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  カネミ油症事件とは何だったのか 07.28.2002




 
 先週、NHKのクローズアップ現代で、「カネミ油症34年目の新事実」という放送があった。何が新事実なのか、といえば、油症患者の血液を分析して、非常に高濃度のPCDFが検出されたということが新事実ということのようだった。これは、今月の環境で取り上げた。
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/Week020701.htm#label07241

 放送で、「PCDFが真の原因だということは、一般には知られていないが、専門家はかなり前からそれを知っていた」、という国谷さんの言葉があった。これが一般に知られていないとすると大問題だ。もう一度、カネミ油症事件とは何であったか、まだ謎が残る事件ではあるが、分かっている範囲内で記述してみたい。

 なお、情報をご提供いただいたS氏に感謝したい。S氏にご紹介いただいた、加藤八千代さんによる文献を主たるソースとし、宮田秀明氏著、岩波新書605「ダイオキシン」を参照にしつつ、また、S氏からの伝聞情報によって以下の記事を書いている。


C先生:カネミ油症事件というものが起きたのが34年前。1968年のことである。カネミ倉庫が作ったコメ油に脱臭プロセスに使う熱媒体PCB(カネクロール、鐘淵化学の製品KC−400)が混入し、14000名もの健康被害(届出数)がでたという事故である。うち、油症に認定された人数が最終的に約1800名。幸いにして、急性中毒による死亡者は出なかった。

A君:事件の経過を年表風にまとめると、次のようになります。

B君:この年表を読む際に、予備知識として必要なのは、コメ油の脱臭工程で除かれる有臭成分はダーク油と呼ばれ、飼料の原料に使われていたということだ。


カネミ油症事件の年表

昭和34年11月:カネミ倉庫がコメ油の製造に進出

昭和36年4月: 脱臭工程の熱媒体にカネクロールを使用

昭和43年(1968年)
2月上旬:  脱臭中に熱媒体のカネクロールKC−400がパイプから漏れて油に混じる。漏洩量は300リットルという説あり。
3月14日: 鹿児島県畜産課から福岡肥飼料検査所に同年2月からブロイラー団地で鶏の斃死が続発していると報告。
3月15日: 福岡肥料飼料検査所にカネミ製のダーク油をつかったものとの報告。
3月22日: カネミの現地検査が入る。
4月 2日: 2月14日製造のダーク油を使った飼料が原因であることが判明。

4月頃から: ヒトへの健康影響が見え始める。

6月14日: 家畜衛生試験場が「ダーク油の原料である油脂の変質による中毒」と報告
6月26日: 福岡飼料検査所長、カネミに厳重注意

10月 3日: 大牟田保健所に油症患者の届出
10月10日: 新聞・テレビが油症事件を報道
10月12日: 日本こめ油工業会の調査団が現場を視察。
10月14日: 久留米医大の山口誠哉教授が、ヒ素原因説を発表。
10月15日: コメ油の販売停止。カネミに営業停止命令。
10月17日: 九大研究班がヒ素説を公式に否定。
10月19日: 厚生省が「油症対策本部」を設置
10月22日: 高知県衛生研究所が有機塩素系物質を検出。
11月 4日: 九大油症研究班、2000〜3000ppmのPCBを油から検出。PCB容疑説を発表(全塩素量からの推定))
11月 6日: ダーク油からもPCB検出
11月16日: 九大調査班が、ピンホール説を発表
11月29日: 北九州市は食品衛生法でカネミ倉庫を告発。

昭和44年(1969年)
8月20日: U教授:「油症を起こしたといわれている物質はPCBとはいえないかもしれないとの考えを否定できない」

昭和45年(1970年)
3月24日: 福岡地検小倉支部は業務上過失傷害罪で、加藤社長と森本工場長を起訴。事件発生後、1年と5ヶ月を経過していた。

昭和45年(1970年)
外国製PCBの中には、不純物としてPCDFが存在し、これがPCBの毒性を大きく左右するとの発表(オランダ・フォス)。

昭和50年(1975年)
九州大学倉恒教授らの研究グループが、原因油中にPCDFを検出。

昭和52年(1977年)
10月: 福岡裁判があって、鐘淵化学の製造物責任を問う。鐘淵化学は控訴してその後無罪。

昭和53年(1978年)
食衛誌1月号:宮田秀明・樫本隆「PCDFの生成について − カネミ油症原因油中の未知有機塩素化合物の検出」
 原因油中のPCB濃度は約1000ppm。PCBの1%に相当するPCDFが含まれている。
 油症患者の平均的な摂取量は、PCB換算で0.67g、PCDFで5.1mg。

昭和54年(1979年)
油脂 32巻、11号、p38〜:加藤八千代「カネミ油症事件の真相に挑む」を発表。加藤八千代さんは、カネミ倉庫社長の姉で、「日本婦人科学者の会」の創立に参加、議長を勤めた。

