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地球温暖化対策推進大綱は要改良
     08.11.98  







 しばらく前になるが、98年6月19日政府の地球温暖化対策推進本部は、大綱を取りまとめた。その大綱にしたがって、今後、政府としての各種対策が取られていくことになる。一般市民が大綱などという大層なものを読むことはめったに無いと思うが、国の基本方針であるからといって、これをそのまま認めてしまう訳にはいかないと考える。


C先生:今日は、政府の推進本部が作ったといっても、実際には、通産官僚が作った文章だが、詳細に批判をし、改善点を指摘してみよう。
 まずは、「基本的な考え方」についてから行く。


 大綱の書き出しである「基本的な考え方」には、大綱全体のまさに哲学的背景を述べていると考えられる。それは、次のような文章で始まっている。

 「地球温暖化は現在の人類の生活と将来の人類の生存に関わる深刻な問題である。我々は、本問題の究極的な解決に向け、叡智を結集しなければならない。」 (途中省略) 「京都議定書においては、先進国全体の温室効果ガスの排出量を1990年の水準よりも5%削減することを目的として、先進各国の削減目標を設定し、我が国は6%削減を世界に約束した。」


B君: 気軽に読み飛ばしてしまいそうな文章ですが、政府レベルのこの問題に対する基本的認識がどのようになっているのか、疑問が沸く文章ですね。
 まず、「地球温暖化は現在の人類の生活に関わる深刻な問題」なのだろうか。現在の日本人の生活にとって重要な環境問題は、むしろゴミ問題、ダイオキシン問題などなどの地域環境問題であって、温暖化のような地球レベルの環境問題が深刻な状態になるのは、まだまだ先のことでしょう。しかも、二酸化炭素は人体にとって、あるいは、植物などの生態系にとって、濃度が例え今の10倍になってもそれ自身が有害とは言えない。しかし、解決をしなければ、未来世代には被害が出る可能性が強い。このような特性をもつ地球温暖化問題を解決しようとするとき、何が最大のネックになるかと言えば、それはむしろ「二酸化炭素の放出は現在の人類の生活にとって全く無害である」からなのでは。現時点で痛みを感じるような被害が出ない状況の中で、将来世代にとって深刻であろうこの問題の解決をどのように行うか、その方法が確立していないことこそ、最大の問題なのだ。仮に上述の文章表現で、「現在の」が生活ではなく、人類に掛かる形容詞であるとしても、温暖化の被害が本当に深刻になるのは、2100年ごろだということを考えれば、やはり基本的理解としては正しいと言えないのではな いだろうか。

C先生:まあその通りだ。このような理解を国民レベルで進めること、すなわち、現在の生活の中では実感として把握しにくい問題をどのように把握させるか、という問題の解は、「実感になるような社会的・経済的制度を新たに作る」ことしか方法は無いと考えるね。
 そこで、大綱の中に、どのような新しい社会的・経済的制度の提案があるかを検討してみると、おおむね夏時間の導入だけであって、新税制の提案や、排出権取引などといった、解決に直接的に効きそうな制度に関し一言も述べられていない。

B君:もう一つ、基本的理解で欠けていることは何かと言えば、この文脈からは、我が国が約束した6%の削減という数値が、「温暖化問題の究極的解決に向かう」数値であると読めてしまうことではないですか。「何が究極的解決であるか」の合意形成なされていない以上、あまり細かい議論をするのは無意味でしょうが、もしも、温暖化を全く起こさないようにするのならば、人類が放出している二酸化炭素などの温暖化ガスの放出量を50%削減しなければならないとも言われます(IPCC)。その値に比較すると、6%というものがどのような意味を持つ数字であるのか、この解釈を記述すべきであると考えます。

A君:いや厳しくなりすぎるのは、産業界にとって死活問題。だから、本大綱のようにぼやけているのが有り難い。通産省が作るからこのような文章になるのでしょうね。

C先生:昨年12月のCOP3によって、地球温暖化問題は、通常の環境問題から環境政治学の問題に変質した。すなわち、この文章にあるように、「6%削減を世界に約束した」のが真実であって、「究極的な解決とは全く無関係に、むしろ政治的取引として決められた数値である」ことを明示すべきだね。さらに、21世紀を見通した見解が必要で、「6%の削減は真の問題解決には不十分な数値かもしれず、当面目標年である2010年以後には、さらなる大幅な削減を行う必要があるかもしれない」といった大筋の理解を国民に求めるべく、大綱に含ませるべきであったと思うよ。
 さて、次に行く。


