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No!塩ビ運動:真意は何だ? 02.25.2000






 2月24日の朝日新聞の朝刊に、「No!塩ビ」をうたう全面広告が掲載された。掲載したのは、環境ホルモン全国市民団体テーブルで、日本消費者連盟が事務局、そして、各地の生協を始めとしていくつかの団体が賛同者として掲載されていた。

 本HPでも、塩ビは使い方を工夫する必要があること、単に安価だからという理由で使用することは不公平であること、塩ビはそれなりの社会コストを掛けているから、そのコスト負担をすべきであること、などを主張してきた(例えば、2000年1月9日の記事)。
 同時に、塩ビを魔女化することによって、新しいビジネスを狙っている人々が、エコ電線なるものを普及させようとしているが、それは、むしろ持続可能性という意味からいって、必ずしも得策ではないことも同時に主張してきた。
 
 本HPの基本的態度は、「塩ビ→焼却→ダイオキシン、だから塩ビ使用禁止」、あるいは、「塩ビ→添加剤(フタル酸エステル類)→環境ホルモン、だから塩ビ使用禁止」、という市民運動にありがちな短絡的な反応は、「持続的社会構築にとってマイナスになりこそすれ、決してプラスにはならない」、である。大体、どこまで禁止すれば良いと主張しているのだろうか、全面禁止せよという主張なのだろうか、それとも、部分的な禁止が良いと主張しているのだろうか。
 
 こんな状況で、2月24日の全面広告である。3月9日には、シンポジウムが行われるらしい。時間が許せば、当日、参加してフロアー意見を述べてみようか、とちょっと考えた次第。実際に行くかどうか、それは勿論未定。
 

03.02.00追加
 さる筋からの情報を元にした推論を追加:エコ電線について。エコ電線を使いたがっているのは、なんと、日本の電機系メーカーが最右翼だとのこと。欧州の政府がどのような規制を考えているのか、視察団を送ったところ、目論見が外れた。なぜならば、各政府とも非常に現実的な対応を考えていることが分かった。
 なぜか。それは、やはりエコ電線を使うことによって、失われる人命が増える可能性が高いからである。塩ビは、しなやかでひび割れしにくい。しかも、火が付いたとしても、消火性が高い。現状のエコ電線は、難燃剤として優秀ないくつかの薬剤が塩ビ同様に魔女化しているため、水酸化アルミニウムのようないい加減な難燃剤を使わざるを得ない。これは、消火性が悪い。老化したエコ電線が原因でショートした場合を想像すると、塩ビ製電線に比べてどうしても危険性が高いように思える。すなわち、「
No!塩ビ」といって「環境」を重視すると、本来、「人体への影響、人命の損失」を減らすために環境を重視していたはずなのに、人命の損失が増える可能性が高い。これは相当なる矛盾である。「No!塩ビ」運動はやはり環境を考えた運動ではない。
 
結論。「No!塩ビ」は"環境"は人命よりも重い!?!?!(注)」という運動にすぎない。また、日本消費者連盟は、いつから日本の電機メーカーの意見を代弁する組織になったのだろう。日本の大電機メーカーの本音は、「ビジネスは環境より重い」、はず。多分今でも。
 注:「環境は人命よりも重い」。環境が本当の意味の環境ならば、実はこれが正に真実のように思える。上の”環境”は現在の日本における”環境という名の風評”、もう少々細かい表現をすれば、”一度反環境というラベルと張られると、魔女として即退場させられるというルール”を意味するのだろう。本当か??


C先生:No!塩ビキャンペーンが派手なことをやってくれた。今回はこれだ。主張そのものには、新鮮味が全く無いのだが、一応、その主張をまとめてみよう。

A君:はいはい。今回のゼロ塩ビの根拠は、主として2点。一つ目は、例によって、焼却時のダイオキシン発生。火事によるダイオキシン発生も、ドイツの例を引いて同時に主張されています。その第2の主張が、フタル酸エステルの環境ホルモン性。EUの玩具規制についての主張が主たるものでして、例によって「子供の未来ために」という殺し文句付きです。

B君:我々が主張している、塩素源としての塩ビの存在による社会コストの増大は、全く取り上げられていないな。いや待てよ。デンマークの課徴金の話は、彼らの主張なのかな。

