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臨界事故から1ヶ月  10.31.99  11.07.99add




11.07.99追加
 科学技術庁の発表によれば、どうも初期バーストの中性子線、ガンマ線などの線量は、最初の25分間で、全体の半分を占めたようだ。思ったよりもバーストの強度は強かった。となると、これから住民一人一人に聞き取り調査をして、当日の行動を解析し、どのぐらいの被曝量になったかの推定を行う作業が必須になる。
 その予測値だが、例外的に大量被曝していない人が存在していないことを祈るばかりだが、恐らく、これまでの予測値の2倍と考えれば大体合うのではないだろうか。一般人の年間許容線量の2倍以上になる人がかなりの数にのぼることは確実だろう。

 さて、それでどうするのか。これが問題。それぞれの意見は、

A君:広島の被曝データなどを詳細に説明して、25ミリシーベルトまでの被曝ならまず有意な差は無いことを納得して貰うしかない。25ミリシーベルトの被曝で、0.25%の発ガン確率の上昇といっても、1万人が対象として、通常の発ガン確率を仮に20%としたときに、20.25%の人が発ガンするという計算になる。すなわち、通常の状態で2000人が発ガンするとしたら、1万人が万一全員25ミリシーベルトの被曝をしたとして、2025人が発ガンすることになる。これは、見えない。今回の被曝で、個人的に心配ではあるだろうが、まず、確率的な解釈をするしかない。

B君:とはいっても、解決にはならない。むしろ、JCOが、被曝量に比例した、見舞金でも出したらどうだ。いくらが適当か分からないが、1ミリシーベルトあたり、2〜5万円とかだったら、いくらJCOと住友金属鉱山でも払えるのではないだろうか。

C先生:なんだか乱暴な議論だな。でも、そんな議論しかできないのが現状なのかもしれない。心配なのがやはり生殖細胞関係だろう。低被曝量のときには、広島で奇形発生に有意な差出なかったとは言ってもね。これから母親になる予定の人は心配だろう。母体の自己防衛機能を最大限に信じるしかない。


10.31.99の記述
 まだ臨界事故の全貌が明らかになったという訳ではないが、かなり多面的な解析が進んできた。
  現在心配していること、それは、地域住民の中性子線被曝の実態が必ずしも明らかになっていないことである。すなわち、臨界になった瞬間に出た大量の中性子線(バースト)がどのぐらいの量であったか、そのバーストによる被曝がどのぐらいだったか、これが明らかにならかになっていないことである。一般市民の被曝は、いくら多くても恐らく5ミリシーベルトを超すことは無いだろうから、その被曝で実被害がでるとは考えにくいのだが、心理的な悪影響が出る可能性は十分有りうる。メンタルケアが非常に重要である。
 しかし、本当に腹が立つのは、風評被害である。新聞によれば、東海村の金型のメーカーへの発注が、この臨界事故が理由でキャンセルされたとのこと。何の合理的理由も無い。その大メーカーの担当者は、「東海村へ行くのがいやだから」、と言い訳をいったそうだ。このような大メーカーの名称を暴くことが、マスコミにとって使命なのではないか。商工ローンの日栄に近いレベルの悪に思える。


以下も、10.31.99の記述

C先生:臨界事故から1ヶ月が経過して、マスコミも色々と勉強をしたようだ。朝日新聞が、1ヶ月特集を組んだ。作業実態など、かなり明らかになったものもある。

A君:市民の被曝の実態がまだ明らかにならないのが若干気になります。

B君:バーストというものの実態がまだ把握されていないということだな。同感。(臨界事故推理編をご参照下さい)。

C先生:それに、やはり我々素人の推量の限界がバレタ。どうも、臨界に達する瞬間には、過度的に超過臨界の状態(バースト)になってから、徐々に臨界状態に戻るらしい。こんなことも、分からなかった。しかも、まだ知識があやふやだ。中性子線のピークが10時35分に原子力研究所で観測された理由がこれのようだ。いずれにしても、そのバースト時の中性子線の強度がどのぐらいであったか、バーストによる市民の被曝がどのぐらいか、これが明らかになっていない。

A君:だからといって、まさか5ミリシーベルトを超すことは無いでしょう。現在、普通人の年間被曝許容量は1ミリシーベルトになっていますが、過去には5ミリシーベルトだったようですね。その理由ですが、恐らく核実験によって相当量の核分裂生成物が大気から成層圏にばらまかれて、その影響があったため、バックグラウンドの放射線量が高かったためではないでしょうか。

B君:日本という国は、広島、長崎の被爆経験のお陰で、日本でもっとも放射線の人体影響の研究が行われている国のようだ。なぜならば、DNAの損傷に基づく人体影響は、相当に確率的なものなので、統計の母数が十分に大きくないと、有意な結果がでないのだ。そのデータの解析がまだ継続的に行われているようだ。最近の研究では、発ガン以外にも、放射線による心臓病の増大が見られるといった報告も有る。まだ確定した訳ではない。
発ガンに関しては、25ミリシーベルト以下の被曝の場合には、有意な影響は出ないとされている。しかし、50ミリシーベルトを超す被曝をしていると、晩発性の発ガンについては、影響があるとされている。

