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   放射線による健康影響U 12.24.2001
        確率的影響=晩発性影響




 まず、前回の復習から。放射線による健康影響には、早期影響と晩発性影響がある。早期影響は、被曝後数ヶ月以内に起きる影響であって、その最大の特徴は、ある被曝量以下だと影響が無いという「しきい値」が存在することである。胎児の奇形発生に対する影響も早期影響に分類され、100ミリグレイという「しきい値」が存在する。

 ここから今回の話。これに対して、晩発性の影響というものがある。確率的影響と呼ばれる。具体的には、まず遺伝的影響。すなわち、男性の場合も女性の場合も、子孫に奇形や異常が出るという影響がありうる(しかし、結果的には否定される)。もう一つの影響が、白血病を含むがんの発生である。すなわち、何年か後にがんが発生するという影響がある。なお、放射線によって引き起こされる発がんのメカニズムは、化学物質によって引き起こされるがんと基本的に同じである。

 この確率的については、「しきい値なしの線形」という仮定で解析されるが、その妥当性についても、多少の検討が行われる。



C先生:放射線による健康影響の第二部だ。今回取り扱うのは、確率的影響=晩発性影響であり、具体的には、遺伝的影響と発がんである。もうひとつ、白内障というものもあるのだが、それは今回除外した。

A君:前回、胎児に対する影響を議論しましたが、今回の遺伝的影響というものは、胎児への影響とは全く違うことをまず認識していただきたい。

B君:今回の話は、卵子、精子といった生殖細胞に対する影響で、胎児はまだ存在しない状態での被曝についてだ。

A君:遺伝的影響が心配されたのは、いくつかの状況があるのですが、その最大の要因が医療用放射線ではなく、原子爆弾の実験を多数行った結果、地表に落ちてきた放射性の塵=フォールアウトによって、人類に将来遺伝的影響がでてしまうのではないか、ということでした。

B君:最初は、原子起源の放射線の影響を調べていた委員会が、その後、宇宙線などの影響を含めて、電離放射線の影響を考察するようになった。

C先生:その前に記述しておくべきことがある。それは、遺伝的影響というものが、1920年代にマラーという研究者によって発見されたということだ。具体的には、X線を照射したショウジョウバエが突然変異を起こすことを発見したのだ。1928年には植物でも同じことが起きることが発見され、さらに1930年に紫外線でも突然変異が起きることが分かった。

A君:そうでしたね。それが重要な歴史でした。歴史の中でもう一つ重要なことが、X線量と突然変異の発生率との間には、しきい値が存在しないで、正比例の関係にあることが分かったことです。

B君:そこで、先ほどの原爆実験によるフォールアウトからの放射線の問題がでてきて、当然のことながら、遺伝的影響があるかどうかが最大の関心になった。

A君:1952年には、国際放射線防護委員会は、この問題を議論すべく、ストックホルムで会合をもちました。そこでは、遺伝的影響を考えるために、生殖腺に対して最大いくらまでなら許容できるかを議論しました。当然のことながら議論百出し、提案された値も様々だったのですが、一応10レントゲン(古い単位)という値になったのです。

B君:このときから、「直線しきい値なし仮説=LNT仮説(Linear Non−Theashold)」が用いられることになった。

C先生:このあたりまでの議論が、実は、一般的な常識になっているように思えるのだ。これ以後の議論が、一般市民レベルでは余り認識されていない。

A君:その後、実験対象がハエがマウスになり、また、広島・長崎の結果が解析されて、「遺伝的影響は見つからない」という結論になったことが、一般社会には知られていない。

B君:ハエよりは人間にずっと近いマウスでの実験が行われた。なんとメガマウス計画と呼ばれ100万匹を使うことになっていたが、最終的には700万匹になったという。

C先生:そこで新たに分かったことは、放射線曝露には線量率依存性があるということ。すなわち弱い放射線を使って長時間曝露した場合と、強い放射線を用いて短時間曝露とを比較すると、同一量の曝露であっても、弱い放射線の場合には突然変異率が下がった。