A君:そして、対策としては、我々が否定している「予防原則」「未然防止」そのものですね。

C先生:全く新鮮味が無いね。全面広告とは思いきった手段を取ったものだが、新しい効果は無さそうだ。
 どうしようか、一応反論をすべきなのだろうか。
 
A君:反論は、もう十分に行って来たように思いますが。
 
B君:3月9日にシンポジウムが行われるらしいけど、その場でどんな質問をすべきか、それを考えないか。

A君:それは良い。

C先生:それを秘密にしておいて、3月9日に実際にぶつけて見るのも面白いのだけれど。まあそうだな、どちらかに「No!塩ビ派」の主張をしてもらって、ロールプレイでやって公開してみたい。
 
A&B:了解。

A君:私は質問側で行きます。

B君:「No!塩ビ」の主張をしてみよう。勿論、ゼロリスク、予防原則、未然原則でいくぞ。
 
A君:「では。質問いたします。今回のご主張、塩ビはダイオキシン、環境ホルモンを出すから駄目ということですが、もしも塩ビがそれを出さなければ良いということなのでしょうか」。

B君:「お答えします。「子供の未来を守ること」が一番大事なことです。これに影響を与えるダイオキシン、環境ホルモンを出すような製品は、一切認めることはできません」。

A君:「ですから、塩ビが、ダイオキシン、環境ホルモンを出さなければOKなのですか」。

B君:「塩ビはダイオキシン、環境ホルモンを出すから駄目なのです」。

C先生:それではここで議論が終わるなあ。

A君:質問を変えましょう。
 「ダイオキシンは焼却しなければ出ません。焼却しなければ塩ビはOKなのでしょうか」。

B君:「いいえ。火事があります。火事が起きればダイオキシンがでます」。

A君:「火事のときには、木材からもダイオキシンがでますが、それは考えなくてよいのですか」。

B君:「塩ビが出すダイオキシンが多いから駄目です」。

A君:「火事の際のダイオキシン発生のような、極めて特殊なケースが、社会全体のリスクの増大にどのぐらい影響しているのでしょうか」。

B君:「定量的な議論では無いのです。いくら少なくても、ゼロでないリスクがある訳ですから駄目なのです。リスクがあるものは、ひとつひとつゼロにすれば、全体としてのリスクが下がるのです」。

A君:「代替品が無い場合でも「No!塩ビ」なのですか」。

B君:「代替品が無い場合には、開発すれば良いのです」。

A君:「開発によって新たなリスクが出ることは容認するのですか」。

B君:「リスクは努力次第でいくらでもゼロに近づけることができるのですから、単に努力が足らないだけです」。(独り言:この発言をしたとき、体に発疹が出た)。

A君:「例えば、住宅の下水道のパイプには、塩ビが最良だと思うのですが、その代替製品としては、何を推奨されますか」。

B君:「そんなことは知りません。そこまで知らないと、反対運動をしては駄目だとおっしゃるのですか」。

C先生:やはりここで議論が止まるな。しかし、この止まり方は科学性が高いとは言えない。

B君:それでは、代替品が無い場合には認める議論に変えましょうかね。
 「代替品がある場合には、変えれば良いのです。無い場合は仕方が無いでしょう」。
 
A君:「塩ビの代替が難しいケースとして、例えば、建物の下水道パイプ、上水道パイプ、電気器具用の電線、さらにビニールホースなどがあるとおもうのですが、これについてはいかがですか」。

B君:「電線はエコ電線があるじゃないですか」。

A君:「エコ電線は、あまり曲がらない(動かさない)場合と、まあ10年ぐらいまでの寿命のものなら十分使えますが、それ以外の用途には、まだ実績が有りません」。

B君:「それならば認めましょう」。

A君:あれま、簡単に認めて良いのですか。
 「それでは、それ以外に、建設材料としての塩ビの用途としてどんなものを考えていますか」。

B君:「ビニール壁紙。でも、これは使用を止めましょう」。

A君:「それも代替が難しい。コスト次第かもしれませんが」。

C先生:この議論のやり方だと、リスクベネフィット議論になって、A君が最終的に勝利を収めそうだな。

B君:なるほど。議論する場合には、やはり代替品を認めては駄目なんだな。

A君:それでは、環境ホルモンの議論に行きましょう。
 「フタル酸エステル類は、確かにげっ歯類では発ガン性が認められているし、発ガン性のランクもA3ですから、全くリスクがゼロという訳では無いです。やはり、このような物質の使用はやはり駄目なのでしょうか」。
 
