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杉並病の報告書と硫化水素  05.13.2000




 先日、多少の考察を行った杉並病(「杉並病の調査結果発表」03.26.2000の記事)に関する調査委員会の報告書が4月17日には、東京都のwebサイトに掲載されていたようだ。環境研の森口先生から指摘されて、やっとダウンロードした。全部で100ページにも及ぶもので、非常に詳しい。これで人的要素を含めてすべてが解明されたとは言いきれないものの、少なくとも、物理的化学的な状況の把握はできたように思える。それにしても、杉並中継所のような「不燃ごみ」を単に圧縮処理しているところから、硫化水素が大量に出るとは、なかなか考えの及ばないところであった。


C先生:いやいや、難しいものだ。不燃ごみに、そんなに多くのイオウ源が含まれていたとは。やはり現場を見なければならないという教訓だ。報告書のp14に掲載されている平成10年度の「ごみ性状調査」(中防不燃ごみ処理センターにおける年度代表値)によれば、不燃物とは言っても、なんと湿ベースで15%ぐらいもの可燃物が入っていて、厨芥が2.77%あるとのこと。これだけの厨芥があれば、イオウ分は確かに十分以上ある。

A君:本当ですね。ホウロウ製の風呂桶の変色も、下水から硫化水素が侵入したとのこと。室内の濃度も10ppm程度にはなっていたとの予測ですね。その家には、通常は設置されているはずの排水トラップが、どうも無かったらしい。建築屋の手抜き工事では無いでしょうか。

B君:他の中継所では問題が起きていないのに、杉並で起きたのは、排水槽の大きさが22立米と大きすぎて、排水が2〜4週間も貯留されていた。そのために、嫌気性細菌の作用によって硫化水素ができた。これって、ちょっとお粗末な設計だったということだな。

C先生:確かに。その後、貯留期間を短くするように改造したようだから。
 その他の原因として、公園の樹木の添え木の防腐剤として使用されていたクレオソート油からのナフタレンなどの揮発があったようだ。

A君:関係なしとされているのが、中継所からの排気に含まれる物質と、近くを走る環状八号線からの排ガス。今は地下トンネル(井荻トンネル)になっている。

B君:健康不調を訴える人の数が、徐々に減少していて、昨年はほとんど無くなったことからみて、確かに、その2つの要素の影響は少ないと判定できるのだろう。その2つは、現在でも当時と同じような状況が継続しているのだろうから。

C先生:まあ、完全に影響無しと断定できるかどうか。そこに若干の不確定性があるのは否定し難いところだ。化学物質過敏症の人は、本当に過敏のようだから、中継所の排気に反応をする可能性が無いとは言えない。普通の体質の人にとっては、恐らく、報告書の結論でよいのだろう。いずれにしても、この報告書を読めば、まあ、その主旨が大体納得できるレベルであることはすぐ分かる。こんなことがやれるのならば、発生直後にすぐやれば良かったのに。これが感想。

A君:硫化水素が主因というのは、まずまず確実なのでしょうが、それ以外の物質としてクレオソート油というもの意外ですね。この間の我々の記事のように、混ぜると危険な家庭用液体が問題ということは本当に無いのでしょうか。

B君:無いとは言えない。有るとも言えない。という感じだ。だから、できるだけ、キレイに洗ってから不燃ごみに出して欲しい。それにしても、15%もの不燃ごみ以外のものが混じっているという現実はなんとかならないものだろうか。まあ、東京都の分別方式が合理的でないという部分はある。しかし、ルールはルールだから。

C先生:その内、また議論したいと思うが、「ルールはルールだから」という考え方そのものが、最近、消滅の危機に有るように思える。交通ルールを見ていると特にそんな気がする。歩行者が、信号を無視すること、それ自身を駄目だとは言わないが、その無視することによって起きるリスクはすべて自己責任だと考えるのが、アメリカ流。日本流は、無視して事故が起きれば、「それは無視したけど、自分は悪くない。相手が悪い」、という態度が露骨に見えるので不愉快。意味も無く車道を歩く人も、最近多い。

B君:今回の杉並病という奇病も、「大きすぎた排水槽」という設計ミス、建築屋の手抜き工事、ルールを自分勝手に破り、他人のことを考えない住民のエゴ的行為、が原因だったとも言えるだろう。

