皆様の
ご意見をご紹介するページ

0013

森 和泉様(流山市の方、女性)

 私が住んでいる千葉県流山市では、ごみを、可燃ごみ、不燃ごみ、粗大ごみ、特別ごみ(乾電池)に分別して捨てています。資源(ごみ)は、紙類、布類、金属類、ビン類に分別して、自治体、子供会、老人会などの団体によって回収されます。生ごみのコンポスト化に関しては、処理器購入費が補助されることになっています。このような、ごみ回収システムやごみ処理システムに関しては、われわれ市民では改善できないことですが、せめて、今のシステムの中で出来る事をしたいと思います。ごみ問題も多種多様ですが、最低限、有害物質の発生を防ぎたいのですが、どのようにしたら良いのか教えてください。

極めてまともなご質問をありがとうございます。しかし、残念な回答しかできません。

 また、余分なことですが流山市の分別を見て、行政というものは、一度方針を決めると、なかなか変わらないものであることがよく分りました。現時点では、乾電池を特別扱いする必要は無くなりましたね。まあ、資源ごみとしての分類なら分るのですが、水銀を問題にするのならばむしろ蛍光燈かもしれません。1本あたり、微量とは言え、数10mg入ってますので。


ご質問 1 、塩ビ製品の捨て方

まず、どれが塩ビ製品なのかわかりません。生鮮食料品を包んでいるラップや塩ビの表示があるものは良いとして、それ以外の塩ビ製品を見分ける方法はありますか。見分けられない場合は、とりあえずプラスチック製品は不燃ごみとして捨てるつもりですが、有害物質の発生という観点では問題ないでしょうか。

 当面の対策としては、それだと思います。ただし、流山市の不燃・可燃の定義はなんなのでしょうか。また、それぞれの処理の方法はどのようにしているのでしょうか。それによっても答えが多少違うかも知れません。有害物質の発生も、そのあたりが分らないと分りません。

 東京都の場合などでは、不燃ごみとして集めながら、一部では燃やしていたりするのです。だから、市民がいくらやっても、最終的には効果が全くなかったりすることもあります。是非、市のごみシステムを調査して下さい。


ご質問 2、 生ごみに含まれる食塩について

ダイオキシンの発生の原因が塩化ビニルだけではなく、食塩も原因であると知ってびっくりしました。塩化ビニルは、どの製品に使用されているかが分かれば、「購入しないか分別する」という市民レベルの努力ができます。しかし、食塩となると、生ごみのコンポスト化ができるまで、私たちは生ごみをどのように捨てたら良いのでしょうか。水で塩分を洗い落としてから可燃ごみとして捨てることぐらいしか思いつきません。良い方法を教えてください。

 現時点では、幸運を祈って捨てるしかないのです。塩分を洗い落とすことがそれほど塩分を減らすことにもならないし(漬物など)、水の使用は水資源への負荷を掛けていることにはなりますから。


ご質問 3 、生ごみのコンポスト化に関して

5年くらい昔に田舎で見た生ごみ処理器は、ひどい悪臭と湿気と虫(ポット内にうじむし多数)が発生していました。また、生ごみ処理器は、補助金がでるとはいえ高価(6000円〜40000円)です。このようなことを考えると、生ごみのコンポスト化を行うことに二の足をふんでしまいます。もっと安く、臭いが少なく、庭のないアパートでも出来る方法はないでしょうか。

 残念ながら有りません。また、できてしまうコンポストにしても、それをどこで使うか、別の問題もあります。悪臭対策でしたら、一部で強力にキャンペーンが展開されているEM菌というものが有りますが、これは、前処理用だと私は考えてます。二次発酵をきちんと行うことが条件のようです。

 生ごみだけを収集して、市レベルでコンポスト化をしてくれるのが最良なのですが。そんな計画があるかどうか、市にに問い合わせをして見て下さい。


ご質問4、燃やせるプラスチックの捨て方

  燃やせるプラスチックとは、どんなものですか。また、ここ流山市ではプラスチックは可燃ごみに含まれていませんが、燃やせるプラスチックは可燃ごみとして捨ててよいのでしょうか。

