『キスなんてだいきらい』
"No Kiss for Mother"
トミー・ウンゲラー 文・絵
矢川澄子 訳
文化出版局 1974年

〜母親の愛情を疎ましく思うとき〜

邦訳『キスなんてだいきらい』 原書”No kiss for Mother”
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●ストーリー●
 ネコのパイパー・ポーは、母さんのキスが大嫌い。今日だっていい夢を見て いるところへ、キスで起こされちゃった。それに、パイちゃんだのぼうやだのっ て、そんな呼び方はもううんざり。自分だって「ママちゃん」って呼んでいる くせに。パイパーは朝から文句ばかりで、母さんはおろおろするだけ。その様 子を見ていた父さんは、「母さんとはそういうもの。いい子になっててやれよ」 とパイパーに言う。
 学校でも悪さばかりしているパイパーは、友達と取っ組み合いのけんかをし、 耳にけがをする。包帯だらけのパイパーを見た母さんはびっくり。そこでまた、 キスの嵐。パイパーはもう我慢ならず怒鳴り出した。すると、むらむらっと来 た母さんは、思わず息子の口を叩いてしまう。それから二人ともしょんぼりし、 何を話していいのか分からないまま……。

●この絵本の力●
 母親の愛情を疎ましく思う。誰にでもそういうときってありますよね。私な んか、大人になった今でもあります。そんなに心配しなくても大丈夫なのに、 と言いたくなるとき。こればかりは、どっちが正しくてどっちが間違っている という問題ではなく、どれだけその愛情の深さを分かっているかが大事なこと のように思います。

 まだまだ子供のパイパーは、母親の愛情を必要とする一方、早く大人になり たいという気持ちが高まる難しい年頃。大人になりたいのに母さんはいつまで たっても子供扱い。この母と息子の難しい関係を軸にさまざまなキャラクター が登場します。父さんはとても出来た人(いえ、ネコですね)。二人の立場を きちんと理解し、さり気なく実にスマートに息子にアドバイスします。この 「さり気なさ」が素晴らしい。それから、けがの手当てを容赦なくする大胆な 衛生室の看護婦さんや、母さんに向かって怒鳴るパイパーをぴしゃりとしかる タクシーの運転手。いろいろな人と接することで、パイパーの心には確実に何 かが刻まれていきます。成長するってそういうことなんですね。そして、どん な愛でも同じように、一緒にいると愛情の暖かさに鈍感になり、離れると何だ か寒くなって寂しくなるもの。そんな心情を経験したパイパーは、一つ大人に 近づきます。

 『すてきな三人組』(偕成社)などで知られるトミー・ウンゲラー。絵が本 当に上手! 画家に向かってこのほめ言葉はないですね。なぜか親しみを感じ るウンゲラーの絵は、これだけ上手に描ければ人生さぞ楽しいだろう、と思え てくるのです。黒い表紙が魅力的な本書。本編は薄いアイボリー地に丁寧で柔 らかな鉛筆画で描かれています。絵といい文といい、登場するものすべてが生 き生きとしていて、その一つ一つに愛着がわいてきます。悪さばかりするパイ パー、息子を溺愛する母さん、よく出来た父さん、パイパーの仲間、衛生室の 看護婦さん、タクシーの運転手。それぞれが丁寧に魅力的に描写されている本 書は、ユーモアたっぷりの、すてきな絵本に仕上っています。

●心に残る場面●
 母さんからキス攻めにあったパイパーは、ついに我慢できず怒鳴ってしまう。 それを聞いたタクシーの運転手がパイパーに向かってこう言います。「お袋さ んにあんなこと言うもんじゃない。恥ずかしいと思えよ」これを引き金に母さ んはパイパーを叩いてしまう。それも初めてのビンタ。運転手の一言がなかっ たら、きっと母さんはおろおろしていただけでしょう。この一言、かなりのキー ポイントです。

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