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   新しい生物の教科書 04.15.2002




全部で24章もあるこの本(「新しい生物学の教科書」 池田清彦著、ISBN4-10-423102-9、新潮社、\1400)、環境学を考える上で、興味深い記述が多い。

そこで、連続登場。


C先生:またまた、池田先生の「新しい生物学の教科書」からの言葉を引用しよう。今回は私からだ。「代謝と循環」、これは、環境を考える上で極めて重要な概念だ。

A君:代謝という言葉の本来の意味は、何なんでしょうか。

C先生:代謝とは、狭義では、「生体内での物質の変化を意味する」とのこと。生物を構成している物質は、どんどんと変化する。だから、ある人間を構成している物質も元素も、1年前(骨ですら90日とか)とはほとんど全部入れ替わっているのに、ある人間は何年たっても同じ人間だというのが面白いところ。

B君:それは動的平衡系だから、と説明されるのだろうな。

C先生:そうなんだが、動的平衡といっても、実は2つの条件が必要で、ひとつは、マスバランスがあっていること、すなわち、流入する物質量と流出する物質量が等しいこと。これは当然だ。流入量が流出量よりも多ければ、それは体重が増加することになる。ところが、それ以外に、もうひとつ生物にとって重要なこととして「循環」があるということ。

A君:分かるような分からないようなですね。

C先生:確かに「循環」が動的平衡系にとって必須だということは無さそう。細胞の寿命が無限であれば、マスバランスだけで動的平衡系は実現できる。多分、生物の細胞には寿命があるものが多く(前回述べたように、必ずしも生物は死すべきものではないが)、となると必ず循環があるはずだから、そのような推論になっているように思える。

B君:まあ、血液も回っているし、細胞のクエン酸回路も回っている。

C先生:というよりも、ある細胞が死んでも、そこにまた同じ細胞ができるということが「循環」で、だから、細胞は入れ替わっても生物が変わらない姿で存在できるというのが論旨のようだ。

A君:それはそうですね。しばらく時間が経ったら、全く別の形の生物になってしまうというのは、実際にはめったに起きないことですね。

B君:がんができると、まあ違った形になったとも言えるが。

C先生:しかし、徐々に徐々に老化という現象が起きているから、前の日と全く同じという訳ではなく、日々変化している。これも生物の特徴。

A君:細胞は分裂するたびことに、ちょっとずつ変化する。

C先生:通常の細胞分裂の周期については、すべての高校の教科書に載っているらしいが、分裂するたびに少し変化することは、教科書に一切載っていないらしい。

B君:前回も出てきたテロメアの話かな。

C先生:そう。細胞は循環しながら、老化という変化をしている。テロメアが短くなりすぎると、細胞は死ぬ。

A君:減数分裂によって、2n体をn体にして、優性生殖をするのが、若返りだという話も良く聞きますね。

C先生:池田先生は、それよりも、2n体をn体にすることによって、過剰な情報を捨てていることが重要な要素だと指摘している。まあ、実感として感じるには、まだまだ勉強が必要だが。
 そして、最後に生態系の動的平衡の話になる。

A君:生態系と生物とは、違いますね。地球全体を生態系だと見ると、地球はエネルギー的には開いた系ですが、物質的に閉じている。ところが、生物は、エネルギー的にも、物質的にも開いた系。

B君:だから、生態系を動的平衡系として維持するのは、生物が命を守るよりも難しい。

C先生:不要になった物質を外部に捨てることができないのが、地球生態系というものなのだ。これが代謝と循環の結論だ。

A君:生物学の教科書には無いと思いますが、生態系と人工系(=工業社会)とではまた違いますよね。

C先生:生物学の場合には、エントロピーの増加という概念を持たないでも議論ができる。しかし、人工系の場合には、資源・エネルギーを地下資源に頼るため、どうしてもエントロピーの増大を招く。この議論が重要だが、それは、これまでも何回もやっているので、ここでは省略。

B君:それでは、これで「代謝と循環」を終わりで、どの話題に行きますか。

C先生:先日国立環境研の評価委員会の報告でも議論したが、免疫システムについて、ここで復習をしたい。それを取り上げてくれ。

A君:となると、2章分ありますね、「免疫とは何か」、「免疫系とエイズ、アレルギー」。

B君:ではいきますぜ。「免疫とは何か」の章は、実はなかなかの難物。高校の教科書の中でもかなり大きな取り扱いをされていて、大体5〜10ページもの記述があるそうで。しかし、免疫システムは複雑だから、これだけの説明で分かるかどうか。

