最近の綾辻氏はとにかく忙しい。 3年半ぶりに待望の新刊『どんどん橋、落ちた』を発表。 ミステリードラマの原作者としてテレビにも登場、 我々ファンを喜ばせてくれた。

『十角館の殺人』でのデビューから12年。 今回は綾辻ミステリーの原点を探るべく、 子ども時代の読書体験からうかがってみた。

――子どものころ、本をよく読まれましたか?

「小学校3年生くらいまでは、人並みですかね。僕らは”マンガ世代“、マンガはたくさん読むけれど、活字の小説はちょっと…という子どもでした。読書感想文でも申し付けられない限り、積極的には読まなかったですね」

――絵本や児童書などは?

「小学校低学年のときに、浜田ひろすけ(注1)の『ひろすけ童話全集』という箱入りの全集を読んだ覚えが…。わりとポピュラーなもので、家にあったので読んでたんですね」

――読書感想文はお得意でしたか?

「いやー、嫌いでしたよ」

――小学校4年生のとき、近所のお兄さんから貸してもらった2冊の本でミステリーにはまったと、エッセイ集(注2)で読みましたが。

「きっかけはそれでしたね。それまではSFっぽいものの方に興味がありましたから。小学校の図書室にあったSF全集…『タイムマシン』や『宇宙戦争』など、古典的なSFを子ども向けに書き直したものを読んでいた記憶があります」

――2冊の本の題名は?

「『奇岩城』と『妖怪博士』。ポプラ社から出ていた少年少女向けの本で、前者はモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンもの、後者は江戸川乱歩の少年探偵団ものです」

――それ以来、ミステリーのとりこですか?

「ええ。その後一年間で、書店に並んでいた少年向けの推理小説を読み尽くしました。ルパン、乱歩、ホームズetc.…優に百冊は読んだかな。6年生に上がるころには、創元推理文庫など大人向けの翻訳書も読みあさってました」

――今も他人のミステリーを読みますか?

「読みますよ。でも量は減りましたね。週に一冊も読めばいい方。仕事になってますから、昔のように手放しでは楽しめない。仕事の資料の本は読むけど、小説読む時間は減ってますね」

――執筆中は忙しくて読めないんですね。

「作家でも2通りいるみたい。自分の原稿書くとき、他人の小説どんどん読まないと書けない人。僕みたいに、小説書く頭と読む頭が別々に働いてて、切り替わっちゃったら読めない人と」

(注1)浜田ひろすけ(1893〜1989)現代日本児童文学の先駆者。『泣いた赤鬼』『龍の目の涙』など一千編余りの作品を残し、「日本のアンデルセン」とも言われた。
(注2)『アヤツジ・ユキト1987〜1995』デビュー以降8年間に渡って発表されたすべての「小説以外の文章」を完全収録したエッセイ集。

楳図マンガは僕の聖典

――綾さんが何度も読み返すような「ロングセラー本」はありますか?

「挙げるとすれば、やはり楳図かずお(注3)ですね。その中でも一番たくさん読んだのは『漂流教室』(写真下・注4)。僕が中学一年くらいの時に連載していた作品なんですよ。持っている単行本はもうボロボロ。僕は何度も同じ本を読む(=愛読する)ってことに関しては、人並み以下だと思う。そういう意味では『漂流教室』は珍しく何度も読むし、何度読んでも感動します」

――楳図作品は綾辻ミステリーに影響を与えているのですか?

「もちろんです。楳図マンガに描かれる恐怖は、ずっと昔から僕の中に浸透しきっています。恐怖の対象、シチュエーション、構図、演出方法など、多くの面で影響されています」


(注3)楳図かずお(1936〜)1955年『森の兄弟』でデビュー以来、『ヘビ少女』『おろち』等、独自の恐怖世界を繰り広げる一方、『まことちゃん』等ギャグ漫画にも新風を送る。
(注4)『漂流教室』少年サンデー(1972〜1974年)に連載。

あらすじ:高松翔の通う大和小学校が、ある日未来にタイムスリップ。未来の地球は砂漠化し、人類はすでに絶えていた。極限状態に耐えられなくなった大人たちは死に、残された子どもたちも飢えや病気、派閥争いなどあらゆる困難に直面、犠牲者を出しながらも必死に生きようとする。はたして高松翔は元の世界へ帰れるのだろうか?

