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ウラン臨界事故:人体影響編  10.11.99




 今回の事故によって従業員、住民にどのような影響があったのか。どのぐらい心配しなければならない事態なのか。すなわち人体影響の議論をまだやっていない。この議論も本来の専門からは、非常に遠い分野だからである。
 そこで、この手の話になるときに、読む本、
  改訂新版「人は放射線になぜ弱いか」近藤宗平著、ブルーバックスB860
のご紹介をまずやってから、若干の議論をしてみたい。


C先生:近藤宗平先生は物理学から遺伝学、そして、基礎医学に転進された方で、環境科学の先達のお一人でもある。人間地球系の研究を厳しくご指導いただいた先生のお一人でもある。
 まず、今回の人体影響を整理することから始めよう。被曝量のまとめを。
 
A君:今回ですが作業員は、そのうち2名の作業員が非常に重度の被曝を受けています。致死量レベルを超しています。1名はそれに比較するとやや少ない。
 これ以外ですと、臨界を止めるために冷却水を抜く作業を行った18名が、作業員として非常事態の線量限度を超しているか、それに近い値だったようです。救急隊員は、作業従事者としての年間線量限度を超しているのではないでしょうか。住民でも、一般人の線量限度を超しているというのが、原子力資料室の見解のようです。
 
B君:数値データで示して欲しいな。

A君:「シーベルト」という単位ですが、なじみが無いですよね。近藤先生の本は古いので、「レム」なんですよ。

被曝の大体の値は
 作業員3名の最大は  17シーベルト
 冷却水作業の作業員   98ミリシーベルト=0.098シーベルト
 従業員や救急隊員    50ミリシーベルトを超す?
 一般人            ?????(諸説あり)

これに対して、年間線量限度は、 
 従事者の非常事態   100ミリシーベルト
 従事者の通常       50ミリシーベルト
 一般人            1ミリシーベルト

となっています。

B君:その????(諸説あり)を説明してよ。

A君:良く分からないのですよ。原子力資料室の主張によれば、臨界事故の中性子線によって、100m地域の4.5ミリシーベルト/時間、350m地点で0.2ミリシーベルト/時間、だったから、もっと多数の人が被曝したはずとのこと。
 グリーンピースのデータだと、現場から175mの地点にあった食塩の分析から、1.6ミリシーベルト/時間とのこと。この値の疑問点は、推理編にすでに出た通り。
 そして、350m以内の住民が避難したのは事故発生後5時間とのこと。

C先生:線量限界を超したかどうか、これはむしろ法律上の問題であって、本当の問題ではない。線量限界は、時代によって変わっている。本当の問題は、どのような影響が出るかということ。急性の問題がないとすると、長期影響、すなわち、発ガンリスクの増大が問題になる。
 ダイオキシン問題と同様に、放射線も急性の影響と慢性影響があって、急性影響がでるようならこれは大変だ。急性症状は250ミリシーベルト以下では出ないようだ。
 作業員の浴びた17シーベルトは致死量の倍以上だ。最善の治療+体力+幸運を祈ろう。
 
B君:年間限界線量があるということは、なんだか、ダイオキシンがTDI(耐用摂取量)があるのと似ていますね。急性毒性は普通の状態では考える必要が無い点も。

A君:ダイオキシンの急性毒性など、全く問題ではない。普通の食事であれば、100万日分の食料を1日で食べないと死ねない。しかも、ダイオキシンの場合には、例えそれだけのダイオキシンを摂取しても死ぬには1週間は掛かる。ダイオキシンの急性毒性で死んだ人は、4名とされているが、あるいは、0名かも。
 それに比べれば、放射線の急性影響は問題。実際、原爆を除いた事故だけでも何人も死んでいるから。だからちょっと違う。
 
