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社団法人環境科学会
シンポジウム「COP3に向けて」のご報告






 社団法人環境科学会1997年会(北九州市)において、COP3に向けて我々は何を言うべきかというシンポジウムを開催いたしました。環境科学会は、環境研究を行っている学者、研究者の集まりでして、NGO的発想の人々というよりは、かなり政策決定者寄りの人間が集まっているかもしれません。ですから、保守的といえば保守的とも言えますが、実際何を目的として環境を研究しているのか、といえば科学的な検討結果を如何に実現するかがすべての研究者の目標ですから、科学的な集団だと思います。

 

このシンポジウムにおいて行われた議論を実名入りでご紹介します。

 

シンポジウム9「COP3に向けて」

コーディネータ 安井 至(東京大学国際・産学共同研究センター)

 

まず、5名のパネリストによる1人20分程度の発表を行った。

 

山地憲治(東京大学院工学系)

「二酸化炭素対策とエネルギー供給構造」

 

 目標を濃度550ppmに押さえたとして、解は一通りではない。現時点では余り削減しないで後世にきつい制限を課す方法と、今から制限をする方法があって、この両者は相当違う。AIM(日本で作られたモデルの一つ)の7%と比較する訳ではないが、理論的な前提の話などをまとめたい。

 エネルギーの記述をコスト供給関数として与えて、コストミニマムで計算をやる。21世紀全体を考えると、石油などの液体燃料は不足するのでそれを合成する必要がある。メタノール、液化、にする。そして、二酸化炭素回収−処分オプションも入れる。

 どういう需要シナリオを入れたかは省略。原子力は、どこまで入りうるかという上限を入れている。現時点での3億6000万を最大10億kwとすることにしてある。

 2100年に550ppmになる。OECD諸国だけで削減政策を考えたとしても、途上国の参加を求めない場合には、OECD諸国を含めてすべて放置した場合とほとんど差が無い。

 モデル計算の概要は次の通り。

放置型:  石炭が80%。 コストミニマムだと、建設費の高い原子力は無くなる。

濃度安定化: 2050年から二酸化炭素の処分が入る。プライスは仮想価格は相当上昇する。原子力はワイルドカード。高速増殖炉がリーズナブルな価格で入れば、大量に入る可能性は高い。

 

 

岩田規久男(上智大学経済学部)

「経済的インセンティブ」

 環境税として炭素税を考え、そのの使い方を変えた場合の評価をしている。1990年の5%削減のシミュレーションをやってみた。

このような問題を解く場合に、2種類の方法がありうる。(1)ケインズ型モデル:需要サイドが供給を決める。価格が変動しない。(2)古典派モデル。今回は、古典モデルでやっている。結論的には、エネルギー集約型産業がが減ると言った結論がでた。

 次に、炭素税などの使用法による効果に違いを検討。モデルとしては、2010年に5%削減に、2010年で8万円/トンの炭素税を課す。現在のような産業構造と現在のようなエネルギーミックスのまま成長を継続した場合と比較すると、30%削減相当になる。

 炭素税をどのように使うかオプションは3種類:(1)増税分をそのまま政府の消費に流すと経済活力は落ちる。理由は、民間の設備投資が停滞するから。そして、GDPで1.9%のロス、すなわち、成長0.6%程度となる。(2)所得税減税に回すと、貯蓄に一部回るが、GDP成長率はやや下がる。(3)国債の償還に向けると成長率が確保できる。失業率は余り変わらない<−実質賃金が下がる。

 

 

高月 紘(京都大学環境保全センター)

「ライフスタイル変更と温暖化」

 環境科学会会場のとなりでやっていたエコフェアーで通産省の政策課長の講演を聞いた。5%の削減率は日本にとっては厳しいシナリオ。民生部門も相当の努力を要する。リサイクルの促進が強調された。通産省にとって画期的な法律。廃家電リサイクル性が競争原理になっていく。ライフスタイルに関する環境教育が重要。

 これまで高月個人が主張してきたことが、通産省の政策課長によって主張され、やや驚いた。高月案としては、資源エネルギーを使っていくことをおさえないと。本当に必要なものは何か。生活に必須なものとの区別が必要。