B君:「当然です。当たり前です。予防原則、未然原則ですから」。
 
A君:「玩具への使用を問題にされていますが、玩具などは、いやなら買わなければ良いのですから、材質を完全表示すれば良いのでは無いでしょうか」。

B君:「それは不公平です。塩ビが毒だと知っている親に育てられた子供は良いですが、私達は、「すべての子供の未来」を問題にしているのです」。

A君:「分かりました」。
 「玩具の一部に、やはり代替物が無いような用途も有りますが、それはどうしますか。例えば、空気で膨らませる種類のものですが。浮き輪とか、あるいは、ボールとか。EUの規制も3歳未満の子供が口に入れる物のみの規制です。口に入らない種類のものなら、使っても良いように思いますが」。
 
B君:「予防原則というものは、例え口に入る可能性が無いものでも、全部対象にするものです」。

A君:「いやEUの規制程度が合理的だと思いますが」。

C先生:フタル酸エステルという物質についての議論はどうなる。

A君:「フタル酸エステルですが、それ以外の物質に変更することができれば良いのですか」。

B君:「それに環境ホルモン性などの毒性がなければ良いです」。

A君:「無いというのは、全くゼロということですが」。

B君:「当然です。完全なゼロです」。

A君:「コーヒーは飲みますか」。

B君:「コーヒーなしには生きていけません」。

A君:「コーヒーには、カフェインが含まれていますが、カフェインの致死量をご存知ですか。コーヒーを1日に100杯のむと、いささか危険といった程度ですが」。

B君:「コーヒーは趣味だから、それで死んでもよいのです」。

A君:えーーーと。その答えは困る。ゼロ塩ビ派は、そんな答えはしない。

B君:そうかもしれない。ではやりなおし。
 「えっ、コーヒーが無害ではない。1杯で致死量の1/100。これは危険だ」。

A君:「コーヒーには、急性毒性だけではなくて、発ガン性もありますが」。

B君:「それじゃコーヒーを飲むのを止めます。オレンジジュースにします」。

A君:「オレンジジュースにも発ガン性がありますが。農薬が入っているという訳ではなくて、天然物そのものにですが」。

B君:「それじゃ水にします」。

A君:「水道水には、というよりは水にはすべてヒ素を始めとする様々な物質が入っていまして、その発ガンリスクはゼロでは有りません。そこそこ低い値ですが」。

B君:「それじゃミネラルウォータにします」。

A君:「ミネラルウォータの安全基準は水道水の10倍程度ゆるいですから、何がはいっていても不思議ではありません」。

B君:「環境ホルモンは自分の体の安全性ではなくて、次世代の安全性だから大変重大なんだ」。

A君:「その通りです。胎児への影響がもっとも心配なところです。しかし、DDT、ディルドリン、などといった農薬起源の環境ホルモンの複合汚染は、ここ20年ほどで、かなり改善されていまして、現在、母親になっている人が実は一番汚染が激しかった時代に生まれています。フタル酸エステル類の環境ホルモン性はそれほど大きくありません。むしろ未知物質よりも、良く分かった物質の方が安心だと思いませんか」。

B君:「リスクはゼロでなければ駄目なんです。いやなものはいやなんです。フタル酸エステルは魔女です」。

C先生:なるほど。こんな終わり方になったか。

A君:ちょっと、この手の話はまずいですね。もう一度、まともな議論をやりたい。

C先生:それに、フタル酸エステルから議論が離れた。環境ホルモンとしての議論が全く無いよ。

A君:そうですね。
 「フタル酸エステルは環境ホルモンだから、医療分野からも追放すべきだと主張されているようですが、内分泌撹乱作用が、発生段階から胎児に対する問題に限定できるという共通理解ができつつある段階で、医療分野における塩ビ、そして、その中のフタル酸エステルのリスクは極めて限定的だと考えますが。いかがでしょうか。フタル酸エステル類の体内の代謝はかなり早いということのようですし、ダイオキシンなどのような体内蓄積性物質と、取扱いを変えるべきだと考えますが」。

B君:おいおい、格調が急に高くなったぜ。何を答えれば良いんだ。大体、こんな質問をして、No!塩ビキャンペーン側の誰かが、まともに答ができるのか。

A君:その発言って、先方に失礼ですよ。

B君:はいはい。
 「妊婦に対する薬剤容器の素材と、他の人々に対する素材を変えるなどといったことは行わないでしょ。だから、全部変えるのが正しいのです」。
 (以下、独り言。いらいらするな。大体、医療分野というのは、病気を治すという目的のために、大変危険な治療を行ったり、毒物の最たるものである薬を飲むのだから、リスクをゼロにするという議論が成立する訳が無い分野なんだよ!)。