A君:さらに、メスのマウスを照射した場合には、照射後受精までの時間的間隔が長くなると突然変異が発生する頻度が大幅に下がることが明らかになり、続いて、オスの場合にも同様の結果が出てきました。

B君:要するに、LNT仮説のLの部分、すなわち線形性が成り立たないことが分かってきた。

C先生:このことは重要で、ある被曝を受けてしまった後、何ヶ月か時間をおけば、妊娠しても安全だということになるからだ。一般的には大体6ヶ月ぐらいの間隔をあけるように勧められるようだ。

A君:1947年から始まった広島・長崎の原爆傷害調査委員会でも遺伝的影響は当然のごとく検討対象になっていました。そして、1970年代半ばには、かなり明確な結論を出せるようになりました。

B君:1977年の報告書では、次のような結論になっている。(1)両親あるいは片親が爆心から2000m以内にいて、あわせて117ラド=1.17グレイ相当の線量を受けた場合、(2)両親が2000m以内にはいなかったが、遠隔被曝を受けた場合、(c)両親が広島・長崎にはいなかった場合、の出生について、それぞれ1万数千名を調査し、データを分析した。その結果、「親の被曝は子供の死亡率に有意な影響を与えていない」。「新生児における染色体異常の発生頻度にも有意な影響はない」。

C先生:ということになって、国際放射線防護委員会は「遺伝傷害の防止」を放射線防護の主目的から外した。77年の勧告では、次のように書かれている。「過去20年間に得られた知識からすると、遺伝影響は重要ではあるけれども、飛び抜けて重要というものではないようである」。

A君:1980年頃までには、遺伝生化学調査のデータもでました。そして結論は、「放射線によってヒトに遺伝的影響生じたという科学的証拠は得られなかった」。

B君:これで、放射線の人体影響は、「遺伝よりもがんなのだ」ということが確立した。これがどこまで普及した知識になっているか、それが問題。

C先生:広島・長崎の被爆者の調査は、今でも延々と行われているが、1974年、77年の報告書によれば、白血病以外にも、食道がん、胃がん、泌尿器がん、リンパ腫、肺がん、甲状腺がん、乳がんなどによる死亡の増加が認められ、その増加量は1958年当時の予想を上回るものだった。

A君:1958年当時までは、「放射線で怖いのは白血病」というのが一般常識だった。

B君:ということは、今でも一般社会の常識はそうなのではないか。

E秘書:お茶です。一般社会の常識といえば、夢千代物語あたりということになりますか。白血病というとはかないイメージも重なって、より悲劇的な感触ですね。

A君:ところが、1970年代には、白血病死亡率は徐々に下がって、むしろ、固形がんの死亡率は被曝後10数年を過ぎてからだんだんと増えて、ここれからも増えそうな気配だったのです。

C先生:このあたりの一連の変化がどうもきちんと報道されていないようで、一般常識とはかなり違った話になっている。そのためもあって、例えば、東海村JCOの臨界事故の後で、一般の人は遺伝影響を心配していたが、専門家はがんの話をしていた

E秘書:この話は興味深いですね。自分ががんになることよりも、子孫に訳の分からない病気が出ることを心配していて、世俗的な話にすれば、「東海村に住んでいて、JCOの被曝を受けたといえば、嫁に行く先が無くなる」、といった感触なのでしょうか。「問題は遺伝よりもがんだ」とちゃんと理解すれば、多少気が楽になると思いますが。

A君:そして、次の話が線量限度の話ですね。しきい値が無い影響だとすると、いくら被曝量を減らしても、自然放射線というものがありますから、完全にリスクをゼロにすることはできないのです。となると、どこかまでは我慢しなければならないことになります。

B君:どこまで我慢できるかという量だ、ということだと、ダイオキシンの場合と類似性がでてくる。現在日本人が摂取しているダイオキシン類は、人工物、ほぼPCB起源だろうと思われるが、もともとダイオキシンは天然物でもあって、森林火災などで大量にできる。となると、ダイオキシンへの曝露もゼロにすることはできない。

