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文藝春秋「ダイオキシン猛毒説の虚構」論    98.09.17
  






文藝春秋「ダイオキシン猛毒説の虚構」論

 文藝春秋の10月号、p144〜156に、日垣 隆(作家)による「ダイオキシン猛毒説の虚構」なる文章が掲載された。ダイオキシンが本当にどこまで有害なのか、特に、人体への影響、それも急性毒性、発ガン性、環境ホルモン作用など、正確な情報を得ることが原理的に不可能なため、色々と諸説あることも事実だ。ダイオキシンを猛毒だと仮定すると、どうしても理解できないことが私自身にもある。
 この文章を全面支持するつもりはないが、このような反論そのものを不謹慎だとする意見には賛成できない。日本は非常に不可思議な国で、異論の存在を認めない。どのような異論でも、主張は自由だ。主張したくて黙っている人よりも、どのようなものであっても、自分の意見を述べる人の方が健全だと考える。


C先生:やっとでました、という感じなのがこの手の文章。誰かが書くだろうと思っていた。ダイオキシンが猛毒だということは、実験動物レベルでは確立された事実であって、多分ヒトに対しても有毒だろうとは思うが、どのぐらいのレベルなのか、これを確認した研究は無い。というよりも研究そのものがあり得ない。ダイオキシンの急性毒性にしても、これまでダイオキシンで死んだとされている人は4名だそうだから、疫学的なアプローチも不可能。有名なセベソの農薬工場爆発事故に関して、その後10年間に渡る追跡疫学的調査はあるようで、宮田氏(よくわかるダイオキシン汚染−合同出版98年3月)は黒の判定、今回、日垣氏は白と判定。おそらくデータは同じ物? このセベソの事故で死んだ動物は、宮田氏の本によれば小動物3281匹、大型動物12匹。しかし、人間は死ななかった。
 それに比べると、砒素や青酸化合物は事故・犯罪で死亡例が多いから致死量がきっちりと分かっている。
 まあ、一人で話していても仕方が無い。A君日垣氏の主張をまとめてもらおうか。

A君:はいはい。またまた自分ですかね。
 日垣氏の文章のイントロは東京都の大田焼却工場から出た(出る)ダイオキシンの量。90年に完成した同工場について、都清掃局建設担当課長は、「仮に今後15年間休み無く稼動した場合、有害物質の予測排出量は、水銀222万グラム、亜鉛700万グラム、カドミウム11万グラム、鉛400万グラム、ダイオキシン2200グラム」といったそうです。これに住民運動のグループはダイオキシンという言葉に過敏に反応して「たった85グラムで100万人が死ぬというダイオキシンがなんと15年で2200グラムも排出される。これは2600万人の致死量であり、都民を二度も殺せる分量なのです。」
 日垣氏いわく「その後15年の半ばが過ぎたが、大田焼却工場から排出されたダイオキシンは、いったい何万人を殺したのか」

B君:なに? 水銀222万グラムだと。2220キログラムか。2.2トンの水銀だぜ。鉛4トン、亜鉛7トン。これは怖い。ダイオキシンは分解するが、重金属は分解しないからね。

C先生:煙突から半径数km以内に落ちているだろうね。もしも1km以内に全部落ちているとしたら、100万平米だから、1平方メートルあたり水銀2グラム。鉛4グラム、亜鉛7グラム。直感的には微妙なところだな。ちょっと調べてくれ。

A君:はい。水銀の地殻中の存在濃度は、0.08ppm。数値を丸めて0.1ppm。日本は火山国なので、極端かもしれないですが10倍高いかもしれない。としても1ppm。1平方メートルの地面を表面から30センチまで耕すとして、その土の重さは500kg程度か。自然濃度を火山国の仮定をいれて1ppmとすれば、0.5グラムに相当する。水銀2グラムは、その4倍。日本でも0.1ppmという濃度が正しければ、水銀2グラムは40倍だから、自然濃度よりも相当高い。
 鉛の自然濃度は13ppm。13ppmは、6.5グラムに相当する。15年間で4グラムの放出だから、自然濃度が倍近くになることを意味する。亜鉛の自然濃度は70ppmだから、これは35グラム。亜鉛の7グラムの追加は、まあ余り影響がないだろう。許容範囲内か。
 といったところです。