それだけの魅力を本は持ち続けています。

――今さかんに「活字離れ」と言われていますが。

「しかたないですね。ゲームやインターネットなど選択肢が増大し、読書人口が減るのはしょうがない。本は積極的にアプローチしないと楽しめないから、そのへんでも不利です。でも一方で“活字中毒者”もたくさんいる。それだけの魅力を本は持ち続けているわけです。広い意味での活字文化は決してなくならないし、小説も衰えない、と僕は楽観的に見ています」

――今話題の「電子出版」についてはどうお考えですか。

「これに関しては、今出版社が戦々恐々としています。たとえば小説が今どういう形態かというと…まず作家が出版社から注文を受ける。原稿を渡してそれを本にする。ハードカバーか新書版で親本を出す。今だったら3年くらいで文庫になる。文庫は一応最終形態なんですが、そこからさらに電子出版化しようという動きがあるわけです。

 ところが僕らの世代なんかは、そういうのでは読みたくない、やっぱり本がいいんです。一番いい形態は文庫本、安いし軽いし読みやすい。最良の”形“だと思いますね、日本の文庫本というのは。コンピューターのディスプレイ上で表示される小説を読むのはどうしても抵抗があって。読書とは別の行為に思えてしまう、少なくとも僕には」

――本や出版の将来について気になることは?

「再販問題かな。今は定価制、返本制ですよね。賛否両論あるけど、この制度があるから、本が豊富にある状況が成り立っている。もし、再販制が撤廃され自由競争になると、大手出版社しか生き残れないでしょう。小さいところはつぶれるし、作家もあるレベル以上の人気作家しか生き残れない。純文学とか初版3000部とかでやっている人は何もできなくなる。とりあえず凍結されたけど、いずれ再燃するんでしょうね。化粧品じゃあるまいし…本は文化ですから。出版界のみんなが危惧していると思います」

夢のはじまりは11歳の夏

――「ミステリーの魅力」とは?

「”謎と解決“はエンターテイメントの王道でしょう。何か解らないこと(=謎)があって、それが何らかの形で解決されるというのは必ず”カタルシス“をもたらすものです。それが骨ですからね、ミステリーの」

――ネタは尽きませんか?

「キツイですよ、ここ数年は。デビューして13年になりますから。でもアイデアが枯れて困ったことはないですね。とにかく書くの遅いですから…年に一冊書けるかどうか。そんなので普通食べていけませんけど。同じミステリー作家でも、速い人はほんとに速いでしょ。二カ月に一冊とか。それくらい書かないとやっていけないと、デビューのときには言われましたね」

――初めてミステリーを書いたのはいつですか?

「小6の夏休み。こんなに面白いものがあるなら、自分でも書いてみたいと思い立ち、四百字詰めの原稿用紙をいっぱい買い込んで、思いつくままます目を埋めていきました」

――周囲の反応は?

「休み明けの教室へ持っていって級友たちに読んでもらったら評判が良くて。もっと読ませろ、という声まであって。あのとき、何も反響がなかったら、やめてたかも。好評だったから、ずっと続けて書いてこられたのかもしれません」

――早い時期から進路が決まったわけですね。

「進路というより、夢ですね。子どもの夢物語ですよ、ミステリー作家になるなんて…」

――夢を実現された一方で、趣味を仕事にされたつらさは?

「趣味を仕事にするのは間違いなくつらい…趣味は趣味でやってるのが一番楽しいんです。人は常に、その時しなきゃいけないことから逃げたいものです。昔は『勉強しなさい』って言われたときに、したくないから小説書いていた。今は『小説書きなさい』だから、やっぱり別のことしたくなる(笑)」

編集者は人次第

――うちの学校では将来編集者を目指す人が多いのですが、綾さんにとって「いい編集者」とは?

「編集者によって、やる気も違ってきます。信頼できる人と仕事がしたいし…やっぱり「人」ですね。たとえば、すごく信頼してる編集者がある出版社にいて、そこを辞めて別の出版社に行ったら、編集者について行きますもん。いい編集者の条件は、抽象的ですが「同じ世界を見てる」とか「言葉が通じる」とか。言葉が通じない人、多いですから。取材も一緒に行くし、資料集めもしてもらうし、内容の相談もします。そこで、打てば響くような答えが返ってくると、やりやすいですよね。二人三脚みたいなものです」

――出版社選びはどうされているのですか?

