________________

環境ホルモンとプラスチック食器
           − メールのやり取りの記録
  





 プラスチックメーカーにお勤めのI氏からのメールです。どうも、専門家の持っている情報は、かなり我々とは違うようです。我々にとっては、やはりマスコミのフィルターを経た情報がどうしても主になります。そこで、I氏の許可を得て、ここに掲載いたします。


I氏からのメール:

 「メス化する自然」(デボラ・キャドバリー著、集英社発行)の訳者あとがきにインターネットに情報があることを知り、ホームページにアクセスしました。「奪われし未来」についてA君が環境ホルモンの一覧表をよくまとめられていると感心しました。私はポリカーボネート樹脂のメーカーに席を置く者で、食器に使用するための厚生省告示を作る委員会などに参加したこともあり、この点で気になるところがありました。

 最近のマスコミ報道がだんだんエスカレートして、真犯人でない容疑者に罪を着せようというようになってきていますので、真面目に受け止められている方々に現在知っていることをお知らせしておきたいと思います。食器の安全衛生性を確保するための平成6年厚生省告示第18号というものにポリカーボネートの規制があります。ここでは、ポリカーボネートの原料のビスフェノールAが、樹脂(食器の材質)の中に残っている量に関する材質基準と、樹脂から食品中に溶け出してくる量に関する溶出基準が定められています。

 B君の言っている抗菌剤を加えた幼児用のポリカーボネート製の食器から検出されたというものは、材質基準違反になったものです。基準違反は厳しく取り締まられるべきですが、材質基準を超えても食品中への溶出量は、それほどでもなく(ここには具体的数値があったのですが、推測値ということでしたので数値を削除し、文章を安井の責任で変更しました)、溶出基準2.5ppmは問題なくクリヤーします。

 告示化のためには、長期の溶出試験によって安全衛生性を評価しますが、その際、市販の食器中のビスフェノールAの量を測定し、その2〜3倍の500ppmの試料で180日間の長期溶出試験を行いました。その時の溶出量は、すべて50ppb(当時の検出できた限度)以下でした。厚生省が告示にする平成6年に、ビスフェノールAについては発ガン性がないにも関わらず基準値が設定されたのは、、発ガン性の故に材質基準が定められていた塩ビなどに習って規制としての体裁を整えるためでした。したがって、材質基準を超えても、即人体の健康に影響を与える量のビスフェノールAが食品中に溶け出すとは考えないで下さい(欧米からは、溶出基準があれば材質基準は必要ないのに不思議な規制だと見られていますが、それ程厳しい規制になっています。)。

 なお、ビスフェノールAは抗菌剤の溶剤ではありませんし、また、殺虫剤には含まれておりません。念のため。
 溶出量の基準については、ネズミでの試験で毒性を示さない量に安全率1000を掛けて定めたものです。この基準値が日本では2.5ppm、欧米では3ppmになっていますが、これは日本人の平均体重を50kg、欧米人では60kgとしているための違いです。

 環境ホルモン作用については、欧米でも日本でもネズミでの試験を再評価して、子宮の重量や胎仔の体重などに対して現在の基準値で影響のないことを確認して、基準値の変更は行われませんでした。精子数の減少やペニスの短小化などについては過去に報告がありませんし、魚などに対する影響も見つかっておりません。唯一「奪われし未来」に報告されておりますように試験管内で乳ガン細胞の増殖があったという報告があり、マスコミや本ではこれを問題視していますが、1月31日のNHKのサイエンスアイにもあったように、試験管内での実験結果よりも動物試験の結果を正しいとすべきです。

 ビスフェノールAについての評価は、他の環境ホルモン物質に先駆けて試験しておりますので、今年中には精子数の減少やペニスの短小化などを起こす量に関する報告が出るものと思います。最後に、ビスフェノールAには蓄積性がないので、食物連鎖による濃縮のないことが分かっていることを付け加えたいと思います。