B君:ダイオキシンも一時期、発ガンが問題にされた。放射線の慢性影響も発ガンであること、これも共通点だ。

A君:それに関してもやや異議有り。ダイオキシンの発ガンもまず問題外。ほとんど有り得ない。問題は生殖毒性。放射線では、生殖毒性は? 分かりました後でですね。

C先生:ここのところは、A君の優勢勝ちか。さて、そろそろ近藤先生の本の紹介に行こう。
 この本、1985年に初版。そして、91年に改訂新版が出ている。今本屋に置いてあるかどうか、これは疑問だ。今すぐ増刷すれば、まだ売れるかも知れませんよ。→ 講談社。
 まず、この本の前書きは、寺田寅彦の言葉から始まる。この言葉は、この本を読んで以来、環境を考える際の最大の課題として、常に意識してきたものなんだ。
   ものを怖がらな過ぎたり、
   怖がり過ぎたりするのはやさしいが、
   正当に怖がることはなかなかむずかしい。
                        −−寺田寅彦

A君:それでは、本の内容の説明に行きます。まず、放射線がなぜ生物に悪いかと言えば、「それはDNAを傷つけるからだ」、これが本書のもっとも基本的な議論です。そして、DNAが傷つくと、直接的に影響を受けるのは、細胞分裂をするとき。当たり前ですよね。DNAがもっている情報からたんぱく質を作る訳だから、DNAが傷つくと、間違ったたんぱく質が合成されてしまう。これは困る。自分自身の再製が必要なのに、それがミスになる。
 人間の細胞は、大部分は、分裂する状態にはなくて、「寝ている」。例外的に、常時分裂活動をしている細胞があって、放射線を浴びると、そのために生じたDNAの傷が直接的に影響をおよぼす。それが造血細胞、生殖細胞など。赤血球の生産量は、なんと毎秒200万個だそうです。だから、大量の放射線によってDNAに影響を受けると、まず、血液、リンパ球などに異常がでることになる。そして、命に関わる。白血球が減少すれば、感染症に掛かりやすくなる。赤血球が不足すれば貧血。脳に酸素が行かなくなる。
 生殖細胞にも異常がでるが、これは命に直接影響を及ぼすことではない。

B君:さて、交代。DNAに傷がつくと、必ず困ったことになるのか、と言えば、そんなことはない。なぜならば、生物のDNAは、傷からの回復との戦いの中で生き延びて来たものだからだ。
 傷をつけるもっとも古い原因が紫外線だった。特に地球ができてからしばらくの間には、大気に酸素が無かったから、したがって、紫外線を防ぐオゾン層も無い。だから極めて強い紫外線が地上に降り注いでいた。その紫外線によってDNAに傷が付くから大変だ。それをどのようにして回復するか、これがその当時の生物、といっても原始細菌類だが、彼らにとって最大の課題だった。そこをなんとか生き延びた細菌のDNAが、今でもヒトのDNAのどこかに含まれているのだろう。そのため紫外線に対する耐性を備えている。紫外線によって傷つけられたDNAを修復する酵素を複数持っている。
 紫外線が起こすガンの代表に、皮膚ガンがある。普通、メラニン細胞による「日焼け」で紫外線が皮膚深部にしみ込まないように防衛する。これに対して、ケルト人は、このような耐性を遺伝的に欠いている。そのため、老年期になると皮膚ガンが異常多発する。「それならすべてのヒトが最初から日焼けしていれば、良いじゃ無いか」、と思うかもしれないが、そうなると、紫外線によるビタミンDの生成ができなくて、これまた栄養的に困ることになる。だから、ヒトは居住環境によって適切な能力を身につけた。ところが、オーストラリアの北部(赤道に近い方)に移住したケルト人が居て、彼らには皮膚ガンが多い。移住場所を間違った?のかも。
  ここからは、個人的感想。昔なら、あと数100年経つと、オーストラリアのケルト人も耐性を身につけるのだろうが、それには、自然淘汰機構が働く必要がある。現代には、自然淘汰機構が無いから、恐らくいつまでたっても今のままか。
 それにしても、最近の日本の「日焼けギャル達」だが、彼女らの場合も、日本人だから紫外線には多少強い、といっても皮膚の老化は確実だし、皮膚ガンの予備軍作成中みたいなものだ。
 