A君:生体防御という項でまとめている三省堂の教科書では、「生物には自分自身(自己)と非自己の物質(異物)を見分け、体内に侵入した異物を排除するしくみが見られる。生物体がもつこのはたらきを生体防御という。これは、白血球による食作用によるものもあるが、とくに、脊椎動物ではリンパ球による異物の排除の特別な機構が発達している」、と記述しています。

B君:その同じ教科書は、「伝染病などに一度かかると、二度目は軽くすんだり、全くかからなかったりすることとは古くから知られていた。元来、このように、一度ある疾病にかかると二度目はかかりにくくなる現象を免疫とよんでいたが、今日では、免疫と言う言葉は、病原体にかぎらず、体内に侵入した異物に対する生体防御反応全般をさす言葉としても用いられる」

C先生:要するに、免疫には、「白血球によるもの」と「リンパ球によるもの」があって、前者は広義の定義、そして、後者は狭義の定義と言える。広義の定義によれば、免疫は無脊椎動物にも見られる動物界全体の現象となるが、狭義の定義では、ほぼ、脊椎動物のみの話になる。どちらの定義をとるか、それは趣味の問題だと、池田先生は言っている。

A君:自然免疫と獲得免疫という分類もありますが、これも広義、狭義の分類だと考えれば良いのですね。

B君:白血球もリンパ球も、自己と非自己をどのようにして見分けているか、これが最大の問題。

C先生:まあそうだ。様々な名前を出して説明して欲しい。

A君:それでは出演者をまとめましょう。
マクロファージ:外部から進入した微生物を食べて殺している
好中球:外部から進入した微生物を食べて殺している
NK細胞:不完全になった自己の細胞(がんやウィルス感染)を見つけ次第殺す

B君:マクロファージや好中球は、どうやら原生動物(単細胞の真核生物)の細胞そのものであるらしい。その機能は、恐らく同種以外の細胞を食べること。どうやって同種を見極めているか、「そうらしい」、という表現しかない。

C先生:NK細胞は、ナチュラルキラー細胞の略で、ヒトは、酸素代謝をしているために、毎日、数千のがん細胞を発生している。しかし、めったに致命的にならない理由は、NK細胞が殺しているから。ところが、NK細胞の数は、40才代後半から急速に減少するので、がんが増加する。

A君:そのNK細胞が見極めるのは、元々は自己だった非自己ですから、どうやってこの非自己を見極めているのかさらに難しい問題ですね。池田先生の教科書にも「難しい問題だ」としか書いてない。

C先生:さて、そして、リンパ球系の免疫システムの話になる。

A君:出演者は、
B細胞:骨髄中のリンパ系造血幹細胞から作られる。抗体を作る。
T細胞:  同上 。キラーT細胞は、外部からの細胞を殺す。ヘルパーT細胞は、B細胞やキラーT細胞を刺激する物質をだす。

B君:このB細胞がどうやって外部から侵入した非自己抗原に適応した抗体を作るか、これがまず問題。例えば、外部から侵入する抗体を200万種類だとすると、200万種類の抗体を作らなければならない。この抗体はたんぱく質、すなわち、アミノ酸の組み合わせでできている。もしもDNAの塩基配列が200万種類のたんぱく質中のアミノ酸配列を決めているとしたら、そして、1種類のたんぱく質中のアミノ酸配列の決定に、2000塩基対の情報が必要だとしたら、全部で、200万×2000=40億となる。ヒトゲノムの塩基対の総数は約30億しかない。だから、200万種類の異物に対する抗体などを作ることはできない。

C先生:その議論の結論は、そんな厳密かつ複雑なメカニズムで抗体を作っている訳ではない、ということを意味する。実際には、遺伝子の断片を組み合わせて、多様な抗体遺伝子を作り出すのだ。要するに、かなりランダムに断片を組み合わせて、抗体遺伝子にほぼ無限種類の多様性をランダムに持たせるのだ。

A君:外部から来るであろう抗原に合わせて抗体を作るのではなくて、すべての抗原に対応できる無限種類の抗体を全部用意して、そのなかから有用なものだけを選択するのだと言われていますね。

C先生:詳しいメカニズムは全部省略。実際には、T細胞がその役割を果たす。胸腺というところで、あらゆる対応が可能なT細胞がまず作られて、そのうち、抗原を認識できない無能なT細胞は殺され、さらに、自己に対して反応するT細胞は、自己を攻撃してしまうので危険だから殺される。このようにして殺されるT細胞は、全体の96〜97%になる。

B君:そして、殺されないで胸腺から出てくる少数のT細胞は、結果として非自己の抗原を攻撃する能力をもっている。勿論、自己を攻撃するようなT細胞も間違って少々出てくる。一方、B細胞というものは、胸腺で訓練されないから、自己を攻撃するものも残っている。しかし、対応するT細胞が無いので、あまりひどいことは起きない。

