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 国際科学技術ジャーナリスト会議 10.27.2001
 






 10月24日から26日まで、科学未来館の7F、みらいCANホールで国際科学技術ジャーナリスト会議行われた。
 10月26日午前9:30〜12:00のセッション4「暮らしの安全とメディアの役割」と題するセッションに、フロア・コメンテータとして参加した。

セッション4:「暮らしの安全とメディアの役割
コーディネータ:高橋真理子(朝日新聞 論説委員)
副コーディネータ:白水忠隆(読売新聞 生活情報部 次長)
パネリスト:飯島裕一 (信濃毎日新聞 編集委員)
      中島秀人 (東工大 助教授)
      アラン・アンダーソン(ニューサイエンティスト、イギリス)
      最相葉月(ノンフィクション・ライター)
フロアコメンテータ:
      リズベス・フォッグ (コロンビア)
      坪野吉孝 (東北大 講師)
      キャロル・コーネル(ハーバード大学)
      安井 至 (東京大学生産研 教授)



アラン・アンダーソン氏の発表

 狂牛病について英国の政府がどのような過ちを犯したか。何が間違っていたか。

 UKでの狂牛病について、国民の信頼を破壊することになった。遺伝子組み替え食品などに対する信頼性も同様に失った。政府のあるいは科学者が間違えた良い例ではないかと思われる。

 フィリップス委員会から狂牛病の対応がどこがおかしかったのかの報告が出た。

 2000年 24名死亡。将来は、死亡者は2万人になるだろうと言われている。

 官僚主義によって許しがたい遅れがでた。政府は国民の動揺を押させることに集中して、良いことだけを報道した。政府は”リスク”を理解できない。

歴史:
1970年代に牛に狂牛病が発生。
1985年9月、情報は統制された。
1987年 MBM(肉骨粉)が危険。しかし、健康省に伝達されなかった。
1990年 牛肉は完全に安全だ。農林大臣がハンバーガーを食べた。
1994年 政府の科学者は、人に感染する可能性は微々たるものだ、と言いつづけた。
 肉骨粉が使われなければ。政治家はこれを誤解して、牛は安全だ。
1996年 新変異型ヤコブ病は人に伝染する。

 政府の犯した間違いは、人への伝染には証拠は無いとした。証拠が無いということが起きない訳ではない。証拠というものは、将来を保証しない。もしも評価が間違っている。

 不合理に行動しているのは、政府であって、国民は科学に対して確実性を求めているという人もいるが、一定程度のリスクがあることがあるということには全く問題はない。現在の状況では、フィリップス報告書で、リスクを発表しなければならない。

 マスコミはBSEに対しては良くやったと思われる。


飯島氏(信濃毎日新聞)  「健康情報と新聞報道」

 48万部ほどでている。医学医療健康についてルポを行っている。地方紙で、医学関係の報道を続けている。

(1)ストレートニュース、遺伝子が見つかった、医療ミス、ノーベル賞、など。
(2)話題になっている問題を掘り下げる、生活に密着したもの。
(3)脳とか、ガン治療の最前線といったものを長期に連載する。 

日本全体が健康ブームだ。なぜか。異常なほどの健康ブームで、健康のためなら死んでも良いのではないか。情報が整理しきれなくなったいる。健康情報の濁流の中でパニック状態を起こしているのではないか。

半健康状態になっている。地道に健康を作れなくなっている。手っ取り早く健康になりたいと思っている。簡便な方法で健康を手に入れたい、と思っている。

80年生きなければならないという時代だ。それなら、健康で行きたい。怪しげな情報や商売が入ってくる。

責任のある情報を流すことが問われている。ある程度訓練された記者がいて、キャップ、デスクが居る。さらに整理部が居る。何人かの目を通っていく記事は変なことは無いだろう