B君:火山国だからといって水銀がそんなに多いとして良いのか疑問だ。とすると、1平方メートルあたり水銀2グラムの降下物は異常だよ。

C先生:今日は,ダイオキシンが問題なので、重金属が本題ではないのだが、自然濃度、すなわち「バックグラウンド原則」という考え方を導入したくて、議論をしてもらったような訳だ。環境汚染物質は、多くの場合に天然濃度がある。ダイオキシンのような物質は人工物質だと思われているが、実際には、そうではない。なぜなら、焚き火ぐらいで簡単にできてしまうものだから、自然の焚き火すなわち山火事などでも大量に生成しているとされている。要するにダイオキシンは天然物でもあるということだ。となると、天然に存在するものだから、「バックグラウンド原則」が使える条件を満足する。
 A君ちょっと回り道になったが、続けてくれないか。

A君:はい。
 日垣氏がこの文章の中で対象にしたのは、日本のダイオキシン常識6種を破壊することだそうです。その6つとは、
(1)ダイオキシンは人々の生命を奪う史上最強の猛毒である、という誤解。
(2)母乳の汚染もアトピーも少子化もダイオキシンのせいだ、という誤解。
(3)ベトナム戦争の枯葉剤などで深刻な被害が実証されている、という誤解。
(4)主な発生源は、一般廃棄物焼却場の煙突からだ、という誤解。
(5)ダイオキシンを分解してしまうほど高温で焼却すれば安全だ、という誤解。
(6)ダイオキシンを完全退治することが環境問題の最優先課題だ、という誤解。
だそうです。
 これらを多くの研究者、市民運動家、環境記者にぶつけたところ、最初はふいをつかれてびっくりした人々も、結局大半は同意したそうです。
 日垣氏に言わせると、「これまで日本人が書いた文章のなかで、ダイオキシンの猛毒性を否定したものは、いまのところひとつも無い」、そうで、「だれも確証のないまま、ヒトに対する猛毒性を想像してきただけ、という構図が浮かんでくる」そうです。

C先生:実は、我々はこの類の主張がされていることをよく知っているのだ。なぜならば、日本人が書いた文章ではないが、日本人が訳した本「逆説・化学物質」ジョン・エムズリー著、渡辺正訳という本が96年8月に出版されているが、実は、渡辺氏は東京大学生産技術研究所の教授だからだ。
 だから、日垣氏の文章を読んでも、ふいを突かれることも、驚くことも無い。少なくとも、ヒトに対する致死量が分かるまでは、慎重に行くべきだが、セベソ事故などから考えるとひょっとするとヒトはダイオキシン耐性が意外と高いのかもしれないという希望的感触も無いわけではなかった。スイスETHのさる教授は、ヒトのダイオキシン耐性は高いとの直感を証明するために、自分で人体実験をやったそうだ。そして、無事に生きているらしい。ダイオキシン濃度の体内での半減期は5年程度だということが分かった、とノンキなことを言っているようだ。
 発ガン性についても、他の天然発ガン物質に対する暴露が非常に多い生活をもともとやっているのが人類だから、ダイオキシンによるリスクの増大も、それほど大きくはないかも知れないという考え方でこれまでもダイオキシン問題は考えてきた。むしろ、ダイオキシン一人に罪を着せるのは、焼却などで発生する他の物質の危険性を隠蔽する可能性があって、むしろ不適切ではないか、という感触があった。とはいっても、なんとなく不気味な物質だから、継世代的影響、すなわち、何世代にも渡って影響を与えないかという心配があって、大阪大学の野村先生の研究グループの研究に注目していた。
 ところが、ダイオキシンも環境ホルモンだという新たなる問題が出てきたので、訳が分からなくなってしまったのが本当のところ。ダイオキシンが環境ホルモンだという証拠は何だっけ。復習しよう。

B君:えーとですね。ダイオキシンはエストロゲン(女性ホルモン)とは違うホルモン作用を持っているようです。どうも内分泌バランスをめちゃくちゃにする作用とされてます。実験動物は、ラット、鶏などです。要するによく分かっていないのでは。その他、甲状腺に作用するという説もあります。子宮内膜症との関連がアカゲサルの実験から言われています。

C先生:ダイオキシンの環境ホルモン作用の研究がもう少々進むまでは、やはり慎重にというのが結論だな。1万5千種の化学物質のエストロゲン性をチェックするより、先にやるべきなのでは、と思う次第。