 ポリエチレン、ポリプロピレンは石油が固まったようなものです。ですから燃えます。燃やせます。ただし、高温になります。

 そこで、可燃ごみ・不燃ごみの定義とその後の処理によります。流山市の焼却炉がなぜプラスチックを燃やせないのか、塩ビを燃やすことを避けるために、プラスチックを燃やさないということは、これまでも無かったと思いますので、恐らく、高温に耐えられない炉の構造であるとか、なにか別の理由があるはずです。

 恐らく、全く燃やせないということはないはずなのですが、どのぐらいが適当なのか、市当局も分っていない可能性があります。そこで、プラスチックをすべて不燃ごみに分類しているのではと考えられます。

 いずれにしてもごみ問題全般について、自治体に問い合わせる人が増えること、産業界(対小売店でも良い。これはどのプラスチックでできているのですか、燃やすと何か有害物質がでますか、と質問することです。)へも意見を述べること、これが解決への第一歩だと思います。

 

0012

浜崎賢太様(電機メーカー社員)
「プリペイドカードはどこでリサイクルできるか」

 はじめまして。私は、大阪の某電機メーカーに勤める25才の会社員です。先日、私鉄の駅で買ったプリペイドカードを使い切ったので、捨てようとしたときに、ふと「これって、リサイクルしたらかなり資源の節約になるんでは?」と思いました。しかし、駅には、プリペイドカードの回収箱のようなものは、置いてありませんでした。現在の世の中には、テレフォンカードをはじめとして、様々なプリペイドカードが溢れ返っていると思います。そのようなカードは、どのような所に持っていけば、リサイクルしてもらえるのでしょうか?もし、ご存知でしたら、是非教えていただきたいと思い質問致しました。宜しく、ご回答のほどお願い致します。
考えたことも無かったご質問で、回答が遅れました。
答えを別に用意いたしました。

0011

猪瀬様(早稲田大学生)

「リサイクルや環境保護で地球は救われるのか」


 僕は大学の英語のサークルでDebateをやってます。結構、全国の大学の英語 Debateの活動はさかんで、もちろん議題は全国共通で、あちこちにも大会があります。 で、今期の議題は日本語で言うと、「製造業においてリサイクル材の増加を増やす包括的な政策をとるべきか否か」というものです。
 今回の議題のために、かなりの本を読んだり、新聞を読んだりしました。おはずかしいことですが、初めて知ることもかなりありました。結構、ショックを受けました。今まで、環境のことなどあまり考えたことがなかったからでしょう。だから、この議題は僕にいい機会をあたえてくれたと思い感謝してます。
 ここで質問があるのです。たくさんの本を読んで、先生のホームページも見ても思ったのですが、今、リサイクルや環境保護をしても、地球は救われるのでしょうか?結局、発展ばかりを重視して、今までの環境破壊のツケがすでに限界を越えていて、今さら環境保護をしても、ほんのすこしだけ地球の寿命がのびるだけなのでしょうか?(だからといって環境保護をしないというわけではないですけど)。たとえば、地球の温暖化は避けられないというし、森林でさえも現在の温暖化の影響で21世紀の半ばには、二酸化炭素の排出が光合成より多くなり、逆に二酸化炭素の発生源になるなんていう記事も見ました。しかも人口増加は避けられません。
 僕は一度、環境問題を研究なさる方にこのことえお聞いてみたかったのです。

 いや、本質的なご質問を有り難う。我々環境屋の中でも、環境問題の最終ターゲットをどこに置くか、これは、人によって全く違うのです。私が主宰している「人間地球系」という研究プロジェクトでは、「日本列島に居住する人間の人口がなんらかの理由で急激に減少する事無く、持続的かつ健全な生活を500年間程度営むことができること」をターゲットとしています。しかし、多くの環境研究者が、このような最終ターゲットを公表することは有りません。これは、ある意味で無責任な態度であると考えますが、このような長期的なターゲットを必要とする時代がやってきたと世界的に認識されたのが92年の地球サミット以降ということになるので、ある意味で仕方がないのでしょう。