第2段落には、「地球温暖化問題の解決に向けた取り組みは、環境と調和した循環型経済社会を構築し、持続可能な経済社会の発展が可能になるために必要不可欠である。」といった文章がある。


C先生:「環境と調和した循環型経済社会を構築すること」の必要性は万人の認めるところだろう。しかし、このような循環型経済社会の実現と地球温暖化問題の解決に向けた取り組みはむしろ別種であると考えるべきでは無いだろうか。環境問題には、大別して、物質型問題とエネルギー型問題が存在しているが、循環型経済社会は、物質をいかにして循環させるかという視点からの検討課題であって、循環型が省エネルギーと両立する場合には、勿論何も問題が無いのだが、場合によっては、省エネルギーには反するような場合があっても、物質を循環させるべきであると判断されればそれを実行するのが循環型の理念なのじゃないかな。現在、ゴミ焼却が問題となっているが、排気ガス規制の枠組みが決まった今、実際上もっとも重大な課題は、ダイオキシン問題を含めても、焼却灰の処理ではないだろうか。もしも焼却灰をそのまま埋め立てすることに問題が無ければそれにこしたことはないのだが、毒性の強さ、さらには処分地不足という現状から、莫大なエネルギーを投入しても溶融処理を行うことが検討されていると理解すべきだろう。すなわち、物質型とエネルギー型の問題意識はときに両立不 能のためトレードオフの関係をもつものなのだ。このような理解に立てば、もともとエネルギー型環境問題の典型である地球温暖化問題を、循環型経済社会の実現に向けた一段階と見なす考え方は、論理性が高いとは言えないね。HFC、PFC、SF6の3ガスについては例外的に循環型が最善だ。しかし、二酸化炭素を循環させること、これは太陽エネルギーで駆動されている「地球」の役割であって、技術的・人工的に行うことが現実的でないことは、まともな科学の常識をもって判断すれば容易に理解できることなんだけどね。
 この文章に対する結論は、「大綱というからには、地球温暖化問題の本質は、むしろ循環型社会への誘導政策とは異なることを明示し、国民の理解を得るべきである。」

B君:次が削減目標の達成法についてですね。

A君:少々まとめましょうか。基本的な考え方に続いて述べられていることが、6%削減目標をどのようにして、達成するか、その内訳が示されています。それによれば、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素の排出削減によって、2.5%相当分の削減を行い、HFC、PFC、SF6の3ガスは、逆に排出量が増加するために、6種のガスに換算して、なんと2%もの増加を見込んでいる。森林による純吸収分を3.7%と計算し、これを6%の計算に含めようと考えているように思われる。以上合計すると、4.2%の削減になる。そして残った1.8%分を、排出量取引、共同実施、クリーン開発メカニズムなどの国際的な枠組みの活用によって削減する予定のように読めます。

C先生:まず、第一に問題となるのが、HFC、PFC、SF6の放出量の増加による6種の温暖化ガスに換算して2%の増加を見込んでいることだね。通産省によれば、このまま放置した場合には、HFC、PFCの2010年における放出量は、95年の2.5倍に、SF6も1.5倍になると予測されているのだ。この予測値は、温暖化ガスに換算すると、4.5%増に相当するということだ。
 基準になる1990年には、まだ使用量が余り多くなかったこれらのガスであるが、これまでにも何回も言っているように、実は放出量の増大を見込むこと自身に問題が大きいガスなのだ。確かに、現在の知識の範囲内では、これらのガスによって直接的な被害を受ける生態系はないように思える。しかし、オゾン層を破壊することで製造禁止になった特定フロンも、開発当初は全く無害なガスという認識であった。この歴史的反省が生かされていない。
 現在、PCBやDDTなどが内分泌撹乱物質として問題になっているが、これらも環境中での寿命が長く、一旦放出すると消滅しないことが問題のひとつの本質だ。このような観点からHFC、PFC、SF6を見ると、特にPFCのあるものは寿命が数万年ということで、PCB、DDTなどの寿命と比較してもとんでもない長寿命である。このような物質を環境に放出することは、まさに取り返しの付かないことになる可能性もゼロではない以上、環境倫理哲学から見ても、第一に禁止すべきことのように思えるね。技術的にも、エッチングに使用されるPFCの回収再使用が可能であることが分かっているのだ。経済的に成り立たないということであるのならば、社会全体としてその負担をする方法、例えば、薄く課す炭素税によって、設備の新規投資を援助することも考えても良いだろうよ。

