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レスポンシブル・ケア  07.13.2000






 レスポンシブル・ケアという言葉をご存知だろうか。これは、「化学製品を扱う各企業が、化学物質の開発から廃棄にいたるすべての過程について、自主的に環境・安全・健康面の対策を行う活動」のことである。1985年にカナダで誕生し、1990年に国際化学工業協会協議会が設立され、日本においても、日本化学工業協会が基本方針を策定し、1995年には「日本レスポンシブル・ケア協議会」(JRCC)を設立した。
 今回、レスポンシブル・ケア協議会で、講演をさせていただき、その後、主として周辺住民に対するコミュニケーションをどのように実施しているか、出席した各社の担当者がお互いに報告をする分科会に出席し、各社の対応を聞くチャンスがあった。なかなか興味深かった。

C先生:レスポンシブル・ケア協議会において、循環型社会についての講演をさせていただき、その後、コミュニケーション分科会の様子を見学してきた。今日は、この話。

A君:レスポンシブル・ケア協議会というのは、一時期、化学産業が市民社会からの「総スカン」を食ったことから、その対策を自主的にやらなければならないということを自認して始めたのでしょうね。電機業界では、まだそんなことをやるという気分にはなっていませんから。

B君:化学系の企業の社員に共通の思いとして、自分達は社会の役に立っているのに、どうしてこんなにいじめられるのだと感じている。

C先生:そういう一面は確かにある。特に、市民活動家には、敵=化学物質という考え方に凝り固まっている人も居る。しかし、化学企業内部にもまだ問題はある。また、歴史的に見ても、これまで化学企業は、内部で何をやっているのか、その実体を明らかにしないという体質があった。悪口になるが、「バレなければやってしまえ」的体質だった。そして、その延長線上に、なんとなくの不信感ができてしまったとも言える。だから、「自分達は社会の役に立っている」、と思うのだけど、「市民はそう言わない」ことになってしまったのだろう。

A君:それに、マスコミの餌食になったという点も大きいのでは無いでしょうか。

B君:マスコミの標的になりやすい産業としても、やはり化学系企業は第一候補だろう。それは、やはり危機感をあおりやすい業種だということだ。電機業界などの製品だと、まあ、見慣れているし、火事になるとかいった危険性は無い訳ではないが、まあ、予想の範囲内。ところが、化学企業の作る製品は、まあはっきり言って良く分からないものが多い。分からないものは、怖い。これは幽霊が怖いことと同じだからね。

C先生:ということで、化学企業は、近隣住民に色々と気を使っている。特に問題になりやすいのが、臭気と煙だそうだ。臭気が出ること自体、やや時代遅れではあるのだが、まあ、完全に無臭ということは難しい場合もある。煙の件は、市民側にも問題がある。「白い煙が出ています」というが、実際に出ている白い煙は煙ではなくて、水滴、すなわち湯気が出ている。この湯気を出さないようにするには、煙を一旦冷やして、水分を凝結させて、さらに過熱してから煙突に、というエネルギーの無駄使いをする必要がある。「煙と湯気」の区別ができない人が多くなってしまったもので、ゴミの焼却場などからも、湯気を出さないように排気を処理することが普通になってしまった。

A君:化学企業が周辺住民に対して、何をやることが効果的なんですかね。

B君:やはり、想像だけだとなんとなく悪い方向に行くから、「なんでも見せてしまうこと」、これに尽きるのでは。

C先生:どうもそういう方向のようだ。最近、PRTR法ができて、企業活動で使用する物質がどのように使用され、あるいは、放出されているか、自主的に報告をすることになった。もっとも、現在の仕組みだと、企業名が公表されることは無いのだが、使っている物質の内容を見る人が見ればどの企業だということが分かってしまう。要するに、情報公開をそこまでやることになった。そして、その情報が正しいかどうか、それは、周辺でその物質の濃度を測定してみれば分かるから、正直にデータを出しているかどうか、すべて分かる。そのためウソはつきにくい。要するに、自主規制をやる方向だ。

