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推奨図書=「気候変動」
         1998.02.16






新刊「気候変動−21世紀の地球とその後」
Atomosphere, Climate, and Change
著者:トーマス・E・グレーデル、ポール・J・クルッツェン
日経サイエンス社 本体価格3500円



 地球温暖化などの気候変動を語る場合には、やはり、地球化学的なアプローチもある程度知っておかなければならない。本書には、主として大気化学の立場からの地球の気候変動に関する解説が行われており、これまで一般図書としては発行されていないような情報が含まれているように思える。
 著者のグレーデルは、元AT&T現在コーネル大学教授で、インダストリアルエコロジーの第一人者。ただし、気候学者ではないと思う。P・J・クルッツェンは、1995年のノーベル化学賞受賞者で、大気化学者。




C先生:これまで、大気化学の立場から論じた気候変動に関する良い本が見つからなかったが、昨年出版された本書は、環境を論ずる人々にとって、貴重な情報を与える本だと思う。3500円もするので、一般読者にはやや高価すぎるように思うし、大気化学の解説のところで化学式が出てくるので、「辟易した」と言われてしまう可能性もあるが、近未来と遠未来の予測、地球環境の変化と安定性などといった章は一読に値する。

A君:さすがにノーベル賞学者ということですか。

C先生:残念ながら、クルッツェンには会ったことはない。主著者のグレーデルには会ったことがある。1996年に行われたエコバランス国際会議のパネル討論会で、パネラーとして同席した。彼はノーベル賞を狙うような学者ではないが、産業界に身を置きながら、なかなか見識が高い人だ(今は大学人)。だから、著者の信用度は極めて高いと考えて良いだろう。

B君:すごく広い分野をカバーしていて、しかも、専門と思われる部分をむしろサラリと書いている。日本の大気化学者も、このように広い見地からの環境へのアプローチがあると良いのにと思いましたね。

C先生:生意気なことを言っている。さて、どの部分が最も印象的だったかを言ってくれ。

A君:全体としての印象ですが、先日のCOP3などの国益最優先の議論からみると、地球の歴史全体からかなり客観的なスタンスを維持しながらも、人間活動が原因となる気候変動に対して穏やかな警告を発していることに感心しました。「穏やか」という表現は妥当ではないかも知れません。言いたいのは、環境破壊だとヒステリックに叫ぶような表現がまったく無いということです。

C先生:そんな態度がグレーデルの特徴なのかもしれない。もともと企業人だから、バランス感覚が優れているのだろう。

B君:感想としては、まあ、科学者としては当然なのですが、不確実性があるところは不確実だときちんと表現していること、これに感心しました。普通の環境本とは確実に一線を画していますね。しかも、著者のまじめさがにじみ出てますね。

C先生:それでは不満なところは?

A君:記述のかなりの部分が、実はオゾン層に関わるものでした。これは、クルッツェンがローランド、マリーナと共同でノーベル化学賞を取ったのも、主としてオゾン層破壊を中心とした研究によるものだから、まあ当然なのですが。私自身は、COP3の影響を受けて、温暖化に関心を持って読んだのですが、もう少々断定的に記述してくれるのでは、という期待が若干裏切られました。

B君:同じような感想です。温暖化については、少々確信度が低いかと思いました。

C先生:日本という国は不思議な国で、温暖化についてどのぐらい信じているか分からないが、多くの研究者は黙っている。米国などでは、激しい議論が行われたようだ。まあ大勢としては、温暖化があることは多くの学者連中も認めるようにはなったようだが。確かに、この本は温暖化を語る本というよりは、地球を大気から語る本と言うべきだろう。それでも、日本ですでにいくつも出版された温暖化を語る本よりも、温暖化についてまじめにデータを示している。
 多少気になるところが無いわけでもない。温暖化については、やはり本当の専門家とはやや違うなという印象を受ける。p124に数10年から数10万年におよぶ様々なスケールで、平均気温の図1が出ているが、過去10000年程度の気温変動を示しているデータが、極地研(図2)が出したものといささ違っているように見える。この本では、そのデータは、史実から得られる情報を基にした推論が1500年前まで、それ以前2万年分のデータは、花粉のデータと高山における氷河の前進後退から求めたとしている。一方極地研のものは、氷床コアの分析に基づいている。どちらが正しいのだろう。極地研のデータは、この本で用いられたデータと比べると、もっとゆらぎが大きい。
 本書の主たる主張は、曲解だと怒られるかもしれないが、「現時点は、人間生活にとって非常に安定性が高い時期であるから、これに人為的なゆらぎをなるべく与えないように」、とも読み取れる。確かに、この本が用いているデータからは、そのようにも見える。




図1:本書による気候変動の説明に使用している過去の温度変化。




図2:国立極地研が南極の氷から推定した過去の温度変化。AREA’97.11.24号より
(時間軸の向きを合わせるために、わざと裏返しにしてあるので、ご注意を)
(時間スケールはこの図では読みにくいが、1000年ごとに9000年前まである。なお縦軸は不明)


