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合成洗剤か?石鹸か? 07.13.2000






 これまで、本HPでは、合成洗剤か? 石鹸か? といった議論を余りしてこなかった。勿論、98年の記事「水、怪しい科学、洗濯談義 new07.02」のように全くやっていない訳ではない。表紙にリンクを張ります。そのためか、最近、しばしばご質問をいただくこともある。例えば、「合成洗剤は、環境にも水生物にも悪影響があるのに、なぜ販売を許可しているのですか?」といったご質問である。この問題、もはや結論は出ていると思う。だから、いまさら、こんな古臭い問題に関して記事を書くのもどうかと思ってきたし、別に専門家も居るからと考えてきた。しかし、その道の専門家のご紹介だけでも良いようにも思って、本記事を書くことにした。

C先生:合成洗剤か?石鹸か? この話、もう決着はついている。合成洗剤も石油原料のものと、植物油原料のものがあるが、石鹸と性能的な対比をすれば、ある先生のHPからの引用だが(後で説明。最初に説明すると、本HPそのものが成立しない)、

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         石けん 植物系合成 石油系合成
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生分解性     ○   △〜○   ×〜△
有機汚濁負荷  ×     ○      ○
魚毒性       ○    ×      ×
油脂消費     ×   ×〜△    ○
人体影響     ○   △〜○    △
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とういうことで、川の上流地域に住んでいて、魚などの水生生物に対する影響が心配なところでは、石鹸を使うのも良し。しかし、資源的な問題だけを考えると、石鹸は合成洗剤に比べて数倍以上の油脂を使い、植物系の合成洗剤では、パームヤシなどの栽培のために熱帯林などが焼畑で失われるので、石油系合成が良いと思う。石油は枯渇性資源だと主張する人もいるだろうが、石油が燃料として大量使用されている現状を考えれば、洗剤用などの用途はたかが知れている。だから、私は、東京に住んでいるのなら、シャンプーなど、石油系合成で我慢しろ、という主義だ。

A君:それで終わりですか。それじゃ、余りにも短い。

B君:余りこの話題に対して詳しくは無いのだが、この合成洗剤vs.石鹸の話がいつまでたっても終わらないのは何故なんだ。

A君:ちょっと調べてみましたが、まあ、根が深いようです。合成洗剤の歴史は、昭和3年(1928年)ドイツで始まりました。硬水だと性能が落ちてしまう石鹸の欠点を解決したということで、まあ、優れた発明だったと思います。我が国では昭和30年代になって、石油化学工業の発達によって、「安く、大量に」生産されました。この普及も、「たらいと洗濯板」から洗濯機への変換とシンクロしている訳です。ところが、当時の合成洗剤は、アルキルベンゼンスルフォン酸系のもの(ABS)で生分解性が低く、すなわち、河川などで微生物によって分解されにくいために、川に泡が大量発生して、この泡が空気中の酸素の河川水への溶解を阻害するために、河川の自浄作用を低下させて問題になりました。後でも出ますが、河川の自浄作用は、水中の酸素に依存しているのです。さらに、合成洗剤に含まれていたリンが、富栄養化の原因物質、すなわち水中の藻類や植物プランクトンを大量発生させる栄養源(=肥料)になって、結果的に酸素不足の水になってしまって、魚などが死ぬという事態を招きました。この2大悪、ABSと有リンは、当然ながら改良されてLASや高級アルコール系、無リンになっています。

B君:分かった。しかし、だからといって石鹸派というものが発生する理由にはならないのではないか。環境派ができるのは分かるが。

C先生:そこには、やはり産業構造の変化もあるのだろう。現在、石鹸派と呼べる人々は、その起源が2種類存在するようで、第1種は、中小の石鹸メーカー、そして、第2種は、消費者運動上がりの人々。前者の代表格が、
   長谷川 宏氏 太陽油脂株式会社 家庭品部部長 http://www.taiyo-yushi.co.jp/index.html 
 そして、後者の代表格が、
   船瀬俊介氏 サイエンスライター 例の「買ってはいけない」で大儲け。
 いずれにしても、合成洗剤は、大企業が作るものだ。それに対して、石鹸であれば比較的簡単に作ることができたから、中小企業は大企業と対等に戦うことができた。すなわち、合成洗剤の時代になることは、中小企業にとっては不利な状況になることを意味し、大企業と戦うためにはなんらかの武器が必要ということになった。一方、消費者運動というものも、原則的に大企業の利益は消費者の利益と相反するというのが基本思想だから、石鹸を守るということは、消費者運動にとっても一本の「むしろ旗」になりうるものだった。反合成洗剤の図書は多数出版されているが、そのかなりのものが三一書房から出ていることも、このあたりの状況を見事に表現している。そこで、対合成洗剤の武器として有害説が説かれることになる。