「注文が来たところは、一回会ってみて、どうしましょうか?」という話になります。あまり小さすぎるところから出してもねえ、商売ですから。まず、文庫の棚がどれだけあるか見ます。今シェア一番は講談社、新潮、角川。二番手に光文社、集英社があって。当然、棚がたくさんあるところに集めたいですよね。で、各社は自分ところで文庫化したい、その辺のせめぎ合いがあるんです。

 おかげさまで、今も新たに注文が来ますが、約束が5年先とかになっちゃうんです。3年先までは予定がギチギチ詰まってます。もっと書くのが速ければ、こなしていけるんでしょうけど。出版社もだんだんわかってくる、「あいつは筆が遅いから今言ってもなかなか」って感じで。それでも必要とされるかどうかは、結局”作品の質と売れ行き“です。そのへんは厳しい世界です、切られるときは一瞬で切られるだろうし。良い物を作らなければならない、なおかつ売れなければならないわけです」

―一昨年の神戸の連続児童殺害事件はミステリー界にも影響があったのですか?

「さほどでもなかったです。ひどかったのは、M君の幼女連続誘拐殺人事件のときでしたね。レンタルビデオ屋からホラー映画がなくなったりしましたが、神戸の事件ではそれほどでもなかった。出版界はそんなに影響はないんです。テレビが一番影響あるんですね。首切ったり、少年が犯人だったりするドラマは作れなかったみたいです。

 ホラー小説とか読んで悪い影響受ける子どもも確かにいるでしょう。人間というのはどんなものにも影響を受けるから。ホラー小説によって残虐行為に興味を持つ子どももいれば、こんなことしてはいけないと思う子どももいる。人間の中にある「暴力への衝動」が、見ることによって昇華されてしまう場合もある。ダメと切っていったら、我々は何もできなくなります。そういうのは”タコが自分の足を切っていく“みたいで滑稽に見えますね。だからむやみな規制には反対です」

夫婦そろってベストセラー、 妻はライバル?

――話はがらりと変わりますが、中学・高校時代はどんな少年でしたか。

「優等生でした。ガリ勉しなくても一夜漬けで学校の勉強くらいは何でもできちゃうし、勉強だけでなく他のこともやります、って感じで先生の受けもよくて。先生公認の彼女がいて、彼女も学年で一番の秀才で…ほんと、すごくイヤな奴ですね。僕、今そんな奴がいたら殴っちゃいます。大学に入ったころにガラッと変わりました」

――おくさまの、ホラー作家・小野不由美さんはどういう存在ですか。

「パートナー、相棒ですね。もう知り合ってから18年くらい…ライバル? とんでもない、協力者です。最初に読んでもらうのも彼女ですから」

――小野さんの写真が見たくて、本屋で著書を探したんですがどれにも載ってなくて。

「彼女、写真はいっさい出してないから。ちょっと目が三つくらいあってね(笑)。大学のミステリー研究会で出会って、僕が院生のときに結婚しました。今は別々の部屋を借りて仕事をしてます。僕の場合、たとえ自分が書けなくなっても、彼女が売れていれば食わしてもらえるしね(笑)」

――これから初めて綾辻ミステリーに触れてみたい方への入門書は?

「まず『殺人鬼』はやめた方がいい。残虐すぎて、あれで読むのやめたという話をよく聞きます。『十角館の殺人』というデビュー作か、『暗闇の囁き』のどちらかじゃないでしょうか。大まかに2種類書いてます、トリック主体の(館シリーズ)と、サイコホラー的なやつ(囁きシリーズ)と」

――ミステリー作家としての今後の夢は?

「もはやないですね(笑)。あと何作か、死ぬまでコンスタントに納得いくものを書き続けられれば本望です。一応、日本のミステリー界の流れで言うと、僕が出たことで一つの流れが変わった(「新本格」のムーブメントを起こした)ので、これ以上大きなことをする必要も感じないし、まあ平穏に余生を暮らせれば(笑)…」

――プライベイトな面での夢は?

「京都も好きだけど、もっと静かな…夜中になるとしんとして、何も聞こえないような所に住みたいですね。作家はどこでも(ファクシミリと宅急便があれば)できますから。そのうち引っ越そうかな、と思うけど、踏ん切りがなかなか。都会にいると便利ですからね。閑静な森の中とかに家を建てて静かに暮らしたいな」

――そして小野さんが隣にいらして…。

「もちろんそうです。でも、もはや一緒の屋根の下では暮らせない身体なので(笑)、二世帯住宅でも建てて。うちは締切りも別だし、サイクルも別だから。会社に行かないでしょ。一日中一緒だとキツイしね。でも夕飯は一緒に食べてます…あっ、こんなこと書かないでくださいね(笑)」

 

取材・文/高橋ゆかり

 

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