________________

食中毒と環境問題−ある本をめぐって  09.07.98
  





食品汚染がヒトを襲う  ニコルズ・フォックス著 高橋健次訳 
    発行  98年9月1日 草思社  1900円

 こんな本を買ってみた。食品汚染といっても、誰かが好きな残留農薬問題や、食品添加物の話ではない。「食中毒」の問題だ。環境問題と食中毒は無関係のようで無関係ではない。関係が深いようで、そんなに深いわけでもない。しかし、基本的な考え方には共通点があるように思える。
 この本を読んで、その感想を聞きたい。笑ってしまうのは、この本の題名だ。原題は、“Spoiled" 。これをどのように訳すか、難しいことは認めよう。しかし、これを「食品汚染がヒトを襲う」という訳にして、本書が本当に言いたいことを歪めてしまった。すなわち、「現代社会の効率優先、利益優先という風潮と、ヒトが生きることと意味を無視することによって、さまざまな現象が起きているが、食中毒もそのひとつ」という文化論の香りが抜けて、私がよく言う「恐怖本」のジャンルに入れてしまった。


C先生:読んでみてどうだった。本当は重たい話題の本だし、また、アメリカの事例だけなので、あまり売れないだろうが。

A君:いくつかの新事実を知りました。後でまとめてみたいと思います。

B君:現在の農業、畜産はやはり自然ではない。歪んでいる。有機無農薬栽培が絶対だとは思わないが、健全な農作物や健全な飼育動物から遠いものを食べさせられているのも事実。それに輪をかけているのが、食品の工業化だ。

C先生:「自然と共生する生活」の中で作られてきた食べ物に対する伝統的な知恵が、「現代人の浅知恵」にとって変わったことが食中毒の原因になっている。これの分析をやってみたい。
 それでは、A君の新知識のまとめからいこうか。

A君:まず、食中毒の原因関係をまとめます。菌の種類が時代とともに変化していること、これが面白いですね。歴史的に見れば、1950年から1960年代に、天然痘などの伝統的伝染病が地球上から消えたことによって、「抗生物質の勝利だ、感染症に勝利しつつある」という医学関係者の勝利宣言が行われたわけですが、細菌側も実は相当タフなもので、別の種類の菌がそれなりの状況に適応して健在ぶりを示すということのようです。
 1960年代、アメリカでは黄色ブドウ球菌、クロストリジウム・ウェルシュ菌、サルモネラ菌(腸炎以外)が食中毒の主な原因だったが、その後、1979年になると、サルモネラ菌がトップをとったそうです。しかし、現時点では、カンピロバクター菌がトップ、その次にサルモネラ菌、病原性大腸菌O−157、赤痢菌という順番になっている。
 その上、食中毒の症状そのものも大幅に違ったものになりました。伝統的食中毒では、室温に不適切に放置された食品を食べて、2〜6時間後に猛烈な下痢や吐き気で食中毒になったことがすぐ分かったのです。しかし、現代の食中毒は違う。O−157では、汚染食品を食べた後、3日から1週間後でないと症状が出ない。流産や尿路感染症などもこのような細菌によって起きるらしい。

B君:食中毒になるかどうか、それは体調にもよるが、細菌の数にもよる。O−157の場合などだと、非常に少ない数でも発症してしまうらしい。汚染された食品というものが、その原因になっているようだし。

C先生:そのような状況を表現して著者は、次のように指摘している。
 「1970年代初期までの食中毒の原因は、調理人など人間にあった。しかし、現代は食品そのものが原因になった。」
 この状況は、日本の場合には多少マシだと思うが、本質的な差は無いのかもしれない。なぜならば、細菌の世代交代は極めて速い。だから、人類が100万年かかって実現する環境適合能力を、ほんの数年で獲得してしまう。さらに、細菌には特別な能力があって、他の細菌と遺伝子を交換するという裏技でさらに効果的に遺伝子を変えてしまう。「細菌には皆殺しで勝てる」、これは完全なる幻想だろうね。

A君:これは新知識というわけではないのですが、人間と細菌との共生について、こんな表現がありました。
 「人間の皮膚には、1平方センチにつき約10万個の微生物がいる」、
「水分を除いたわれわれの体重の10%はバクテリアで、そのなかには生まれつきからだの一部になっているわけではないが、われわれが生きていくのに欠かせないものがある。」

C先生:私がよく言うのは、腸内細菌は一人あたり合計1.5kgというデータなのだが、これは一致しているのかな。えーと、水分を除いた体重を15kgとすると、ちょうど1.5kgという値になるな。そんなものだな。

B君:腸内細菌のバランスは重要だと思う。O−157に抗生物質が効かないわけではないが、O−157の場合には、これを投与しないのが正しいとされている。それは、O−157で症状が出たときには、その症状は菌が死んで出すベロ毒素という物質によるので、もともと毒素の治療に抗生物質は利かない上に、抗生物質で一気に菌を殺すとさらにベロ毒素がでる(?)。それに加え、抗生物質を与えると、合併症の原因となるような菌と戦うべき腸内細菌のバランスを壊してしまう可能性が高い。

A君:今年は、日本で死者が出たという報道はないようですが、O−157に関して、全米で1年間に2万人、死者が250〜500名というのが予想のようです。日本では、どんな予想になっているのでしょうか。