B君:なるほど。しかし、確かに、有害な部分は有るよな。例えばメダカが石鹸水よりも早く死ぬとか、ミジンコもすぐ死ぬとか。

A君:その件なんですが、それは事実です。なぜならば、石鹸は洗浄力が弱いし、またそれが石鹸の弱点なんですが、水の条件が変わると洗浄力がどっと落ちます。だから、硬水の中に魚を入れて、そこに石鹸と合成洗剤とを同量入れた場合などでは、石鹸はカルシウム石鹸になってしまって、固形物になり、界面活性剤としての能力が格段に落ちますから、まあ、魚には作用しませんよね。合成洗剤は、水がどんなものでも、そこそこの洗浄能力を確保するという特性なんですから、いつでも一定程度の界面活性効果を示す。しかも界面活性剤としての効果は、石鹸の数倍は強い。魚類は、エラ呼吸をするわけで、そこに界面活性剤などを入れられたら迷惑至極。だから当然界面活性効果の高い合成洗剤の場合に早く死ぬという結論になる訳です。

B君:川に流せば、当然魚に影響がでるとしたら、合成洗剤を川に流すのは良くないということだよな。

A君:当然です。良くないのです。しかし、石鹸なら良いかと言えば、それも良くないのです。石鹸の方が洗浄力が弱いために、BOD負荷は数倍高いことになります。

B君:さっき、ちょっとWebで反合成洗剤ページを調べていたら、石鹸のBOD負荷が高いということは、生分解性が高いということだと解釈すべきだ、という解説があったぜ。

C先生:B君は、その解説をどう解釈したんだい。

B君:うーーん。BODとは、微生物が有機物を分解するときに必要になる酸素の量だよな。もしも、全く生分解性の無い洗剤があったとすると、そのBODはゼロだ。だから、BODと生分解性とは無関係ではない。しかし、BODがなぜ環境負荷なのか、といえば、それは、水中の酸素を使ってしまうからだよな。酸素が使われてしまうと、魚も住めない。それどころか、酸素ゼロの雰囲気だと有機物の分解が嫌気的に行われるようになるから、まずアンモニアなどの臭い物質が出るだろうし、場合によっては硫化水素も出るだろう。これが環境負荷ということだから、石鹸のBODが高いということは、やはり環境負荷は高いということなんだろう。間違いなく。

C先生:そんな考え方で良いと思う。要するに、石鹸を大量に使えば、いくら生分解性が高いからといって、環境に無害ではなくて、水中の酸素を減らすことについては、その影響力は石鹸の方が、同じ界面活性作用を持つ合成洗剤の数倍大きいということだ。例え話として聞いて欲しいが、石鹸はてんぷら油を流すようなもの、合成洗剤は米のとぎ汁を流すようなもの、だと言われる。よく考えると、なんだかおかしいのだが。

A君:その話、やはりおかしいのではないですか。石鹸水がてんぷら油と同じBODだというのは。石鹸の重さで考えて、一方、米のとぎ汁は水を含めて考えていませんかね。

C先生:分かった、分かった。取り消しをしておこう。後でまたチェックだ。しかし、いずれにしても石鹸ならいくら使っても環境負荷が低いという理屈が正しければ、生分解性の高い有機物は下水にどんどん流しましょうということになる。

B君:その他の人体影響などはどうなんだい。

A君:催奇形性については、合成洗剤が一時疑われた時期があるのですが、昭和44年当時、三重大の教授の発表があるが、現在では否定されているという理解のようです。

B君:その他の毒性は。

A君:それほど、重大ということではないようです。発ガン性についても促進性があるとか言われるのですが、そもそも石鹸の構成物である脂肪酸にだって、これは天然物だから無害ということは全く無くて、様々な生体にとって不利な作用があるのですから。石鹸から洗浄作用の結果できる脂肪酸は、洗濯物に残ります。石鹸はすぐ分解されるから、というのは、微生物によって分解されるのであって、自然分解するのでは有りません。

C先生:要するに、合成洗剤の毒性も、その物質そのものを否定するほどのものではない。すべての物質はそれなりに有害で、石鹸も厳密に言えば、完全に無害ではない。石鹸の生分解性にしても、カルシウム石鹸になれば、かなり遅いのではないだろうか。

B君:これで、議論は大部分終わりなのか。

A君:いえいえ。まだまだ無限に続くのですがね。

C先生:いずれにしても、不毛なる議論なのだ。両方とも環境負荷はある。人体への影響も両方ともある。大体、この世の中に人体に全く無害なものなど無い。川の上流地域に住んでいるのであれば、石鹸を使うことを試みることも、悪くは無い。自分でもそうするかも知れない。しかし、東京都在住であれば、まあ石鹸に変える意味は無い。石鹸は、洗浄力が弱いから油脂資源の無駄であり、合成洗剤は油脂資源を有効に使っているから、値段も安い。石鹸は水を選ぶが、合成洗剤はどのような水にもまあOKだ。でも、最良なのは、どちらを使うにしても使用量を減らすことだ。水だけで、あるいは、お湯だけで洗うことでも汚れは結構落ちる。こんな記述で大体のところは良いと思う。
 とかなんとか言いながら、実のところ、我々の知識は確実ではない。本当の専門家が居るのでそのページを読んで欲しい。横浜国立大学の大矢 勝先生。先生の個人的なHPは、ほぼ、合成洗剤と石鹸の比較論。ここにすべてが出ているのだ。http://liv.ed.ynu.ac.jp/index-j.html だから、本HPなどを読む必要は全くない。ちなみに、大矢先生のHPによれば、石鹸派に第3分類が居るようだ。それは、埼玉大学教授の市川定夫氏。その奇妙なる理論も大矢先生HPでご覧下さい。