゛仲介役″を任じる人物側に2千万円余が手渡されます。出場各国にはFIFAから45人分の旅費、宿泊費。別途8千万円近い準備金も保障されるのを知ってか知らずしてか。
 眉目秀麗なる英文学者の妻と共に、生まれ育った国家の腐敗や社会の貧困と闘うホセ・ルイス・チラベルト氏の哲学と気概を慮り、政治的利用とは凡そ無縁のキャンプ松本たらん事を。と私は願います。

 ま、ジレンマをディレンマと書けば、少しはこの人の論説も値打ちを増すんでしょうな。
バラグアイ戦が何処で行われるかというのは、松本市が関知できないレベルの問題であって、何組に入るか決まらないままに誘致運動が進んだというのが事実でしょう。
 仲介する怪しげな連中に2.000万円も払わなければならないというのは馬鹿な話だと思うけれど、実はパラグアイが韓国で試合すると決まったことが、ちょっと問題を複雑にしたと思っています。状況を180度変化させた
 というのは、もしパラグアイ戦が日本で行われるのであれば、多少は経済効果があるでしょう。でも、いくらパラグアイが強豪と言っても、日本では全く無名のチームと言って良い。今そのチームの合宿を、この不況時に2億円単位の予算を組んで引き受ける自治体があるかと言えば、ちょっと難しいでしょう。今となっては、引き受け手を探してのババ抜きに等しい。
 となると、2億円も公費を使わなければならないし、経済効果もパラグアイじゃあてにならんという理由で、今更辞退できるかと言うと、たぶんそれは信義的に出来ない。こうなったら、オリンピックで世界から人々に来て貰ったお礼と割り切って、予算を組んで歓迎するしかないでしょう。
 私は、怪しげな経済効果を謳って誘致した松本市の責任は免れないと思います。そもそもこれは誘致の動機が間違っていたんです。オリンピックのお礼として、無名のチームでも、たとえ日本で試合が無くても受け入れます、どうぞいらして下さいという姿勢で挑むべきだった。その点において、韓国で一次予選を闘うパラグアイというのは、まさに長野にこそ招くに相応しいチームと言えるでしょう。

※ 田中知事 ワークシェアリング導入の意向 (1/18)
 他県に比べると動きが鈍いですよね。いざ実施するとなると難しい部分はあるんですが。
 これに関して、
また知事は県庁舎の清掃作業の一部を障害を持つ人に担当してもらう意向を明らかにしたほか、障害者による県庁での弁当販売なども検討する考えを示しました。 18日SBC

 これは止めて欲しいです。弁当販売はともかく、障碍者に3K労働を斡旋するのは止めてください。障碍者の雇用問題を考える人々の中には、ノーマライゼーションという考えを抱くなら、むしろ3K労働だからと特別に考えること自体が差別だと主張する人々もいるだろうけれど、この文明社会で、公が障碍者に職を斡旋するという時に、「じゃあ清掃でもしてもらいしょう」というのは、私は、社会福祉の方向性として、全く間違っていると思うし、許し難い手抜きだと思います。文明社会として敗北だと思います。
 障碍のレベルによって、確かに単純作業すら出来ない障碍者もいる。でもね、やっぱり訓練は施すべきであるし、それだけの最低限の努力を投じて、文明社会の一員としての仕事を与えるべきだと思う。
 こういうことを書くと、清掃は文明人の労働じゃないのか? と言われそうだけれど、そうではなくて、非障碍者が忌避している仕事を障碍者に押しつけるような格好になるから止めて欲しいと言うだけです。彼ら彼女らやその家族に、文明社会の一員として誇りを抱けるような仕事を斡旋すべきで、そのための出費を認めるのが文明社会のあるべき姿であるというだけです。

 県教育委員会は、県内の養護学校や盲学校、ろう学校全校に、作業実習や学校イベントなどの際、児童生徒らをサポートする「学校運営サポート員」を配置する。
 早ければ一月中にも実施の予定。国の緊急地域雇用創出特別交付金を活用した事業で、年間計五十三人を新規雇用し、二〇〇四年度まで継続する。養護学校など全校への一斉配置は初。06日、中日新聞

 ま、こういう動きもあるようで、前回も雇用確保に関して書きましたけれど、公の失業対策というのは、こういう温性のある事業に割り振って欲しいと思います。年金生活で不自由ない引退した先生や、探せば働き口のあるキャリアを持つ連中を教壇に復帰させることではありません。
 ところで、このニュースは、サイト上では、中日新聞上にしか無かったのですが、中日新聞のサイトには、時々、あの小さな枠内で信毎には無い記事が載りますね。松本以南では、信毎よりシェアを取っていたりするんですが、ウェッブ上では、名古屋メインのサイト設計なので、そうは窺えない。

