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  リスクセンス   11.25.2001




 10月半ばに、中央労働災害防止協会主催の産業安全衛生大会で「リスクセンス」なる演題で講演をさせていただいた。この題目は、担当の半田さんからのご提案であった。
 本屋を覗いていたら、「リスクセンス」なる本がなんと出ていることを発見した。集英社新書0084B、ISBN4−08−720084−1、である。ジョン・F・ロスなる米国人が書いた本である。まだ恐らく40歳ちょっとで、「スミソニアン・マガジン」の編集人だそうだ。
 残念ながら、訳文には不適切だと思われる部分が多い(原文を見ないと本当のところは分からないが)。やはり知識が不足すると誤訳のリスクが増す?? 


C先生:先日の講演では、「リスクセンス」なる言葉を、次ような意味合いで使用した。現在の環境問題は、安全・健康の問題、すなわち現在生きている人あるいは、まもなく生まれる人にとってリスクをゼロにするといった方向で語られるが、実は、もっと長期的な視点が必要ないわゆる「世代間調停」の問題なのだ。すなわち、未来人のリスクと今生きる人のリスクとを考えることが環境問題の「リスクセンス」なのだ。

A君:いつもの論調ですね。

B君:どうせ、現代人に対する環境からのリスクはすでに低くなった、という話をしたんでしょう。

C先生:本日取り上げるこの本は、環境問題を議論するというものではなくて、未来人のリスクなどは全く出てこない。しかし、いくつか、本当だと思われる指摘があったので、取り上げてみたい。

A君:読みましたが、やはり筆者が米国人というか、しかも余り論理的な構成になっていないというか、散漫な印象ですね。

B君:翻訳ものというものは、いくら訳文の工夫をしても、なんとなくセンスの差があってね。この本にも出てくるが、現在一部の環境派のバイブルになっている「沈黙の春」にしても、やはり違和感は大きい。

C先生:最初から違和感を持ち出すのも問題だから、まず、簡単に解説してもらおうか。

A君:米国人も、リスクというものが分かっている人は極めて少ないということが前提となって書かれています。「日常生活の中で、危険に対する判断を運や運命の手に委ねることが多いが、本当はもっと上手く判断する方法があるはずだ」、と述べています。

B君:狂牛病などへの反応を見ると、そう思う。

A君:本書の記述の順番とは変わってしまうのですが、歴史をちょっと整理して、それから、余りまとまった本とは言えないので、面白い事実や表現を箇条書きにしてでもまとめたいのですが。

B君:リスクの歴史は自分も分担しよう。
 まず、数名の有名な数学者の名前が出てくる。17世紀の数学者・宗教家ブレーズ・パスカル。「胃が弱く、不眠症に悩まされ、精神病を患うこともあった人物」だそうだ。パスカルが生み出した斬新な論理、それが確率論だ。不確実な未来に対するある種の洞察を可能にする方法論を発明したと言っても良い。

A君:そのきっかけが、バッラゲームというものであったというのは面白いですね。

B君:なにやら「賭け」らしいのだが、2人であるゲームをやって、最終的に勝った方が賭け金の全てを貰える。もしも、このゲームを途中で止めたとき、中間結果を見て賭け金をどのように配分するのがもっとも合理的か、という問題だったらしい。

A君:そして、パスカルは、数学者のフェルマと議論をしながら確率論を完成させたようです。

B君:答えは、極めて合理的で、「ゲームが中断された時点での、それぞれのプレイヤーが勝つ確率に応じて、賭け金を分配すれば良い」。

A君:そして、17世紀半ば、パスカルが確率論の研究をしているころ、ウィリアム・シェイクスピアは、その戯曲や詩の中で、「リスク」という言葉を繰り返し使っています。シェイクスピアによれば、損失や損害を伴う可能性のある行動や出来事を「リスク」としたようです。同時に、シェイクスピアは、「ハザード」という言葉も繰り返し使ったようです。

B君:現在のリスク論では、「ハザード」と言う言葉は、リスクとは厳密に区別されて使う。「ハザード」は、むしろ被害・災害の深刻度のような意味で使われ、「リスク」は、ハザードが現実のものになる確率を意味する。ということは、シェイクスピアの使い方とは違うということになる。

A君:いずれにしても短命だった天才パスカルは、その後数学から離れて、修道士として「神が存在するかどうか」という議論を行うわけでですが、彼が考え出した確率論は、1657年にオランダ人が出した「賭けにおける計算について」なる本で有名になるのです。

B君:そして、「相対的リスク」なる概念が17世紀の後半には現われてくる。これによって、全くことなる事象のリスクが比較できるようになる。例えば、ある人が鮫に襲われて死亡するリスクと雷に打たれて死亡するリスクが比較できる。

A君:相対的リスクを考え出したグラントと言う人は、ペストを科学した人でもあって、当時、ペストは「妖気」という重苦しい蒸気が原因だと考えられていたようですが、統計的な取り扱いを行って、人間よりも天候の影響が大きいといった結論をだしていたようです。

