古紙リサイクル問題

なんでもリサイクルをすれば良い訳ではないことは、最近かなり知られるようになりました。

今、古紙が過剰になってます。その理由は、簡単なのです。現在、古紙の利用率は50%台です。だから、紙の生産量の50%以上が回収されると、これは、利用不能なのです。

解決法は、ただ一つ、古紙の利用率をあげることです。しかし、そのためには、なんとかしてコストが高い再生紙を買ってもらわなければならないのです。

古紙使用率が低い紙には、税金を掛けるような社会にならない限り、解決は不可能です。ところが、簡単に税金を掛けるわけには行かないようです。それは、単に産業界が反対するだろうからではなく、国際社会のルールとの整合性を保つ必要があるからです。古紙使用率の高い紙だけを認めるとしたときには、ある国が紙を日本に輸出しようとしたとき、その国の紙の消費が少ないときには、古紙をわざわざ輸入しても古紙利用率を上げる必要があることになります。これは環境を盾に取った、不公正な貿易障壁であるとの解釈がなされる可能性が高いのです。

個人的には、環境のためならば、若干の規制の増強は仕方が無いと思っておりますが、WTOを始めとする国際機関は、必ずしもそのような理解ではないようです。

となると解決は不可能なのか。まだまだ工夫が必要です。しかし、できることがあります。それは、再生紙を自主的に買うことでして、これが市民のできることです。

97年7月27日

日本製紙連合会会長、「再生紙メーカーにも補助策を!」 
97年7月27日朝日新聞朝刊

 王子製紙社長大国昌彦氏は、「古紙の回収に地方自治体が補助をしたが、再生紙を作るメーカーに対しても減税するとか補助金を出すとか、再生利用を増やすために何らかのインセンティブが必要だ。そうすれば消費者にも安く再生紙を供給できる。」と述べた。

 一見環境調和型に思えるこの発言であるが、真面目に考えればやはりおかしい。なぜならば、最も基本的なこと、すなわち、紙全体の使用量を減少させることが、もっとも環境調和型であるということを全く無視している。連合会会長が製紙業界全体としての利益を代表しているのだから会長職務としては当たり前の発言ではあるが。

 さてその紙の使用量は、このところ、着実に増加しつつある。1986年に日本全体の紙消費量が2100万トン前後であったものが、まもなく、3000万トンの大台に乗ろうという勢いである。10年間でのこのような伸びはなぜ起きたか。つまらない報告書の類が、企業、官庁、大学を問わず、いかに多く配布されているかで容易に判断できるだろう。OA化が当たり前になって、簡単に大量の文書が作成できるようになったことが一つ。もう一つは、相変わらず質ではなく量で業績などが判断されるためだろう。

 そもそもの紙リサイクルの目的はなにか。それは、第一に、新しく採取される森林資源量を節約すること。第二に廃棄物の減量であろう。ところが、第二の減量問題は焼却によってエネルギー回収をすることでかなり効果的に行うことができる。もっとも、当研究室の検討結果では、上質のアート紙の場合には、フィラー(粘土や炭酸カルシウムなどの無機物、これによって、光沢を出している)が多いために焼却しても灰分がかなり残るが。となると、結局、リサイクルの最大の目的は新しく採取される森林資源を少なくすることに尽きる。となると、直接それを目的とする行動方針を採用することがもっとも分かりやすい。これに対して、補助金は最終目的との関係が分かりにくいのである。

 さて、どうすれば良いか。最も簡単なのが、新規資源利用税の新設である。実際に得られた税収はどうするか。これは住民税、所得税、法人税の減税にあてる。これを補助金に回してしまうと、製紙連合会の主張と同じ誤りを犯すことになるので。

 大国氏は、もう一つ重要な主張をされている。それは、雑誌をリサイクルするには、糊付けの部分を裁断して除去する必要があり、そのために人件費が掛かるということである。これはどのように考えるべきか。ここでも、日ごろ私が主張しているライフサイクルコストという考え方が有用である。昔の雑誌、あるいは、最近でも週刊誌は針金綴じという方法が採用されている。この方法ならば、リサイクルに負の効果は生じない。基本原則は以下の通りである。どのような雑誌であろうが、それを発行する際には、その最終処理のプロセスまですべてを提案した上でそのコストを算入して売値を定め、その製品は回収責任を負っている訳だから、事業者責任で回収し適切に処理する。そして、糊付けによってより再生処理コストの増額算定が適切だと判断された場合には、売り上げの一部を紙再生業者に還元する。

 となると、当然ながら、糊付け製本をした雑誌のコストは針金綴じの雑誌よりも上昇するだろう。その分を誰が負担するのか。それは糊付けによるメリットを享受しているのは誰かを考える。答えは、結局のところ消費者である。だから、その上乗せ分は消費者が負担することになる。ただし、どこかで住民税などの社会コストの節約になる分があれば、それは住民税を軽減することによって、バランスを取り直す必要があるだろう。

 このような考え方には、問題点が無いわけではない。その一つが、税金の直接間接のバランスが間接寄りに振れることである。要するに弱者に対してよりきつくなる可能性が高いことである。これは、社会福祉全体のバランスの中で、なんとか考えるべきである。 

 要するに、大国氏の補助金を貰いたいという発言は、環境全体を基準とした適正処理を考えたものではなく、業界だけの利益を優先し過ぎており、品位を欠く発言であると言わざるを得ない。

前	ホーム次