 「地球が救われる」という言葉がありましたが、地球そのものを救うことは全く不必要です。なぜならば、46億年の地球の歴史にとって、現在の環境変化は全く取るに足らない程度の変化だからです。救う対象は、したがって、地球上に存在する脆弱な生態系のどれかということになりますが、それにしたところで、次のような色々な対象があります。

(1)地球全体の生態系

(2)広域(たとえばヨーロッパ)の生態系

(3)局所的生態系(たとえば白神山地)

(4)ある生物種

(5)生物の個体

(6)それ以外。例えば景観。

 最近、日本では健康指向が非常に強いですが、これは環境問題の分類で言えば、(5)に属する特殊問題でして、地球全体の生態系とは大幅にレベルが違う問題です。

 我々のプロジェクトにしたところで、(4)の特殊問題でして、地球全体の生態系を守ろうなどということは、余りにも大それていているので考えていません。それを解決する方法は、唯一、人類が消滅することでしょうから。

 要するに、環境問題が奇麗さっぱりと見事に解決するということは無いのです。なんらかの妥協や調整を行って、自分達が正しいと思う方向に少しでも社会を向けるという努力だとご理解いただきたいのです。リサイクルしかり、環境保護しかりです。

 もう一つ。なぜ我々の考える持続可能の期間が500年なのか。それは、500年程度であれば、エネルギー供給のシナリオを書けますが、それから先は、現時点の技術体系では、全く見通しが立たないことにあります。この500年以内に、なんらかの革命的な技術ができることが、500年を超して人類の持続可能を議論できる基盤になります。しかし、それは現時点の環境学の範囲では無いのです。

 ある行為が環境問題の解決に繋がるかどうかは、実は、環境をどのように把握するかによって、変わるのです。

 環境問題とは何かに関する、若干詳しいところは、書きかけの本の第1章になってますが、それを別途掲載します。 

0010

中川太郎様からのご質問

(1)最近の新聞に記載されていた記事でどきっとしたのですが、森林において植物が光合成によって算出する酸素の量より、その下で枯れ葉が土壌微生物により分解されてできる炭酸ガスの方が量において多くなる傾向があるという研究がありました。森林の中においてまでこのような状況であれば、地球の温暖化の問題は本当に切実だという気がします。

(2)また、全く話が変りますが、最近普及の兆しを少しだけみせている、家庭用や業務用生ゴミ処理機は、微生物の分解により炭酸ガスの発生を当然のように行なっていますが、これによる炭酸ガスの発生量というのはその総量において地球の温暖化現象にやはり悪影響を及ぼすのでしょうか? 私は生ゴミ処理機によって、出来るだけ多くの種類のものが分解処理できるようにすること(焼却に頼らず)が良いことだと信じて来ましたが、先述の森林の記事を読んでちょっと不安になり、メールをさせていただきました。

(1) まず、森林についてですが、森林の生態について実は全く専門外ですが、森林の状態も若い状態から年老いた状態まで色々とあるようでして、更地に木を植えたばかりの若い状態の森林では、その成長(木の量)に見合う分の二酸化炭素を吸収するが、老齢化して単位面積内での木の量が一定になりますと、もはや二酸化炭素の出入りの量はほぼ等しくなると言われています。ですから、天然自然な森林は二酸化炭素の吸収源にはもともとなり得ないのです。単なる二酸化炭素の(というよりも炭素の)蓄積源なのです。

 一方、焼畑や薪炭採取などを行って森林面積が減少すると、その分二酸化炭素を放出することになります。そこに植林すればまた木は二酸化炭素を吸収するのですが、熱帯林の場合には、一度木が無くなりますと、栄養を含む表土が雨などによって失われるものですから、そこに植林することが困難になるというのが問題です。

