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 環境学を志望する学生諸君へ 03.10.2002




 このところ忙しすぎて、また先週末にスキー場で遊んでいたためもあって、HPを書く時間が不足気味。そこで、ズルをして、すでに他の雑誌などに掲載されてしまった原稿を掲載することとした。この原稿は、受験関係の増進会出版社のAzestなる雑誌に掲載されたものであって、かなりの受験生が目にしたはずである。

 今頃、やや受験時期とずれた時期に掲載しているのは、編集部から受験生の感想をいただいたからである。最後に掲載したい。


環境学を志望する学生諸君へ

環境とは多様性である

 21世紀の最大の問題は環境であるという認識がかなり広まっているが、これは間違っているとは言えないが、全面的に正しいとも言えない。なぜならば、「環境」というもののもつ多様性が非常に大きいからである。

 第一に学問領域の多様性がある。その程度は、と問われれば、環境を本当に理解しようとすれば、「地球のすべて」、「ヒトのすべて」、「人間社会のすべて」を知る必要があると答える。すなわち、理学、医学、工学、農学、経済学、法学、などなどほとんどすべての学問分野を身に付ける必要がある。したがって環境学は、総合科学であるとされ、その専門家になるのは極めて難しいことである。

 その2番目の要素が、地域特性の多様性である。日本における環境問題だけを考えるのであれば、解決は比較的容易である。日本における公害型汚染の問題は、例えば、ディーゼル排ガス、下水・農業と上水の関係、土壌汚染などが残っているが、極めて危機的な状態にはないものと思われる。日本における現時点の環境問題とは何かと言えば、いかに長期的な持続可能な社会にするか、であると考えられる。ところが、他の国々、特に発展途上国においては、様々な環境問題が起きている。今後、極めて重要なのは、途上国における水資源の問題、経済発展と環境汚染とのバランスをどこで取るかという問題、エネルギー消費量と経済発展の問題、食糧供給や再生資源の使用法に関する問題などまさに問題山積状態である。

 その多様性の3番目の要素が、時間的広がりである。「今後、どのぐらいの時間を考慮すべきか」、である。環境問題は当然ながら、それほど短期的な視野では解決策は出ない。それでは、今後何年を考えれば良いのか、そこに合意がある訳ではない。現在の日本のような環境の状況を見れば、すぐに問題解決をしなければならない問題は極めて限られている。となると、むしろ長期的視点をもつことが重要である。どのぐらいの長期を考えるのか、100年間で充分なのか。あるいは、500年なのか。ここにも合意はない。

環境とは総合化である

 環境の特徴が多様性だとすれば、環境を理解するにも様々な見方が存在することになる。どのような専門を持っていても、またどのような人でも、「自分は環境の専門家」であると言うことができる。しかし、これは、環境の本質を理解していない場合にのみ可能な主張である。環境問題とは、人間活動を原因とする環境負荷と地球の環境能力の限界によって引き起こされる問題である。人間活動は多様であって、その地球への影響も様々である。どの環境負荷がもっとも重大で、地球の環境能力を上回ってしまうのか、という視点、すなわち、すべての環境負荷に目配りをすることが必要である。このような目配りを「総合化」と呼ぶ。

 本当の意味での環境の専門家とは、環境を総合的に評価できることが条件になる。ところが、このような総合的な視点というものは、通常の方法ではなかなか身に付けることができないのである。現在、環境を名称に持つ学部、例えば環境XX学部が様々な大学に存在しているが、総合的視点を持った環境の専門家を教授スタッフにもっている大学はほとんどない。環境XX学部における一般的教授は、ある学問分野一つだけを極めるべく研究を行ってきた経歴をもっており、決して複数の多様性のある学問分野を身に付けてはいない。しかも環境を総合的に評価しようといったことを考えてみたことが無いのが普通である。

環境問題の解決は協調によってなされる

 環境問題はその多様性故に、解決とは何かを議論することも難しいように思える。しかし、多くの環境問題の場合に、その多様性にも拘わらず、ある定型的な解決への道筋が存在しているように見える。

 まず、その環境問題がどのような人間活動によって引き起こされているか、という原因の探求が第一段階である。そのためには、様々な分析技術やモデルの構築といった方法論が必要となる。この段階では、理学、工学、農学などの自然科学的な問題解明が行われる。この解析によって、その直接的な原因を引き起こしている人間活動が特定される。

 原因が分かれば解決に結びつくのか、と言われれば、そうでもない。ある物質の使用を全面的に禁止するという解決法もあれば、単に環境への排出を減少すべく、排出規制を厳しくするという方法もある。

 どのような方法論を採用することがもっとも効果的かつ、持続可能性を高めるといった大きな目的に適合しているのか、これは、またまた総合的な判定が必要となるのである。しかも、どのような新しい決まりごとを社会に持ち込むのが良いか、という作業は、これは法律学や経済学の世界であって、自然科学の世界ではない。

 このように、環境問題の解決は、自然科学的な解析とそれを充分理解した社会科学の協調によって始めてなされるのである。

環境を専門とする教育

 環境を専門とすること、そこにはかなり大きな問題が存在する。すなわち、「総合化」の能力を持っていることが求められと同時に、個々の分野における専門家と渡り合えるだけの「専門能力」も身に付けていることが必須だからである。そのためにどのような教育を行えば良いのか、実は、良く分からないのである。すなわち、環境学を教育という観点からみると、まだまだ確立した方法論は無いのである。

 しかし、「総合化」を先に教育することが効果的ではないことは実証されつつあるように思える。すなわち、修士課程までは「専門能力」を教育すべきだという主張がある。これが正しければ、環境を専攻するには、大学院を含めて環境XX学部に入るべきではなく、個別の学部を選択する方が適切だ、という逆説的な状況が存在しているかのように見えるのである。

 このようなところが現状だが、環境を大学で専攻することの危険性が理解できただろうか。決して安易な道ではないことを覚悟して、環境分野に取り組んで貰いたい。


感想集

○私は環境学を目指すものです。心して読ませていただきました。
○自分の目指す分野だったので、きちんと呼んだ。なるほど!と思った。
○私はまさに環境学を学ぼうとしているので、興味深かった。
○環境に興味があったので、なるほどと思いながら読んだ。著者のHPのことも載っていたので、早速見てみたが、良かった。
○自分が思っていたものと違っていて、考えを改めることができて良かった。
○”環境”は流行語みたいになっているけれど、本質は私が今まで考えていたようなものではなくて、もっと総合的なものなんだ、と気づかされました。
○環境には興味があるが、「目からウロコ」の話だった。大変良かった。耳が痛かった。総合的に生きよう。
○環境学は、新しい方法論の発見のために総合知識を求めている。何事も総合力が必要ということだろうか。
○深く幅広い教養を身に付けたいと思っているが、それはすべての学問で言えることなのなだあ、と実感した。
○環境学の難しさがよくわかった。私もいろいろな知識をもっと広く身につけなければならないと思った。
○難しい話が、分かりやすく書かれているから、抵抗なく読める。
○「環境学」は身近な様でいて、でも難しくて、複雑だと思いました。
○今後、環境は重要な要素になってくるので、今からでも学んでみたい。
○環境学は本当にいろいろな学問と関連があるので、学ばなければならないと思う。