 ライフサイクル的廃棄物発生量、エネルギー消費量を計算している。

 レベル1.必要不可欠と言ったもの以外は削減

 レベル2.あった方が望ましいというものの半数を削減

 レベル3.現状のまま

 

冷蔵庫などは、レベル1が多い。

レベル2におけるエネルギー消費量。自家用車が一番利く。結論的には、エネルギー25%、廃棄物27%カットに繋がる。

 

レベル1だと、エネルギー、廃棄物も50%近く削減。これでも、今から30年前の生活。別に江戸時代に戻るわけではない。

 

CASAというNGOがある。1995年レベルで維持して、17%削減。経済がどうなるか。

 

民生部門の解析をやってみると、家計消費が二酸化炭素の50%になっている。当然生産側に跳ね返るから。

 

廃棄物:製造過程で2.34kgCO2/kg・ごみ、焼却で0.83kg・CO2/kg・ごみ。ごみの削減によってかなりの二酸化炭素排出削減策にもなっている。

 

 

定方正毅(東京大学院工学系)

「途上国をどうかんがえるか。」

 なんの対策もなく、放置すると、途上国からの二酸化炭素発生量は、先進国側からのものが微増にとどまるにもかかわらず、2010年までで2.5倍になる。

 中国の現状:日本の原単位と比較すると、鉄鋼2倍、電力1.5倍、窯業4〜5倍、セメント1.1倍。のエネルギー使用量であり、まだまだ相当にエネルギー効率が悪い状態である。GDP1ユニット当たりのエネルギー消費で比較すると、日本の12倍のエネルギーを使っている。GDPは貨幣換算があるから若干眉唾であるが、相当に効率が悪いことは間違いない。

 

 COP3で途上国で制御をかける必要はある。これは通産省理論と同じ。日本の鉄鋼の技術を移転するだけで、中国で、1.2億Cトン削減できる。日本が10%削減する二酸化炭素量の2倍を鉄だけで実現することができる。

 

 唯一考えられる解決法。先進国はこれまでGDPの成長をエネルギーの使用量によって賄ってきた。そして、成熟段階になると、それから先のエネルギー消費は押さえられる傾向になる。GDP−エネルギーの山にバイパスを作ることを伝授できるか、これが問題解決の鍵である。

 

 

小島紀徳(成蹊大学工学部)

「温暖化対策の技術的評価」

 2010年といった比較的短期間の対策だけではなくて、本来は化石資源が無くなるところまでのエネルギー戦略を立てるべきだろう。となると後悔する対策、後悔しない対策といった見方が重要になってくる。

 

 資源量の検討から:究極埋蔵量は全化石燃料を総計して、まあ1000年か。もし、仮にすべてのエネルギーをウランで賄うとしたら、現在究極埋蔵量で300年と言われているが、実際には、20〜25年(軽水炉)。増殖炉シナリオだとその60〜100倍になる。

 

 奇想天外な対策技術もいくつかあるが。

 フロン対策当たり前。しかし、COP3の枠組みに入っていない。メタン、亜酸化窒素もCO2以前に対策を取るべき。

 

  エネルギー立地という考え方で、太陽エネルギーが主力になれば、砂漠に都市を作ることも考えないと。

 

 これまでの4名の講演で抜けていたポイントをいくつか。森林とかいった植性からの二酸化炭素発生量は、森林破壊からが化石燃料の1/3。植林をしてください。0.1億ha/年の減少速度。砂漠の緑化したい。雨が降らなくなるのも木を切ったからだと信じている。

 

 炭素税の位置付けはと問われれば、結局低炭素の燃料へのシフトを招くだけだと答える。エネルギー使用削減をしなければ。 牛乳パックが20円というのは余りにも安すぎる。 エネルギー価格 現在の4倍、5倍、10倍。が当然。 しかも、炭素税ではなく、エネルギー税に、そして、バイオマスなども考えればバージン資源税にしなければならない。

 


以上の発表に基づいて、議論に入る。まず。日本案をどう評価するか、何%削減が良いのかを各発表者に問うことから開始。

 

 

