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  予防原則の勉強  11.23.2002




 9月に終わったヨハネスブルグサミットは、新しいコンセプトがでてきた訳でもなく、まあ、失敗だったように思える。特に、アメリカの我侭を認めざるを得なかったという意味で、将来に対して汚点を残したように思える。

 そこで決まったことの一つに、「実施計画」なるものがある。第一番目に挙げられているものが、「貧困と環境」の問題である。

 そして、第二番目が「Changing Unsustainable Patterns of Consumption and Production」である。「非持続可能型の消費と生産からの脱却」とでも訳すべきだろう。

 「実施計画」の相当長い文章の中のこの部分に、22.として化学物質/予防原則がでてくる。本日はこの話。


C先生: ヨハネスブルグサミットの評価はさておいて、その産物である「実施計画」は、今後の環境関連の一つの方向性を示すものだとは言えるだろう。先進的な取組みが欠落しているといった批判はあるが、最低限、ここで示されたことぐらいはやらなければならないという意味で、すべての市民、企業、自治体なども、実施に向けて鋭意検討し理解すべきものだろう。

A君:「非持続可能型の消費と生産からの脱却」、これは、このHPの究極の目的みたいなものですが、現実には、「商売、商売」という強い要請がありますから、なかなか解決とは行かない。

B君:「そもそも持続可能型にしてしまうと、経済が非持続可能型になるのではないか」、という思い込みが、現在の経済界の根底にあるように思える。

C先生:その話は、始めるときりが無い。本日は、「実施計画における予防原則」に話限る。

A君:予防原則は、今後の化学物質管理にとっての基本的な発想だと思うのですが、それこそ、人によって考え方が違うようですね。

B君:まず、英文から見るべきだ。

A君:了解。実施計画そのものは、20万字にも及ぶものなのですが、その22というところに、以下の文章から始まる部分があります。

22. Renew the commitment, as advanced in Agenda 21, to sound management of chemicals throughout their life cycle and of hazardous wastes for sustainable development and for the protection of human health and the environment, inter alia, aiming to achieve by 2020 that chemicals are used and produced in ways that lead to the minimization of significant adverse effects on human health and the environment, using transparent science-based risk assessment procedures and science-based risk management procedures, taking into account the precautionary approach, as set out in principle 15 of the Rio Declaration on Environment and Development, and support developing countries in strengthening their capacity for the sound management of chemicals and hazardous wastes by providing technical and financial assistance.


B君:訳してみるか。これだけの長い文章が1文だから、ほんとうに驚くよ。

 アジェンダ21において進展したように、持続可能な発展のためと、ヒトの健康と環境の健全さを守るために、ライフサイクルを通しての化学物質と有害な廃棄物の適正な管理の実現に向けて、公約を更新することが必要である。

 リオ宣言の15条にあるように、透明な科学的基盤をもったリスクアセスメント、リスクマネージメントの手続きを用い、予防的なアプローチを考慮にいれつつ、2020年までに、化学物質の使用と生産が、ヒトの健康と環境の健全性に悪い影響を与えない方法で行われるようにしなければならない。

 発展途上国の化学物質と有害廃棄物の管理能力を、技術移転と財政的な支援によって強化する必要がある。

A君:日本語にすると3文ですね。

C先生:ちなみに、リオ宣言の15条を説明して欲しい。

A君:比較的文章は簡単です。訳すのは難しい。

 In order to protect the environment, the precautionary approach shall be widely applied by States according to their capabilities. Where there are threats of serious or irreversible damage, lack of full scientific certainty shall not be used as a reason for postponing cost-effective measures to prevent environmental degradation.

 環境保護のために、予防的なアプローチがぞれぞれの国の能力に応じて、広く取り入れられるべきである。重大かつ非可逆的な損害の恐れがある場合には、環境の劣化を守ることを優先し、科学的な確実性が必ずしも十分ではないことを理由として、コスト的にみて効果的な対策をとることを延期してはならない。

B君:そのcost-effective measures なる言葉、これが微妙だが。

A君:measureという単語は、ここでは名詞で使われていますが、Longmanの英英辞典によれば、もともとの意味は、
a system for calculating amount, size, weight.....といった意味で、これは教科書的な意味でしょう。
 しかし、複数で用いられる場合には、
an action taken to gain a certain end
という意味もあります。まあ、この意味だとみれば、「対策を取る」と訳すのでは。

C先生:「このコスト的にみて効果的な」、といったフレーズが、いわゆる環境派からは「とんでもない」、という理解になっている。

A君:環境派の主張する予防原則というと、それこそ色々な解釈はあるものの、かなり極端な化学物質否定の考えに繋がる原則であるという理解があります。

B君:実例を示して欲しい。

A君:例のシーア・コルボーンの「奪われし未来」の基礎となったと言われているウィングスプレッド会議が複数回行われていますが、その第7回が1998年に行われていて、それが予防原則に関するもので、多くの宣言が採択されています。原文を出すと大変なので、そのサマリーを引用します。http://www.ne.jp/asahi/chemicals/precautionary/history.html#6