 環境ホルモンによる障害が出ているのは確かだと思っていますので、ビスフェノールAを問題にして騒ぐより、生態系に対しての影響が確定しているダイオキシンなどの化学物質からまず影響を取り除くようにしなければならないと思います。
 危険な化学物質の洗い出しについては、日、独の環境庁が、生態系への影響について3年計画で取り組むことを発表していますし、米の環境保護局は、今年8月から8万とも言われる化学物質についてスクリーニングに取り掛かるとのことです。もちろん、EUやOECDでも評価が進められます。

 選択の余地があるものでしたら、メーカーとしては、エコマークのようなもので消費者に分かるようにしたいですが、環境ホルモンのようなものにはやはり規制が必要になると思います。



私からの返信メールです:

詳細な情報を有り難うございました。

 ビスフェノールAに関しましては、実は、我々の研究室でも使っております。エポキシ樹脂に電気伝導性を与えるフィラーを開発する実験をやっておりまして、学生が一人それを担当しております。環境ホルモン問題を若干気にはしつつ、継続しているのが実態です。

 環境ホルモン問題は、なかなか微妙な問題を含みます。ガセネタである可能性もまだ20%程度はあるような気もします。しかし、環境屋としてのスタンスは、少なくとも安全性が完全に確認されないかぎり、大人用はともかくとして、少なくとも、乳児、小児用、妊婦用の製品には使うな、といったところです。

 このスタンスを考えすぎだということは容易なのですが、ヘタをすると人類の存続にとって致命傷になる可能性も皆無ではないこと、ダイオキシンのような自然発生をする物質を減らすのは容易ではないこともあって、このような方針でいくべきと思っております。要するに、意図的に材料として使っているものは、意図的に減らすことも十分可能です。これは、塩ビについても同じですが。ですから、自然発生的な物質の暴露を避けるよりも、もっと簡単な方法として、意図的に使用を止めるということも有りうるということです。このような意見は、産業界からは受入れ難いことは、十分承知しておりますが、21世紀に向けて、すべての化学物質・材料は、安全性を確実に保障できるようになるまで、また、リサイクルの方針などが確実に社会的に認知されるようになるまで、使うのを待つということが有り得て、確実に時代の流れはそのようになっていると信じております。
 当然ながら、新規材料や化学物質の開発コストは、安全性確認のために激増するでしょう。社会的にもデメリットは多いでしょう。しかし、仕方が無いのでは、と思います。一度、すべての利便性優先の生活を見直すのが必要です。

 要するに、塩ビにとっても、ポリカーボネートにとっても、なかなか大変な時代ではありますが、ガラスに取って代わった理由がコストであるとしたら、次世紀は環境コンシャスが理由で、また別の材料に変わるということも有りうるでしょう。

 塩ビも、現時点での食塩電解を前提とすれば、環境負荷をトータルには下げているような気がするのですが、食塩電解を前提としない化学産業ができたとしたら、どうなるのだろう。本当に塩ビは必要なのだろうか、という問にどのように答えるか、これが化学業界の新たなる重大責務だと思います。私自身も応用化学専攻に身を置く一人ですが、残念ながら、現在の化学業界は、余りにも防衛的な反応だけが目立って、「人類のために化学業界は何をすべきか」という、大所高所からの意見が聞こえてきません。少なくとも、化学業界が利便性を提供しているということだけでは、世の中のアクセプタンスは得られない時代になったものと思います。

 塩ビ業界にも、知人は多いですが、いっそ、包装材料としては塩ビは出荷しません。そのために、あらゆる商品の価格が上昇します、多少不便になります、と宣言したらいかがか、と提案はしているのですが、残念ながら(当然ながら)、同意は得られておりません。ドイツ、スイスなどはそれを実現している訳で、不可能だとは思えないのですが。

 ポリカーボネートと抗菌剤の関係は、事実と異なる記述をしてしまったようです。後程、訂正します。ご指摘ありがとうございました。抗菌剤をビスAに混ぜて、そして重合させたから、重合度が上がらなかったのかな? と思った次第です。
 殺虫剤とビスフェノールAの記述は、「奪われし未来」にもあったように思います。本当かどうかは、未確認です。

 また、何か情報がございましたら、ご連絡いただけると有り難く存じます。どうもプラスチックの知識は弱いので。