安井:日本案をどのように思うか。

岩田:5%削減なら良いところ。

山地:日本政府案もアメリカなどを巻き込めるということから見れば、まずまず。

高月:20%削減は行けるように思える。

小島:もっと高い値を努力目標にすべきだが、社会・経済の仕組みを大きく変え無い限り

は、削減それ自身が無理

定方:10%削減。

安井:科学技術政策としてなら15%削減。


その後、フロアーを交えて議論を行った。

 

フロアーからの質問と回答:

 

浦野紘平(横浜国立大学工学部):GDP成長2.5%を継続すること自体ナンセンス。100年後にはどうなるかを考えればすぐわかる。

 

岩田:成長経済が続くということはどうなのかは問題。GDPロスを少なくするということを目指すが、GDPで計れる豊かさと、将来の世代に環境を残すことによる豊かさの実現といったものは若干違う。ただし、2010年までという枠組みでは、2.5%成長も無理とは思わない。もちろん、100年間続く訳もないが。

 

定方:10%の削減は可能という根拠を述べたい。省エネルギー技術を点検してみたが、25%ぐらいはまあまあ言える。日本は、エネルギー消費2%増で経済成長を考えているが、OECD平均のエネルギー使用量の伸びは0.5%。具体的には、1990年の生活を維持にすることが目標になって、そんなに我慢を強いることにはならない。

 途上国に関していえば、環境破壊は貧困が問題。だから、ある程度は豊かになるために、環境の浄化に役に立つ技術を移転すべきである。

 

浅野直人(福岡大学法学部):COP3に向けて。環境科学を専門とする我々が何を言うか。政治ショーとしてのCOP3をどのようにしようかといった話しを環境科学というサイエンスと直接結びつけるのは不可能な話。山地案は2010年程度からでもなんとかなるという印象が多少問題か。民生部門は、エネルギーを絞れば活力はどうしても落ちる。だからいじりたくないのが通産省の本音。国際社会の取り決めでは、例え目標を達成できなくても、拘束力が無い。国単位で取り組む目標を別途作ることが必要。

 

山地:日本政府案は良いところだ。2010年までのことを言っている。長期的にはもっとやらなければならないのは当然。2.5%成長を100年続けたらということはありえない。とにかくCOP3を成功させる必要はあるだろう。米国を、中国をこの枠組みの中に入れることがまず肝心。サプライサイドはコスト的に良い技術と本当に良い技術とは違う可能性がある。

 民生部門でも削減はできる。通産省、冷房は28°にする、暖房は20°にするといっている。本当の問題点は現実にはそれをどのようにして守らせるのだ。

 

松尾(東京大学環境安全研究センター):岩田先生へ。炭素税の税収を、個人に対して戻す案が紹介されたが、努力した人には多く返すという方法論は。

 

岩田:所得税で還元した場合、一般にその65%は消費される。35%が貯蓄になる。2010年で、放置したケースに比べて30%は削減するという案は、なんとかというような水準。

 個人の二酸化炭素確定申告を考えてはいないが、例えばガソリンに多額の炭素税を掛けることで、同様の効果は出る。

 

高月:自分自身、一番政策決定からは遠い立場である。ところで、バイオマス自体の伐採の評価はどう考えるのか。

 

小島:バイオマス自身も、ピートも適応除外になっている。ピートはまあ生成後100年というオーダーか。化石燃料に近い立場を取るべきか。森林破壊も再生するのに30年以上かかる。適応除外は問題。再生可能なら一部はエネルギー源として認めうるが、単位面積当たりの得られるエネルギー量は太陽電池に比べてもけた違いに小さいと言うことから、メインのエネルギーにはなり得ないのでは。

 

山地:バイオマスは現在でも、二酸化炭素80億トン放出への計算には入っていないが、推定10億トンは使われているだから、原子力と水力の合計程度である。薪の採取には自然破壊であるが。バイオマスのポテンシャルを計ると、光合成による一次生産量は800億トン(石油換算)はある。ストックもその10倍の8000億トンある。エネルギー有効利用を計ること。土地からのエネルギー生産という考え方よりは、バイプロダクトを有効利用することが重要。例えば、紙の製造時にでる黒液利用などのように。

 