B君:以上で大体の歴史を終わろう。

C先生:それでは、指摘されている例などを取り扱う前に、なんで現代においてこそリスクセンスが必要なのだと主張されているか、それだけを整理して貰おう。

A君:そうですね。現代という時代の特徴は、一つは、社会が非常に複雑になったということが上げられます。リスクというものを判断するには、知識が必要です。ところが、その知識を得ることが極めて難しい状況になったということがあります。

B君:しかも、現代という時代は、変動も早いのが特徴の一つで、かつて安全だと言われていた物質や製品が実は安全でなかったということになったり、逆に、滅茶苦茶毒性が高いと言われていた物質が、実はそれほどでもなかったりというように結論が変わることも重要な一つの要素だ。

A君:本書の著者もメディアの指摘する「症候群」なるものも重要な要因の一つだとしています。要するに、ある言葉が出てきて、「怖いぞ」という報道だけが行われるが、その本質や実態が報道されない。例としてあげているのが、「環境ホルモン」、「O−157」、「人食いバクテリア」、「地球温暖化」、「シックハウス症候群」、「アナフィラキシー」、「乳児の突然死」、「慢性疲労症候群」(訳が必ずしも適正と思えない項目については、想像で変更した)。

B君:「狂牛病」も入れるべきだったかもね。

C先生:やはり、恐怖や不安から逃れるためには、本質を「知る」ということが非常に重要であるにも関わらず、「知る」ことが、科学が複雑怪奇になってしまったために極めて困難になった。こんな感じかな。
 それでは、どんなリスクが具体的に指摘されているか、箇条書きでも作ってもらおう。

A君:本書の様々なところで、色々な形式でチラチラ出てくるのです。それをまとめてみました。

死亡・傷害などの可能性(アメリカの話で、すべて毎年)

家庭内事故
*60人以上が家庭の配線や家電製品で感電死
*家の中での転倒事故で、8500名が死亡、200万人が怪我
*しかし、そのような事故にあるのは70歳以上が多い
*トイレや洗面所で怪我をする人が6万人
*シャワーで怪我をする人が17万人
*剃刀で4万人怪我
*洋服のファスナーなどで怪我をする人が14万人
*宝飾品で怪我をする人5万5000人
*家庭用化学品や電子レンジなどの死亡数は、家庭で階段から落ちる死亡数にはるかに及ばない
*自殺者を含める銃による死者が3万人

交通事故(米国)毎年
*交通事故で死ぬ人数が毎年4万人から4万5千人
*飛行機事故は平均93人
*溺死3900人
*自転車813人(走行キロ当たりにすると自動車よりリスク大)
*死亡事故の34%は、交通量が僅か5%の深夜から早朝に起きる

確率での表現:100万分の1の確率で人々を死に追いやる行為
*タバコを1.4本吸う
*炭坑で1時間過ごす(塵肺などの労働環境)
*カヌーを6分間漕ぐ(事故)
*ピーナッツバターを大匙で40杯(アフラトキシンによる肝臓ガン)
*石造り、レンガ造りの家に2ヶ月住む(ラドン)

寿命の短縮による表現
*タバコ1本吸うと寿命が12分縮まる
*シートベルトをしないで運転すると6秒
*ダイエット飲料を飲むと9秒

死に至るリスクの積算年数
*飛行機事故にあうには、2300年毎日乗り続ける必要あり

何倍という表現
*喫煙者が肺がんに掛かる確率は非喫煙者の30倍

E秘書:お茶です。色々な形式で表現されていますが、なんかピンとこないですね。「実数での表現」は一番納得がいきますが、飛行機の総旅客人口あたりとかの表現でないと。ということは、確率ということになりますが、「確率での表現」で100万分の1は感覚的によくわかりませんね。あまりに小さすぎて。

A君:なるほど。

E秘書:「寿命の短縮による表現」ですが、お説教っぽく聴こえて、この間別の人に聞いたら、「そんなの無視よ。馬耳東風的な行動をしたくなるから」、ということでしたよ。

B君:逆効果ということかな。

E秘書:「何倍という表現」は、「寿命の短縮」よりも危機感があるような気がしますね。「致死量の表現」になると、こんなに一度に摂らないから、全く非現実的。昔「自殺マニュアル」のような本で「リンゴの種を茶碗1杯食べる」方法を読んだことがありますが・・・