 現状では、温暖化は50年後ぐらいから問題になるとされていますから、10年以内にまた木が生えてくれば、余り問題はないのです。熱帯林は、放置しておいても100年も経てばまた木が生えるのかもしれませんが、それでは長すぎるというのが問題です。カナダや米国のように、50年サイクルで伐採している森林の場合には、まあ、切ったすぐ後から森林が成長を始めますから二酸化炭素という意味では問題はほとんど無いと思います。ただし、天然林を切ってしまうと、その内部にあった生態系が壊れるといって問題にする自然保護系の環境論者は多いですが、それは別の種類の問題です。

 要するに、蓄積源としての森林の総量が減ると、減った木材に相当する分の二酸化炭素が大気中に溜まるということが問題だという訳です。ですから、短い周期で再生している状態であれば別に問題にするようなものではありません。

(2) 生ごみは、植物起源とそれを動物が食べて作った肉ですから、もともとの炭素資源としては、空気中の二酸化炭素を固定しています。ですから、それ自体がまた二酸化炭素になることは、なんら問題は無いと考えております。数年以内の短いループで炭素がぐるぐる回っているだけですから。ただし、コンポスターの動力に使う電気は、65%ぐらいは化石燃料(残りは原子力など)から作られます。となると、化石燃料も炭素の蓄積源ですから、電気を使うことは蓄積源を減らすことであって大気中の二酸化炭素の量を増やすことになります。こちらが問題になり得ます。

 ただし、私個人の見解としては、生ごみはコンポスト化して農地あるいは大地に戻すのが良いと思ってます。それは、循環型により近くなるからでして、その為に、多少のエネルギーを使うのは仕方が無いと考えております。しかし、できるだけ省エネルギーのコンポスターができることを願っております。できれば無臭タイプのものが。

 

0009

藤井 俊史様からのご意見

 最近、大手の企業は非営利活動といって環境保全活動をやっていますが、実際は営利目的につながっていると思います。例えば、何とか基金といってもそれは、コマーシャルになっていて結局は営利活動になっているといえると思います。しかし、私は今後、日本国民の環境保全活動及び環境保全の意識を築かせるのに必要なのは民間企業のビジネスと割り切った営利目的活動であると思うのですが、どのようにお考えでしょうか。

よろしかったらご返答のほうをよろしくお願いします。

 なかなか鋭い見方だと思いますし、実態は一部そのようになっているとも思うのです。しかし、一時期、企業のメセナ活動が盛んになっておりましたが、バブルの崩壊とともに、かなりの部分が消滅したようです。現時点でも企業にとって「環境は金が掛かる」存在でして、本当の意味での営利目的とは言えないと思います。すなわち、景気が再び後退したら金の掛かる環境保全事業からは撤退してしまう可能性がまだ有ると考えています。

 現時点で、比較的良く行っている企業の活動を評価することが、景気が悪くなったときにもなんとか環境保全活動を維持してもらうために重要だと考えておりまして、同志社大学の郡嶌先生、環境庁などと共同勉強会を開催し、企業の環境保全活動を活性化することに、それなりに努力をしているつもりです。

 私の感覚では、環境保全活動が本当に営利目的活動と同義になれば、景気の善し悪しによって左右されにくくなることは事実ですが、まだ、そこまで行っていないのが現状では無いでしょうか。また、なかなか難しいのが現実ではないでしょうか。

 市民サイドからみたときには、何年ごろどの会社がどのような保全活動をやっていたか、それがどのような経過をたどって、増加/減少したかを記憶して置くことが重要だと考えます。

