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   地球温暖化論への挑戦」への挑戦 06.09.2002




 薬師院仁志著「地球温暖化論への挑戦」、八千代出版、ISBN4-8429-1228-6、\2000は、地球温暖化がどこまで科学されているかを検証する著書である。
 
 本書を執筆した真意は、「おわりに」、次のように記述されている。「なぜこんな本を書かねばならなかったか、自分でも良く分からない。ただ、書かずにいられなかった」。

 前回、養老先生の言葉を引用したときにも出てきたのだがhttp://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/Week020501.htm#label05061、何か文章を書かずにはいられない、という状況になるのは、「違和感がある」からである。この違和感がどこから来るのか、それを解析しない訳にはいかない、という気分になるのだ。

 薬師院氏の温暖化に対する違和感がどこから来たのか、それを解析したみたい。


C先生:この薬師院氏の著書は、温暖化に対する挑戦はしているが、結論を述べてしまえば、残念ながら、挑戦したレベルに留まっている。このHPで、その理由を明らかにするのも、目的の一つ。

A君:この本ですが、
はじめに
第一章 コンピュータの中で生まれた危機 28ページ
第二章 地球温暖化論の理論的問題点  278ページ
第三章 社会問題としての地球温暖化問題 27ページ
という構成になっていて、真ん中がやたらと重い。

B君:しかし、「違和感」の鍵は、第一章と第三章にある。

C先生:まあ、このHPの書評としては、第二章の理論的問題点をまず検証して、それから、「違和感」の議論に行きたい。

A君:了解。
第二章は、11の節からできています。
1.気候の予測は野球の予測と同じなのか−気候の予測可能性の問題
から始まります。

B君:この節を語る前に、薬師院氏がターゲットにしている人間がいることを説明しておくべきかもしれない。「環境教布教者」高木善之氏もその一人だが、また、佐和隆光氏、田中正之氏などの権威も俎上に上がっているが、最大のターゲットは、スティーブン・H・シュナイダー氏とその著書、「地球温暖化の時代−気候変化の予測と対策」内藤正明・福岡克也監訳、1990年、ダイヤモンド社である。

C先生:この本の果たした役割が大きい。その著者が結構いい加減なことを言っているが、それでも温暖化を信じるのか、これがどうもこの本全体のメンタリティーの主要な一部になっている。
 しかし、温暖化も一応科学である(専門家からは怒られそうな記述だが)。だから、着実に進歩している。すなわち、シュナイダー氏の温暖化の解釈は一つの解釈であって、徐々に明らかになると思うが、我々の解釈はかなり違う。

A君:この節では、そのシュナイダー氏の言う、野球選手の打率予測と気候予測が同じか違うか、そんな議論です。
 シュナイダー氏が著書で言うには、「天候と気候の予測に似ているものとして、野球選手の打率を取り上げてみよう。ある特定の日に打つかどうかを予測することは不可能であるが、その打者のシーズン終了時の打率を予測することはできる。気候も同様である。平均的な気候状況を予測できる場合は多い」。

B君:これが薬師院氏のカンに触ったようだ。違和感だ。「充分な情報量と、充分な処理能力を持ったコンピュータさえあれば、野球選手の打率でさえ、事前に予測可能だと言いたいだけなのだろう」。

C先生:まあ、シュナイダー氏の野球選手の打率が予測できるという表現をすることは、どうも人間の予測不能な部分を軽く見ている証拠のようだ。むしろ、気候変動の方が予測可能性は高い。気候は、野球選手のように気分を害したり、やる気を失ったりしないから。

A君:この節の次の表現、「簡単に言えば、未来は大筋で予言可能だという世界観であり、シュナイダー氏だけでなく、コンピュータシミュレーションによる地球温暖化予測を信じるものは皆、同じ世界観にたっていることになろう」。

