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 「奪われし未来」の読み方
 (1997年11月17日)






 "Our Stolen Future" by Theo Colborn, Dianne Dumanoski, Johon Peterson Myers,は1996年年初に出版された。科学探偵物語という副題がついた環境警告本であるが、レイチェル・カーソン著「沈黙の春」と同様、米国社会に大きな影響を与えた。「沈黙の春」は、合成殺虫剤、農薬が環境にどのような影響を与えるかという警告書であったが、幸いなことに各種の規制が設けられた結果、「沈黙の春」が実際に来ることは無かった。

 「奪われし未来」では、「沈黙の春」が記述した環境汚染が、実は、やや異なった形で人類を始めとするあらゆる動物に対して、性発達障害や生殖異常といった影響を与えていることが指摘されている。これが人類の将来にとってどれほど重大なことであるかが明らかになるには、少々時間が掛かるであろう。しかし、どうもこの形の人体影響が、実は化学物質の環境影響の最悪のパターンなのではないかと考えて始めている次第。

 日本でも早晩話題になると思う。現時点では、ダイオキシンはまだ「史上最強の毒物」で急性中毒や発癌性が問題となっているようですが、そのうち、環境ホルモン=内分泌撹乱物質=EDCとしての特性が問題の中心になるでしょう。

 「奪われし未来」 翔泳社 1997年9月30日発行 ¥1800


A君:かなり厚い本なので、読むのに時間が掛かりましたが、これは大変だなあという思いを強くしました。

 

B君:この手の探偵物語風がどうも苦手で、なかなか読み進められない。ときどき抜きながら大体読んだのだけれど、米国以外では、このような作風が良いとは思えない。もっと多くの人に読んで貰うには、日本流に書き直した方が良くないだろうか。まあ、文句ばかり言っても仕方がない。兎に角、この本の警告をまともに受け止めるべきだと思う。

 

C先生:めずらしく、両君の意見が一致している。まあそれだけ重大な警告だからだろう。このような環境ホルモンというものの怖さは、極端に低い濃度でも人体に作用するということだ。通常の毒物だと、例えば鉛の水道水の基準濃度は、50ppb(注:ppb=10億分の1)程度だけれど、ある種のホルモンだとpptレベル(注:ppt=1兆の1)の濃度で利くからだ。さらに、ホルモンに反応することは、人体にとって、極めて当たり前のことであって、もともとそのように作られているからだ。アレルギーなどでは人体側が抗体を作る必要があって、したがってある人は重大に反応するけれど、ある人には無害だということがある。発癌についても、人類はDNAの異常を修復する能力がある程度あるから、修復力が強い人では、同じ発癌物質を摂取しても発癌はしない。ところが、ホルモンに対する作用は、人体の遺伝子に組み込まれた作用だから、例外無く、誰でも影響を受ける。

 この本をどのように読むか、これが、本日の主題だ。まあ我々は化学を専門とする訳だから、これらの物質の本性などを中心に考えてみよう。そして、この本は米国における状況を記述したものだが、日本独特の環境の状況から見て、何か追加すべきことはないかを検討してみよう。

 

A君:それには、どのような物質が指摘されているか、その一覧を作る必要があるようですね。という訳で、すでに次のような表を作りました。

 

B君:さすがに秀才!

 

A君の提出した環境ホルモンの一覧表

     

環境ホルモン、内分泌撹乱物質とその危険性

 

PCB(ポリ塩化ビフェニール)    動物性食物が危ない。

DES(ジエチルスチルベストロール)  人工ホルモンが危ない。

ダイオキシン 日本人なら魚からが大部分。しかし、母乳が深刻。

DDT(ディクロロディエチルトリクロロエタン) 動物性食品が危ない。

DDE(ディクロロディエチルエタン)   動物性食品が危ない。

PAH(ポリアロマティックハイドロカーボン) 焼却炉からのもう一つの危険物。

ピリミジン・カルビノール(真菌殺菌剤)  抗菌抗かび剤が危ない。

p−ノニルフェノール(酸化防止剤)   プラスチック容器・食器が危ない。

アルキルフェノール・ポリエトキシレート(洗剤) 下水での分解物が危険。

ビスフェノール−A(ポリカーボネートから、缶のコーティングから)

   プラスチック食器、缶ジュースなどが危ない。殺虫剤などにも含まれる(そんなことは無いというご指摘あり)?

メトキシクロル(殺虫剤) 殺虫剤が危ない。

フタール酸エステル(追加byA君) プラスチック容器・食器、ラップ類が危ない。

 

B君:どうも「電磁波危険本」みたいな安易な記述法が気になる。その「危ない」というやつを変えたいね。まあそれはそれとして、少々気にして読んだのが残留農薬でして、環境ホルモンであるという記述は無いのですがね。良く分からないが、水質検査を行う際の指標として使えるという感じなのだろうか。

 

C先生:本来なら、ここで、すべての化学式を示すべきだろうが、作っている暇がない。まあ、このリストを使って、多少の議論をしてみようか。A君、どんな印象を持った?