B君:そういえば、米国の化学企業には、もっと厳しい規制があるという話だ。最悪事態のシナリオを作って公表しなければならないとか。すなわち、その企業が保存したり使用したりしている物質が一気に爆発すれば、どのぐらいの規模の災害になるか、あるいは、有害物質が一気に大気中にばら撒かれれば、どのぐらいの被害が及ぶか、これらをすべて予測して、最悪なシナリオを公表しなければならない。こういうことを普段からやっていれば、先日群馬県で起きたヒドロキシルアミンによる化学プラントの爆発事故のようなものも、恐らく防止できたのでは無いか。

A君:その話、アメリカのように、余り近くに人が居住していない場合には、可能だろうが、日本のように、化学工場の周辺にどんどんと居住区ができてしまった場合にも、やはり公開すべきなのでしょうか。多分、本当は公開すべきなんですが、実際問題は、どのような反応がでるか大変難しいところでしょう。

C先生:ある人から聞いた話だが、火葬場が住宅から離れたところに建っていた。しかし、都市化が進んで、火葬場の隣にまで住居が迫ってきた。火葬場は、老朽化したために、改装をしようとしたら、「移転せよ」、と周辺住民に大反対された。こんな話とB君が述べた最悪シナリオ公開の話、これをどのように考えるべきか、皆様のお考えを聞きたいところ。

A君:日本人というのは、どうも自らの判断で行ったことの責任を取らないで、どちらかと言えば、お上に保護を要求する体質が有りますからね。情報公開もなかなか難しい。最近、雪印乳業の食中毒が話題ですが、TBSラジオの大沢某の番組で五月みどりが言うには、「雪印乳業のような食品工場は、保健所などが見回ってしっかりと管理をしないからいけない。だから安心できない。あれは役所の怠慢だ!」、そうですよ。住民税を3倍払えば、そんな人材を用意することは不可能ではないかも知れないが、外部から調べに入って、どこで食中毒菌が出そうかとか、パイプラインがどのように繋がっているか、分かる訳が無いから、結局、企業が自主管理をしなければ駄目なんですよ。ところが、自主的に発表した情報が信用されない。

B君:レスポンシブル・ケアの基本的理念というものは、そういう状況を加味しても、結局、企業が自主管理をすることがもっとも効果的ということなんだよな。

C先生:そうなんだろう。しかし、実際には、なかなか「怖い」という感触から逃れられないようだ。レスポンシブル・ケアの担当者から、そんなぼやきも多少聞くことができた。担当者として怖いことは怖いが、兎に角、情報公開が重要だということを理解している、これが共通理解のようだった。ところが、情報公開を上司に進言すると、「そんな情報を公開して、何の利益があるのだ」、と言われてしまう場合も多いようだ。やはり、上司というか、上層部の人間は、自分に残されたあと数年の企業人である時間を無事に過ごせれば、それで良い、と思ってしまうものなんだよね。雪印の社長も、何はともあれ目先の利益だけを確保して、なんとか、数年無事に行ければ、自分は名社長と呼ばれる。恐らくそんな思いをもって会社を運営してきたのではないだろうか。これが落とし穴になる。

A君:ということは、レスポンシブル・ケアは、若手が決定権を握るべしということでしょうか。

B君:それも難しい。もしも若手が全責任を負わされると、その若手も上層部と同様の防衛的な判断をしてしまうだろうから。

C先生:まあ、ということで、担当者は、協議会などに積極的に出て、お互いにスクラムを組むということで、なんとかやっているという感じだった。

A君:やはり、企業責任は社員にとっても重たいです。

B君:本来、大学だって責任は重いはずなんだが。東京大学の医学部の解剖学教室などから、年間5トンものホルマリンが下水に無処理で流していたことがバレタ。大学病院関係の排水は、恐らくどこの大学でも同じだと思うが、治外法権的な取扱いだった。あらゆる測定すれば、まだまだいろいろな問題が出てくると思う。

C先生:困ったものだ。レスポンシブル・ケアも、まずは、内部からなんだ。内部でしっかりとしたリスクコミュニケーションができないと、外部に対してちゃんとしたことができるわけが無い。

A君:その通りですが、やはり外部が重要だと思います。特に、外部に対して、適切に説明をするということがどういうことなのか、そのあたりの技量をきちんと備えているのでしょうか。担当者の方々は。