A君:日垣氏の文章でも、ダイオキシンの急性毒性は虚構だとしていますが、環境ホルモン的作用については、よく読めば特に否定していないのですよ。むしろ研究を進めるべきだと書いて有る。

B君:確かにそうだが、どうも筆の運びからだろうか、環境ホルモン作用を含めて全体としてダイオキシン無害論を展開しているように読めてしまう。このような記述も虚構の一種だと思う。

C先生:日垣氏の文章中、ダイオキシンの急性毒性で脅かす手法を批判している部分は許容範囲だと思う。全体的に記述を見直すと、6つの常識を破壊すると言いながら、1番目の急性毒性以外の説明は余り書いてない。特に、アトピー関係が全く無い。発ガン性批判も十分ではない。日垣さん、もう少々詳細なる記事を待っています。ということで結論か? いずれにしても、ダイオキシン急性毒性について、正面切って議論をする下地ができる方向は歓迎だ。

A君:「バックグラウンド原則」はどうなるのですか。

C先生:そうそう、その話だ。ダイオキシンのバックグラウンドは、「焚き火」だ。焚き火は人類が火を扱うようになって以来、ずーと継続している。もしも、焚き火由来程度のダイオキシンがヒトに悪影響を与えるのだったら、それは、とうの昔から分かっているはず。日本の家屋でも、いろりの火が使われていたのはご存知の通り。薪と炭との併用だったろうが、薪の煙がむしろ防腐剤として作用し家の天井や柱が腐らない、そんな状況で日本人は暮らしてきた。落ち葉を燃やして焼き芋を作ることも、今の日本では消滅しそうな文化だ。ダイオキシンまみれの灰が付いているはずだからね。木は0.2%ぐらいの塩素を含むから、たしかにダイオキシンはできているはずだ。しかし、焼き芋を食べて何か悪影響が有っただろうか。
 このバックグラウンドの量的な議論ができれば、どのぐらいまでのダイオキシン暴露が有害ではないか、の判断材料になるのではと思う。
 それに、植物性エストロゲンに対しては、ヒトは長期間かけて代謝能力を獲得したとされているが、それなら、焚き火起源のダイオキシンに対しても代謝能力を獲得している可能性も強いという理論が展開できる理屈になる。ヒトと焚き火との付き合いの方が、大豆との付き合いよりも当然長いからだ。どんな可能性があるのかというと、まず、ヒトはダイオキシン耐性が異様に高いという可能性。それ以外にも、ヒトは単一化合物としての2、3、7、8−TCDD(一番強いダイオキシン)には弱くても、焚き火でできるような混合物としてのダイオキシンに対しては、なぜか代謝能力があるという可能性。この後者は、他の動物にも適用されるかもしれない。実験動物対象なら、そんな研究は割合と簡単にできるようにも思える。木を燃やしてた灰から有機分を有機溶媒で抽出して、それをマウスにでもラットにでも食べさせれば分かるはず。混じり物のダイオキシンも単一化合物と同様に本当に毒かどうかという実験だ。誰かやった方は居られませんか。まだならどなたかやって下さいませんか。
 諸君らは他に何か知りたいことがあるか。

B君:今年どんと焼きを中止した。これも焚き火。しかし、これも歴史的行事だからバックグラウンドと見てよいだろう。これで焼いたお餅に含まれるダイオキシン量が知りたい。

A君:他にもバックグラウンドがある。焼肉。炭の上に塩を含んだ肉汁がたれて燃える。ダイオキシン含有の煙が肉を燻す。焼肉にも相当量のダイオキシンが含まれているに決まっている。ハワイあたりの豚の丸焼きだって怪しい。これらの中のダイオキシン量が知りたい。

B君:タバコだってバックグランドだ。400年に渡る人体実験が行われているとも言える。

A君:タバコは昔から成人だけに許可、それも主として男性のためのものという伝統も、実はダイオキシンの害、例えば生殖毒性などが分かっていたからではないか。だから、タバコをバックグラウンドに入れるのは反対。個人的に女性の喫煙率の推移を何かで調べてみよう。

C先生:そろそろ結論だ。ゴミ焼却などといった原因のダイオキシン発生量を減らして、それには生ゴミの焼却と塩化ビニル・塩化ビニリデンの焼却を止めることになるが、伝統的ダイオキシン発生行事=焚き火、どんと焼き、焼き芋、焼肉、を楽しみたいものだ。そのために、ゴミを分別する社会にしよう。