C先生:大体良し。遺伝子の損傷を直すということなら、もう一つの話をすべきか。
 ところで、人間にとって最強の毒物はなんだと思う? むしろ「最大の毒物」かもしれないが、その毒物でもっとも多くの人が死んでいる、というのが定義だ。単位重さあたりの毒性という意味とはちょっと違う。

A君:単位重さ当たりなら、アフラトキシンとか、テトロドトキシンとか、言いたいところ。死者の数か、「最近ならヒ素」、というのは冗談。

B君:ダイオキシンではないことは事実。死んだ人が居ない(4名いた?)から。

C先生:それは「酸素」だ。最大の毒物、それは「酸素」だ。

A&B:ひそひそ(知らないふりをするのも大変だ)。

C先生:20億年ぐらい前に、地上に酸素ができたときに、これは細菌類にとっては猛毒だった。10億年以上の猛烈な酸素との戦いで、酸素への耐性を身につけた細菌が出現した。酸素をうまく使う生物は、エネルギーの多消費型で、活力が高かったためか、その後地上にはびこった。その最終形がヒトか。
 しかし、酸素はすべての生物にとって、「最強の毒物」だから、ヒトは酸素によって傷つけられたDNAを修復する多種類の酵素を用意している。
 
A君:ヒトの寿命は、同じような生物であるゴリラの倍。これはいろいろな速度が半分だから。常に満腹状態だと、速度が速くなって、寿命が縮むという話を聞いたことがありますね。食べ過ぎるとその消化のために、毒物たる酸素を取りすぎるからでしょうか。

B君:発ガンの原因は、大部分が活性酸素。その活性酸素を体内で消すのが、例えばビタミンE、Cなど。こんな話も最近では良く知られるようになった。

C先生:これまで長々議論して来たのも、放射線によってDNAを傷つけられた細胞がすべてがすべてガンになるわけではなくて、ヒトには、DNAを修復するために何重ものしかけを持っているということを言いたかった。
 最近の理論は知らないが、これまでは、放射線の場合には、DNAを傷つけるから、いわゆる閾値、すなわちある量以下では影響しないという最低値が無いとされていた。しかし、今のような理屈だと、閾値があってもおかしくは無い。他の毒物との差がある理屈が分からない。
 近藤宗平先生は、低線量の放射線による悪影響は無いとの立場だ。現在、マスコミはどのような立場なのだろうか。原子力資料室は? グリーンピースは?
 
A君:これまでの話を聞いていると、環境毒物、例えばダイオキシンの場合と非常に似たような議論が出てきますね。そういう意味から言えば、自然レベルの議論をやる必要がありますよね。

B君:それに、今回まだ出ていないが、心理的効果と実害とがどちらが本当の害になるか、こんな話も同様に有りそうですね。
 
C先生:それでは、A君の言った自然レベルの放射線の話。
 まず、自然レベルの放射線は、宇宙線、大地からの放射線、核実験、などからのものを考える必要がある。
 それに、自分自身の体内に放射線源を持っていることも、認識する必要がある。それはカリウム40。人体にはほとんどすべての元素を含むとすれば、その他、天然放射性元素として、バナジウム、セレン、ルビジウム、カドミウムなどもあるので、体内から放射線を出して、自分で受けている。
 その外、医療用のX線も浴びる。特に、CTは相当大量の放射線を浴びる。
 それ以外にも、飛行機に乗った際の宇宙線、その他色々だ。
 
A君:近藤先生の、その表ですね。単位が古いですから、新しい単位で書き直しましょう。

自然放射線のレベル(年間被曝量)
(1)体内からの被曝   0.3ミリシーベルト カリウム40他。
(2)宇宙線        0.28ミリシーベルト
(3)大地放射線     0.32ミリシーベルト
(4)核実験起源     0.05ミリシーベルトぐらいか
(5)その他色々     0.01ミリシーベルトぐらいか
ここまでの小計      0.96ミリシーベルト