B君:そういえば、温暖化に対する二酸化炭素と水蒸気の寄与率の記述が無かったことも、不満といえば不満ですね。

C先生:それに関しては、1月末にスイスに行ってETH、MIT、東大の3大学環境プロジェクトの総会に出席したのだけれど、そのときに、クルッツェンと一緒にノーベル化学賞を取ったマリーナの講演があった。その後、山地先生(東大工)がマリーナにその質問をしたところ、「良い質問だ」と答えが来たそうだ。多分、確信できる答えがまだないのだろう。「概略2/3が水蒸気ではないかと思う」がマリーナの見解だったようだ。これは、水蒸気の影響を少なく、二酸化炭素の影響を多く見ている見解に属するのではないかと思うが。

A君:なぜ、それが重要なのですか。

B君:ちょっと勉強したので。答えさせてほしい。
 それはIPCCなどが出している温暖化の予測で、プラス1〜3.5°といったものがあるが、その範囲を決めている要素の一つが、水蒸気の寄与だとされている。
 水蒸気も立派な温暖化ガスであることは、すべての人が認めるところなのだが、他の温暖化ガスと違って、水は水滴や氷の粒になって雲を作って、太陽光を反射する側にも作用するし、さらには、潜熱(水、水蒸気、氷と形を変えるときに必要な熱)によって、上空まで熱を運ぶ役目もする。ひとことで言えば、プラスにも、マイナスにも作用する複雑な成分なのだ。しかも、量がべらぼうに多いから、厳密な議論をすることが難しいようです。
 この本でも、この複雑さに関する記述は若干あるけれど、二酸化炭素と水蒸気との温暖化に対する寄与率については、ノーコメントだった。マリーナのいうように、水蒸気が2/3というのが、二酸化炭素による温暖化効果が大きい予測で、3.5°と言った温度上昇になる。もしも水蒸気の寄与率が90%以上となると、温度上昇は大きくても2°止まりになるといったところでしょうか。

C先生:話題を少々変えるが、本書の「遠未来を予測する」という章は面白かった。二酸化炭素の濃度は最終的には現在の数10分の1(10ppm)にまで減少する。ただし、10億年後だそうだけど。となると栄養がないから植物はほとんど育たない。太陽光度が増大することによって、13億年後には気温も50°だそうだ。

A君:そんな先まで考えてどうするですか。

B君:それが人類の偉いところ。

C先生:もうひとつ。同じ章で、次ぎの氷河期が5000年以内には来るとしていて、その議論をしているのも偉いところ。例えば、寒冷化対策でメタンやPFCを意図的に放出するといった対策が述べられている。このような対策をやるべきか、そうではなくて、氷河期到来による人口減少に目をつぶるべきか、温暖化問題が1000年後に終わったあとの最大の環境問題はこれになるという予測だ、と読んだ。

B君:長期の話は別として、ここ数100年ぐらいの議論に戻ると、どうも太陽活動の影響は無い仮定した話だけが進んでいるのも若干気になりました。太陽活動が本当に揺らいでいるようだと、もっと早い時期に小氷河期が来るような気がしてますが。

A君:まあ、長期、短期という区別は別として、地球環境問題は、常に不確実性との戦いであること、この主張が実に明確で、こんな意識を環境問題を議論するすべての人がもつべきだと思いました。

C先生:グレーデル等の主張は、そのような不確実性があるのだからといって、まったく対策を取らないことは間違いだ。絶対に正しいという対策があるのだから、それは最低限やろうというものだ。いわゆる、超環境保護主義とはまったく違う。
 「ただに近い保険の掛け金」として具体的に上げているそのような対策としては、
(1)自動車の燃費向上
(2)エネルギー節約型へ建築基準の改正
(3)公共交通手段の刷新
(4)白熱電球から蛍光灯への切り替え。

A君:アメリカ的ではありますね。アメリカの家庭内には、蛍光灯はほとんどないし、公共交通機関は極めて少ない。昔は、オフィスビルなどでは、照明を消すこともしなかったとうことですから。要するに、電気代が余りにも安くて、スイッチ用の配線を作る方が高くついた。

B君:その当時、すなわち、石油ショック以前は、アメリカの車のエンジン排気量は5リットル。今は多少小さくなったが。

C先生:そう言えば、先日スイスで行われたEcometrics98の会議には、フォードから人が来ていたが、その人にトヨタのハイブリッド車プリウスをどう評価するのか、と言ったら、「燃費を半分にしたら、2倍走るのがアメリカ人だ」と言っていた。本音は、多分、ハイブリッドをまだ開発中だから、燃費勝負になったら困るということなのでは、と勘ぐってしまった。

B君:この本ですら、この程度の提案しか出来ないということがアメリカの現状をあらわしてます。

A君:COP3の合意も、アメリカ議会では批准されないのではと予想されてますが、本当のところどうなるのでしょうか。

C先生:さてさて、無駄話が過ぎた。本書のまとめだが、
「− 人々の利益のために地球資源の開発方法を考えるとき、同時に我々の地球に与えるストレスを最小限にとどめるあらゆる方策を探し求める− これが我々がもつ唯一の道であろう。 」 となっている。

A君、B君、C先生:まったく同感。

C先生:しかし、「地球へのストレス」という意味だが、本当に「天体としての地球」へのストレスなのか、「地球上の生態系」へのストレスなのか、あるいは、「人類生存と人間社会」へのストレスなのか、これが環境の議論進める際に、最も重要な前提条件だということは再度確認しておこう。

以上