B君:第二の問題点が、排出量取引を「あて」にしていることではないでしょうか。京都議定書によって決められた排出削減量の国際的枠組みで、ロシア0%になったことがこのシナリオの裏に存在している。現時点で経済停滞によって、ロシアの温暖化ガス排出量は、政治体制の変化があったため推測値だが、約3割減になっていると思われる。京都会議COP3では、この状況を巧みに使用し、温暖化防止の枠組みで経済援助を行うことが認められた。2010年までの対策としては、非難するにはあたらないことかもしれない。しかし、2010年以後にももしも温暖化防止の枠組みが存在し、その時点でロシアの経済が回復していたとしたら、ロシア一国に依存するこのような政策は危険きわまりない。2010年以降にも継続できる削減方策を考えた上で、この枠組みにどの程度依存するかを決定すべきでしょうね。何ごとも外国1カ国に依存するのは危険だ。食糧問題は、米国に依存しすぎているので大変危険。

A君:第三の問題点。森林による吸収分3.7%は、まだ国際的枠組みができていない訳ですよね。この大綱のような解釈は国際的にはまだまだ未確定。むしろ、このような方式ではなく、新たに植林された森林による吸収分だけが算入される可能性が強いと思うのですが、まだ、これからですから詳しいところは今後またで良いでしょうか。しかし、この3.7%はあてにできない。消滅する可能性が大。となると、別のところで削減枠を確保する必要になるでしょう。

C先生:いろいろと改善点があるようだ。まず、原理的な解釈から行くか。
 一般に、環境問題の解決法には、必ず3本の柱が必要だと考えている。すぐれた技術、適切な社会システム、個人の意識の改善、の3本だ。この大綱が環境問題の解決法に属するものかかどうかはやや微妙ではあるけれど、原理的考察を行う際には、そのように仮定することがまずまず許されるだろう。
 最初に技術の観点から見ると、いくつかの技術的な課題は比較的適切に指摘されていると言えそうだね。やや問題となるのが、原子力依存が高いことであろうが、今回その議論は行わない。太陽エネルギーなどの新エネルギーへの期待感が余り高らかに謳われていないことは、現実的であると評価できるだろう。さらに、二酸化炭素の分離・処分技術の開発についても、大きな期待感を感じさせない点は優れている。

B先生:しかし、通産省と環境庁の温暖化対策技術の年次開発計画が、つい最近、一部明らかになりましたね。それによれば、環境庁のものですら、二酸化炭素の分離・処分技術が重要課題として取り上げられていましたよ。この問題については、このHPでもすでに繰り返し主張しているように、ミニマムリグレット基準が判断基準として使用されるべき問題であって、この点から見れば、二酸化炭素分離処分は、絶対的に緊急用という位置づけのものであって、これを全面採用することを押し出した対策は認めがたいものです。

A君:個人の意識の改善については、ライフスタイルの見直しとして、夏時間の導入、自転車の活用、教育・啓発が挙げられている程度であって、十分とは言えないと思いました。温暖化問題の基本は、「未来世代への現世代からの環境負荷の押し付け」であるという基本的理解、すなわち、自分たちでは感じることができないことをいかにして体感するかという難問をどのように教育・伝達するかという意気込みが不足しているのではないでしょうか。

C先生:私のこの問題に対する解釈は次のようなものだ。「世代間調停問題だけに、個人のもつ意識の改善が進みにくいという本質的困難を含む問題であることを意識すれば、それを強制的にでも感じざるを得ないような社会システムを構築することが、この問題の真の解決法となる。」このような解釈が作文した人には共有されていないのではないかな。