昭和61年(1986年)
愛媛大学立川涼教授ら、コプラナーPCBが内外のPCBに最大1%まで含まれていることを発見。

昭和62年(1987年)
油症の原因油中にコプラナーPCBを検出。油症患者の脂肪組織中にコプラナーPCBを検出。


C先生:こんな経過だ。PCDFが原因物質であるということは、1975〜78年に分かったとも言えるが、それが確実だということになったのは、もう少々後のこと。それに、PCBに入っているコプラナーPCB分もダイオキシン類似の毒性があることが分かっているから、原因は単純ではない。

B君:PCBそのものは、1929年に米国の化学企業モンサント(今は遺伝子組換え食品で悪名高い)が製造をはじめた。安定性と電気絶縁性が非常に高いことから、電気的な用途、例えば、トランスの冷却液とか、コンデンサーの絶縁油などに使用された。日本では、1972年に製造中止になったが、それまでの推定生産量は5万6千トン。

A君:勿論、不燃性・耐熱性もあって、カネミの場合には、脱臭装置、すなわち、加熱して有臭成分を蒸発させるという装置の熱媒体に使用された。

C先生:北米では、1977年に製造が禁止されるまでに、64万トンのPCBが製造された。そのうち、1/3程度が環境中に放出したとされている。
 留学先だったRPIのある、ニューヨーク州のトロイという街から上流のハドソン川で取れる魚が、PCBに汚染されていて、食用に供するには危険であるという報告が1999年にEPAからだされている。原因は、GEが放出したPCBだとされており、浚渫してPCBを含む底泥を除去する予定。留学当時までPCBの放出が続いていたものと想像できる。ハドソン川の魚は売っていなかったので食べなかったが。
http://www.epa.gov/hudson/humanhealth.htmn

A君:PCDF入りのPCBの毒性については、LD50では、0.5〜11.3mg/kgということですので、毒物に分類されます。毒性は、上述のようにコプラナーPCBやPCDFをどのぐらい含んでいるかで決まるものです。しかし、カネミ油症では、患者は平均的に0.67gのPCBを摂取していて、体重50kgとすると、13mg/kgぐらいにはなりますから、このLD50を超していることになります。ヒトに対しては、結果的に多少妙な値だと言えそうです。

注)PCDFを含んでいないPCBの毒性データは、下記の通りで、かなり毒性は低い。

6)致死毒性に関する情報 
【Aroclor 1254 (CAS No. 11097-69-1)】
LD50 1010mg/kg ラット 経口
LD50 1295mg/kg ラット(3-4週齢) 経口
LD50 358mg/kg ラット 静脈
LD50 880mg/kg マウス 腹腔
LD50 4000mg/kg ミンク 経口
LD50 >1250,<2250mg/kg ミンク 腹腔

【Aroclor 1260 (CAS No. 11096-82-5)】
LD50 1315mg/kg ラット(3-4週齢) 経口

【Aroclor 1242 (CAS No. 53469-21-9)】
LD50 4250mg/kg ラット 経口66)

【Kanechlor】
KC-300 LD50 1050mg/kg ラット 経口67)
KC-400 LD50 1140mg/kg ラット 経口67)
KC-400 LD50 800mg/kg マウス 経口67)
http://www.tokyo-eiken.go.jp/edcs/11097-69-1.html

B君:IARCの発がん物質リストでも、ダイオキシンといっても2,3,7,8−TCDDはグループ1に分類されていから、それを含むPCBもグループ1だと考えがちだが、実は、グループ2Aに分類されている。PCDFは不明。確定情報が無いのだろうか。

C先生:PCBそのものも有毒物だし、このカネミ油症がきっかけになって、化学物質審査規制法なるものができたのだから、間違いやすいのだが、当時から、PCBが単に混入してたのであれば、このコメ油を飲んでも、これほどの健康被害が出たとは思えないという議論があった。なぜならば、職業的なPCB中毒患者は、業務から離れると速やかに症状が回復するのに、油症患者はいつまでたっても、回復しなかったからだ。

A君:カネクロールKC−400はコプラナーPCBの含有量が例外的に低かったのでしょうか。

B君:そんなことはない。0.1〜0.8%含まれていたとされる。

A君:幅がありますね。0.1%だとすると、まあ、低いですね。それにコプラナーPCBの等価毒性が、2,3,7,8−TCDDよりも低くて、最強の5塩化物のもので0.1程度(TEQが0.1と表現する)であることが効いているのでしょうね。もしも、KC−400の主成分が4塩化物だとすると、四塩化物のコプラナー型PCBのTEQは、0.0001で、相当低いですから。

B君:現在、我々が食べている食品からのダイオキシン摂取は、コプラナーPCB分が多いことになっている。これは、TEQ換算という考え方を使うと数値上はそうなるということなのだが、職業的PCB中毒とカネミ油症の症例を比較して見ると、TEQが本当に正しいのか、再検討を要するということではないか。

A君:次に行きます。PCDF、ポリ塩化ジベンゾフランは、ダイオキシン類に分類される化合物で、その毒性は、極めて高いものです。ダイオキシン類の常として、塩素が結合している位置や個数によって毒性は大きく変化します。