※ 笹森連合会長、知事懇談、地労委問題物別れ
 知事が地労委に県労連推薦委員を加えた点については、笹森会長が「(連合系の委員が占めた)これまでの地労委に不都合な点がありましたか」と質問。田中知事は「なぜ5人全員を占めなくてはならないのか」と反論した。笹森会長は「知事の認識が間違っている」と述べ、物別れに終わった。19日 朝日

 笹森会長は、労連系組合について「政党の支配下にある労働団体。みんな党員だ」とし「そういう人が全労働者をカバーできるのか」と批判した。
 一方、同会長の発言を伝え聞いた県労連は「事実誤認で、県労連に対するひぼう、中傷だ」としており、十九日に開く評議員会で、抗議も含め対応を検討する方針だ。19日信毎

 私、この問題にこれまで全然触れなかったのですが、なぜかというと、事情が全然飲み込めなかったせいです。というのは、どうして康夫ちゃんが、この一人の地労委入りに拘るのかも解らなければ、連合が枠の死守に固執しているのも全然解らなかった。
 こうしてみると、連合が枠の独占に拘った理由は、たぶん長野でどうのこうのより、余所の県に波及することを恐れたのでしょう。
 康夫ちゃんが拘った理由は、最初は、県労連から入れる入れないではなく、指名が予定されていた人物の固有名詞を嫌った(選挙後の軋轢)のかとも考えたのですが、こうして見ると、どうやらこれは共産党への単なる恩返しですね。議会与党としての関係をこれからもよろしく頼むと。

 県労連が、特定の政党の支配下には無いと「嘯いて」いますが、そうは言っても、県労連のサイトを見ればバレバレじゃないですか(~_~;)。関係団体、リンク集は共産党まんま。これでいったい、何を根拠に特定の政党の支配下には無いなんて言えますか。
 共産党系の団体って、昔からこうなんですよね。聴こえなかったふりをしておけば良いのに、過剰反応して寝た子を起こす。

※ 天下り先リストの公開と県職員の給与公開。
 天下り先リストの公開はやれば良いと思います。何の異論もございません。こういう情報公開に反対する心理というのは、ご本人たちが、その天下りに見合う仕事を天下り先ではしていないと自覚しているから反対するのであって、それに見合う仕事をすれば良いだけのことです。
 しかし職員の給与公開には、私は反対です。情報公開には、私は二種類あると思っています。積極的に公開すべきものと、ハードルを設けて、公開はするけれども、プッシュ型にはしないというものです。政治資金収支報告書などは、後者に入ると思っています。法人の政治献金はともかく、個人名での政治献金には、日本ではまだまだ勇気が要りますから。そういうのは、公開はするけれども、知りたい人だけ労力を払って入手して下さい、という方針で良いと思う。
 職員の給与もそうでして、これは議会ではきちんと把握しているわけですよ。県民でも、県庁に電話掛ければ、基本給くらいは教えてくれるでしょう。
 他人の懐に手を突っ込むという行為は、たとえ相手が身内の職員であっても慎重になるべきで、私がこの諸々の情報公開で言いたいのは、他に優先して公開すべきことがあるんじゃないの? 県警の食料費公開はどうなっているんです? たとえば、給与に関して言うなら、貴方が中央から連れてきた、危機管理室長や、特別職採用しようとした医師のコストはどうなんでしょう。
 公務と私用を厳密に分けていると豪語する知事さんですが、私用にも関わらずかなりの公費出費があるらしいという噂も聞いています。
 他に公開すべき情報が無いか? を検討し尽くして、なお何かやるべきだと思ったら、職員の情報を公開しなさい。これでは、単に県民の歓心を買うために、職員を血祭りに上げて、役人と闘っているという姿を演出しているようにしか見えない。

※ 松本空港活性化にスチュワーデス博物館? 「“おたく”路線も『あり』ですよ」 産経のダイアリー
 たぶんこの場には ralt 氏もいらしたのだろうけれど、私の感想は、「こらあかんわ……」の一言です。

※ ヒューイ・ロングを考察する Huey Pierce Long
 今週半ば、小泉総理が「私を大衆迎合と批判する者たちこそ、大衆迎合だ」と発言なさってましたが、実はこういうこと言ったのは、この人が最初ではありません。ヒューイ・ロングという人物が、過去に全く同様のことを言ってます。この人はルイジアナ州知事で、後にF・D・ローズヴェルトと争い、大統領の椅子を狙うのですが、暗殺されます。
 どういう人だったかと言うと、田中康夫と田中角栄をセットにしたような大衆政治家(ポピュリスト)でした。
 アメリカン・デマゴーグの典型、巧妙なファシストでした。
 ヒットラーと違うのは、敵対者や自分自身をも笑い者にして人気を得ることでした。この人の政治歴や政治スタイルを考察すると、奇妙に康夫ちゃんとの一致点を見出せる。時代は変わっても、意外に政治スタイルというのは、進歩しないものだなと感じる次第です。

アメリカン・ファシズム
アメリカン・ファシズム −ロングとローズヴェルト−
All the King's Men

記者会見、噂の真相等に関しては次回に
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