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  新しい生物学の教科書 04.07.2002




 年度末のノルマをやっと達成して、多少余分な勉強をする時間があった。今回は、「新しい生物学の教科書」 池田清彦著、ISBN4-10-423102-9、新潮社、\1400のご紹介。

 わが国の高校の生物学の教科書を批判するという本である。日本の生物学教育に異議あり。曖昧、言葉足らず、決めつけ、論理の飛躍といった問題点がある、と指摘している。

 しかしながら、この本の中身は難しい。われわれのように、大昔の生物学で育った人間にとっては、基礎が無いだけに難しい。その中に、環境をしっかり理解するためにいくつかのヒントがあるようだ。それを抽出してみたい。


C先生:環境を理解するのに、理論物理学は不必要だが、化学の知識と生物学の知識はあればあるだけ有用だ。この本、なかなか難しいが、記述がコンパクトなだけに、この本をすべて理解できるだけの知識を別の本で身につけるといった目標になりそうな本だ。

A君:全24章からなります。(1)種とは何か、(2)遺伝と変異、(3)減数分裂、(4)性の決定、(5)進化のしくみ、(6)生命の起源と初期の進化、(7)進化パターンと大絶滅、(8)生物多様性、(9)相同とは何か、(10)免疫とは何か、(11)免疫系とエイズ、アレルギー、(12)個体発生と系統発生、(13)代謝と循環、(14)脳と心、(15)種間競争とニッチ、(16)人類の起源、(17)現代人への道、(18)がんの生物学、(19)生態系、(20)遺伝子、(21)形態形成、(22)寿命と進化、(23)中学校理科教科書を読む、(24)小学校理科教科書を読む

B君:この池田氏の生物学の理論は、構造主義的生物学なるものらしい。それぞれ、もっとも印象深かった章を挙げて、そこから環境の理解に有用と思われる記述を抜き出すという作業をやるのはどうだろう。

A君:合意。早速行きます。第4章、「性の決定」が、環境ホルモン問題との関連で、大変面白かったです。

C先生:ヒトの性が性染色体で決まるということは常識になっているが、魚類の性がどうして途中で変わるのか、といったことは、確かに常識ではない。

A君:高校の教科書でも性染色体が性を決めるという記述ばかりのようですね。ところが実際には、相当複雑だということのようで。

B君:生物といっても、植物まで行けば、イチョウは雌雄異体であるが、多くの植物だと雌雄同体。こんなことまでは常識かな。

A君:細菌にも雌雄があって、大腸菌は、2つの菌が接合して、1つの菌から他方へ環状のDNAの一部が入り込むことがある。入り込んだDNAはホストの相当する部分のDNAと組み変わる。そして、ホストの遺伝子組成が変わる。入り込む方を雄、ホストの菌を雌と呼ぶのですが、それを決めているのは、F因子と呼ばれる環状二本鎖のDNAで、F因子をもっているものが雄、もっていない方が雌。接合によって、F因子自体も雄から雌に伝達されるために、ホストは雌から雄に性転換するのだそうで。

B君:ちょっと見せてくれ、その本。なるほど、植物の中にもテンナンショウのように、性転換をするものがあるのか。地下に球茎があるが、その重さで性が決まる。球茎が4g以下だと無性、21gまでだと雄、それ以上だと雌。これだと、性染色体と性とは全く関係ないな。

A君:生物全体を見ると、ヒトのように、大きなX染色体と小さなY染色体の組み合わせによって性別を決定するのは、どうも特殊だということのようですよ。

B君:環境ホルモン問題のときに話題になったミシシッピーワニは、卵が高温で育つと雄になり、低温では雌になる。

A君:魚類も有名で、ニジマスでは仔魚に女性ホルモンを与えてXYの雌を作ることや、男性ホルモンを与えて、XXの雄を作ることができる。これらは不妊にはならないで、立派に卵・精子を作り子孫を残すことができるようです。

C先生:昆虫の雌雄は性染色体によって決まるのだが、これまた特殊で、脊椎動物では雌雄は基本的に個体レベルの話だが、昆虫だと、細胞レベルで決まる。だから、雌雄が同一個体中でモザイク状になったものが存在できる。例えば、右半身は雄で、左半身が雌のようなものだが。

B君:なかなか複雑というか、奇妙というか。環境ホルモン問題を考えるときに、このような知識があることが必須のようだ。

A君:ところで、B君のもっとも印象の深い章は?

