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ウラン臨界事故:再発防止編  10.03.99




 JCOなる企業はとんでもない企業だ。工程の違法な簡素化を行っていた。裏マニュアルの存在がばれた。しかも、今回の作業員はこの裏マニュアルにも従っていなかった。裏マニュアル通りに作業していれば、今回の臨界事故は発生しなかっただろうと思われる。
 以上の情報が10.03.99朝刊によって明らかになった。この違法行為がばれたことによって、マスコミが元気になったように見える。


ご注意のお願い:今回の臨界事故の4本の記事ですが、急いで書いたもので、ほとんで記憶で書いておりまして、書籍をきちんと調べておりません。そのため、物理的に間違った記述があるようです。すでに、ご指摘いただき、直すところは直し始めております。数日以内には間違いの無いようにしたいと思います。まあ、根本的な結論が変わるほどの重大なミスは無いと信じたいですが。直した記録も掲載しますのでよろしく。

修正点リスト:10.06.99現在
(1) α線と中性子線の混同。
(2)被爆の爆の字を曝に。
(3)ウラン238に関する記述の修正。


10.02の夜間:まだ、裏マニュアルの存在は明らかでない状況下での議論。

C先生:ここからは、このような事故の再発をどのように防止すべきかといういわば問題解決編に移る。いろいろなことがありそうだな。

A君:まず最初に今回の事故のレベルについて議論したいのですが。

B君:同意。

A君:それでは。原子力関係の事故は、レベル0〜レベル7までの8段階で評価されているようです。レベル7が勿論最悪で、チェルノブイリの事故はレベル7でした。スリーマイル島事故はレベル5。そして、今回の事故はレベル4で、国内過去最悪という栄誉???を得ました。

B君:気楽に一発飛んだら、日本最高だったという感じ?

A君:それはそんな感じなのですが、議論したいのは、過去のレベルです。過去最高がレベル3で、それは東海村の動燃で起きた廃棄物処理工場の火災爆発事故でした。さて、ここで問題です。例の高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れの事故は、レベルいくつでしょうか。

B君:知ってる。なんとレベル1だった。その割には、マスコミは騒いでくれました。マスコミが騒いだ真の原因がなんだったかと言えば、それは、ビデオ隠しに象徴される事故隠し体質だった。

C先生:その通り。マスコミの特性として、事故隠しに限らず、「隠し事を暴くことは神聖なる業務だ」と思っているところがある。もんじゅ事故は、小規模なものであれば、普通の化学実験室でも十分に起こりうるものだった。しかも、その原因というのが、全く考えられないような温度計の保護管の知性皆無の設計。だからレベル1は妥当だった。しかし、あの時点では、そんなことを言うと、魔女にされそうな感じだった。

A君:実際、C先生は若干別の議論だったけれど、もんじゅ事故では毎日新聞に魔女扱いをされたではないですか。

C先生:このHPの1997年版の古い古い記事のどこかを探して貰うと、その記録が出てくるが、まあ時効としておこう。探す人も出るかも知れないので、一応表紙だけにはリンクしておくか。サービス精神があるだろーーう。
 真面目モードに戻って、このレベルというのは、直感的には対数スケールではないかと思われる。すなわち、レベルが一つ違うということは、その規模なり悪質さが10倍違うのではないだろうか。となると、レベル1のもんじゅとレベル4の今回の臨界事故とでは、3の差すなわち、1000倍違いということになりそうだ。
 マスコミよ、もんじゅのときの1000倍騒いでくれ。騒ぐ必然性があるから。

A君:もんじゅ事故の1000倍もすごい事故が、あのような操作手順無視で起きてしまう、これが今回の事故の最高に怖いところだと思う。

B君:同感。多分、時間の節約といった非常につまらない動機でこの最悪の栄誉??を得てしまった。これが怖いのだ。


ここで中断して、翌朝。

C先生:などと昨晩言っていたら、10.03の朝刊で裏マニュアルの存在が暴露された。予想されたことではあったが、ひどい会社だ。しかし、裏マニュアル通りに行っていれば、臨界事故にはならなかったと思われる。となると議論はどうなる。

B君:裏マニュアルは、組織としての犯罪だ。その原因だが、最近のなんでも合理化、コストリダクション、といった短期的な企業利益だけを追求してしまう企業姿勢が、こんな形で現れたと思う。

A君:リストラ、リストラ、これではモラルが下がるのですよ。リストラをやらない企業をいつだったらC先生が高く評価していましたが、このJCOと関連親会社がどのようなリストラをやっているのか、それによる社員のモラル低下がどんな様子なのか、個別の報道をもっとやってほしい。