A君:クレオソートといった防腐剤は怖いのでしょうかね。

B君:家庭で抗菌剤を使うのとどっこいどっこいじゃないか。

C先生:最近の合成洗剤は、石鹸に近いレベルの生分解性を持っているとされている。これが合成洗剤が世間から余り攻撃されなくなった主たる理由だと思うが、最近売り出されたばかりの「抗菌剤効果がある合成洗剤」の生分解性は、決して高いとは思えない。「消費者ニーズ」と言う名の元に、新たな環境破壊が行われているような気がする。そのうち実験してみようか。各製品の環境負荷を比較するというのも面白い。

B君:結局、消費者がもっと賢くならないと、環境破壊は終わらない。

C先生:まあそういうこと。

A君:硫化水素の話に戻りますが、先日、たまたまNHKのクローズアップ現代で、安定型の処分場から硫化水素が出ているとのこと。これは妙だと思って見たのですが、驚いたことには、石膏や硫酸鉄の硫酸イオンが還元されて硫化水素になっているようですね。

B君:石膏の硫酸イオンが分解するのは、かなり起きにくいのでは無いか。ちょっと計算してみようじゃないか。

C先生:有機物が石膏と共存していると、有機物が還元剤になって、分解するという話。これは、普通なら余り考えないことだ。

A君:それじゃやりますか。(単なる化学熱力学の計算です。詳しくは、付録を見てください)。

B君:その仮定した反応式だと、本当に石膏が還元されて、硫化水素がでても不思議ではない。化学熱力学で分かるのは、反応が起きる可能性だけであって、実際に起きるのがその反応であるかどうか、あるいは、反応の速度がどのぐらいのものなのか、これがわかる訳ではないが。

C先生:安定型の処分場については、有機物で処分することが許可されているのは、ゴム類だけではないか。その反応も有機物がゴムだったらどうなのだろうか。石膏ボードが原因だとしたら、木屑や紙などが混じったものが安定型処分場に入れられているのだろう。ゴムと石膏を共存させる実験を早速やって欲しいものだ。

A君:硫化水素は毒物です。しかし、日本は火山国ですから、どこにでも有る化合物です。硫化水素は、強烈な臭いがしますが、臭いがしている内はむしろ安全で、もっと濃度が高くなると、臭いもしない。1000ppmといった濃度だと、いきなり神経系に作用して、即座に死亡ということになるようですから、怖い気体です。余り日常的に吸いたくない気体ですよね。

B君:作業環境の基準が10ppm。どうも、ホウロウの風呂桶が変色した家では、この程度の濃度だったようです。

C先生:「昔からの毒物が怖い」という話だが、環境問題も、本当のところは、そんな気がするのだ。
 さて、今回の結論だ。杉並病のようなものの再発を防ぐには、消費者が賢くなることが必要。すなわち、自分の行動が社会に与える先を考えることが、これが出発点。次に商品を疑って見る能力を身に付けること。しかし、状況はどんどん変わっているから、環境石鹸派や、環境塩ビNo派のような時代錯誤をやってはいけない。身の回りを必要以上に「超清潔」「リスクゼロ」にするといった商品が怪しいので疑うこと(現時点の新しい候補:除菌もできる台所洗剤、車内の除臭剤、エアコンクリーナ、それに新しい防虫剤・殺虫剤などなど)。同時に、余り風評に登らない、昔からの毒物には「伝統の力」が有って、今だって問題になることを常に意識すべし。

A&B君:難しいと思うけどなあ。


付録:石膏が有機物で分解して硫化水素が出るか?

 有機物としてエタノールを用いているが、これが妥当かどうか疑問。ただし、他の有機物であると仮定した場合でも、この反応は進むとの結論になるだろう。
反応式
CaSO4・2H2O + C2H5OH + O2
→ CaCO3 + H2S + CO2 + 4H2O
ΔGf 作用量 ΔG
反応式の左辺
CaSO4・2H2O -1795.73 1 -1795.73
C2H5OH -174.76 1 -174.76
O2 0 1 0
左辺合計 -1970.49
反応式の右辺
H2S -33.02 1 -33.02
CaCO3 -1128.76 1 -1128.76
CO2 -394.38 1 -394.38
H2O -237.19 4 -948.76
右辺合計 -2504.92
駆動力=右辺−左辺 -534.43