アカデミズムとジャーナリズムを繋ぐ。両者をごちゃ混ぜにしたものではない。アカデミズムとは何か、ジャーナリズムは何か、この両方を咀嚼して書かなければならない。

右から左に流すだけならば、人間は要らない。そこにジャーナリズムの目が必要。それには不断の努力が必要。


最相葉月氏の発表 :ノンフィクションライター

 フリーランスの人間で、決して科学が専門な訳ではない。主として単行本を通じて自分の考え方を述べる。クローンについても、取材をし、今に至っている。日本は、6月に世界で始めてクローン人間禁止法を施行した。この法の成立の過程を傍聴したが、政策決定をしていくことがいかに不適切か。国民に対する情報公開がなされていないか、ということを痛感した。


中島秀人氏の発表: 「コンセンサス会議」

1990年 STS NetWork Japan
2001年 日本STS学会・事務局長
 
デンマークで始まった。ものすごい勢いで広まっている。日本でも、98年、99年、00年に行われている。

専門家パネルと市民パネルとの相互作用によってある種の結論を得る。

キークエスチョンを作る。3ヶ月前に作る。勉強会を重ねる。コンセンサスを発表する。今年1月に、GMOに関する勉強会。レクチャーをする。専門家を排除してコンセンサスを形成する。市民運動家は、市民パネルからは排除されるが、専門家パネルにはなれる。非常に不合理な結論を出すのではないかという思い込みに反して、極めて妥当な感覚をもった結論が出た。

ジャーナリストの大江:市民と一言で言うが、市民というものを形成することに大変なエネルギーが必要だと思っている。どのようなレベルで形成されるか。

中島:もっとも難しいところ。特殊なところでなく、世論を代表するといった例。デンマークはアットランダム。日本の場合には、危惧される。いろいろな広告で集めると

 
安井 コメントの要旨: 「メディアは安心を報道できるのか」

自己紹介:もともとは材料科学。最近は環境科学、さらに細かく言えば、環境を総合的に評価することを専門にしているが、メディアの報道に対して、なんとどうしようもない記事を書くのだ、と常々言っている。科学者が直接市民に対して情報を発信すべきだと、主張し、過去4年半にわたって、ほぼ毎日更新されるWebサイトを個人的に運営していて、最近は、月に3万5千アクセス程度。

発言要旨:
 環境問題の場合、市民の安全に関わる情報をどのようなスタンスで報道するか、かなり問題になりうる。なぜならば、現時点における環境の状況は、少なくとも日本においては、大きなリスクはすでに解決され、小さな多種多様なリスクが散在している状況だからである。「小さなリスクを大きなものだと誤解することは、問題が無い」と思うのは誤解であって、一般に小さなリスクをさらに小さくすることには、多大なるエネルギーと資源の消費を伴う。

例えば、水道水が安全上の問題があって飲めないという新聞キャンペーンがあったが、これによって、市民がペットボトルに入ったミネラルウォータに変更することは、環境負荷が数100倍になる行為であるうえに、ミネラルウォータの種類によっては、かえって健康上の問題を引き起こしかねない。

さらに、問題なことは、一旦危険情報を出したことについて、それが安全になったという結論を出すことが通常のメディアでは行われないことである。

これは、メディアというものが報道をいかにセンセーショナルにするかに価値を置いているためだと思われるが、メディアというものは、センセーショナルではない安全情報を危険情報と同様の重みで報道できるのだろうか。

今回のテーマである「安全」という言葉だが、100%安全などということはありえないので、安全を単独で使用するよりも、「安全・安心」というペアで使われることがある。「安心を与える報道というスタンスはメディアにはありえるのか」。

参加者コメント:

アラン:新しい科学者の方、水道水より、マーケティングの問題。科学者やってしまうことの間違いがある。リスクについて主観的なリスクに関心を持つ。危険なことは平気でやるのに、誰がリスクを取るのか。国際公共財というものがある。温室効果ガスがいくら重要だが、主観的になりがち。

飯島:一般市民の中には科学は怖いというイメージがあって、原子物理が残っている。科学者がきちんと象牙の塔にこもっていて説明をしてこなかった。市民に開かれた大学は重要。1996年の調査によれば、医療生活情報をどこから得ているのか、医者からは13.8%でしかない。テレビ73%、新聞43%。医学が怖いということが風潮がある。インフォームドコンセント。科学は輪切りにしたような数字で、安全だというが、本当に生活レベルで情報が欲しい。生活している人に対して情報を出す。