A君:そのとき、どのような考え方を取るかが問題になります。最初に線量限界が求められたとき、すなわち、1977年では、放射線従事者50ミリシーベルト/年、公衆5ミリシーベルト/年という値になったのですが、このときの考え方は、次のようなものです。
 職業上の危険による平均年死亡率が1万分の1であれば、安全な職業だとみなせる。この値になるように従事者の線量限界を決めたということです。そして、公衆には、その10倍の安全率を取ったということになります。

B君:1990年には、従事者が100ミリシーベルト/5年、公衆は1ミリシーベルト/年になっているが、それは、損失余命に近い考え方を導入している。

C先生:いずれにしても、この線量限界というのは、確率的影響=晩発性影響に対するものなので、リスクを取り扱っているものなのだ。この線量を超えたからといって「早期影響=放射線傷害」がでる訳ではないことを再確認しておきたい。

A君:さらに今回議論していないのですが、胎児のときに被曝したときに、晩発性の影響として白血病になる確率が高くなるか、ということにも一応の結果がでております。

B君:この検討で、有名な英国のスチュアートらの1958年に出した結果だが、そのため昔は「胎内被曝によって白血病の確率が高くなる」が常識だったのだが、その後、広島・長崎の解析結果がでて、原爆で胎内被曝した3000件の調査で白血病はでていない。そのため、現在では、「確率は変わらない」ということが結論になっている。

C先生:この件でも、一般的常識を形成しているのは、1950年代というかなり古い結果だということになる。

A君:ここまでで、現状の規制に関するところがカバーできているのです。一方、分子生物学が大々的に進歩しましたが、その知識を放射線によって引き起こされる発がんに適用するという作業は、まだまだ規制といった現実面には活かされていないのです。

B君:そういうことになる。確率的影響は、相変わらずLNT仮説に基づいて解析されているが、より安全サイドだから良いということになっている。しかし、最近の分子生物学的な知見は、しきい値無しといった仮定は間違いなのではないか、ということを示唆するのだ。

C先生:実証的にも、「室内ラドンは肺がんを増やす」という定説に真っ向から反対する人も少なくないのだ。1995年のコーエンの研究によれば、室内ラドンのレベルが多少あった方が、肺がんによる死亡率が低いのだ。

A君:この議論が今後の放射線の人体影響の重要部分を占めるものと思われるのですが、現状では、まだまだ研究すべきことが多いようですね。

C先生:放射線による発がんもDNAに傷がつくことが原因だが、どのような傷がどのぐらいの量できるかという議論を進めよう。

A君:DNAは、ご存知のように、糖と燐酸からなる2本のらせん状の鎖に塩基が結合したものです。これに放射線が当たると、大別して3種類の傷ができるといわれています。(1)塩基におきる損傷(塩基損傷)、(2)DNA鎖のうち1本が切れるもの(一本鎖切断)、(3)DNA鎖の2本が両方とも同じ場所で切れるもの(二本鎖切断)、以上の3種です。

B君:遺伝子がじゅず球模型として理解されていた時代には、遺伝子はめったことでは傷など付かないと信じられてきた。しかし、DNA=遺伝子という時代になって、実はもっとダイナミックなもので、DNAに対する損傷は絶え間なく起こり、それがどんどんと治されているという状況にあることが分かった

A君:「治る」ということですと、塩基損傷と一本鎖はほとんど治り、二本鎖切断は治るのが10%ぐらいではないかと考えられ、そのため突然変異で重要なのは二本鎖切断だとされて来ました。

C先生:放射線がDNAに傷をつける仕組みに行こう。

A君:放射線が直接DNAに傷を作るという直接作用と、水に活性酸素を作って傷をつける間接作用の二種類があります。割合としては、大体5%が直接作用で、DNAに直接水素結合をしている水が活性酸素を発生して傷ができるのが25%、DNAとは離れたところにある水が活性酸素を発生して傷ができるのが70%ぐらいのようです。

