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  化学物質リスクと死因事典  08.26.2001




 中西先生がセンター長を勤めておられる「化学物質リスク管理研究センター」の蒲生昌志氏が発表した論文、「日本における化学物質のリスクランキング」と、昨年発行のブルーバックス、「死因事典」(東嶋和子著、まだ40歳前)とを読み合わせてみる。
 環境問題も、人体影響だけが問題ではないものの、やはり人の命との関係は重大である。そこで、化学物質などのリスク管理が問題になる。一方、「人間の死亡率は100%である」(サマーセット・モーム)。この両方を見比べながら、環境リスクを語る必要がある。


C先生:蒲生氏の論文は、http://unit.aist.go.jp/crm/1kouen_010711.htmで読むことができる。PDFファイルがちょっと変なのが残念。

A君:今回のこの論文の特徴は、発がん性物質と非発がん性物質、それも、吸入による暴露のある物質と経口暴露による物質とを比較したことかでしょうか。いずれも損失余命に換算して比較しています。発ガンポテンシーで計算したものが、ダイオキシン類、ホルムアルデヒド、ヒ素、DDT、クロルデン。このとき、一生暴露したときの発ガンリスク10マイナス5乗を、損失余命0.04日分だとして換算しています。物質固有のモデルに基づく発ガンリスクの推定をしたのが、ラドン。詳細な情報に基づいた非発ガンリスクを推定したのが、カドミウム、クロルピリフォス、水銀。限られた情報に基づく非発ガンリスクの推定をしたのが、トルエン、キシレン。

B君:そして結果だが、いずれも損失余命(これだけ日本人全員の寿命が短くなっているという意味)で比較して、次のような表のようになっている。

ラドン 9.9日(発ガン)
ホルムアルデヒド 4.1日(発ガン)
ダイオキシン 1.2日(発ガン)
カドミウム 0.8日
ヒ素 0.3日(発ガン)
トルエン 0.3日
クロルピリフォス 0.3日
ベンゼン 0.2日(発ガン)
メチル水銀 0.1日
キシレン 0.08日
DDT 0.02日(発ガン)
クロルデン 0.01日(発ガン)

C先生:それに今回は解析した訳ではないが、ディーゼル微粒子による損失余命は13日ぐらい。環境因子では、もっとも大きい。

A君:ラドンというのは、余り知られていないのでは。

C先生:放射性の気体だ。地中から自然発生する。米国では昔からかなり問題になっている。地下室などでは、ラドンによる放射線への暴露が大きいようだ。

B君:いずれにしても、ダイオキシンが1.2日程度の損失余命だということだとすると、そんなに大きな数字ではないな。環境影響が、他の死因に比べればリスクは低いということ。まあ、しかしながら、環境問題で損失余命があるということ自身、問題ではあるが。

A君:環境要因による損失余命を、他の死因、例えば、ガンや心臓病などと比較するには、どのようにしたら良いのか。これが難しいですね。

B君:損失余命という考え方をもう一度考えると、例えばガンだが、もしもこの世の中からガンなる病気がなかったとすれば、ガンで死ぬ人はいなくなる。しかし、ガンで死んだ人が、無限の命があるわけではないから、心臓病で死ぬかもしれないし、交通事故で死ぬかもしれない。その割合は、現在の割合と変わらないと思われる。すなわち、心臓病での死ぬ割合が大体15%ぐらい、交通事故が1%ぐらいだとしたら、その比である15:1という数字は、ガンが有ろうが無かろうが変わらない。ということで、ガンの死亡を取り除いて、他の死因に割り振って計算をすればよい。

A君:年齢によって、あるいは、男性女性で死因の割合が違いますから、結構面倒な計算をすることになりますね。

C先生:いやその計算はもうできているようだ。死因事典の表1−6というものがそれだが、ここでは、厚生労働省Webから見つけた平成9年のものを示そう。これから分かるころは、男性だと、0歳のガンによる損失余命が4年ぐらいだということ。65歳の人にとっては、ガンを無くしても2.9年程度しか寿命が延びない。結核だとその100分の1の0.04年だから、約14日になって、ディーゼル微粒子とほぼ同程度ということになる。

