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 「肌着ぽかぽか」の非科学性 01.18.2002




 まず、今月の環境の1月14日号に掲載した記事の再録から。

 「化学の力で肌着ぽかぽか」 朝日新聞1月14日朝刊
  最近、肌着(インナー)が機能性繊維の出現によって、多様性をもち始めているとのこと。全体的傾向は、「軽く薄く」かつ「保温性」。

以下、各社の主張を掲載。

 ワコールの新商品が「ウェルサーモα」だそうだ。これは、吸湿発熱素材というものを使っているらしい。服の中の温度を2〜3度高く保てるとのこと。この吸湿発熱素材は東洋紡とミズノとの共同開発。

 遠赤外線を使った商品も根強い人気。「トリンプセラミックス」は、特殊セラミックスが織り込まれたナイロン素材を使用。

 マイナスイオンを発生する天然鉱石入りの素材を入れた「温泉インナー」を発売した。温泉成分の一つラドン・トロンが含まれていることから、この名がついた。同社広報室「マイナスイオンはいやし効果が期待できる。ストレス社会で疲れた女性にぜひ着て欲しい」。

 遠赤外線の暖かさとマイナスイオンを発生させる備長炭に目をつけたのはオーミケンシ。備長炭を細かく砕いた粉末をレーヨンに練りこんで、「紀州備長炭繊維」を開発。

 ヨネックスは、太陽光や人体から出る赤外線を熱に変える「ヒートカプセル」を開発。赤外線を吸収し、熱に変えて放出するカプセルが繊維に付着している。

C先生:「化学の力」といったって、「科学」的妥当性は要検証である。それぞれ、検証をしてみよう。
まず、吸湿発熱素材について。

A君:繊維に限りませんが、水分を吸着するときに発熱するのは、これはあたりまえです。その発熱量は、吸着する水1gあたりにすると、どんな繊維でも同じなのですが、表面積を大きくなるように加工した繊維ですと、大量の水を吸着するものですから、繊維1gあたり発熱量は大きくなります。吸湿発熱素材といっても、単に、表面積が大きいだけでしょう。

B君:ただしだ。これからが、重要なポイントだが。完全に乾燥状態になっている下着を着た瞬間には、体が放出する水分を吸収して発熱をするのだが、すぐに、飽和状態になってしまう。だから、寒いところに出かけたときに、発熱する訳ではない。室内で着た瞬間には、若干暖かく感じる可能性がある、というだけ。

A君:それはそうですが、その考察だけでは、十分では無いと思いますね。なぜならば、吸着した水分は、下着、上着を通過して、体外への運ばれますよね。となると、その際にどのような発熱、吸熱が起きるか、これが問題。

B君:それはそうだ。体が放出する水分がどこかに溜まるわけではなくて、それが、下着を通過して行く、これが定常的な状態だ。

A君:となると、体が出した汗というか水蒸気が下着の体側に存在している(内側の)繊維に、まず吸収される。そのときには、発熱する。その発熱量は、体が出した水分の量に比例する。すなわち、繊維の質には依存しないですね。吸湿発熱繊維のように表面積が大きいのであれば、繊維に水分が大量に吸収されることになりますが。

B君:そして、その水分が下着の外側に移動して、そこから外部に放出される。そのときには、熱を吸収して冷える。吸熱量は放出する水の量に比例する。肌着を通過する水の量は、定常状態になれば、内側=外側だから、内側での発熱と、外側での吸熱とは同じ。すなわち、差し引きゼロ。
 すなわち、実態は、内側と外側で温度差ができるが、それは、どれだけの水が輸送されるかで決まり、繊維の種類によるわけではない。ということは、この吸湿発熱素材は、着た瞬間以外には、他の繊維と全く変わらないことになる。

A君:もう一つ、まずいことには、運動をして発汗量が増えると、吸収量も若干増えて、発熱する。運動したときには、むしろ体の温度を下げてくれる方が良いが、逆に発熱する。だから、運動用には向かない。

C先生:分かった。吸湿発熱繊維の効果は、着た瞬間だけ。極めて限定的だとしよう。

次は、遠赤外素材を含む繊維。

A君:これは、色々と製品がありますね。しかし、そもそも遠赤外による繊維の機能化はどう考えたら良いのか、非常に難しいです。

B君:一応理論を出してみる。黒体輻射というものがある。温度の高い物体は、光を放出する。完全に黒いものなら、それが何であっても、放出する光の分布やエネルギーは決まっている。それを完全黒体と呼ぶ。太陽も一種の黒体であって、約5800Kという温度なもので、可視域に最大のエネルギーをもった光を放出している。このお陰で、地球上の昼間は明るい。

A君:放射の最強波長λm[μm]と放射温度T[K]の間には、

   λm・T=2900

 の関係があり、これをウィーンの変位則といいます。太陽の場合 T=5800K とすると、λm=0.5μmで、可視光線に相当し、地球の場合はT=288Kをいれれば約10μmで、遠赤外線に相当します。

B君:体温だって同じで、37度だとすれば310Kだから、9.35μにピークがある遠赤外線を体の表面から出している。問題は何かといえば、常温程度の温度だと、その赤外線の強度は極めて弱くて、熱の伝達にとって、余り重要ではないということだ。熱は、通常、伝導、対流、輻射ということなった3種のメカニズムで伝達されるが、常温だと、対流と伝導が主たる方法になる。輻射の寄与は少ない。