B君:大綱では、社会システムをどのように変更するか、特に、未来世代との世代間調停問題を実感できるような社会的・経済的インセンティブをどのように構築するかについての方針の記述が全く欠落しているといえそうですね。

C先生:社会システムの改善、特に、経済的インセンティブの構築は必須である、これは合意できるよね。どんなインセンティブが必要だと思うかい。

A君:炭素税などは、経済を減速させるという理由で、今回の大綱に加えられなかったのでしょう。これは容易に想像できますね。しかし、温暖化防止のための経済的インセンティブは炭素税だけではないです。
 例えば、自動車税を現在の排気量基準から燃費基準に置き換えること、これは明日からでも行うことができる。エアコン・テレビ・冷蔵庫などの家電製品に特別消費税を設定し、その製品のライフサイクル総エネルギー使用量に応じてその額を加算・減算し、消費税総額としては、現状維持もしくは減税にすることを行うことも不可能ではないと思います。
 大綱が言うトップランナー方式の中に、このような考え方が含まれるのかどうか、これは不明ですが。

C先生:このような記述を少々例示するだけでも、各メーカーの取り組みは異なってくるだろうね。ちなみに、トヨタのハイブリッド車プリウスは、取得の際の税がすでに一部減税になっていて、その恩恵には少しだけ(4万円ぐらい?)浴した。この制度に対して大きな反対が有ったとは聞いていない。蛇足ながら、ハイブリッド車は万能の車ではないが、少なくとも都市交通手段としては現在の車よりも格段に優れている。特に、タクシーや営業車には最適ではないかと考えられるので、200X年をもって、タクシー・営業車の新車はすべて天然ガス燃料のハイブリッドにするといった思い切った政策や誘導策も有りうると思うね。走りも都市専用カーとしては、結構速いよ。高速道路、山道、特に登りはまるで駄目だけど。

B君:僕は、排出権取引、外国とのではなく、国内の排出権取引を作ったら面白いと思う。製造業に対しては、単に省エネルギーを強制するだけで効果が限定的すぎるのではないか。まだ、議論が進んでいないことは事実だし、また、問題山積であることも事実であるが、200X年実施を目標として検討を開始するといった方針の提示が有るべきと思う。

C先生:排出権が設定されるには、それぞれの企業に対して、あるいは業種に対して、排出枠が設定されないと難しいと思うが、この議論は確かに面白い。排出量削減の切り札になりそうな気がする。
 さて、それでは、最後に、大綱の本来有るべき姿を述べようか。
 まず総論だが、本大綱が欠陥である原因は、これを作成した官僚の意識にあるように思えるね。すなわち、現在の制度との連続性をなるべく高く保ちながら、2010年6%削減という目標をどのようにして乗り切るかという、ものすごく限定的な問題意識で作られたものに読めてしまう。要するに底が浅い。理念が無い。

B君:2010年以降にどのような国際的状況になるか、それは確かに不確定ですよね。過激発言ですが、二酸化炭素削減の枠組みそのものが無くなる可能性もゼロではない。しかし、国の大綱というからには、2010年以降に、さらに厳しい削減が国際的公約になることを前提条件として考慮し、そのときに必要な社会システムのあり方を含め、少なくとも20年程度の先を見込んだ国家的方針が示されることが望ましいと考えます。

C先生:それでは、次に序文の改善案を示して今日のところは終わりにしよう。
 「地球温暖化は、まだ科学的不確実性は若干あるものの、将来の人類の生存に関わる深刻な問題である。我々は、現世代が直接影響を受けることのない本問題の究極的な解決、すなわち、将来世代のために現世代は何ができるか、という難問の解決に向け叡智を結集しなければならない。」 
 「地球温暖化問題の解決には、将来世代の利益を代弁するような社会システムの構築が必要不可欠であり、炭素税、排出権取引、などの枠組みに加え、二酸化炭素排出の削減に実効のあるあらゆる方策を創出し、2005から2008年実施を目途として鋭意検討する。」


なお、大綱の全文は、書庫編に掲載しました。
  http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/
(何故2つのアドレスを使って面倒なことをしているかというと、本HPはすでに容量が一杯。もしも現時点で容量を増やすと、URLが変わってしまうというドリームネットのサービス体系のためです。なんとかしてよ −> ドリームネット殿)