B君:放射線による活性酸素の発生は瞬間的かつ局所的だから、二本鎖の同時切断が多いとされ、そのために突然変異が多いというのがこれまでの一般的理解だった。

C先生:それが、まあ現在の一般常識ということになる。それに対する反論が1990年に出されて、現在、考え方が変化しつつあるところだ。最近の変化だから、常識とは違うのも仕方が無いといえばその通り。

A君:1990年にこの常識にチャレンジしたのが、ビレン、ポリコーブという研究者でした。
 活性酸素は、生物が生きていくために体内で常時営まれている酸素代謝によっても出る訳で、その数たるや半端ではありません。1日あたり、細胞1個あたり10億個だそうです。そして、この活性酸素は、1日あたり細胞あたり100万個のDNA損傷をつくる。このうち、1000万分の1は二本鎖切断です。となると日常的な酸素代謝によって生じている二本鎖切断は、1日あたり細胞あたり0.1個。

B君:一方、放射線の場合を考える。取りあえず自然放射線とする。1年当たり1ミリシーベルトということ。これで、1日あたり細胞あたり0.005個のDNA損傷が起きて、そのうち二本鎖切断は2%だから、1日あたり細胞あたり1万分の1個。

A君:日常的に起きている二本鎖切断は、酸素代謝で1日あたり細胞あたり0.1個、自然放射線では、1万分の1個。すなわち、酸素代謝が原因で、自然放射能の1000倍の発生量だということになる。ということは、自然放射能の1000倍の被曝を受ける場合、すなわち、1シーベルト/年の被曝で日常的酸素代謝と同等となるのです。

C先生:ここまで、二本鎖切断だけを考えてきたが、実は、二本鎖切断が重要だということ自体にも疑問が出されている。重要なのは修復不能な傷の数という観点だ。

A君:酸素代謝による1日あたり細胞あたりでの修復不能な傷の数は、
二本鎖切断の場合:
 発生数(0.1個)×修復不能率(0.1)=0.01個
一本鎖切断と塩基損傷の場合:
 発生数(100万個)×修復不能率(0.0001)=100個
このように、酸素代謝による二本鎖切断で修復不能な数は1万分の1で、余り問題ではないことになります。

B君:これに対して、放射線による場合だと、
二本鎖切断の場合:自然放射線レベルで
 発生数(1万分の1個)×修復不能率(0.1)=10万分の1個
酸素代謝とは比較にならないぐらい低い。ただし、自然放射線レベルだが。

C先生:という訳で、酸素代謝による一本鎖切断での修復不能数の方が、酸素代謝による二本鎖切断による修復不能数よりも1万倍多く、また、自然放射線による二本鎖切断の修復不能数よりも1000万倍も多い。
 となって、これまでのように、放射線の場合には、どのような弱い放射線でも害があるといった「しきい値なしの線形モデル」が成立しないのではないか、という疑いがでてきている。

A君:常識とはかなり違うのですが、分子生物学的なDNAの知識から見れば、この考え方の方が素直ですね。

B君:さらに、微弱な放射線は、かえってDNAの修復能を増強するという考え方まで出ている。ヒトの細胞を対象とした研究では、あらかじめ0.25グレイの放射線を照射しておくと、その後の2グレイの照射によって作られるDNAの傷を2倍の効率で修復するということが明らかになった。

C先生:この話、確認すべきことがまだまだ多いのだが、一般に健康食品と呼ばれるものは、実は毒物ではないかと思われるケースもあって、多少の毒物は、かえってヒトの修復能を高めるという意味だと考えるとうまく説明できると考えられる。

A君:それは、放射線で成立することが化学物質についても成立するという仮定での話ですね。

B君:要するに、非常に微量の有害化学物質による発がんも、DNAのダイナミックな修復能力の存在を前提で議論すべきだということになる。

C先生:放射線の健康影響についての一般的な常識のレベルというものだが、大体1950年代の実験事実に基づいている。そして、現在では、それが必ずしも正しくは無いことが続々と明らかになりつつある。ということで、今後、常識を変えていくことが可能かどうか、それが問題だということになりそうだ。
 これまで放射線の場合を議論してきたが、化学物質についても、発がんということだけを考えれば、同様議論が可能なのではないかと思われる。