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環境技術革命とグリーンマネジメント 02.04.2001




 やや時間がたってしまったが、日経エコロジーの2001年2月号の特集が「2008年環境技術革命」であった。その詳細は議論の過程で示す。一方、様々な環境対策に関する企業行動が新聞記事になっている。2月3日の朝刊には、ソニーの「グリーンマネジメント2005」の発表が記事になっている。消費電力の削減、自然エネルギーの活用や重金属類(鉛、カドミウム、6価クロム)の使用全廃などに加えて、塩ビの使用も止めるとのこと。
 ところで、塩ビを全廃することが、本当に環境リスクを下げることなのだろうか、かなり疑問である。このような計画がどのように議論されて、報道されるのだろうか。


C先生:環境調和型産業を目指すこと自体、歓迎すべきことなのだが、どうも、日本の企業の場合には、前回も指摘したように、明らかに環境に対する負荷が高い「完全リサイクル」や「完全ゼロエミッション」を目指してみたり、かならずしもその効果が明らかではない環境対策を高らかに謳いあげるという傾向がある。このような体質はなんとかならないものだろうか。

A君:言い訳になるかもしれませんが、「明らかに環境負荷が高い」ということが理論的に証明できていないのではないでしょうか。

B君:それはそうだが、完全なLCAを実施しなくたって、LCA的考え方をしっかり行えば、そのような対策によって環境負荷がどこまで下げられるか、分かりそうなものではないか。そんな議論が行われていないのではないか。

C先生:まあ、結論を急ぐのはやめて、日経エコロジー2月号の環境技術革命について、ちょっと解析をし、コメントをしてみようじゃないか。

A君:はいはい。その記事ですが、副題としては、「循環型社会の構築で、日本は世界をリードできるか」、となっています。そこでの焦点は、資源とエネルギーだとしています。「地球の有限性という前提を冷静に受け止め、技術パラダイムの転換によって、資源・エネルギーを高度利用するという方法それにむけて、機械、電気・電子、素材、加工といったすべての要素技術が革新される必要があり、情報技術がこれを制御する」、というシナリオ。バイオ技術も大活躍する必要がある。2008年という年限は、ご存知、京都議定書の第1目標期間が始まるとき。

B君:よし交代。それからパート1から5までに分かれて議論がされている。パート1は、総論で、いろいろな場合に良く出てくる企業名と良くある活動、たとえば再生可能資源への移行とか、燃料電池とか、こんなキーワードが並んだあとで、4つの流れの提示がある。その4つとは、(1)自然、(2)分散、(3)全体最適、(4)クリーンプロセス。ここで問題は、なぜ、(3)の全体最適を上位概念として取り上げないのか、それが不思議。

C先生:まあ、当然のことながら、「全体最適」が最終的なターゲットなのだから、これが他の要素と並列にあるのは全くおかしい。全体最適を最上位概念として提示して、それから、いくつかの手法が提案され、それらが矛盾してきたときにどのようにトレードオフを考えるかという議論を行うことがまあ学術的だと言えるだろう。

A君:一般に、箇条書きにするときに、並列的に並べるのが良いという発想がなんとなくあるのですね。要するに、上位概念、下位概念という考え方自体が、日本のような悪平等社会にそぐわない。たとえば、「全体最適」を最上位概念だとすると、それを担当している人が偉くなって、その人の意向が他の「自然」とか「分散」とかを検討している人の決定事項を覆す可能性がある。これは日本社会では受け入れがたい。

B君:だから、いつまでたっても、筋が通った議論が企業などから出てこない。もっとも、環境省あたりでも、そうかもしれないなあ。全体最適が最上位になったら、大気や自然保護などが下位に置かれることになって、反発が出そう。

A君:そして、パート2がエネルギー。当然、自然エネルギーです。パート3が、省エネ編。パート4がリサイクル。そして、パート5が適正処分。パート6が交通システム。以上。

B君:そのパート5の適正処分というのが気になる。

A君:まず、東北大学の日野教授を中心とする産学連携の研究会が、スラグを利用した海洋ブロックを開発した。藻の成長速度が、スラグを使用したものの方が、100倍も早いとのこと。ということで、「世界で発生するすべてのスラグをこの用途に使用すれば、最大で地球の年間増加量の約2割に相当する二酸化炭素を固定化できる」、と試算した。二酸化炭素が廃棄物として認識されるようになった、という解釈。
 次が土壌汚染。オルガノなどが超臨界を使って分解する手法を開発。水を使っているから安全。そして、ガス化溶融炉。ダイオキシン対応ができている。こんな記事。

C先生:そのスラグで藻の成長速度が100倍というのは、その数値の正確さは別として、まあ鉄イオンの効果だろうな。植物プランクトンにとっても海水は鉄不足。要するに栄養失調なのだ。だから、鉄を海にまいて植物プランクトンを増やそうという考え方は、温暖化対策法としてもともと存在している。

B君:しかし、その試算の仮定はどうなっているのだ。100倍もの速度で生えたら、すぐに飽和してしまう。それに、恐らく、すぐ平衡状態になって、二酸化炭素を吸収する量と、呼吸によって放出する量、さらには、枯死して腐敗して出す二酸化炭素の量がバランスしてしまうだろうよ。成長期だけは吸収するだろうがね。全く論理性が無い。