C先生:何倍という話は、普通の食品あたりの方が、マージンが少ないということを主張するために使われることが多い。

E秘書:では、ごゆっくり。

A君:なんだか興奮気味でしたね。

C先生:先日のしし座流星群以来、あんな風なんだ。

A君:それでは、続けます。これはAmes教授(カリフォルニア大学バークレー校、エイムズテストで有名)による普通の食品のリスクです。

*キャベツには49種類の毒物が含まれている。
*普通の人は、一生に5000から1万種の天然殺虫成分を野菜・果物から摂取する。その量は、人工の殺虫剤からの摂取量の1万倍にも及ぶ
*コーヒーには1000種以上の化学物質が含まれるが、発ガン性試験が行われているのは、そのうちの25種類だけ。そして、19種類がげっ歯類にガンを誘発した。
*1杯のコーヒーに含まれる発ガン物質の量は、普通の人が年間に摂取する発ガン性のある人工的殺虫剤よりも多い。
*焦げた蛋白質に含まれる発ガン物質の摂取量は、大気汚染のひどいところに住んでいる場合の摂取量の数100倍。


毒かどうかは量次第:体重68kgの男性にとって
*水9.5リットルが致死量
*砂糖1kgも致死量
*塩200gも致死量
*コーヒー100杯分のカフェインも致死量
*アスピリンも100錠で危ない
*ウィスキーは1本が致死量
*ホウレンソウも5〜10kgが致死量(シュウ酸のため)
*ビタミンDなどはなぜ毒物指定がなされないのか不思議なぐらい毒性が強い


B君:そして、人々は、リスクの相対比較ができないために、色々と不合理な選択をしてしまう。

矛盾した行動の例
*シートベルトをしなかったお陰で無傷になったという例から、シートベルトは危険だと信じている人が居るが、実際には、着用した方が死亡率が42%下がる。エアバッグを併用すると、さらに9%下がる。
*X線による検査によるリスクは余り高くない。検査しないでガンになる確率の方がずっと高い。
*カッとなってストレスを感じる方が危険なのに、食物からの成長ホルモンや抗生物質の摂取を減らそうと高いお金を払って、地鶏や有機食品を買う人がいる。
*鎮痛剤「タイレノール」に誰かが毒物を混入して7人が死亡したため、10億ドルも掛けて新しい包装にしたのに、20リットルのバケツで毎年50人の子供が溺死しても、何もしない。
*鮫に襲われると怖いからと海で泳がない人が、バンジージャンプをする。
*何10億本ものタバコを吸う一方で、ガンの危険性が若干上がるということで、人口甘味料(チクロ?)を禁止する。
*ボツリヌス菌や人食いバクテリアには大騒ぎをするが、アメリカ人の3/4は、毎日食べるように進められている野菜と果物を食べない。

C先生:これで様々な例の記述は良いことにしよう。本当は、同じことが様々な表現ができることを示すべきなのかもしれないが。
 さて、そろそろまとめよう。結論的なこととして何を言っているのか、箇条書きでよいからまとめてくれ。

A君:こんなところです。
*アメリカとは、一か八かに賭ける文化の国だ。
*専門家と一般人はリスクの捕らえ方が違う
*メディアが歪めるリスクの実態
*恐怖が導く誤った結論 
*直感的な論理に基づく錯誤
*リスクゼロは神話だ

B君:そのようなまとめの根拠となったのが、次のような例だ。
例1:事故と病気とで死ぬ人はどちらが多いか? 一般人は事故と答えるが、実際には、病気が15倍多い。

例2:天然物は人工物よりも安全は誤解。実際には、自分で採取したハーブティーで死ぬ人も多い。ミネラルウォータは安全とは限らない。

例3:オゾン層、殺虫剤などに対して、危険だと言う「危険信仰者」は概ね女性である。男性は危険に対して「懐疑的」である。


C先生:そろそろまとめてくれ。

B君:そして、最終的な結論としては、やはり自然科学が進歩し、技術が巨大化したために、脅威と恐怖をもたらしたことが、現代人のリスクセンスが狂ってしまった原因がある。

A君:ある調査によれば、寿命が延び、より健全な生活を享受している現代アメリカ人でも、その78%は、親の時代より危険な時代に生きていると考えている。

C先生:となると、リスクに関する問題の解決は難しいことになる。そのための提案があったようだが。

A君:解決策を示すのは専門家でも、その適否を判断するのは専門家ではなく市民だ、というのが原則のようです。

B君:一旦何か問題が起きたら、やはり一般市民が十分な知識を獲得して、自分達で結論を出すという作業を行うことが重要だとことだ。まあ、全員がやるということは期待薄だが。

C先生:デンマークにはコンセンサス会議という合意形成の方法があって、そこでは、市民ボードが主役で、専門家からの最高の科学に基づく知識の提供を求め、十分な知識を獲得した後に、市民ボードだけで独自に判断を行う。このような方式が上手く利用されないかぎり、問題の解決にはならない。

A君:それには、一般市民も、大局的な判断ができるように訓練をするとか、メディアの報道をどのぐらい割り引いて考えるか、などといったリスクに対するセンスを磨く必要がありますね。

B君:なかなか大変な世の中になってしまったが、やはり基本は知識量だ。

C先生:ということで、皆様もリスクセンスを磨いてください。