 

A君:どうも環境ホルモンになるには、ある化学構造が必要みたいな感じですね。どうも、ベンゼン環を持った化合物で、このような構造が人体に反応するようです。この本の中には詳しい説明は無いのですが、プラスチックの添加剤であるフタール酸エステル類も同様に環境ホルモンであるという説もありますので表の最後に追加しました。

 

B君:それにこの本に無いことで、日本独自の問題として、最近の抗菌剤の使用が有りうるのでは。このホームページでも指摘されているが、抗菌剤を加えた幼児用のポリカーボネート製の食器からビスフェノールAが検出されているが、ビスフェノールAの重合が、抗菌剤を加えたために上手く行かなかったのかもしれない。(記述不正確とのご指摘あり、若干訂正すみ)。

 それに、もう一つ。それは、プラスチックの焼却時に出るであろうPAHの影響。現時点では、ダイオキシンのみが注目されているが、不完全燃焼すれば、当然PAHが出ていると思われる。

 

A君:ノニルフェノールが以前使われていたアルキルフェノール・ポリエトキシレートの分解で生成するということは、大変にショックです。となると、化学物質の規制だけでは十分ではなくて、それを地中な水中に放置したときに、何か妙な分解生成物ができるかどうかをちゃんと調べないと駄目だということを意味するからです。そんなことをすべての化学物質に対してするというのは不可能に近い。もしもそれが義務化されるとしたら、化学物質開発のコストが莫大になるだろうから。例えば、現在埋め立てられている大量のプラスチックの分解で妙なものが出ないことをちゃんと検証しなければならないことになるので。

 

C先生:その通りだ。すべての化学物質がどのようにして環境中で分解され、どのような中間物質になるか、これを研究することが環境化学者にとって重要な課題になりつつあると思っている。ところが、現在までのところ、例えば液晶のようなものについても、その人体影響・生体影響をきちんと評価してから使用しているとは思えないのだ。だから、まず新規な化学物質の安全性のチェックが先になって、分解生成物のチェックは遅くなる。だから、製品の回収をメーカーにお願いして、安全性が確認されるまでは、廃棄しないで管理するというスタンスが必要のように思えるのだ。

 

A君:しかし、なんとなくですが、ベンゼン環を含むもの、さらに塩素を含むもの、場合によっては、臭素を含むものが怪しい。こんなものだけでも、まずチェックする必要があるでしょう。

 

B君:さらに完全に安全を求めるということならば、C先生では無いけれど、評価基準になりうるのが「おばあちゃんの時代から使っているものなら安心」という原則に戻ることかも。となると、使える材料が木、竹、鉄、銅、ガラス、陶器、紙ぐらいになってしまって、我々材料研究者は失業だけれど。しかし、大人は別として、子供のためには、なるべくそのような物を選択することが良いかもしれない。木、竹なども塗装してないものということになるが。

 それにC先生のためにもう一言付け加えると、抗菌剤のようなものを使うのは、やはり止めるべきだろう。殺虫剤ならときどきだけれど、抗菌剤となると常時使うことになるだろうから、影響は大きいという可能性が高い。抗菌剤を使わないと、感染症は多少増えるだろうが、それは、普段から雑菌に接触することによって抗体を増強することで乗り切るしかない。

 蛇足だけれど、雑菌というと悪いイメージ(C先生の秘書談)があるらしいが、ここで言う雑菌とは、病原性細菌以外のもの一般を意味していて、良性の細菌も含むので念のため。

 

C先生:B君のお陰で、今回は出番が少なかった。どうしても何か言うぞ。

 まず、現代の便利な社会は、危険性が高いということを認識すべきだろう。例えば、コンビニで何か食品を買って、そこで電子レンジで暖めるということが良く行われるが、これは、プラスチック容器やラップから食品に内分泌撹乱物質を移動させているような行為とも考えられる。コンビニのラップは何かそのようなものを含む塩化ビニルかもしれないからね。電子レンジには、陶器を使おう。そして、ポリエチレンのラップにしよう。

 そうだな、追加するとしたら、やはりゴミの焼却か。これは毎度述べているように、完全分別後に行うべきだ。どのようなものをどのように焼却すればよいかをまず確立し、そのガイドラインに従うとすると、ゴミが完全に分別されていないと実行不可能ということになる。日本のような国では、焼却は必須だ。先日、松田美夜子女史の講演を聞いたが、ドイツ通の同女史によれば、なるべく焼却しない、そして、埋め立てはさらに避ける、が原則とのこと。日本でも同様なのだけれど、エネルギーの回収は今後さらに重要になる。なぜならば、廃棄物のエネルギー回収をしないと、そのエネルギーを新しい石油で補うことになるからだ。二酸化炭素の放出が増えるから焼却は駄目で埋め立ては良いという議論は、根本的に間違っている。埋め立てても、10数年後にメタンかなにかを発生して、かえって温暖化に悪い影響を与える。

 いけない。いけない。やや話題がずれた。しかし、化学物質や材料の分解過程まですべてを理解することは、これからの環境科学=環境化学にとって、非常に重要なことなのだ。しかし、実際にそれをやろうとすると、実験手法的にかなり困難があるように思える。いずれにしても今後の重要な検討課題だが、このような研究費を国からかなり獲得する必要があるだろうね。難しいかもしれないが。

 それに、最後にメーカーへの依頼だけれど、すべての製品のすべての部品に、何を使っているかの表示を是非とも急いでいただきたい。主成分だけでなく、添加剤などできるだけ詳しいものが欲しい。これが、「奪われし未来」を再度人類側に「奪い返す」ために必須なのだ。