A君:まあ、このパート5に限らずなんですが、ガス化溶融炉がダイオキシン問題を解決するのは良いのですが、資源・エネルギー的にみてどうなのだ、とかいった解説がありません。超臨界水による分解だって、どのぐらいのエネルギーを掛けて分解すべきか、といった議論が有りません。どこで、「全体最適」が議論されているのか、極めて疑問ですね。そのスラグの利用にしたって、余り量が多くならなければ問題は無いのですが、それこそ、世界で発生するすべてのスラグがこの用途に使用されたとすると、恐らく、なんらかの環境問題を発生しますよね。たとえば、マンガン、バナジウムなどの重金属汚染が出るとか、藻が腐って、海水が貧酸素状態になり、赤潮、アオコが発生するといった形で。

C先生:まあ、そんなもんだ。「全体最適」が上位概念として認識されずに、3番目の課題にしかならないのだ。

A君:リサイクルにしたって、帝人が言っているように、「ペットボトルのリサイクルをさらに進めないと、ポリエステルは素材として生き残れない」、という発想からのリサイクル技術の開発ですよね。ペットボトルをリターナブルで使うことを決めれば、リサイクルにそんなに多くの期待をもつ必要はなくて、数回使用したペット樹脂であれば、誰もが、「熱回収で良い」と認めるかもしれないのに。

B君:素材メーカーは、やはり、商売商売。「量を売らなければ」、だから、リターナブルなど目の仇。

C先生:鈴木基之先生が、「理想を言えば、作った製品は、最終的にメーカーに戻すのが循環型社会」といっているのを受けて、日経エコロジーの見解として、「こうしたリサイクルにより、かえってエネルギー消費や環境負荷が増え、コストもかかる場合がある」、といっているが、これまた武田先生の「リサイクルしてはいけない」影響から逃れきれていない。現在、効率的でないとされているペットのリサイクルだが、エネルギー消費も環境負荷も恐らく、半分以下。ただ、コストは手間賃が高いから余分に掛かるという状況だろう。われわれの主張は、人件費はあくまでも環境負荷とは切り離して考えるべきだ、ということだから。

A君:そこが理解されていないようですよ。人件費も環境負荷だと思っている人が多いようで。

B君:人件費だけではない。それ以前に、コストが環境負荷だ、と思っている人が多い。大体、それが本当だとしたら、原油の価格がバレル30ドルのときと、20ドルのときで環境負荷が変わるというのか。

C先生:人件費というものは、この日本列島上に雇用を確保するために必要なものなのだ。IT革命が本当に進んだら、日本から雇用の一部が消滅する。仲介業というものが成立しなくなるからだ。生産者と消費者が直接取引きをすることになってしまう。例えばの話、まもなく、旅行代理店は、「パッケージツアー企画業」になって、仲介業の方は成立しなくなるだろう。こんな状況下で、雇用を確保するためには、リサイクルが一役買うしかない。
 持続可能性という言葉があるが、その意味には、環境的側面だけではなくて、経済的側面、すなわち、雇用の確保などの概念も含むのだ。第3の側面として、社会的側面があって、そこには、社会の価値観や、個人と社会との関係、さらには、犯罪などの要素を含む。
 と考えると、人件費がかかるということは、持続可能性にとってはプラスなのだ。

B君:これまでの歴史的流れを見てみると、終身雇用の時代には、企業にはそのような持続的な意識があったと思うが、最近のように、利潤のみを追求する組織になってしまってから、持続可能性を追及することが企業論理から外れてしまったような気がする。

C先生:大体分かった。日経エコロジーにして、まだ「全体最適最優先」が主張できていない。この雑誌のように社会的リーダーたるものですら、そのレベル。だから、ソニーのような塩ビ電線の排除のようなことになってしまう。「全体最適」という考え方を持ったら、当然のことながら、そう簡単には結論は出ないはず。現時点の代替品による電線被覆材は、防炎性という意味でまだまだ塩ビにかなわないし、「全体最適」を厳密に議論すれば、恐らくリサイクルを考慮した塩ビ被覆にかなわないだろう。鉛フリーはんだも似たようなものだ。

A君:でも、さまざまな分野で、まだまだそうですよね。

C先生:この間、本屋で立ち読みをしたのが、「特選街」という雑誌で、車の評価をやっていた。3名の評論家が様々な観点から車の採点をしているのだが、その採点項目のひとつに「エコ度」というのがあった。まあ、時代の流れだなあ、と思って、そのエコ度だけに注目して見てみたら、まあプリウスのエコ度が高いのは良いとして、セルシオもなんとエコ度が高いのだ。たしかに、セルシオの排気はクリーンだ。CHやNOxなどだけならプリウス並かもしれない。しかし、セルシオという4.3リットルもの排気量を持つ車についても「エコ度が高い」と言える感覚が、いかにも自動車評論家だなあと思ったね。「全体最適」を考えたら、車の場合だが、現時点の重点は、CHやNOxの排出量よりも、やはり省エネルギー・省資源にあるはず。燃費を最優先する評価になったら、自動車評論家が不要になってしまうから、まあ無理か。