『ぼくはくまのままでいたかったのに……』
"Der Bar, der ein Bar bleiben wollte"
イエルク・シュタイナー 文
イエルク・ミュラー 絵
おおしまかおり 訳
ほるぷ出版 1978年
〜大事なことを忘れてしまったような……〜
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●ストーリー●
森に一匹のくまがいました。春になり、長い冬眠を終えたくまは、穴から出
てびっくりします。なんと森は跡形もなく消えており、代わりに工場が建って
いたのです。くまがぽかんとしていると、工場の職長がやってきて「とっとと
仕事につけ」と言います。「ぼくはくまなんだけど」と説明しても分かっても
らえません。本物のくまとは、動物園やサーカスにいるくまのこと。そう言わ
れて、くまは仕方なく人間たちと一緒に工場で働くことに。くる日もくる日も
働き続け、再び冬が近づいてきました。眠くてたまらないくまは、仕事中に眠
りこけてしまい、工場をくびになります。ようやく訪れた自由。くまは森の中
へと歩いていきますが、どうしていいのか分かりません。雪が降り積もる中、
穴の前で座り込み「何か大事なことを忘れてしまったらしい」と考え続けます。
●この絵本の力●
人間の世界に入り込んでしまったくまは、自分はくまだとひたすら主張しま
すが、どうしても信じてもらえません。それは、本物のくまとは動物園やサー
カスにいるくまのことを言うから。動物園の檻の中で暮らし、サーカスで踊る
くまたちは、自分たちこそ本物のくまなのだと思い込んでいました。私たちが
日ごろ楽しんでいる動物園やサーカスにいる動物たちは、森や川、自然のなす
ものを知らずに、与えられた環境の中で当たり前のように生きているのです。
そんな動物たちのことが頭に浮かび、人間の身勝手さを思い知らされます。
くまだと認められないまま、労働者として働き続けるうちに、いつしか自分
がくまであることを忘れてしまったくま。このかわいそうなくまの心情は、読
み手の私たちもまた同じように感じていることなのかもしれません。「ぼくは
くまのままでいたかったのに」、「わたしはわたしのままでいたかったのに」。
ありのままの自分でいたい、それは私たちみんなが望むことでしょう。ところ
が、世の中の流れに身を任すうちに、いつしかそういった思いは忘れ去られて
しまいます。この絵本のくまと同じように、何か大事なことを忘れてしまい、
「本当の自分」を見失ってしまうのです。流れに身を任せることは楽かもしれ
ないけど、それでは「自分」はどこへ行ってしまうのでしょう。自分とは一体
何で、大事なことは何なのか。最後にくまが考え続けたように、私も自分の心
に問いかけてみる時間が必要です。ありのままの自分でいたい、本当に大事な
ことを忘れずに生きていきたい。本書を読んで、そういう思いがふつふつとわ
いてきました。
イエルク・ミュラーのとてもきれいな絵が、ちょっぴり哀しくて風刺のこめ
られた物語をリアルに描きだしています。ところで、人間と同じように髭をそっ
たくまの顔って、どんなふうだと思います? 絵本をちょっと覗いてみてはい
かがでしょうか。
●心に残る場面●
大事なことを忘れてしまったくまは、眠気と戦いながら、何とか思い出そう
とします。じっと座り込んだまま、雪が体に降り積もるまで。そして、最後の
ページに言葉はありません。一枚の絵が、これからくまがどう生きていくのか
を教えてくれます。
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