C先生:分かった。企業犯罪告発は、マスコミの得意技だ。「自分たちの分かる話題になった。科学を離れられると」、やっと元気になって、せっせとたたいてくれるだろう。
 それでは、その裏マニュアルすら無視されてしまうことに関しては

A君:やはり操作員のレベルでしょう。JCOの社員の中で操作員がどのような立場に置かれているのか、これが問題。幹部候補になるような社員は、このような操作などに直接タッチしないでしょう。

B君:あれ。企業人がそんなことを言って良いのかな。どんな立場でも、プロ意識をもって任務を遂行するのが訓練された企業人の姿ではなかったのか。

A君:最近、それが変わったと思う。

C先生:日本人の体質変化は確かにあるだろう。以前は、日本というところは、建前が全面的に支配していた世界だった。だから、操作マニュアルが有れば、時間の無駄だと思っても「その通りにやる」ことが日本流だった。ところが、最近、建前よりも自由な発想などといったことが高く評価されるようになった。マニュアルを無視することが美点とされる風潮がでてきた。一部のファーストフード店などでは、すべてマニュアル化されているということが、このマニュアル無視の風潮を加速したと思う。なぜならば、ファーストフードのアルバイトは、全く無知だからマニュアルがある。われわれはもっと高級な作業をしているのだから、自分たちの判断で作業をより効率よく進めるべきだと考えるから。

A君:そんな感じですね。

B君:たしかに、歩行者の信号無視、自転車の交通ルール無視を毎日毎日見せられているのだが、ルールを無視することがより高級だと思っているのかもしれないね。単なる自分勝手だと思っていたが。

C先生:信号無視のようなルール無視は、米国などでは以前から当然のごとく行われていた。赤で止まる建前は、歩行者の場合、確かに無視することも可能だ。歩行の免許を取り上げられることは無いからね。しかし、日本が米国の状況と大きく違うのは、米国では自由にはそれに相応した責任が付いて来ることがしっかりと認識されているが、日本では、勝手気ままに自由だけを謳歌し、責任を無視することだろう。

A君:企業もこれまでは、建前の実態、すなわち「終身雇用と平等賃金システム」でやってこれた。ところが、最近は、能力給になった。要するに個人の能力で待遇が決まる世界になりつつある。

B君:ところが、最後の責任を個人が取るというところだけが、日本ではまだシステム化されていない、ということか。大学はまだ「終身雇用と平等賃金システム」だな。はははは。笑いごとではないか。

C先生:そう。笑い事ではなく、まもなく、大学も独立行政法人になって、競争社会になる。
 このところ評判の悪い組織といえば、神奈川県警だろう。あれだけ不祥事が出てくること自体、非常なる驚きだ。しかし、英国・米国などでも結構悪い警官は居るらしい。でも、その責任はその警官個人が取らされる。県警がマスコミに向かって頭を下げるのは、日本的だ。世界的に見れば、日本的国がまだ多いだろう。それは、組織が責任をとるという建前の国が多いということだが。

A君:そうかも知れない。日本のもう一つの特徴が、プライベートなことと業務上のことの区別がはっきりしない。最近のことでは、NHKの黒田あゆみアナが朝の番組「生活ほっとモーニング」を降りたが、これも2年前に離婚していたことをマスコミが報道したことが直接原因となった。アナウンサーとしての業務とは全く無関係のこと。これがウエットなかたちで関連してしまうのが、日本の変なところ。マスコミだけではないけど。そう言えば、C先生は以前「生活ほっとモーニング」に出ましたね。

B君:若干不謹慎なる話題かもしれないが、某殺人を犯した少年の通っていた学校の校長が、ストリップを見に行ったということが写真週刊誌に報道されたことがあったような気がする。まあ微妙な部分が無い訳ではないが、教師=聖職者は古いし、マスコミは何を考えているのだ、とそのときに思った。プライベートな行為が誰の迷惑にもならないなら、それを認めるのが個人主義だ。マスコミはこのあたりをどのように考えているか、表明してほしい。

C先生:その割には、マスコミは個人を掘り下げて報道しない。神奈川県警の例で言えば、まず、逮捕された警官の名前が公表されないのは、何故だ。公表が当然だ。さらに、実弾入りの拳銃で同僚を脅していた警察官が、どのような教育を受けて、どのような動機で警察官になり、そして、普段の行動はどうだったか、マスコミはこんな報道を実名入りでやって欲しい。それが「個人が責任を取る」ということの一つの具体的行為になると考える。警察の「なにがなんでも仲間を守る姿勢」そのものをたたくべきだ。
 不可抗力で起きた事件・事故の場合にはプライバシーが保護されるのは当然だが。上の例の警官がどのような人物であるか、これは同様な事件の再発防止上、非常に重要な情報を提供することになる。