B君:ここに、薬師院氏の科学に対する誤解がある。シュナイダー氏のような、単純な科学観・人間観・世界観を持っている人間だけが科学をやっている訳ではない。

C先生:薬師院氏は、社会学が専門のようだが、やはり、科学をこのように誤解していては、今後、科学に関する評論はできないだろう。この誤解が違和感の一つの理由になっているものと思う。自分で温暖化を研究しているか、研究をしていないかにかかわらず、誰も未来が予測可能だと思ってはいない。単に、過去のトレンドを精密に解析して、それを少しだけ未来に向けて外挿が可能だという主張をしているに過ぎない。

A君:ニュートン力学をちょっと齧ると、未来は予測できる、などという戯言を言いがちなのですが、量子力学を勉強すると、そもそも観測するということは何か、これが分からなくなって、未来が予測できるなどと全く思えない状態になります。

B君:もっとも、地球温暖化の予測は、量子力学の世界ではないが。

A君:次に行きます。
2.未来を予言する機械はあるのか−数理シミュレーションの信頼性に関する問題
 すなわち、「未来というものが基本的に予測可能な事象だとしても、その予測は現在の予言機械たるコンピュータ・シミュレーションによってなしえるかを問題にする」。

B君:「気候モデルとは、気候システム内の諸過程を物理法則(流体力学方程式、状態方程式、質量保存則、熱力学第一法則など)に基づいて数式化し、気候を数値で再現するモデルであると定義できよう」。この記述は正しい。その方程式類は、量子論的な効果が無ければ、一応成立する。そこから、薬師院流の説明が始まる。「モデル計算とはコピーを計算機の中に作ることである」。「モデルが実物を正確に写し取っているかが問題である」。「シュナイダー氏自身、モデルは現実を完全に複製したものではない、と言いながら、なんでそのモデル予測を信じるのか」。

C先生:このあたりに、コンピュータシミュレーションというものに対する根本的な誤解があるように思える。本来、最後に検証する予定だった第一章だが、ここでは、安部公房作の小説「第四間氷期」が出てくる。予言機械なるものが未来の危機を予言して、、、という小説だ。
 コンピュータシミュレーションは、予言をする訳ではない。ある現象を時間軸にそって再現し、現在までが再現できれば、それを未来に少しだけ外挿するというものに過ぎない。

A君:そこで、その結果が信じられるかどうか、それは、過去から現在までを再現するときに使われた各種のパラメータ(定数)が、現実のものと近いかといったことを検証して、どの程度信じるかを判断するのですが、薬師院氏は、頭から信用しないという態度。

B君:まあ、現状の気候変動予測の計算がどこまで信頼できるか、これはかなり怪しいのも事実。本来完全な連続体である大気をメッシュなるものに分けるのだが、そのメッシュのサイズがまだまだ非常に大きいのだ。日本列島が10個ぐらに分けられれば良いほう。

C先生:薬師院氏がシミュレーションに要求している「10日以上に渡る気象を予測」するには、メッシュのサイズを1km程度以下にしないと無理だろう。例えば、積乱雲などは極めて局所的な現象だからだ。勿論、メッシュは三次元だから、高さ方向にも分ける。大気・海洋結合モデルだと、気体と液体という熱容量が極端に違う2種類の媒体を取り扱うために、さらに細かいメッシュにする必要があって、結局のところ、コンピュータの能力が不足する。

A君:ただし、コンピュータの能力を無限大にすれば、正しい結果がでるとは言えないのが苦しいところですね。なぜならば、計算には誤差がある。最終的に、通常の浮動小数点計算を4バイトで行うと、計算精度は6桁程度。8バイトにすれば、13桁だったかな。メッシュの数が増えてきて、行列式を解くことがあると、誤差が集積しがちだから、下手なメッシュを切ると、逆に精度が下がる場合もある。