A君:「今回の「No!塩ビ」の意味ですが、これは完全に「塩ビゼロ」だと考えてよろしいのですか」。

B君:待ってくれ。彼らの主張がわかっていない。その答を持っていない。

A君:その全面広告を見ますと、「家庭からそして社会から塩ビ製品を追放するキャンペーンをおこなっています」と有りますよ。だから「塩ビゼロ」ですよ。

B君:それで議論しろか? 辛いな。

A君:もう一度。
 「今回の「No!塩ビ」の意味ですが、これは完全に「塩ビゼロ」が目標だと考えてよろしいのですか」。

B君:「リスクがゼロで無い物は、使わないのが予防原則です」。
 待て待て、この議論はさっきやった。「代替品も認めない」という議論は、感情論以外には成り立たない。もしも代替品を認めると、議論に勝てないこともさっき分かった。だから、反対のための反対であるという立場を離れて、科学的な議論をしようとすると、「塩ビゼロ」は絶対に合理的ではないから、勝てる訳が無い。

A君:それなら、3月9日に質問するとしたら、こんなもんですかね。
 「今回の「No!塩ビ」の意味ですが、これは完全に「塩ビゼロ」が目標だと考えてよろしいのですか。と申しますのも、例えばビニールホースのように、他の素材では極めて作りにくいものも含めて、それを放棄すべきだという主張ですね。」

B君:まあね。こんなものある。
 「塩ビのリスクがどのぐらいの大きさで、今後とも制御不可能と思われるリスクを考え、それに対して適切な方法論を策定していくといった考え方を取らないで、いきなり「塩ビゼロ」を主張することが科学的だと考えますか」。
 さらに、「「No!塩ビ」は、ある政治的意図をもった主張なのではないですか」。

A君:政治的意図という言葉は、いささか危険ではないか。市民運動のために必要なムシロ旗であることは事実だし、対社会への強烈なメッセージをという意図はあるでしょうが。

B君:そんなことをいったら、マスコミのセンセーショナリズムを批判できなくなる。

A君:何を言っているのですか。キャンペーン委員会の運営団体に「日本子孫基金」「らでぃっしゅぼーや」がいるではないですか。彼らは、環境悪化キャンペーンによって自分たちの商売を伸ばそうとしている訳ですから、マスコミよりも環境悪化情報が多い方が自らの利益になる。マスコミよりもセンセーショナリズムに走る理由がある。

B君:なんだか自分の言葉を取られたようだ。

C先生:話が落ちるところまで落ちたな。そろそろ止めよう。
 正直な話、塩ビになんとかして欲しいという気持ちは大きい。本HPでも、信越化学の金川社長の批判などをやってきたのは1999年10月17日の記事。表紙ページへリンク)、社会的コスト負担の原則をもっとまともに考えて欲しいからだった。塩ビがもたらす環境リスクは、今後、十分制御可能だと考える。絶対値として問題の少ないレベルに抑える方策があると考える。デンマーク政府の考え方もその一つかもしれない。まあ、デンマークには、巨大化学企業が無いからできた規制だともいえるが。いずれにしても、その議論ができるのならば、3月9日に出席するのは意義があるだろう。しかし、どうだろう。

A君:そんな話にはならないと思います。

B君:でも、先の質問はしてみたい。

C先生:成る程。
 それでは追加とまとめ。
今回の「No!塩ビ」運動に多くの生協が参加していることについて、一言。近未来を考えると、塩ビによるリスクよりも、もっと重大な環境リスクの増大に、生協に限らず、流通業は加担している。それはゴミの増大、特にプラスチックゴミの増大である。まず、自らの店舗からペットボトルと食品の運搬に使用されるダンボールの追放を行ったらどうだ。家庭ゴミは、今後徐々に減量化が進むだろう。流通業も、リサイクルではなくて、ゴミの発生抑制に対して、明確な態度を取るべきだ。この問題を抜きにして、日本の環境問題を語る無かれ。それに比べると塩ビのリスクは限定的だし、今後制御可能な問題に見える。
 とにかく、今回のキャンペーンは、環境全体像が見えていない人の作品。真意を疑う。