 そんなことが一目で分かるウェブページが有ると良いですね。どなたか如何ですか。

0008

吉田様からのご意見です。

 環境問題は一般人にはいいこぶりっこ「看板」になってしまっているようで、先生のようにきちんと説明がなされていないのですね。考えてみればそんなに複雑なことではなく「相互理解」「協調」「共同」「調整」等コミュニケーションの原理がそこにあるようです。なんかすごくわかりやすかったです。
 環境問題に関しての入り口というのは「郷土愛」なのではないかとも思います。自分について知る、自分の生まれた土地について知る。自分の生まれた土地の歴史を知る。自分の土地とつながりの深い他の地について知る。その時、自然や歴史のめぐりあわせを発見し、後世に伝えたいと思うことから、環境問題は認識できるのじゃないでしょうか。学校でいかに教えても「郷土愛」はそだちません。「郷土愛」ではテストでいい点がとれませんから。ところが、一転政治の世界では「環境問題」や「自然保護」「郷土愛」というのが高得点にむすびつく。こういった矛盾が「愛情」にうらうちされた環境問題への取り組みを阻んでいるのじゃないでしょうか?お互い理解しあう努力をしないと、損得で判断せざるをえなくなってしまうんですね。すこしいきがりすぎですね。

PRではないのですが、当社は「えびっぷり」という製品を販売しておりますがそのPR用のページ制作のため、「海老」のつく地名を訪ねあるいております。まだアップしておりませんがその過程で各地の皆様からいただくメールには郷土に興味をしめしてくれたわたしに対する惜しみない協力が感じとれ感動しております。これがコミュニケーション、相互理解の始まりのすがたなのでは?


全く同感でして、今の日本のように、世界からいくらでも食糧も資源も手に入るという状況を「グローバリゼーション」という言葉で表現し、これぞ「日本発展の源だ」的発想、しばしば経済評論家が賛美してますが、これは実は「郷土愛」を消し去る危険な手法なのですよね。

詳しくは書きませんが自律的社会の構築が環境問題解決の鍵で、それには、「郷土愛」のような根源的な考え方に戻らないと、世代間調停を考えられるような環境観を持つ人がどんどんと減りますね。

0007

矢澤様からのご質問です。

> 紙のリサイクルについて質問させてください。
> 現在、紙のリサイクルというと再生紙ですが、これ以外のものにはならないのでしょうか?
> たとえば、ペットボトル等のように衣服であるとか・・・。
> もしご存じでしたら、教えてください。
> よろしくお願いします。


簡単にお答えしますと、まあ成りません。「まあ」が付くのは原理的にはできるが、コスト面・プロセス面を考えると無理を意味します。

ペットボトルはもともとポリエステル繊維と同じ物質を単に板状にして使っているものです。商品名テトロンというものが発明されたのは、かなり前ですが、もっぱら繊維として使っていました。割合と高価なものでしたので、使い捨て用のボトルなどに使えるとは思っていなかったこともありまして、やっと最近になってボトルになりました。それ以前は、ボトルと言えば、ガラス、それから塩化ビニルのものが出て、そして最後にペットという歴史です。まだ、PENとかいう新しい素材が出てくる可能性は有ります。素材が2種類になりますと、いよいよリサイクルが面倒になります。余りうれしくないです。

ところで、紙繊維ですが、セルロースというものからできておりまして、繊維の長さも始めは長いので、お互いに良く絡まりますので、手触りが軟らかな紙ができますが、再生紙の工程を経て数回使いますとだんだん短くなってきて、つなぐものをなにか入れるために手触りが硬い紙になります。再生工程で、フィルターを抜けてしまうような相当に短くなってしまった繊維は、紙モールドというパッキング材料用などに使われますが、あれが紙繊維の最終的な利用の形でして、それから先は燃やしてエネルギー回収をするのが良いのでしょう。
 現時点のような再生紙中の古紙利用率ですと、平均として2回しか使われていませんから、もったいないです。恐らく、4〜5回は使用可能と思いますので、古紙利用率は原理的には、80%ぐらいまでは行けるはずです。

勿論、最後の手段として化学的に処理すれば何か新しいものに使えるといった可能性はあるのですが、そのような化学工程に使うのは、やはり品質が一定した新しい繊維からということになります。レーヨンなどと呼ばれる繊維は、実際、パルプからそのようにして作られています。

0006

山田典子様(杉並区在住主婦)

