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  放射線による健康影響T 12.16.2001
     確定的影響=早期影響




 環境の人体影響については、不確定なことも多い上に、分かりにくい事が多い。本HPで放射線の話がしばしば出てくる理由は、放射線の人体影響については、環境影響よりも長い歴史があって、様々なことが確実に分かっている。そのため、その実態を知ることによって、環境の場合の考え方を固めることができるからである。
 放射線に関しては、9月にその単位が分かり難いという話を掲載したが、今回は、その続きである。参考書は、同じ岩波新書である。舘野之男著、「放射線と健康」745。



C先生:放射線の影響というと、ありとあらゆる「病気」がむやみやたらと降りかかってくるというイメージを持っている人が多いと思われる。しかし、事実は全く違って、そこには、見事な整理が存在する。今日は、この話。

A君:ちょっと分かりにくいのですが、本書では、放射線による障害を「傷害」と「障害」に分けています。前者の「傷害」とは、要するに早期影響で、放射線を浴びてから数ヶ月以内の影響を言います。

B君:早期影響のことを、これまた分かり難いのだが、「確定的影響」と呼んでいる。そして、この確定的影響には重要なことが2つある。(1)被曝量があるしきい値を超して始めて影響がでる。(2)しきい値を超えた場合、被曝量が増えれば増えるほどその影響は大きくなる。

A君:確定的影響は、次のようなものに限られます。そのしきい値を示します。
   部位    影響          しきい値
 大部分の組織 放射線症・火傷    1回なら数グレイ
 男性生殖腺  一時的不妊      1回で0.15グレイ
 女性生殖腺  永久不妊       1回で2.5〜6グレイ
 目の水晶体  混濁         1回で2〜10グレイ
 骨髄     造血能力       骨髄全体で0.5グレイ
 胎児     奇形・精神発達遅延  0.1グレイ

C先生:意外だと思われるかもしれないが、胎児の奇形への影響を含めて、0.1グレイ未満の放射線ならば、確定的影響は完全にゼロ。すなわち心配する必要がないことになる。これが、しきい値が存在するという意味だ。

B君:しかし、その割りには、妊娠中のX線を過度に心配して中絶をしたりする例が多い。

C先生:チェルノブイリの事故の際、ヨーロッパでは、10万件の中絶が行われたという風評があり、どうも日本だけの誤解という訳ではなさそうだ。

E秘書:お茶です。チェルノブイリですが、1986年のことですね。中絶も、なんとなく理解できるという感じがしますね。やはり万一ということがあるからです。いくらしきい値がある言われても、信じられない。そんな気分が有りますね。

A君:確かにそうかもしれないですね。それには、いろいろと歴史的な経過がある訳です。まず、やっと20世紀になったころ、ラジウムの放射線をラットの睾丸に照射するという実験を実施した人がいて、細胞分裂の盛んなものほど、また形態および機能の未分化なものほど、放射線の影響が大きいという結論を出しました。

C先生:精子もしくはその元となるセルトリ細胞は、胎児とは全く違うのだけれど、この実験を拡張解釈すると当然のことながら、妊娠初期の胎児に対する放射線の影響が心配になる。広島・長崎でも原爆小頭症が観察され、胎児への放射線の影響があることが常識となった。

B君:そこで、国際機関であるICRP(国際放射線防御機構)は、1962年に、「10日規則」というものを作った。「生殖可能な年齢の女性の下腹部や骨盤を含む放射線検査は、月経開始後10日間に限って行う」、というものだった。

A君:そして、これが常識になって、現在でも大部分の人は、これを信じているのです。1962年が現在の常識のレベルということです。

C先生:しかし、着床前期0〜8日、主要器官形成期9〜60日、胎児期60〜270日と分けて調べてみると、「10日規則」がもっとも保護しようとした着床前期には、実は奇形にならないことが分かった。むしろ、主要器官形成期の9〜60日が危険であることが分かってきた。

