『ちいさいおうち』
”The Little House”
バージニア・リー・バートン 文・絵
石井桃子 訳
岩波書店 1954年

〜小さいお家がずっと見続けてきた「ときの流れ」とは。〜

『ちいさいおうち』邦訳 ”The Little House”原書
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●ストーリー●
 昔々、田舎の静かなところに小さいお家がありました。とてもきれいで丈夫な家だったので、持ち主は「この家は絶対に売らない。孫の孫のそのまた孫のときまで立派に建っているだろう」と思うのでした。月日がたち、小さいお家の周りの景色もどんどん変わっていきます。春、夏、秋、冬。それぞれの美しい景色を楽しみながら、小さいお家は幸せに暮らしていました。そんなある日、静かだった田舎に車が通るようになります。やがて道路ができ、ガソリンスタンドやお店、住宅などがたくさん建ちはじめ、小さいお家はすっかり囲まれてしまいます。そのうちに電車が行き来し、街の人たちもいつも忙しそうに駆け回っています。汚れた空気にやかましい音、地下鉄が通り、高層ビルが並び出します。これではいつも同じような風景で四季の移り変わりも分かりません。小さいお家は、昔の田舎での楽しかった日々を思い出し、悲しくなるのでした。外見はすっかりみすぼらしくなってしまった小さいお家。この先、一体どうなってしまうのでしょう。

●この絵本の力●
 子どもの頃、この『ちいさいおうち』をよく読んだと懐かしく思う人は多いことでしょう。1943年にコールデコット賞を受賞。1954年に日本で出版されてから、少しも廃れることなく、今もなお多くの人たちに愛され続ける本書の魅力とは一体何なのでしょうか。

 私は父親の仕事の都合上、小さい頃から引っ越してばかりいたので、この小さいお家のように周りの環境がどんどん変化していくというよりも、自分から環境の違うところへ移って行くということが多い生活でした。家を移るという場合は、元の家が存在するということなので行こうと思えばいつでも行くことができます。昔懐かしい土地にいつでも戻ることはできます。ですが、この小さいお家の場合はそうはいきません。小さいお家は一歩も動かないのに、周りの環境がどんどん変わっていくのですから。最初はのどかな田舎で、花や緑、小鳥たちのさえずり、ぽかぽかのお日さま、夜空に輝く月や星など、四季折々の豊かな自然の中で楽しく暮らしていました。ところが、そんな静かな田舎にも文明が発達し始め、車や電車が通り、たくさんの建物が立ち、空気は汚れ、音はうるさく、人々はみんないつも忙しそうにしています。小さいお家は田舎を恋しく思いますが、自分ではどうすることも出来ないのです。ただただ周りがどんどん移り変わっていくのを見ているしかありません。やがて、少し意外な展開で小さいお家はまた田舎で暮らせるようになるのですが、街に少しあこがれを抱いたこともあった小さいお家もやっぱり静かな田舎が一番と再認識するのでした。人はそれぞれ一番居心地が良く思える自分の「居場所」があります。小さいお家にとっての居場所は、静かで豊かな自然のある田舎であり、そこが一番幸せに暮らせるところ。私にとっての「居場所」はどこなのだろう? それは昔、住んでいた所かもしれないし、今いる場所「ここ」なのかもしれない。あるいは、これからもっと落ち着ける「居場所」となる場所が見つかるのかもしれない。いずれにせよ、常にそういう場所、環境の中に身を置くことができるのなら、私は幸せと言えるのでしょう。そんな風に考えながら、今、私は自分の「居場所」を探しているのでしょうね。

 本書に関して、特筆しておきたい点がまだあります。本書の著者バージニア・リー・バートンは、絵本を作るにあたり、子どもの興味を引き付けるよう、相当緻密に考え抜いた上で構成していくようです。文体には耳で聴くとき親しみが持てるように配慮し、イラストは細部の描き込みまで注意しています。子どもは大人よりも細かい部分までよく見ていますから。本書では、見返しのページからバートンの細かい配慮が伺えます。小さいお家を背景に、乗り物の歴史が描かれています。馬、馬車、自転車、車、電車…。そして乗り物だけではなく、そこにある道路や電柱までもが変化していきます。子どもにとってはたまらないページではないでしょうか。一つ一つの絵を追いながら、時代の流れを自然と学んでいくことでしょう。更に本編では、ページをめくるごとに「ときの流れ」が自然に感じられてきます。朝、昼、夜、そして春、夏、秋、冬、さらに何十年にも渡る「ときの流れ」。本書の魅力はそんな小さいお家の長い長いときの流れを感じられるところにあるのでしょう。そしてその時々の小さいお家が見せる表情。にこにこ笑ったり、しょんぼりしたり。周りの景色の移り変わりとともに、そんな小さいお家のいろいろな表情も楽しませてくれるような、作者の思いが細部まで行き届いた絵本だからこそ、長年愛され続けてきたのだとつくづく思うのでした。

●心に残る場面●
 本書では冒頭の部分が一番印象的です。「むかしむかし、ずっといなかの しずかなところに ちいさいおうちが ありました。」とても簡潔に、しかしこれだけですべてを物語っているような出だしです。本当に何もないところ。そこには豊かな緑だけがあります。そして家の住人たちもいて、みんな幸せそう。何とものどかな風景です。この後の展開を考えると、より一層この場面が幸せに満ちた光景に見えてきます。でも、考えてみると「家」が主人公の物語なんて、そうそうないのではないでしょうか。この『ちいさいおうち』ってかなり不思議で面白い話だったのですね。今、読み返してみて改めてそう感じました。

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