(6)医療X線      0.5ミリシーベルトぐらいか

B君:ということだと、年間1ミリシーベルトぐらいの自然放射線があるが、それ以外の人為的な放射線への被曝も1ミリシーベルトにするというのが、年間の線量限度ということですか。ただし、医療用は当然例外ということですよね。これは病気を治すという利益があるのだから。

A君:発ガンリスクとして見ると、どんな感じなのでしょうか。

C先生:10ミリシーベルトの被曝のリスクは、0.01%の死亡率の上昇と記述されているようだ。この値なら、個人的なリスクとしては、問題にならない。しかし、日本全体としてみると、これでも、1億人だとしても1万人の死亡数増加になる。寿命がどのぐらい短くなるかという計算ではない。
 普通の人の年間線量限界は1ミリシーベルトだが、自然レベルと同じなのだから、これには、相当な安全係数が掛かっていると考えるべきだろう。ガンによる死亡率上昇にすれば、0.001%にしかならない。これはゼロと見るべきか。
 放射線に関わる業務に携わる人の場合には、50ミリシーベルトが年間線量限界。これは、0.05%の個人的なガン死亡率の上昇だが、現在のように、かなり多数のヒトがガンで死んでいる状況では、個人的にまだ問題になるような数値ではない。

B君:そんな議論から、避難をすべきかどうか、その判断ができる。原子力資料室の考えかたは、一般人の年間線量限界である1ミリシーベルトを2倍も超すような状況だったのだから、あの時点で避難を解除したのは、行政の判断ミスだ。避難を続行すべきだったと主張しているような気がするだが。

A君:その議論は、単純には成立しそうもないですね。なぜならば、避難することによる精神的な緊張とかストレスによる発ガンリスクの増加と、わずかな放射線を余計に受けることによるかなり低い発ガンリスクの増加との、リスクトレードオフになりそうです。自分なら、絶対に避難を止めてストレス開放を選びます。

C先生:近藤先生は、すごいことを言っておられる。チェルノブイリの高汚染地域からの避難勧告に従わない農民にも、寿命という点から見れば、妥当性があるとおっしゃるのだ。その方が長生きする可能性が高いというのが、根拠なんだ。
 また、生殖毒性についても、A君のダイオキシンとの比較のところで、答えが無かった問題だ。実は、放射線を浴びた妊婦についても、あのチェルノブイリ事故の場合でさえも、心理的影響の方が、実際の害よりも大きいというのが、近藤先生の説なんだ。
 そろそろまとめに行くが、「放射線に被曝すれば人体に害が出る」、それは事実。しかし、その害の実体をよく知ると、どうもヒトにはそれなりの対応策が用意されていると言える部分がある。放射線は見えないから気味が悪いが、どこから先が怖いか、この見極めは必要。少なくとも、各人の体内にも放射線源があるということぐらいは、知っておく必要があるだろう。


C先生:などという議論を文章にしていたら、NHKスペシャルで、臨界事故のことをやっていた。非常に良くできた番組だった。前の推理編で書いたことが、どうも違うという感触もでてきた。例えば、沈殿槽の内容積は80リットルだったようだ。映像では、ウラン溶液が沈殿槽の外部に飛び出したという表現は無かった。しかし、現時点では、まだ訂正しない。もう少々、複数の情報が得られてから、判断したい。分裂したウランの量は放送中に情報が無かった。
 もう一つ追加。会社が決死隊を組んで行った、臨界を止めるための冷却水を抜く作業だが、この作業に対して、誰だったかが数日前のテレビで、「ロボットでやるべきだった」、と発言していたのを思い出した。中性子線による被曝が2シーベルト/時になってしまうような放射線量の中で、ロボットは動くのだろうか。
 我々の分野で関連することは、半導体、特にCMOSタイプのメモリーの基板に使うアルミナに含まれる、わずかのラジウムから出るα線によって、メモリーがエラーを起こすこと。
 ロボットもどうせコンピュータ制御だとしたら、中性子線が飛びこめば、どうなるのだろうか。そんな場合用に、全機械式のロボットも存在意義があるかもしれない。映像を見ながら、そんなことを考えた。