B君:TEQで言えば、PCDFは、もっとも毒性が強いもので0.5ぐらい。

A君:こちらは、TCDDとの類似性がコプラナーPCBよりも高そうですね。

C先生:今回、クローズアップ現代で報道されたPCDFの残留濃度の高さから見ても、ダイオキシンと同様に体内での代謝が極めて遅いものと思われる。

A君:先日の本HPの推定が正しければ、当時の患者体内におけるPCDFの濃度は、3.5万pg/g脂肪。これを体内の平均負荷量に換算するのはどうやるのでしょうね。

B君:例の体脂肪率というやつを使うのかな。女性だと体重の20〜25%が脂肪。

A君:3.5万pg/g脂肪=35ng/g脂肪=7〜8ng/g体重=7〜8μg/kg体重ですか。

B君:体重50kgとして、350〜400μgか。

A君:宮田先生による油症患者の推定摂取量、「ダイオキシン類で5.1mg=5100μg」の10分の1程度ですから、まあ推定値としてはそんなに悪くは無い。

B君:1990年に発表された増田義人氏の推定値は、宮田先生の推定値よりも一桁下の平均0.62mg(範囲0.18〜3.04mg)だが、この中には完全に入っている。

C先生:この78歳の女性は、比較的摂取量が低かったと考えれば、まあ妥当なところだろう。

A君:しかし、非常にラフに言って、1〜5mgものダイオキシンを摂取して、様々な症状が出たのですが、ダイオキシン類の毒性として、何が言えるのでしょうか。

B君:症状として一番一般的なものがクロルアクネと呼ばれる吹き出物だ。その他、全身倦怠感、食欲減退などの症状。その他に、免疫機能の低下などが言われている。

A君:発がん性は。

B君:宮田先生の本によれば、23年間の追跡調査の結果、死亡期待値に対して有意に高い死亡率は、男性における悪性腫瘍全体(死亡期待値の1.55倍)と肝臓がん(死亡期待値の3.66倍)のみ。

A君:子供に対する影響は?

B君:1968年に、患者から13名の出産があったが、2名が死産。残り11名のうち、10名は全身の皮膚にメラニン色素が沈着した「コーラベビー」であった。
 今回述べていないが、類似の事件が台湾であったときの100名以上の子供の出生についての調査だと、鼓膜の異常率が高い。これは、免疫機能が低下したために、感染症にかかりやすいためだと結論されている。その他に、対照者に比べて、体重、身長、陰茎が小さい、初潮が遅い、陰毛の生える時期が遅いなどといった成長抑制が見られた。また、8歳以降では、知能指数が有意に低いという深刻な状態だという。

A君:台湾の事件は、1979年ですから、カネミ油症の約10年遅れ。調査がかなり真剣に行われたのでしょうね。

C先生:日本の1968年といえば、公害汚染の真っ只中の出来事だ。だから、まだまだ社会的な意識が低い状態だったと言えるだろう。

A君:この前のダイオキシン騒ぎのときには、サリンの2倍と言われた毒性ですが、それとの比較をするのは、不謹慎ですかね。

C先生:日本だとそう言われかねない。まあ、必要な検討だと思うから、やったら。

A君:これは急性致死量LD50に関する問題で、モルモットのオスがもっとも弱くて、0.6μg/kg。もっとも高いデータがハムスターの5051μg/kg。今回のカネミ油症の値は、宮田先生の推定で、ダイオキシンを平均5.1mgの摂取。体重を50kg程度とすれば、100μg/kg。

B君:急性的な死者は出ていない。サリンが0.3μg/kgで致死とすると、サリンの2倍という評価が、宮田先生の本のp192にも出てくるが、ヒトを対象としたら、極めて非現実的な表現であったと言えるだろう。

A君:通常ヒトのLD50を推定すれば、ハムスター並みの5mg/kg程度だと思えばよいのではないでしょうか。これでも青酸カリ(シアン化カリウム)2倍。30mg/kg以上の毒性を持っている場合に毒物といいますから、立派な毒物ではあるが、それほど異常に低いLD50という訳ではない。

B君:宮田先生が故樫本先生と共に、カネミ油症のときに立派な仕事をしたのは事実だが、久米ニュースステーションダイオキシン事件のころには、どうやら単なるセンセーショナリズムのお先棒を担いでいたのはこれまた事実のようだ。なぜならば、カネミ油症の解析をこれほど詳しくやっていれば、ダイオキシンの急性毒性がまず恐れるに足らないものであることは分かっていたはずだ。普通の精神状況なら、「サリンの2倍」などというマスコミ向けのメッセージが出るとは思えない。勿論、ダイオキシンの他の毒性、特に、胎内や成長期の子供に与える影響が警戒を要することであることは事実だったが。

A君:それにしても、例の「母乳を飲ませるな」発言は、余りにも行きすぎだったということが、言えるのではないでしょうか。

C先生:カネミ油症の解明に寄与したことに対する社会的な評価が低くて、不満が鬱積していたところに、ダイオキシン騒ぎが起きて、マスコミがはやし立てたため、それに思わず乗ってしまったということはあるだろう。いずれにしても、カネミ油症をさらに詳しく分析することは、ダイオキシンに対して、日本がとった対策が正しいかどうか、それに対する新たな判断材料を与えることになるだろう。