はじめまして。私はイルカの好きな主婦です。ある本で、海洋汚染のためベルーガ(白イルカ)が汚染され、その死体が産業廃棄物にされれていると知りました。また、台所から流される汚水が、河川汚染の最大の原因であることを知り、それ以来台所からの排水に気を配って来ました。具体的には、油汚れは拭き取ってから洗う、米の研ぎ汁は植物に与える、など。また、煮炊き物やうどんの残り汁などは、ビニール袋にいれて、生ごみとして捨てていました。ところが、テレビのニュースで、ごみを焼却するときに、生ごみに含まれている水分で、焼却炉の温度が下がり、そのためにダイオキシンが発生しやすくなると聴きました。これでは、一体私は何をしてきたのか分かりません。
 汁物の最善の処理法をお教えください。

大変にまじめにお考えで、感心いたしました。回答は、別に用意させていただきました。
他の方にもお読みいただけたらと思って、メインメニューからも入れるようにしました。

このような対話方式の書物は、17〜18年前にいくつか書いたことが有ります。勿論専門書ですが。環境問題も、これでやれば、割合と書き易いことが分かり、現在、一冊の本にしてみようと試みております。また何か問題が有りましたら、お知らせ下さい。

0005

小島紀徳先生(成蹊大学工学教授)


1.内容について、基本的には同意:しかし、戦術としてこのような形でオープンな議論がベターなのだろうかという疑問はあります。
2.最終目的は、これから世の中がどうなるべきかを、政策に反映させるように、誘導してゆくこと。その上で、どう戦略、戦術を立てるのが良いのか。いつも無力さを感じています、が、しかし、そのような問いかけを常に行うことが環境工学(科学とはあえて言いません)に求められているのでは。
3.現実問題としての有害物質と、将来の地球のキャパとは確かに相反することはありますが、必ずしもトレードオフ関係だけとは限らないと、信じたいと思っています。というのは、人間も生物体であり、子孫を残したい、子孫に良い環境を残したいという本能と願わくば理性もあると思うのです。しかし、個自身も保存の本能をも有していることも事実でしょう。いずれにせよ、有害物質は、その影響が明らかになった時点で規制をする。しかし、その方法(装置や条件)までは指導はすべきではない。何が良いのかは、技術により変化するものでしょう。そこでも、遺伝子影響など、将来に影響する可能性の高いものは、重みをかけ、また因果がはっきりしない場合も、規制はやむを得ない。
 有機栽培は、確かに環境問題ではないのですが、また現状では農地での栄養塩バランスが取れるような仕組み(循環系)が出来てないケースがあるのは事実です(有機肥料は例えばバーク等の輸入物質として補われることも多い)が、しかし、労働力に対する対価を払っている点では、農系社会が理想とすれば、その方向性に向かう一つの新しい価値観を生み出す原動力にはなりうると思われます。 しかし将来の地球のキャパの問題と、現在の経済構造とは明らかに矛盾があります。地球のキャパには利子は付かないのに、投資には利子が付く。資源は、いくら将来高くなろうとも、現在は現在の価格で、地球には対価を払うことはない。とすれば、対価に相当するものを、かけるべきだろう。必然的に使用するものにかけるのであれば、消費税はあるのだから、これを環境税炭素税、エネルギー税、資源税に置き換える。
 小島試案としては、環境税でも、炭素税でもなく、化石・核エネルギーを含んだR /P比に応じた、非再生資源原料価格に対する一定比率での課税(大部分が輸入分か?)。バージン資源税と命名?将来の価格高騰を何年か(出来れば何十年か)先取りするためです。それに応じてリサイクルも、必要なものは進む。似非再生可能資源(例えば木材)については、税収を海外での植林といったODAに使う。カナダはどうかわかりませんが、再生されている地域からの輸入は、証明がされれば非課税。製品輸入分は、LCA的評価で、同等の課税を行う。製品輸出については、国際的な強調が取れるまでは、同様にLCA的評価で課税分を払い戻す。まずこれがベースであると思います。その上で、そのほかの間接税を上乗せする。 炭素税はいたずらに、化石燃料間での資源量が少ない低炭素資源への転換を進めるだけなので、反対ですが、世論がその方向に進むのならやむを得ない(やらないよりやった方がよい)感もあります。
4. 原子力に関して。軽水炉は少なくとも高速増殖炉の開発のめどが立つまでは、上記の資源量の視点からは増やしてはいけないのでしょう。