手塚 晃(金沢工大政策研):今日の問題は政治的な問題と考えている。大量消費しているアメリカと中国が一番の難物であるが、これが政治問題である。アメリカがガソリンが安いということ、ガソリン価格を上げたらこれが政権がつぶれる。だから現在の米国は参加させるだけで困難。

 中国の煤煙で苦しんでいるところも、自分の問題として考える自助努力などが無い間は、外国が猫に鈴を着けないと。

 

定方:やはり主体性は、先方。中国の大気汚染が進行しているところでは、死亡率の半分は呼吸器系である。

 

浦野:資源の破壊などは、長期的な問題である。手塚先生の意見、国間の意見以外に、世代間調停にかかわる問題である。今の我々は自分のためを考えれば努力しないでも良い問題で、世代間調停といった考え方を一般社会に伝達することに意味がある。

 

北野大(淑徳大学国際コミュニケーション学部):何が一番公平なのか。地球全体で公平なのかな。これが難しいなあ。550ppmに対してそれを負担するのが公平なのか。すべての5名。専門家の立場からどのように発言すべきでは無いだろうか。学者としての立場から何かを言うべきでは。

 

安井:そろそろまとめて見たい。二酸化炭素削減という問題は、確かに環境学という立場よりも、環境政治学という立場から議論をすることになるが、これまでの健康問題を中心に据えた環境問題とは全く異質の問題が地球環境問題には存在しており、地球の限界が見えてきた今日、環境問題としてはこちらが本流になった。このような問題に対する対処法の原理原則はまだ一般社会には受け入れられていない。これをどのように教育的な見地から市民社会に向けて広めていくか、これが環境科学を研究しているものにとっての義務である。今後、単に学会内部や行政の場などにおける発言に加えて、それぞれの研究者から市民向けの発言が行われることを期待したい。


シンポジウムパネリストからCOP3へのメッセージ

                         (文責 安井 至)

 COP3には本来果たすべきいくつかの役割がある。その最大のものは、現在地球上で生きている我々にはほとんど悪影響はないが、地球上の未来世代に影響する環境問題の例として、二酸化炭素削減の必要性を議論することの重要性を世界市民に伝達することである。それには、なるべく多くの国が同意できる案を作ることも重要であるが、さらに人類生存の意味を十分に考え直した上で、今後数100年といった長期にわたるエネルギー利用戦略も考えにいれた格調の高い議定書案を提示することも極めて重要である。

 一方、現在のCOP3が目指していることは、厳密に言えば環境問題の解決ではないことを、我々も、またCOP3に係わる多くに人々も正しく認識すべきである。COP3が目指していることは、見えてきた限界のある地球の能力を、向こう10数年に渡って、国という地域の間で「どのように分配するか」という「政治問題」に係わることであって、環境問題解決を目指すものではない。

 もしも二酸化炭素増加による悪影響を避けるという環境問題の解決がCOP3の目的であるのならば、科学的な知見から得られる結論を提案に持ち込むべきである。となると、IPCCが提示しているような50%削減といった案になるかもしれない。

 もしも地球温暖化を防止するという環境問題の解決がCOP3の本来の目的であるのならば、二酸化炭素削減と同時にフロンガス・代替フロンガスなどの削減に着手すべきである。

 COP3向けの日本政府案は、上記2つの要素を全く考慮していない。COP3が目指していることが、環境問題の解決ではなく、地球の能力をどのように国の間で分配するかという政治問題の解決であるとすれば、こんな案も有り得るのかもしれない。しかし、国内技術政策として考えても、削減率は低すぎるように思える。いっそEUなみの15%を基礎として、差異化を付け加えた案を作ってみたら面白いと思われる。

 地球環境問題の解決には、いずれにしても、人類の生存とは何か、人間活動をどのようにすべきであるかという哲学的・倫理学的な思考法を一般社会に広める必要がある。現時点は、その力強い第一歩を踏み出すときである。経済発展を最大目的としてきたこれまでの人類の歩みに、少々異なった目的を付与することが必要である。COP3における具体的な合意がどこになるかに着目するよりも、当面の目標である2010年を離れて、2050年、2100年まで見通したより本質的な意見の交換が行われるかどうかに注目したい。