C先生:O−157関係の今年の報道というと、ココアが利くとか、なんだか神がかり的、非科学的なものが多かった。しかし、考えてみればココア程度の殺菌力で殺せる弱い細菌であることを証明しているようなものだった。家庭内の調理が原因となって感染する可能性はまず無い。家庭内の台所は細菌の巣みたいなところで、それなりに細菌バランスが取れている。他の細菌と共存できるほどO−157は強くない。これは、院内感染を起こすMRSA菌などでも同じ。
 だからといって、台所は不潔にしろといっているわけではない。中途半端な除菌は逆効果だと言っているだけ。むしろ、生の食品は汚染されているという考え方が無くなっている先進国の感覚が怖いと思っている。
 先進国特有のこの話をA君まとめてくれないか。

A君:えーと、観点がまだ掴めない。時間稼ぎというわけではないですが、汚染されている食品の候補から行きましょうか。
 ボツリヌス菌は土の中にいますから、ジャガイモ、野菜。
 サルモネラ菌:卵。アメリカでは、生卵はもうダメ。野菜類でも、トマト、クレソン、もやし、メロン、スイカが原因で食中毒が発生している。
 カンピロバクター菌:チキン。
 エルジニア菌:豚肉。
こういう食品を取り扱った手で、生で食べる食品を触るなという基本を忘れていないか、ということですか。

C先生:まあそういうこと。生の野菜や肉類を切った包丁やまな板で、そのまま食べる食品を取り扱うことは、昔なら絶対にやらなかった。しかし、最近スーパーで買った商品などでは、食材がパックに入れられていかにも綺麗だから、汚染されているという感触をもてない人が多くなったのではと思う。見た目が綺麗だということが、細菌に汚染されていないということを意味するものではない。昔は、ジャガイモなどには、土が付いていた。だから、洗ってから使うしかなかった。これで、ボツリヌス菌も大部分は洗い流された。

A君:調理方法や消費者の嗜好が変わったのも問題とされていますね。
(1) 電子レンジでは、低温部分がどうしても残る。殺菌不完全。
(2) ベークトポテトをアルミ箔で包んで焼くスタイルも同様。しかも、酸素欠乏状態の部分を作るので、ボツリヌス菌繁殖に好適条件を作っている。
(3) 野菜などは、生に近い状態で食べる方が栄養価が高いと信じられている。
(4) 砂糖の代わりに合成甘味料を使ったら菌が繁殖した。砂糖も殺菌効果がある。
(5) 消費者の嗜好でトマトの酸味が弱くなったため菌が繁殖する。酸味成分も殺菌効果がある。
(6) 腐らない加工をした食品。例えば、窒素を封入した食品中でもボツリヌス菌は繁殖するが、腐らないので分からない。

B君:消費者の妙な健康指向が、実は食中毒の増大を招くとしたら、これは教育の問題だ。生野菜が本当に栄養価が高いのか? むしろ生野菜は場合によっては害がある。この本でも、「ぜんまい」みたいな植物を半生でサラダにした料理を出したレストランで食中毒が発生したという例が出ていた。昔から伝統的に山菜はゆでて水に晒すのが原則だったはず。

C先生:伝統的調理法には、やはり長期間にわたっての人類の知恵が生きている。その本質を現代の科学の言葉で理解しなおして、意味のあることは続けることが必要だろう。

A君:これがC先生の本当の狙いだと思うけれど、人間側にも原因がある。
(1) 抗生物質・除菌剤の多用による腸内細菌バランスの崩れた人が多いこと。
(2) 強力な制酸剤を含む胃腸薬(H2ブロッカーを含有したもの)などによる、胃酸酸性の中性化。胃酸は殺菌剤。
(3) (1)の結果、正常な免疫抗体機能を失っている人が多いこと。アレルギーの多発。

B君:ここで著者は思い切ったことを言っていますね。もっと強烈な訳文が必要だったのではと思いますが。
 「むかしは、われわれのすぐそばの環境に病原微生物がいて、たえず闘いを挑んでおり、抵抗力の弱い者は敗れていた。細菌の影響を受けやすくなっている状況を回避し、しかも倫理に反さない方法はない。ずっと昔にわれわれは共同で決意したのだ。われわれのこどもたちを保護し、肉体的に弱い者に同情と関心を寄せることが、たとえわれわれの遺伝子プールを弱めることになっても、それよりも、われわれの文化全体にとっては重要なのだと。」
 分かりにくい訳文ですから、何回か読んで欲しいと思います。
 このような西欧文明あるいは西欧人道思想が地球全体に適用されていること、これがある意味で環境問題の原点ですからね。

C先生:重たい話になってきた。個人的に、B君が述べた理解をすべて受け入れた上で、さらに言えることもある。思想的にどうこうという重い問題ではない。現代人が自分の健康によいと思ってやっていることが、実のところはそうでもない、場合によっては逆効果という多くの誤解があるように思える。その原因になっているのが、商業主義と教育不足だとしたら、それは改善すべきだ。
 今回の食中毒をめぐる細菌との争い方、あるいは共生の仕方もそのひとつだ。
 本書にいわく、「われわれ人類は、細菌の味方でいることが望ましいだろう」、「まさに自然という考え方自体が死んでしまっている」。
この再確認が是非とも必要だろう。
 抗菌剤の家庭内乱用に反対しているのも、この延長線上にあると思ってのことだ。