B君:それを現在の知識で解釈すれば、胚をつくっている着床前期0〜8日令の細胞は、万能細胞だから融通性が高い。ダメージを受けたとき、細胞は自発的に死んで排除され、死んだ細胞が担うことになっていた役割はすぐ他の細胞が肩代わりをする。そのため、胚は障害をもったまま育つことがない、という訳だ。

A君:結論ですが、まず、奇形の発生にはしきい値がある。いわゆる妊娠3週間以内の胚については奇形の心配はない。第4週から第7週までの被曝で問題になるのが奇形で、8〜15週の間だと精神発達の遅れが問題になりうるということのようです。

B君:そして、そのしきい値が奇形で0.1グレイ(100ミリグレイ)、精神発達の遅滞で0.1〜0.2グレイ。

A君:妊娠に気が付かなくてX線検査を受けてしまった場合の被曝量は、骨盤のCTを除けば、10ミリグレイを超さないということで、まず安全という結論です。

C先生:1983年にはICRP自身から「月経開始後4週間以内の胎児の放射線リスクは、特別の制限を必要としないほど小さいようである」というワシントン声明がでているのだが、どうも「10日規則」というものが非常にインパクトが強いものだったようで、新しい知識に置き換わらないのだ。

A君:医者の立場で責任をどう取るか、ということになると、なかなか難しい問題があります。奇形や先天異常は自然にかなり発生している訳で、その率は大体4%ぐらいのようです。だから、妊娠中に行ったX線検査による奇形発生の確率が完全にゼロだと確信していても、実際には妊婦が奇形に遭遇してしまう確率が4%もあるとなると、相談を受けた医師としては、なんと答えるべきか大問題、ということになります。

E秘書:それに先程も述べましたが、妊婦側から言えば、いくらしきい値があると言われても、しきい値を信じられないという場合もありえますしね。

B君:この問題はなかなか難しい。そもそも奇形の発生率も確実なデータが余りないこともあって、奇形は薬物とか放射線のためだと信じられているからな。

A君:本格的に行われた先天異常に関する調査は、どうも3種類しかないとのことです。まず、カナダのブリティッシュコロンビアの調査で、人口200万強を対象として、1952年から1972年まで、肢体不自由者の登録制度と先天異常の発見のために行われている監視制度で確認された数字があります。それによれば、先天的異常患者は、単一因子遺伝病0.18%、染色体異常0.16%、先天奇形3.58%、その他の多因子疾患1.58%、原因不明0.60%で、合計約6%であったようです。

B君:非常に多い数字のように思えるが、ハンガリーでは、1962年以降、出産は全部病院で行われ、生後1年以内に分かった先天異常は全部登録されている。1970年から1981年に生まれた199万2773名の調査では、先天奇形は3.57%になっていて、ほぼ一致している。

A君:ということで、本HPでは約4%という表現を使っているのです。

C先生:確かに、対応が難しい。先程の医者の話だが、医者としては、X線の影響は絶対にないと信じていても、ある確率で奇形が出ることが分かっており、それがいかに自然起源だとしても、もし本当に奇形がでたらX線のためだといって責任を追及されるだろう、と考えてしまいそうだ。要するに、患者と医者がどのような信頼関係を保つことができるか、これが最大の問題だという訳だな。

 最後に、次回への予告を。

A君:確定的な影響を述べてきましたが、それ以外にも、しきい値が無いタイプの放射線影響である確率的影響と呼ばれるものがあります。これは、晩発性影響とも言います。そして、確率的影響の実態としては、遺伝的影響、発がん(白血病を含む)だけを考えればよいのです。

B君:以前は遺伝的影響が重要だといわれていたものが、最近は、発がん中心の考え方に変わった理由などを議論する予定。

C先生:JCOの事故のとき、周辺住民は奇形や遺伝的影響を心配し、専門家は発がんを心配した。このように住民と専門家では理解が違う。そのような話だ。