C先生:「所詮、コンピュータシミュレーション」というところは確実にある。しかし、「されどコンピュータシミュレーション」というものでもある。

B君:この薬師院氏が本来攻撃の対象にすべきものは、実はシュナイダー氏ではなくて、IPCCの予測モデルだと思う。なぜならば、シュナイダー氏はくるくると意見が変わっているようだし、現時点で誰もシュナイダー氏の見解を鵜呑みしているわけではないから。

C先生:IPCCの予測モデルの信憑性については、後ほど詳述しよう。

A君:この節の最後に、住 明正教授の発言がでてきて、「2050年に温暖化の教科書を書くとすると、『温暖化は2000年ごろ顕著にみられるようになった』と表現されても不思議ではない状態だ」。ところが、1980年代のシュナイダー氏の発言、「温暖化の信号がついに現れたのは1980年代であったことが2000年までには確認できるだろう」。この矛盾は何だと非難されていますが、まあ、温暖化研究も科学ですから、進歩するのですよ、薬師院先生。

C先生:どうもシュナイダー氏の個人的な不整合性の攻撃が重視されているようなのだが、われわれにとっては、ほとんど意味がない。

A君:次です。
3.氷河時代接近説はどこへ行った−気候変動か思考変動か
 1970年代まで、氷河期が来る来ると騒いでいたろ。同じ著者が、今は温暖化だと騒いでいる。

C先生:これはまさに同感。しかし、大局的に見れば、現在が氷河期に向かっている時期であることは事実。温暖化などよりも、氷河期が来れば、確実に人類の生存は脅かされる。食糧生産が低下して、人口が20億以下になる可能性が高い。温暖化は、高々、1000年規模の問題で、氷河期なる本物の危機の前の、ほんの短期的危機にすぎない。

B君:次に行くべきでは。
4.原子力発電と遺伝子組み換え食品が地球を救うか

A君:この節は、皆さんの嫌いな原発推進のために温暖化の主張はなされている、というある種のプロパガンダ。

B君:原発は現在では賢い選択ではない、ということと、温暖化は全く別問題。所詮、原発推進で、温暖化の解決などには向かわない。というよりも、できるような社会情勢ではない。

C先生:その社会情勢には、電力会社の経営を含む。

A君:次にいきます。5、6、
5.地球温暖化で異常気象が増えたのか
6.気候変動の歴史的考察−中世温暖期も化石燃料のせいなのか

B君:このあたりで、またまた認識のずれが明らかになる。本来、議論すべきことは、先ほどから出ている、IPCCの温暖化モデルをどのぐらい信用するか、ということなのに、6.の議論などは、全くその方向性がない。違うに決まっているじゃないか、ということをぐだぐだ述べている。

C先生:それでは、その話にしよう。IPCCの現在の温暖化モデル計算は、”Climate Change 2001: The Scientific Basis”に掲載されている。
http://www.grida.no/climate/ipcc_tar/wg1/index.htm
に全体があって、そのなかで、本来温暖化論への挑戦が批判の対象にすべき図が、
http://www.grida.no/climate/ipcc_tar/wg1/007.htm#figspm4

である。
(b)人為起源の放射強制力の傾向が、1970年ぐらいから急激に上がっているということが、現状のモデル計算の結果。

A君:これをどう信じるか、信じないかということが、温暖化で最大の問題だと思うのですよ。

B君:それが薬師院氏の書籍に出てこないというのが、どうも、根本的な欠陥のように思える。

C先生:6.の歴史的考察も、この図が本来のターゲットであるという認識があれば、記述されなかったものと思われる。

A君:次です。
7.極地の氷や山岳氷河の融解について−いったい何が正しいのか?
 「たとえ、現在の氷河の量が減少傾向にあるとしてもそれだけで何か危機的な事態が起きていることにはならない」、というのが主張のようですが。