A君:というと、C先生は、今回の臨界事故についても、操作員の個人情報を公開しろということですか。

C先生:イエスだ。プライバシー保護との関連で色々と議論は有るだろう。しかし、こんな重大な事故の原因が、「裏マニュアルがあったことが原因だ。すなわち、JCOという会社の管理システムが不備だったから起きた」という組織上の理由だけでは、どうしても納得できない。現時点の雰囲気では、日本のマスコミはこんな解釈で終わってしまいそうな気がする。それでは、本当の再発防止の役には立たないと思う。ヒューマンエラーは絶対に起きる。しかし、どんな特性の人がヒューマンエラーを起こしやすいか、こんなことをもっと科学的に解明する必要があるどのような特性をもった個人だったのか、待遇はどうだったのか、社内の評価はどうだったのか、裏マニュアルの存在についてどのような意見をもっていたか、などすべての情報を公開して欲しい。個人に責任の半分がある以上、当然とも言えるだろう。そして、それらの情報を元にして、どのような人が作業を行うべきか、その人の待遇をどのようにすべきか、という現代科学・技術のヒューマンアスペクトからの議論をみんなでやろう

B君:自分の下した判断について「個人的責任をどこまで取るか」、これが日本のこれからの課題ですね。個人能力別社会に転換が進みつつある現時点は、恐らく非常に中途半端な状態なんだ。これを実感させられている人も多いのでは。

C先生:そろそろまとめに行こう。

A君:原子力の危険性について一般市民に向かって語ることは、これまで原子力関係者にとってはタブーだった。危険性など全く無いというのが原子力の建前だった。今回の事故を見ると、タブーなどということを言っている余裕が良くあるな、という感じですね。
 個人に対して責任追及が甘いというのは、確かに日本の現状ですね。良い点だと思ってきたんですが、もうそろそろ駄目ですね。

B君:原子力村の人には、何かすごく無神経な部分がある。今回のJCOだが、「臨界事故」は原理的に起きないとされていたようだ。同様の工場が日本には7箇所あるとのことだが、やはり、他の原子力施設と同様に、臨界事故の可能性があるという取り扱いにするべきだろう。
 東海村の役場のように、原子力施設が多数存在するところでも、「臨界事故」ということが何を意味するか、どうも理解されていなかった可能性がある。科学リテラシーの普及が非常に重要だ。

C先生:ちょっと、かけ離れた議論で締めくくりたい。
 「原子力が現時点で必要か?」、と問われれば、ややずれた答え「現時点での新設は必須では無い」、と答えたい。「二酸化炭素の増加をどうするのか」、と言われれば、「それは省エネルギーでやるか、無視するか、この二者択一しかない」、と答える。しかし、「未来永劫原子力は必要無いのか?」、と問われれば、「とんでもない。石油・石炭などでは200年しか持たない。だから現世代だけでなくて、未来世代のためにも原子力は適切に使用すべきだ。特に高速増殖炉の将来には期待したい」、と答える。 どのぐらいの原子力依存が適切なのか? それは将来変わるのか? この議論をタブー視しないでやろう。その際、どのような視点をもって議論をするか。これが最大の問題だ。
 環境学には現時点で公理(目的?)はない。だから学問として成立していない。しかし、公理を決めることは不可能ではない。現在提唱中の「持続型環境学」の公理は、「500年後まで人類社会の健全性を確保すること。さらに次の500年と微分可能な形で接続すること」。「持続型環境学」では、エネルギーの供給は重大課題だ。太陽エネルギーなどの自然エネルギーは重要だが、それだけでは無理。核融合は、まだ勘定に入れるのは早すぎる。となると、持続可能性のためには、どの選択がベネフィットが多くリスクがもっとも少ないのか、といった議論を続けることになってしまって、結果的に、上のような結論にならざるを得ない。
 環境学では全く異なる公理も可能。例えば、「生態系維持環境学」。そのときには、原子力はどういう取り扱いになるか。
 テレビの対談を見ていると、オウムで有名な江川さんとか、吉川美代子アナとかが、昔に戻れば問題解決とか、自然エネルギーで解決できるとか、色々言っているのが聞こえてきた。そんなことで良いのか。何を解決すれば解決だと考えているのだろうか。
 皆さんの環境学の公理は何ですか。その公理の中で、原子力の取り扱いはどうなっていますか

A&B君:どうも、毎日新聞の件以来、原子力になると、どうもハイなんだなあ。