C先生:今回、5ミリシーベルトを超す被曝をした市民はまあいないと思う。25ミリシーベルトよりも相当下だろうから、まず実被害が出るとは思えないのだが、心理的な影響が大きいのが発ガンの特性なので、それが心配。

A君:その件ですが、チェルノイブイリの事故の後始末、汚染除去や石の棺桶作りに、ソ連の軍隊から250ミリシーベルトを被曝限度として数万人が動員されました。これは、発ガン確率が、2.5%ぐらい上がる被曝量だから、危険領域。しかし、どうもその直接被害よりも、不治の病に冒されたと誤解して自殺した例が結構多いらしいですね。

B君:それに、チェルノブイリの事故の後での、妊娠中絶が、全ヨーロッパで10万例にのぼるらしい。ヨーロッパの各国におけるチェルノブイリからの核分裂生成物のよる被曝の平均値は、最初の1年間で1〜8ミリシーベルトだったようだ。妊娠中の事故的な被曝の影響だが、10ミリシーベルトまでならば問題は無いとされているようだ。

C先生:ハンガリーの例だと、最初の1年間の核分裂生成物による被曝量は、2ミリシーベルト程度だったようだが、チェルノブイリ事故直後から2ヶ月間の新生児の体重が、有意に低下したようだ。これは、妊婦の心理的影響だとされている。

A君:今回の朝日新聞の記事も、科学面を良く読めば、かなり正確な情報が伝わるように書かれていました。しかし、専門家の発言というのは、余りにも厳密過ぎる場合もありますね。確かに、絶対に影響がないとは言えない。これは当然でしょう。しかし、有ったとしてもこのぐらいといったラフな情報も同時に与える努力をしないと、専門家が自分の良心を守るために行った発言が、市民に心理的被害をもたらしてしまうことが有りそうです。ときに、厳密さを離れて語ることも、専門家に求められることだと思います。

B君:それはそうだが、そればかりやると、仲間内の信頼を失う。難しいところだ。

C先生:仲間が大切か、それとも社会的な影響が大切か。これは、これからますます科学者に求められる究極の選択だな。
 それでは、厳密さを離れたとして、どんな発言が良いのだろう。

A君:それは、人体影響編ですでにやったように、体内のカリウム40のように、自分自身も放射性物質を含んでいるという理解ではないですか。それに、自然放射線による被曝が1ミリシーベルト近くあるという事実。

B君:「化学物質はすべて危険ですか」、という問に対して、「あなたの体も化学物質でできています」と答えるのと同じようなものだな。体全部が化学物質なのだから、全くの正解。

(この表現が唐突で、新しい読者には誤解を招くとのご注意によって、裏話を若干追加。化学物質の定義については、化学物質の定義、様々 new02.05にて様々のご意見を基に議論したところ、化学物質の定義その2、石坂バージョン new02.18にて、究極の定義、「化学物質=物質」なる定義に出会って以来、B君はこの定義を借用していた。ところが、最近になって偶然読んでいた本、中村桂子さんの「食卓の上のDNA」早川文庫NF233のp218あたりで、「体はすべて化学物質」という表現を見つけて、驚いたり喜んだり。この表現は、環境ホルモンに過剰に反応している妊婦に対して、桂子先生が語る言葉。この感激がポロりと今回こんな形で表現されたのが実情)

C先生:それに、これも人体影響編でやったように、放射線の影響はDNAに傷ができることだが、人体はそのような傷を修復する能力があるということか。しかも、DNAは、わざわざ自分自身で自分を壊すような機能も持っている。「動く遺伝子」というやつだが。こんなことを勉強して、生命というものは一体なんなんだろう、自分自身の存在を危うくする機構がなぜ自分自身の中に組み込まれているのだろう、と考えることも有効のように思える。
 いずれにしても、日本というところは、メンタルケアの技術が低い国のようだ。これをなんとかしないと、原子力は消滅するだろう。原子力関係者の新しい課題かもしれない。
 それでは、風評被害の話に行こう。

A君:これは酷い。日本社会の倫理観がいかに劣化しているかの証明みたいなもの。

B君:金型会社の話だが、当然、その大メーカーの名前を公表すべきだ。新聞記者は当然知っているのだろう。しかし、新聞も広告が貰えなくなるから、大メーカーに対しては強いことは言えないのだ。

C先生:風評被害には、スーパーも荷担しているな。「当スーパーは、茨城産の農作物を取り扱っておりません」、と宣言することが、消費者にとっての利益だと考えますか、と各スーパーの経営責任者に聞いてみたい。今回の事故の本質を理解すれば、むしろ、「茨城農家お見舞いセール」を打って、茨城産の野菜を大量に仕入れて、逆さやになっても相当安く消費者に提供することが、本当の意味で生産者にも消費者にもメリットになることだ。

A君:やはり、現在の平均的風潮が、余りにも安全優先になり過ぎていますよね。現状でもこんなに安全な国はない。さらに安全を求めてどうするの? というレベルですよね。

B君:そういうレベルだった。過去形だ。こんなにも安全な国というのは「幻想」になった。それは、ヒューマンエラーが起きる国になったから。

C先生:A君の意見もB君の見解も、検討に値する。次回のテーマにしよう。ということで、何も事故が起きなければ、次回はヒューマンエラーに関する考察。