B君:あたり前だ。現在の地球は、自然変動によって、1800年から一貫した温暖化の傾向にはあるのだから、グリーンランドや山岳氷河は溶けて当然。

A君:次。
8.アルベドフィードバックに関する疑問

B君:ここでやっと本格的にシミュレーションの適切さに関する議論が若干行われる。アルベドとは「日光の反射能」だが、氷や雪だと反射が多いが、温暖化が起きて極地の氷や雪が減ると、反射能が下がって、ますます温度が上がる。これを正のフィードバックと言う。実際アルベドはどのぐらい変化しているのか。

C先生:残念ながら、その議論も空回り。われわれも不勉強で良く分かっていないが、現在計算に使われているアルベドの値の変動の仮定とはどんなもので、それが現実の地球の変化とどの程度対応しているのか、そのあたりの勉強をしなければならない。

A君:ちょっとIPCCのレポートを探したのですが、あまりにも膨大なものでアルベドの値が見つかりません。こんな疑問に簡単に答えてくれる機関なり人がいると、正しい温暖化の理解につながると思いますが。

B君:しかし、シベリアの観測などが行われることが、計算結果がどのぐらいあっているのかを検証できるはずだから、きちんとした成果を見せるべきだ。

A君:次に行きます。
9.気候変動の自然的要因−太陽活動、地磁気など
 ここは当然なので省略

B君:次が、
10.二酸化炭素が地球温暖化の主因なのか−温室効果の限度
 ここの議論はかなり重要だ。しかしながら、必ずしも正しい議論が行われていない部分がある。

A君:以下のようなまとめを作りました。
ポイント1:疑問「二酸化炭素以外のガスを二酸化炭素量に換算して良いのか」。

ABC見解:やり方しだいで正しい。

ポイント2:疑問「二酸化炭素はすでに空気中に充分存在していて、すでの吸収が飽和に近い濃度が存在しているのではないか」。

ABC見解:半分Yes。ただし、大気というものは、均一なものではない。高度にしたがって、組成も温度も変わっている。だから、これも飽和を簡単に議論することには危険がある。要するに、シミュレーションの対象にすべき事項である。

ポイント3:疑問「水蒸気が最大の温暖化ガスであるという現実について」。

ABC見解:水蒸気の寄与率を最低でも、70%は見るべきだろう。最大90%ぐらいか。水蒸気こそ赤外線の吸収という面から見ればかなり飽和しているとも言える。しかし、水の気候変動への効果は、赤外線吸収以外にもかなりありそうである。

ポイント4:疑問「フィードバック理論について、二酸化炭素が増えて地表温度がちょっと上がったとき、水の蒸発量が増えて温度がさらに上がるという正のフィードバックが掛かるというが、逆の見方だってあり得る。地表温度が上がれば、対流が盛んになり、水蒸気の濃度は減るのではないか」。

ABC見解:述べられている逆の見方はあり得ない。温度が上がれば、大気中の水蒸気量が増えるのは、気体と液体の蒸気圧の関係によって支配されている。シミュレーション以前に正しい。

B君:薬師院の挑戦のもっともお粗末なところが、このフィードバック理論に対する挑戦だ。「産業革命期から二酸化炭素濃度の増加が開始したといわれ、大気中の二酸化炭素濃度が年々異常な率で増えているらしいが、水蒸気によるフィードバックの方が未だに起きていないのである」、と述べているが、水蒸気量を直接的に測定すること自体が不可能であって、そのためにデータがない。これもシミュレーションによって明らかにすべき事項だろう。

C先生:実測が不可能というのは、まあ言いすぎだろう。世界の温度と湿度がどう変化しているかというデータを1kmメッシュで、しかも1時間おきぐらいにかき集めれば、なんとか計算はできるかもしれない。すなわち実質上不可能な問題にすぎない。

A君:温暖化すると水蒸気量は増えて、雨の絶対量は増えるというのが常識でしょう。温暖化というよりも気候変動の問題になりますが。

B君:次。
11.二酸化炭素濃度が先か温度変化が先か−相関関係と因果関係は違う
 この話は、氷床の解析などで明らかになっている二酸化炭素の濃度と温度との相関があることから、これを逆に読んで、二酸化炭素の濃度が倍になれば、温度が4度も5度も上がるといった単純な警鐘を鳴らす人々の批判。