C先生:いずれにしても、こんな方法で、自己と非自己を見分けている。まあ多少いい加減なシステムなので、間違いも起きる。これは、池田先生の本には出て来ないが、各種自己免疫症はいずれも難病だが、免疫システムの間違いが原因だと言われる。例えば、慢性関節リウマチ、重症筋無力症などだ。円形脱毛症も、免疫システムの誤動作だといわれる。

A君:そんなところで、残ったもう一章「免疫系とエイズ、アレルギー」にいきましょう。

B君:この章では、免疫系がすでに述べたような厳密なシステムでもなくて、あいまいさを持っているということを理解したい、としている。

A君:厳密なシステムというのは、もう一度簡単に言えば、次のようなことです。あるウィルスが体内に侵入してきたとして、マクロファージがウィルスを食べて、その破片を自分自身の表面に付着させます。これを対応するヘルパーT細胞が認識して、B細胞やキラーT細胞を刺激する物質を分泌する、といったメカニズムです。ここまでだと、たしかに、認識システムが厳密に動作しています。

C先生:問題は、免疫システムから分泌される刺激性の物質が、そんなに特異性が無いということ。種類も限られている。

A君:インターロイキンと呼ばれる物質ですが、次のような出演者がいます。インターロイキン=ILと略します。
IL1:マクロファージから分泌される。発熱。関節に作用してプロスタグラジンを出させる。肝細胞や筋細胞に作用して、炎症反応を起こす。T細胞の増殖を起こす。
IL2:1型のヘルパーT(Th1)から分泌される。Th1とキラーT細胞を増殖させ、B細胞を分化させる。
IL4:Th2から分泌される。B細胞で産出される抗体をIgMからより強力なIgGに変換する。
IL5:Th2から分泌される。B細胞などの増殖に関与
IL6:上皮細胞などからも産出され、IL1に似た作用。

C先生:例えば、Th2からIL5が分泌されたとすると、B細胞が増殖する。しかし、B細胞は、もともと胸腺で訓練されていないから、自己を攻撃するB細胞も増えることになる。こんなことは、老人になるとしばしば起きているらしい。自分を守るはずの免疫系だが、ちょっと狂うと、自分自身を攻撃することになる。

A君:細胞には、表面に接着分子という特殊な分子がついていて、それがどのように作用するかによって、活動するかどうかのスイッチが入るらしいですね。

C先生:通常の細胞、例えば肝臓、脾臓、肺などの細胞は組織特有の抗原を細胞表面に提示しているのだが、接着分子を持っていないために、T細胞のスイッチが入らない。そのため、胸腺から生還するT細胞には、自己を攻撃するものも多少残っているのだが、活動するに至らない。ところが、これが狂うことがある。炎症が起きてB7という接着分子が脾臓の表面にできてしまうと、自己を攻撃するT細胞の攻撃の対象になってしまう。これが自己免疫性脾臓炎。こんなことが起きるのが免疫系の弱点でもある。それは、ILなどがそれほど特異的ではないことによる。

A君:エイズにかかるということにも、接着分子が関係しているとか。

B君:細胞がCD4という接着分子を持っているとエイズ(HIV)ウィルスが付着して、細胞内に入り込むようだ。ヘルパーT細胞はCD4なる接着分子を持っているので、HIVが侵入する。すると、ヘルパーT細胞は、次々とHIVを作ることになり、最後には、全滅する。これがエイズ。免疫システムの弱点を突くウィルスが起こす病気だ。

A君:アレルギーも免疫システムの弱点が露呈した例ですね。

C先生:抗体の一種IgEなるものがその原因だが、これは、もともと大型の寄生虫にヒトが常時感染していたころ、アレルギー症状を起こすことが、大型の寄生虫の排除に有効だったからとも言われる。藤田紘一郎先生(東京医科歯科大)の理論によれば、大型の寄生虫は、アレルギーで自分自身を排除されないように、すなわち宿主がIgEを出しても、宿主がそれに過剰反応しないようにするという防衛策をもっているようで、サナダムシなどを体内に飼うと、アレルギーが起きにくくなるようだ。

B君:しかし、現在のような清潔な状況だと、IgEは不用ということで。

C先生:今は超清潔状況だから、そんなにも有害ではない花粉ごときに反応してIgEを出す免疫系になってしまっている。免疫系はヒトの生存にとって最大の味方でもあり、超清潔、すなわち、不自然に清潔にすると、手強い敵になりうる。現在の日本の状況は、もはや、その状況に近い。