主な死因 年齢
H9年 H9年
悪性新生物 0歳 4.02 2.92
65歳 2.90 1.85
脳血管疾患 0歳 1.37 1.68
65歳 1.20 1.57
心疾患 0歳 1.53 1.64
65歳 1.19 1.53
肺炎 0歳 0.82 0.80
65歳 0.85 0.80
不慮の事故 0歳 0.80 0.42
65歳 0.25 0.21
交通事故(再) 0歳 0.38 0.16
65歳 0.06 0.05
自殺 0歳 0.53 0.27
65歳 0.07 0.07
肝疾患 0歳 0.28 0.13
65歳 0.10 0.09
腎不全 0歳 0.14 0.18
65歳 0.13 0.17
糖尿病 0歳 0.13 0.13
65歳 0.09 0.11
高血圧性疾患 0歳 0.04 0.08
65歳 0.04 0.09
結核 0歳 0.04 0.02
65歳 0.03 0.01


A君:他の原因物質との比較ができますかね。例えば、タバコがどうかといった計算が。

B君:タバコの場合だが、全ガン死の30%がタバコの責任だとされている。とすれば、タバコによる損失余命は、男性だと1.2年ぐらい、女性で0.9年程度。ただ、タバコは、ガンをもたらすだけではない。心筋梗塞などの別の死因にも影響しそう。だから実際には、この2割増しぐらいだと考えればよいのではないか。

A君:ダイオキシンの1.2日程度の損失余命がこれほど問題にされて、タバコのように、1年オーダーのものが許容されていること自体が不思議ですね。嗜好品で自分だけに被害がでるから、それで許されているのでしょうか。

C先生:いや。自分だけとは言えない。受動喫煙問題がある。まあ現時点では、タバコは、税金を払ってもらうために存在しているのかもしれないな。

B君:受動喫煙だが、アメリカでは、年間3000名ぐらいが受動喫煙が原因で死亡するとされている。あの禁煙国アメリカでもその程度。日本は、人口が半分しかないが、やはり3000名ぐらい受動喫煙で死んでいるのではないか。

A君:3000名が受動喫煙が原因で死亡とすると、損失余命はどうなるのですか。

B君:それは、受動喫煙によって年齢別の死亡確率がわからないと計算できない。しかし、まあ、乱暴だが交通事故と同じような分布だと仮定して、ラフな値を算出すれば、交通事故の死者が年間約1万人。24時間以内の死者だけだともう少々少ないか。交通事故による損失余命が、男性0.38年、女性0.16年。平均して0.27年。この約30%が受動喫煙に相当すると考えれば、大体0.08年ぐらいだと推測できる。結局、30日ぐらいの損失余命になる。

A君:環境要因では最大の損失余命であるディーゼル微粒子よりも遥かに悪いですね。受動喫煙なるものは。

C先生:受動喫煙だが、副流煙の方が発ガン物質は多いという話があるから、多分そうなんだろう。

A君:しかし、こうしてみると、環境のリスクは、最近良く抑えられるようになったと言えますね。

B君:まあ、死亡原因だけを見れば、まさにその通りかもしれない。

C先生:科学物質管理の問題も、環境ホルモン問題など、発生時の問題に重点が移りつつあるという感じはするが、その環境ホルモン問題もそれほど大きなリスクにしないで、かなり限定することができるのではないだろうか。要するに、妊娠の可能性のあるときには注意をするといった方法で。

A君:やはり、現代は、環境面から言えば、かなり良い時代のようですね。

B君:スウェーデンなどでは、ノントキシック社会とか言っているが、結構タバコはすぱすぱ吸う。これは全体的に見ればおかしなことに見える。

C先生:発ガンリスクにしても、普通の食品のリスクの方が、残留農薬、食品添加物によるリスクよりも遥かに高い。このようなバランス感覚を身に付けないと、全く無駄なことをやってしまうことになる。死因事典には、このような取り扱いが書かれている訳ではないが、死を色々な側面から考える意味で、お奨め図書だ。