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安田講堂シンポジウム2 講演要旨 その5
  






身の回りのヒ素とアンチモンの化合物と環境影響

鹿児島大学工学部生体工学科 前田 滋

使用したOHPのイメージです。超超!!重たいですので、心して開いて下さい。

(1)はじめに

現在、地球上に100種あまりの元素があるが、これらの内で、水銀、カドニウム、鉛、クロムなどとともに、ヒ素とアンチモンは人間から嫌われている元素である。これら嫌われ者の元素達も人間にとって大変重要な役割をしている。ヒ素やアンチモンも、環境汚染物質として新聞記事にみられるものの、これらが有用であるということで記事に取り上げられることはまれである。しかし、実は大変身近なところでこれらの元素が存在し、われわれ人間に役立っている。ヒ素は近年、高等動物にとって微量必須元素であることがわかり、アンチモンも生体内に存在し、多分必須であろうと考えられている元素である。たとえ必須であっても人体内に過剰摂取されるならば、毒性をあらわすのは当然である。これら元素の有益さと有毒性の両方を知って、仲良くつきあうことが、人間地球系の将来にとって必要とおもわれる。

(2)身の回りのヒ素化合物

●(2・1)ヒ素の存在
地球環境中へのヒ素の発生源はヒ素を含む鉱石や化石燃料である。これが人為的・自然的に環境中に放出される。Nriagu の計算によると、地球環境中へのヒ素の放出量3万1千トンのうち、人為起源は1万9千トン、自然起源は1万2千トンであり、人為起源による放出の方が多い。
陸上動植物中のヒ素含量は、例外を除くと、0.1 ppm オーダーであるが、一方、海洋生物体中のヒ素含量は1 ppm 以上であり、特に、浅海の海底近くに生息する無脊椎動物や海藻には、数十 ppm から100 ppm を越す場合もある。これらの殆どは人間にとって海産食品となる。

●(2・2)ヒ素の用途
周期律表で第5属のヒ素は、第3属のガリウム、インジウム、アルミニウムと結合すると、信じられないような性能の半導体に変わり、発光ダイオード・半導体レーザー・携帯電話・光通信材料として工業的に利用されている。また、同じ周期の隣6属のセレンとも相性が良く、半導体ガラスとしてレーザープリンターおよび電子複写機用感光体・赤外線透過ガラスとして使われている。ヒ素は工業的に大変重要な働きをしており、我々の身の回りにヒ素を含む製品が溢れている。

●(2・3)ヒ素の毒性
亜ヒ酸の人間に対する毒性は強く、最低致死量は 体重1kg 当たり0.4 mg である。体重50 kg の人にとって、亜ヒ酸の最低致死量は20 mgである。もし海産食品のヒ素が無機の亜ヒ酸であるとすると、ヒ素 40 ppm を含む海産物を500 g 食べると、摂取した亜ヒ酸は 最低致死量の20 mg 以上となり、100人に一人は死ぬ計算になる。ところが、重要なタンパク質源として古くから海産物を好んで食べてきた日本人の歴史で、海産食品の多食によるヒ素中毒の例は皆無である。
このことは海産物中のヒ素は亜ヒ酸とは異なる化学形であり、極めて毒性の低いものであることを意味する。

●(2・4)海産食品中のヒ素化合物
最近、海産食品中のヒ素化合物の化学形が明らかになってきた。海藻などの海産植物中のヒ素は、ヒ素原子にメチル基が2個結合している有機ヒ素化合物であり、エビ・カニ・貝・魚等の海産動物中のヒ素は主に、ヒ素原子にメチル基が3個結合している有機ヒ素化合物である。ヒ素原子にメチル基が3個結合しているアルセノベタインという有機ヒ素化合物の毒性は、動物実験の結果によると、砂糖の毒性以下であるという結果であった。有機ヒ素化合物は、ヒ素と炭素との結合が生物学的に極めて安定であり、動物に摂取されたとき、生体内物質と化学反応することなく、したがって全く化学変化なしで、速やかに排泄されるのが無毒の証となっている。海産物が健康食品といわれる理由の一つに、海産物に有機ヒ素化合物が含まれていることにあるかも知れない。