有り難うございました。有機栽培と栄養塩バランスの件、あるいは、労働力対価としての有機農法に関する見解など、勉強してみたいと思います。

0004

手塚 晃先生(金沢工業大学文教問題研究所教授)


先生の積極的な市民のために学問研究の成果を知らせようとするご努力に心から感謝をいたします。新しい科学のスタイルは必ずこうした市民の理解を得るための努力を含んだものであるべきものと思います。人によってはかなり辛口の意見であっても、さらに重大な利害関係にかかわることであっても、こうして意見を述べあう場が作られたことを喜んでおります。
内藤先生との討論も大変面白く拝見いたしました。理念としては確かに内藤先生のお話はわかりますが、人間社会の悪への傾向をいかに抑制できるかという深刻な問題への対処の理念もいっしょでなければ、環境問題は解決不可能なのだと思います。大きな戦争や内乱等の不安はなくなったのですが、まだまだ独裁者やテロリストにによる危険は油断ができず、おだやかな開発計画さえ妨害される可能性が少なくありません。最近の不気味な犯罪の多発は善意による活動が滅茶苦茶にされる可能性を暗示しております。政治がこうした傾向に歯止めをかけるより、かえって不安の源になりつつあることが心配です。環境問題への取り組みは、政治と深く絡みます。しかしあきらめないで、世論を立派に作り上げることから始めるしかないでしょう。世代間の調停の問題等問題の急所を繰り返し論じていくことが何よりと思います。
先生のこのフォーラムに参加する人も次第に増えてゆくことと思います。どうかねばり強くがんばってやってください。
有り難うございました。どうも環境問題は単純ではないのですが、学界の人間としては、そこで、「単純ではない」と言いがちなのですが、敢えて単純に考えるとこうなるといった発言をしていきたいと思っております。「科学の新スタイル」までは遠いとは思いますが、なんとかがんばりたいと思います。

0003

宮崎 英敏様 (大学院学生)
 建設的な意見ではないかもしれません。僭越ではありますが,哲学を含めて少々。環境問題の究極の解決法:人間減らし。現実的な解決法:中世の錬金術のように国家or権力者(って誰?) がお金をばらまいて,現状よりは浮上させる。+α:実は利益どうこうと言ってる間は環境破壊を行ってもさほどでもないのでは?というのも本当に危険であれば利益どうこうとはいえないと思われます。現段階での考えはおよそこんな感じです。建設というより破壊速度を遅める程度でしか動けないのでは?と感じています。
追伸:グローバル的に、人間を含めたすべての生物は,現世に不必要であれば,自然から淘汰されると考えています。人間は自然の一部,すなわち淘汰する側へなれるのでしょうか。

まあこう言ってしまうと環境問題などに取り組む必要がなくなるので......

0002

岡田光正様(広島大学教授)
ご尊顔が拝せないのはいかにも残念?

顔を出すのはいささか恥じらいがあるので.......

0001

茅野充男先生(東京大学農学部名誉教授)

 環境問題に関するご意見拝読致しました。まったく、賛成であります。ミネラルウォータなどの業者、抗菌グッズの業者、その他、先生のご意見で不利になる人達からいろいろ言われるかもしれません。それのあることを私は望みます。とにかく(私的)感情的環境論が害を流していることは間違いありません。どんな意見が寄せられたかを折々ホームページでご紹介下さい。大変良くできたホームページです。
 意見追加:古紙の問題に関するご意見を拝読していて気がつきました。都市ゴミをコンポストにと簡単に述べられていますが、有機性廃棄物をコンポストにして肥料にすると化学肥料とのコスト、利用しやすさなどで、古紙と新しい紙との関係に類似の問題が発生します。廃棄物のコンポスト化も簡単な問題ではありません。

ありがとうございました。早速、先生のご意見を採用させていただき、このページを作成しました。

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