A君:肌着の内側の温度は、体温よりも数度低い温度になりますが、そこで確かに遠赤外線は出るし、遠赤外線は四方八方に放射されるから、一部は、体側に戻るものもある。しかし、まず非常に微量であることと、遠赤外線を出すからといってセラミックスの粉のように、熱伝導率が高いものを繊維に含ませることによって、生地そのものの熱伝導率が高くなって、実は、かえって寒くなるということも起きそうです。

C先生:体の表面から赤外線が出ているのは、サーモグラフなどという装置で体表面の温度を測る実験がテレビでも放映されるから、みなさんもご存知のはず。 結論、遠赤外線は確かに肌着からも出る。しかし、その量は非常に少なく、そのために、暖かく感じることはないだろう。むしろ、熱伝導率が逆に高くなっていないかどうか、それが心配。

次は、マイナスイオンを発生させる「天然鉱石入り」の温泉インナー

A君:これは害があると思います。その実態は、ラジウムかウランが入っていると思うからです。マイナスイオンがこれで出るとしたら、そのメカニズムは、「放射線が出ているから」

B君:間違いないところだ。ラドンの話が出てくるので。トロンというものも、実は、ラドンの同位体(ラドン220)のことを言う。

C先生:放射線あるいは放射能というと、メディアだって反応が全然違うはず同じ物を天然鉱石入り温泉ライナーといえば、新聞記者も全く抵抗感が無いみたいだ。それは無知だからだろうか。大体、マイナスイオンの実態が分からない上に、その効果も分からない。そこに、放射線なるものがあって、これが微量な場合に本当に害になるかどうかは、実は微妙な問題なのだが、まず、この商品は問題外だと言っておこう。

次が、備長炭入りの繊維

A君:備長炭でマイナスイオンが出るなどということは、考えられないですね。吸着剤としての性能は若干示すでしょうが、それが繊維の中に組み込まれていては、水分などを十分に吸収するというでしょうか。さらに、備長炭が仮にマイナスイオンを出したとしても、それがどこを通って出てくるのでしょうか。

B君:電子顕微鏡写真でも見せてもらわないと、信用できない。もっとも、見せてもらっても、信用できるとは限らないが。

C先生:まあ、単なるイメージ商品だと考えて間違いの無いところだろう。

次が、ヨネックスのヒートカプセル。なにやら遠赤外線を吸収して熱に変えるとか。

A君:これもインターネットで説明を読みましたが、分かりませんでした。「業界初、ヨネックスが開発した充熱システム「ヒートカプセル」は、繊維表面および繊維の間に(1)赤外線吸収剤、(2)超微小中空カプセルを付着させた構造となっております」。対象は太陽熱のようです。
 1.吸収:第1カプセルが太陽からの赤外線を吸収
 2.変換:吸収した赤外線を熱に変換
 3.蓄積:変換された熱が第2カプセルが蓄積
 4.充熱:蓄積された熱で、ウェア内を充熱


B君:なんだそれは。赤外線吸収剤などは、黒体が理想だから、それこそ、備長炭が良いかもしれない。大体、赤外線を吸収して、熱に変換するだと。光を吸収して熱に変換しないものを作ったらそれは相当に偉いのだ。例えば、太陽電池がそうだ。しかし、普通のものは、「熱にしか変換できない」のだ。だから、(1)の赤外線吸収剤とは、普通のもの、特に色が黒くて反射率が低いものならなんでもよい。

A君:第2カプセルの超微小中空というのが、これまた、熱を蓄積するというのですが、熱を貯めることができるのは、比熱が高い物質であって、中空の物体などは、熱を貯めることがもっとも不得意のもの。

B君:その代わり、中空の物体は、断熱性が高い。

A君:広告によれば、「一定時間、赤外線を照射し続けたとき、従来の防寒系素材に比べて、約3〜7℃の表面温度の違いがでます」。

B君:ということは、太陽で加熱されて表面は熱くなるけれど、断熱性が高いために、外からの熱が内部に入っていかない。「だから、外からの熱で内部は暖かくはならない」ことを意味していて、むしろ、外気温が体温よりも高くて45℃もある状態で、これを着ると、普通の衣料よりも内部が涼しいのではないか。

C先生:いやいや45℃もある状態だったら、外側を反射率100%のアルミなどの素材で覆ってあって、なおかつ、内部からの水分の蒸発を妨げないような素材を着るのが一番。
 これも、どうやら効果があるとは思えない。

A君:肌着の理想は、やはり、空気を十分に含んでいて断熱性が高く、しかも、体が出す水分を程よく通して、外部に運ぶものです。

B君:最近の機能性繊維の構造を見ると、非常に微細な空孔があったりして、断熱性能は高そうだ。本当はそこで性能を稼いでいるのだけど、それだけでは売れないものだから、世の中のこの手の話が好きそうなメディアに対する受けを狙って、色々と虚構を作り出す。これが繊維会社の戦略と見た。

C先生:こんな繊維の開発をやっているご本人達が、新聞にこんな記事が出ると、「はは、騙せたぞ」と裏で舌を出しているのが見えるようだ。人が悪すぎはしませんか、繊維会社の開発者の皆さん