B君:第19章の「生態系」だった。生態系の記述は、高校の教科書だと20ページもの分量があるらしい。大体、次のように記述されている。「生物群集とそれを取り巻く無機的環境は、密接に関係し合っている。この両者を一体としてとらえたものを生態系という。ひとつの沼や森林も生態系という見方ができる。大きくとらえれば、地球表面全体もひとつの生態系である」。

C先生:生態系というのは、ひとつの階層的な分類なのだろうか。

A君:原子、分子、高分子、細胞、組織、器官、個体、個体群、群集、生態系という階層構造で記述されることが多いですからね。

B君:池田氏は、個体群以上の関係はいい加減すぎて、関係性だけを壊すのは難しく、細胞から個体レベルの関係性は複雑であるのにいい加減ではなくて、すぐに壊れて元に戻らない。このように、この階層は、同一基準で分類できるようなものではない、と述べている。

A君:生態系がひとつの生物だという見方、ラヴロックのガイヤ仮説のような見方があるけれど、それは無理だということですか。

B君:まさにその通りの主張だ。「ガイヤ仮説を信じている人が割合と多いかもしれないが、生態系は実体でも統一的な生命体でもないと私は思う。そもそも無機的環境しかなかった地球上に生物が現れたので、事後的に生態系が成立したのであって、生物出現の条件として生態系があらかじめあったわけではない」。
 「個体の集まりということだけで言えば、生物の階層構造の最上位の概念は群集である。群集内の生物個体の関係を記述するときに、エネルギーの流れと物質循環を無視するわけには行かないので、群集に無機的な環境を加えて生態系という操作的概念をつくったのだ、と理解している」、とのこと。要するに、生態系はいわば方便であるとしているのだ。

C先生:生態ピラミッドの話は、どうなっているの。これは物質循環の話だろうが。

A君:生産者、消費者、分解者に分けるというやつですね。

B君:それは高校の教科書のすべてに出てくるようだ。生産者とは光合成によって有機物を生産し、これが生態系内のすべての生物の食料になること。消費者は生産者を直接食べる一次消費者から始まり、二次消費者、三次消費者と続くこと。分解者は生物の遺体や排出物を再利用可能な無機物に戻すこと。ただし、この分類が、現在の生態系ならば成立しているが、歴史を見ると、イエスとばかりは言えないと主張している。

A君:ちょっと想像できないですね。

B君:生命が出現した38億年前から5.5億年までの生態系には、高次消費者はいなかったし、シアノバクテリアが全盛を誇っていた20億年前ごろは、消費者そのものもいなかった。

C先生:そもそも、環境問題は生物の教科書だとどう取り上げられているのだ。

B君:実教出版教科書「生態系のしくみと性質をしっかり理解し、環境をまもり、資源を上手に利用し、美しい地球で生活したいものである」。

A君:その優等生的な表現を、ずばっと切っているのでは。

B君:その通り。「たとえ放射能をまき散らしても、汚染物質をまき散らしても、人間を含めた一部の生物が病気になったり減少したり絶滅したりするだけで、生態系自体はそれを組み込んだ新たな安定点へすべっていくだけの話だから、別にどうということはないのである。2.5億年まえの大絶滅の際も、6500万年前の大絶滅の際も、生態系はそのようにして、こともなげに存続してきたのである。現在の生態系を保全するのは、生態系のためではなく、人類の安定的な生存のためなのだ」。

A君:これで生態系の話は終わり。

C先生:第22章の「寿命と進化」は面白かった。「多くの人は、生物は死すべきものだと思っているだろうが、実は、大半の生物は死ぬことが難しい。バクテリア(原核生物)は死すべき運命にはなくて、ときに事故とか飢餓で死ぬこともあるものだ、と理解すべきだ」。

A君:真核生物は死ぬのですか。

B君:二倍体(染色体数が2n)にならない一倍体の原生生物は、有性生殖をしないで分裂するだけだから、死ぬべき運命にはないのでは。

C先生:そのようだ。二倍体の細胞は、どうやら死ぬべき運命にあるらしくて、ときどき、減数分裂で一倍体を作って、それを接合して二倍体を作って生き延びるという戦略を取る。

A君:ところが、減数分裂を行うことができる回数に限界があるらしいですね。

C先生:ヘイフリック限界と言う限界があって、ヒトでは50回。マウスで10回、ガラパゴスゾウカメ100回。染色体の末端にあるテロメアが細胞分裂のたびごとに短くなる。これが限界を決めているという。

B君:それは多少常識化してきたように思える。

C先生:この章の最大の主張が、「アポトーシスという細胞死のメカニズムを獲得したために、同時に、寿命なるものが同時に出現したのが高等動物だ」。複雑な形の体を作るにはアポトーシスが不可欠だから。

A君:高等だから寿命がある、ということですか。なんとなく、納得できるところですね。

B君:大体、代謝をしながら生きているから、活性酸素で老化したりがんになったりする。

C先生:そのことを「一番体に悪いのは長生きをすることだ」と表現している。

A君:「健康になるためなら死んでも良い」、とは言っていませんか。

C先生:いや、さすがにそうは言っていない。どうしても長生きしたい人は、できるだけ代謝速度を下げるのが良くて、となると運動などをしない。なるべく食べない。じっとしている。ということが良いことになる。

A君:それでは、なんのために長生きするのか、それが問題になりますね。

B君:どうやら、何も考えないで生きるのがベストのようだ。

C先生:自然体が一番。

E秘書:あれ、ちょうど話が終わりになっちゃいましたね。私の場合、「一人にカエル一匹」が高校の生物の授業だったもので、選択しなかったのです。しかし、今日の話を聞いて、人間とは何かを考えるのに、生物学は必須だと分かりました。ちょっと勉強をしてみたくなりました。