C先生:この節についてはあまり文句なし。

A君:これで終わりでして、あとは第3章の社会問題としての地球温暖化問題に続きます。

B君:そこでの「見えない権威への従属」という節では、普通の指摘がなされて、さらに、「抑止力と恐喝管理による未来」という節に行くが、これもまあ妥当。われわれが恐怖本と呼ぶ恐喝管理が温暖化にもあるとの指摘。

C先生:温暖化問題は、未来世代の問題だという解釈が最低限必要。

A君:これで大体終わったのですが。

B君:薬師院氏のメンタリティーの最大の問題点、すなわち違和感を感じる根本的原因が、コンピュータはすべて予言機械だと思い込んでいることだ。我々から見れば、「コンピュータなどは、単なる馬鹿」だ。しかし「馬鹿みたいに有能」だ。言われたことを繰り返しをいとわずやる。計算間違いをしない。大量のデータを間違わないで取り扱う。
 しかし、一番肝心なことは、コンピュータに命令を下すのは、人間だということだ。人間に未来を予測する能力がない以上、コンピュータにもその能力はない。人間の知的レベルが直接反映するのが、まさにコンピュータシミュレーションの世界である。

C先生:薬師院氏の感覚として、コンピュータには、最初からある種の能力が組み込まれていると思っているのではないか。コンピュータこそ、何も入れなければ単なる箱だ、という感覚がなくて、違和感がでてしまう。

A君:コンピュータは馬鹿ゆえに、ある種の結果を出せる。この理解は、実際に使う人間しか分からないのだろうか。

C先生:最後に、本HPでも取り上げた、「新しい生物学の教科書」の著者の池田清彦先生が読売新聞の書評欄でこの本を絶賛している。

http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20020421ii12.htm

::4月21日掲載::
◆地球温暖化論への挑戦 薬師院仁志著
脅威論のいかがわしさ

 刺激的なタイトルである。このてのタイトルによく見られるトンデモ本かしらん、とマユにツバをつけつつ読みはじめたのだが、極めてまっとうな中身に感心した。

 ほとんどの人はもう忘れてしまっただろうが、1960年代後半から80年代初頭にかけて、多くの科学者やマスコミは地球寒冷化をはやしていたのである。それがいつのまにか、世はあげて地球温暖化論に変わってしまった。評者はかつて、「政治的に重要な理論ほど科学的にはいかがわしい」と題して、国際政治の最重要なアイテムになった人為的地球温暖化論が、実証不能な理論であることを論じたことがあるが、本書は豊富なデータと緻密(ちみつ)な論証により、そのことを完膚なきまでに明らかにした類まれな一冊である。

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C先生:こんな調子だが、さすがの池田先生にも、専門外の温暖化の議論は苦手のようだ。まあ、環境問題の難しいところだろう。環境学は雑学の塊のようなものだから。

A君:薬師院氏の違和感の一部には、理解できる部分があります。例えば、日本という社会は、全体としてある方向に動き出すと、それに反対する動き消えてしまうこと。

B君:ムードで支配されやすい。これは、別の表現をすれば、騙されやすく、変なマインドコントロールを受けやすい。

C先生:温暖化がマインドコントロールか。温暖化問題は、むしろ、現在の日本人には理解できない種類の問題だろう。マインドコントロールが利かないタイプの問題だ。すなわち、環境問題とは、自分たちの身の安全を守る問題ではなく、未来世代のために何ができるかという問題だということ。だから、マインドコントロールされることは、あまり心配をしなくて良いと思う。コントロール不能をむしろ嘆くべきだろう。

B君:一部の熱狂的環境教信者を除けばそうだ。

C先生:薬師院氏には、我々も熱狂的環境教の宣教師に見えるのだろうか。