C先生:いささか意地悪だとは思ったが、コミュニケーション分科会の席上で、次のような5つのポイントをどのようにお考えか、という質問をさせていただいた。
外部市民にリスクコミュニケーションを行うには、次のような条件を満足することが重要。
(1)毒物学の基礎的な知識を伝達すること。すなわち、物質が毒か毒でないかは、物質で決まるのではなくて、物質の摂取量で決まる。すなわち、どんなに毒性が高い物質でも、摂取しなければ有害ではなく、どんなに毒性が低い物質でも、大量に摂取すれば有害。
(2)物質の基礎的な知識を伝達すること。人工物と天然物に、基本的な違いは何も無いこと。天然物の毒性に匹敵するような人工物は、現在の化学の知識では、未だに合成不可能であること。どんな物質にも天然物でも毒性はあること。
(3)ヒトが発ガンすることの知識を伝達すること。発ガンをする分子生物学的なメカニズムと、ヒトにおけるその防御メカニズムがどのようになっているか。
(4)環境の相場観の見方を伝達すること。化学産業が30年前にやっていたこと、現在やっていること、そのデータを含めて開示すること。現在がどのような状況であるかをすべて開示すること。
(5)事故は、いくらささいなものであっても速やかに公表すること。昔の動燃、今の核燃料サイクル機構は、例の情報隠し問題以後、方針を変更して、どんな事故があっても、それを報道機関に連絡することにした。その結果、報道機関は、悪意をもった報道がやれなくなった。報道機関は、「何か隠している」と思うと、それこそ襲いかかってくる。

A君:反応はどうでしたか。

C先生:原則的には、同意が得られたと思うが、具体的にどのようにやるか、それは難しいということだった。例えば、住民に社員がいくら説明しても、「都合の良いことばかり言って」という形で反発が来るだけだそうだ。確かにそうだろう。また、事故も火災などの場合だと、消防署が来てしまう。ほんのちょっとしたボヤを報告したら、化学消防車を含む10数台の消防車が来てしまって、大騒ぎになったという。これも、最初の数回はそうだが、毎回、毎回報告していて、その報告が正確であることが消防署によって認識されれば、そんなことは無くなるのだろうが。

B君:そうだろうな。消防署としたって、もしも、1台しか行かないで、大火事になってしまったら、責任を果たしたことにならないから。まあ、大編成で行くよな。

C先生:別の方の指摘だが、小中高の先生方に適切な情報伝達を行うことを試みないと、どうも、先生達の価値観が子どもに伝達して、それこそ「環境ゼロリスク派」ばかりになってしまうようだ。この指摘は極めて正しいと思った。はっきり言って、現在の初等中等教育を担当している先生の理解は、かなり不十分だ。環境に関してもまさにその通りで、このあたりの対応をしっかり取らないと、「環境ゼロリスク派」ばかりになる。「環境ゼロリスク派」も、資源・エネルギーの大量消費をしなければ、それほど罪は無いが、中には、資源・エネルギーの大量消費によって、リスクゼロが実現できると誤解している人が多いので、21世紀の環境問題に対しては、実際のところ、有害なんだ。

A君:要するに、レスポンシブル・ケアの担当者とは、CRESTの研究などにおいて共闘関係にあるという感触を得てきたということですか。

C先生:まあ、そういうこと。今後、市民社会に真の環境リスクとは何かを伝達することが、それこそ持続性社会実現の近道だろう。そういう思いで、環境リスクコミュニケーションの基礎となりそうな、いわば環境リテラシーに関する講座を、神奈川科学技術アカデミーで以下のようなスケジュールで構成してみた。題名は、「21世紀型経営のための環境戦略コース」ということで、環境リテラシーをすべて公開、といった講座だ。参加費が高いので、一般市民もどうぞとはなかなか言えないが、ご関心の向きは是非どうぞ。なんだか、今回は、広告になっている。先の週末、黒四ダムを見学してきたが、その影響が本HPの内容にも反映しているようだ。要するに、充分練った原稿を書く時間が不足していたということ。