中島:科学者の情報伝達をすべきか、しかし、科学者にそんなことを期待しても無駄である。プロフェッショナル。科学者自身にやってもらうのは、難しいのではないか。ジャーナリストがもっと科学者に近づくのが重要だ。インターネットで情報で提供するというやり方がある。インターネットでジャーナリズムは衰退している。金子勉先生、インターネットの情報がエディットされている。生の情報は取れるが、クローズアップ現代は、もう一回皆さんに提供し冷静に考えてもらう番組である。コンセンサス会議は、専門家と市民が情報をエディットしていること。エディットをしないでよいのですか。正しく伝えることは重みを伝えることがジャーナリズムではないか。

白内:科学ジャーナリストではない。家庭面で医療問題からなんでもやる。不安のある消費者側に足を置いている。科学ジャーナリストが技術よりである。その中で、遺伝子組み替えの問題、いたずらな情報を与えて、不安を作っている。これが役割である。正しい知識、合理的な知識、合理的に行動する。という仮定があるが、人間が非合理である。一般の読者は、正しい知識を理解し行動するとは思えない。

服部:どうしても話をしたい。引っ越すまでは東海村に住んでいた。JCOの事故があったときのメディアの報道にすごく問題だと思った。いつも、分かりやすさとか受けての側といったことが言われた。屋内退避をしていた。そのときに役に立ったのが、NHKとインターネットとメールは分かった。不安に思っている人にわかったことが分かった。東海村に住みながら、原子力賛成派としての誹謗中傷をメディア関係の人から浴びた。非常事態のときに正確に伝えるのが科学ジャーナリズムである。


坪野氏東北大学: ガンと栄養

ガンと栄養に関する疫学研究をしている。これまで国立がんセンターなどで研究してきた。

(1)個人的経験、3月1日号にお茶と胃がんの関係の論文が出た。動物実験とか小規模な疫学研究では、緑茶が健康飲料になっている。最大規模の追跡調査。3万人の人の状況。予想に反して、1日1杯以下だろうが5杯だろうがガンの予防効果は見つからなかった。アメリカのメディアである、ロイターなどからメールや電話を通して報道があった。NYTimesに出た。
 日本のメディアは、ある新聞から外電で見たとコンタクトがあった。新聞記事を書いて出してしまった。その日の夕刊に記事にしてしまった。取材もせず、また論文も読まず記事にした。
 別の記者。一字一句読み上げて、確認した。一ヶ月も経っていた。ニュースバリューの無くなったニュース。

(2)現在のメディア報道に関する意見。重要だと思う研究は以外と伝えられていない。研究としての意義がはっきりしないようなことが報道される。ガンと栄養では小規模な疫学データしかなかったが、最近大規模な追跡調査が報告されるようになった。食物繊維が大腸がんの予防になるといわれているが、大腸がんの前がん状態を改善しない。しかし、日本のメディアは、この研究が報道されなかった。学会の動物試験は、報道されない。重要な研究よりも記事にしやすい研究ばかりが報道される。

(3)市民の共有財産になっている研究を報道すべく、www.tsubono.comをやっている。メーリングリスト。研究の質を見るようになったというような感謝も寄せられている。ジャーナリストと研究者のギャップを埋めることが重要。



C先生: 若干時間が延びて、全部で3時間だったが、なんとなく居心地が悪かった。何故なのか、かなり真剣に考えた結果、次のような感覚が浮かび上がってきた。要するに、「ジャーナリストとは、自己の価値観が非常に強く、自己評価が甘い種類の人間なのではないだろうか」、ということである。若干の自己否定を含んだ価値観、例えば、「自らの行動や意見は絶対ではないという価値観」、「真理のすべてを知ることなど絶対にできない」、といった感覚を持っていないと、公正な情報伝達などできないと思うのだが、「どうも、ジャーナリストには、そんなものは無縁なのではないか」、という感触が残った。