@ 有害物質の使用と放出、資源の活用、および環境の物理的な変化は、人の健康と環境に非意図的に重大な影響を及ぼした。
A 既存の環境規制やその他のさまざまな決定、特にリスクアセスメントを基礎としたものによって、人間の健康および人間がその一部に過ぎない、より大きなシステムである環境を守ることが出来なかったと我々は考える。
B 人間活動の基本となる新しい原則が必要である。
C 有害物質の取り扱いをさらに注意深くする必要があり、社会は人間活動のすべての活動に予防的施策を取り入れなくてはならない。したがって、予防原則が必要である。
D この件に関し、立証責任は公衆ではなく、活動提案者が負うべきである。
E 予防原則は対策を行わない場合も含めたすべての代替案について審査をすべきである。
F 費用対効果は考慮しない。

B君:なるほど、NGO的な主張だとは思うものの、ここでは費用対効果は考慮すべきでない、ということになっている。さらに、リスクアセスメントを信用しないという立場なのかもしれない。

C先生:費用対効果は、「金と人命」を同等視するもので、余りにも人間無視であるという判断だと思われる。実際、先進国全体としてみれば、そんな方向性であることは恐らく事実なのだろう。

A君:ということもあって、今回のヨハネスブルグサミットの記述においても、費用対効果という表現は無くなっているのでは無いでしょうか。

C先生:しかし、EUが2000年に決めた原則には、費用的な表現があるはずだが。

A君:2000年2月2日の予防原則適用の指針は、こんなものです。

(1)・ Measures should be proportional to the desired level of protection.
(2)・ Measures should not be discriminatory in their application.
(3)・ Measures should be consistent with the measures already adopted in similar circumstances or using similar approaches.
(4)・ The measures adopted presuppose examination of the benefits and costs of action and lack of action. This examination should include an economic cost/benefit analysis when this is appropriate and feasible. However, other analysis methods, such as those concerning efficacy and the socio-economic impact of the various options, may also be relevant. Besides the decisionmaker may, in certain circumstances, be guided by non-economic considerations such as the protection of health.
(5)・ The measures, although provisional, shall be maintained as long as the scientific data remain incomplete, imprecise or inconclusive and as long as the risk is considered too high to be imposed on society.
Maintenance of the measures depends on the development of scientific knowledge, in the light of which they should be reevaluated. This means that scientific research shall be continued with a view to obtaining more complete data.
Measures based on the precautionary principle shall be reexamined and if necessary modified depending on the results of the scientific research and the follow up of their impact.
(6)・Measures based on the precautionary principle may assign responsibility for producing the scientific evidence necessary for a comprehensive risk evaluation.

以下の訳は、すでに引用したHPによるもの。

(1) 均衡性 (「釣り合い」の意味):選択された保護水準に見合うものであること。
(2) 非差別性:適用が非差別的であること
(3) 整合性:既存の措置と整合的であること
(4) 費用と便益の検討:実施する場合と実施しない場合、それぞれにおいて期待できる便益と費用の検討(適切かつ可能であるならば経済学的な費用便益解析も含む)に基づいていること
(5) 改訂の必要性:新しい科学的データに照らした再検討を条件とすること
(6) 立証責任:より包括的なリスクアセスメントに必要な科学的証拠を提出する責任を課すことができること(状況に応じてしかるべきところに課す)


B君:費用便益のバランスに関する翻訳が足らないように思うが。

A君:実は、原文の英語にミスプリントがあるのです。ここでは直してありますが、だから意味不明だったのでは。最後の文章の、「政策決定者は、健康のような判断要素で決定を下しても良い」、という表現ですが。

C先生:まあ、これが本HPで予防原則を取り上げる第1回ということで、このあたりにしておきたい。

B君:今回のヨハネスブルグサミットの予防原則に関しては、どんな評価が得られてるのかな。

A君:以下の文章は、グリーンピースジャパンのHPにあります。

科目:有害物質
目標:有毒化学物質の生産と使用、ボパールなどの既存の高毒性地点の毒性除去と犠牲者に対する補償に関する企業の責任と賠償責任を確約する。
残留性有機汚染物質(POP)に関するストックホルム条約の批准と実施。
1995年バーゼル条約による廃棄物取引禁止の批准と実施。
汚染を起こさない生産方法と製品(クリーンプロダクション)の導入に関する企業のアカウンタビリティを確約する。
成果:
(よかったこと)企業責任に関する有意義な条文が盛り込まれた。
                ↑
             アメリカの要求により削除された
(わるかったこと)サミットは予防原則の導入をせず。
先生のコメント:ぜんぜんできませんでしたね。とてもよくないけっかです。せんせいはきぶんがわるくなってしまいました。

B君:グリーンピースにしてみれば、今回の予防原則は予防原則ではないということかな。まあ、言葉も予防的アプローチとなっているからな。

C先生:今回のヨハネスブルグの予防原則は、それなりにバランスが取れた解釈だと思うが。