●(2・5)淡水生物によるヒ素の生体濃縮
クロレラなどの微細藻類は、水中の五価ヒ素濃度が2000 ppm まで生育が促進し、数万ppm まで耐性があった。クロレラを食物連鎖の原点として、食物連鎖を介しての細胞内ヒ素濃度と、ヒ素の化学形変化を追跡したところ、上位の栄養段階の生物ほど、全ヒ素濃度が減少し、全ヒ素中のメチル化ヒ素化合物の割合が増加した。メチル化ヒ素化合物の淡水生物に対する毒性は、ヒ素原子に結合したメチル基の多い化合物ほど毒性が小さかった。淡水生物は無機のヒ素を取り込んで、体内でメチル化し、体外に速やかに排出させることによって、ヒ素の解毒を行っていると推定された。淡水生物によるヒ素の生体濃縮と生物的メチル化は、無機ヒ素汚染水からのヒ素の除去および毒性の軽減化に有効と考えられる。

(3)身の回りのアンチモン化合物

●(3・1)アンチモンの用途
我が国では1996年度の三酸化アンチモンの消費量は約2万トン/年であり、その内、  1.8万トン/年が難燃助剤として使われている。難燃性の付加が要求されるほとんどすべてのプラスチック・ゴム・繊維製品(OA機器や家庭電化製品・カーテン布地など)に、三酸化アンチモンが配合されている。たとえば、携帯電話1個あたり1〜2gのアンチモンが含まれているという。三酸化アンチモンは極めて我々の身近にあり、各家庭・事務所の火事から、われわれの身を守ってくれている。


●(3・2)アンチモンの毒性
アンチモンの毒性に関する研究例はヒ素に比べると極端に少ない。ラットに対する急性毒性(LD50)値は115-600 mg/kg であり、ヒ素の急性毒性(LD50)値の15-293 mg/kgと比べて、かなり小さいと考えられていたが、慢性毒性評価を重視した米国での最近の試験により、この順位は逆転した。我が国においても、1993年に改訂された水道水基準値では、アンチモンは要監視項目という区分ながら、0.002mg/l というヒ素の基準値0.01 mg/l よりも厳しい値が設けられた。

●(3・3)淡水生物によるアンチモンの生体濃縮
クロレラは、水中の三価のアンチモン濃度が10 ppm まで、生育が促進し、5000ppm まで耐性があった。三価のアンチモンの半数致死濃度は約4000 ppm で、三価のヒ素に比べて毒性は小さかった。玉ミジンコと大ミジンコに対する三価、五価アンチモンの半数致死濃度は、それぞれ、10、100 ppmと、4、400 ppmであり、三価のアンチモンは五価のアンチモンより10〜100倍毒性が強い。アンチモンがヒ素より毒性が大きいという知見は得られなかった。クロレラに取り込まれた三価アンチモンは排出されやすく、排出アンチモンの約半分が毒性の小さい五価に変換されていた。クロレラ・ミジンコの食物連鎖の過程で、アンチモンの生体内濃度はむしろ低減した。これらのことから、環境に放出される三価のアンチモンは、淡水産クロレラ・ミジンコ系で、毒性の小さい五価アンチモンに生物的に変換されることから、この生物系はアンチモンによる環境負荷の軽減化に有効と考えられる。

●(3・4)アンチモンの回収
三酸化アンチモン含有製品(電化製品、カーテンなどなど)は、使用済み後は、焼却か埋め立ての運命にある。アンチモンの環境への影響を監視することは勿論必要だが、使用後のアンチモン含有製品からアンチモンを効率よく回収し再資源化するシステム・技術の研究を早急に推進しなければならない。資源の再資源化が重要なことは、ヒ素・アンチモンに限ったことではないことは、いうまでもない。



【プロフィール】
1938年(昭和13年)  福岡県生まれ
1961年(昭和36年)  鹿児島大学農学部卒業
1973年(昭和48年)  九州大学大学院工学研究科博士課程合成化学専攻
1978年(昭和53年)  鹿児島大学工学部助教授
1987年(昭和62年)  鹿児島大学工学部教授現在に至る。
称 号:工学博士 
趣 味:テニス(鹿児島県テニス協会理事)