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人類と社会(2) 09.10.2000




 人類と社会の第2弾。歴史的検討。

 ヒトという生物は、希少種でもなんでもなく、それとは全く逆に、単一高級哺乳類がこんなにも多数棲息する事態は、長い地球史上でも初めてである。「人種」などという余り意味のない区別はあるものの、現存するヒトは、生物的にはすべてホモ・サピエンスなのである。すなわち動物界・脊椎動物門・霊長目類・真猿亜目・狭鼻猿下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒトなのである。となると、多数存在するヒトの一個体の価値は、地球の歴史レベルで考えるとそれほどのものでもなく、やはり個体が構成している社会のようなものに価値を見いだすべきなのではないだろうか。
 こんなことをもう一度考え直すために読んだ本が、「ホモ・サピエンスはどこから来たか」、馬場悠男著、KAWADE夢新書S201、ISBN4−309−50201−6である。


C先生:今日の議論の目的は、様々あるが、ホモ・サピエンスなるものが、どのようにして猿から分かれ、そして今日の繁栄を築いたのか。絶滅した原人達はなぜ絶滅したか。どのようにして、環境に適合したか。その環境とはどのような意味のものだったのか。などなどといった過去を振り返ってみようということ。そして、この人と社会の関係が将来どうなるのか、本当のところは誰にも分かる訳もないが、その議論の枠組みぐらいは少し検討してみよう、といったところだ。

B君:本日の進行役は、いつものA君ではなくて、自分がやる。まあ、こんなことをA君が勉強しても企業人として役に立つわけもないからね。

A君:いや、役に立ちます。基本的な考えをまとめる上で、必須の知識ではないですか。ただ、最近ちょっと暇が無くて、業務から遠い世界の話題に取りかかることができないだけですよ。

B君:そもそもということで、哺乳類の歴史から行くかな。ヒトは勿論哺乳類。地球の歴史上、哺乳類がこんなにも繁栄したのは、6500万年前の一つの出来事以来。それは、地球に大きな隕石が衝突して、それまでの温暖な気候を激変させた。そして哺乳類の世界になった。それまで我が世の春を謳歌していた爬虫類=恐竜が、寒冷化に適応できずに絶滅への道をたどった。当時、存在していた哺乳類は小型で、木の上や草の下でひっそりと棲息していたが、体毛の無い恐竜達が寒冷化でばたばたと絶滅してしまったので、これ幸いと地上で堂々と食糧を探すようになった。そして、地球環境に適合するような、多様性を生み出していき、大型種もでてきた。

A君:その隕石の話は有名ですよね。その後に起きた超氷河期のために、地球上の70%もの生物種が絶滅したと言われていますから。しかし、この隕石がもしも地球にぶつかっていなかったら、未だに恐竜の世界なんでしょうかね。

B君:そんなことは無いだろう。やはり寒冷化はいずれは起きたのでは無いか。隕石が落ちなかったら、現在、ヒトが地球上に存在していないという可能性はあるかもしれないなあ。
 本論に戻る。そうして、猿という生物種もできてきた。猿は、どちらかと言えば、木の上で棲息するように体の構造が作られているが、そこに地殻の大変動が起きた。アフリカのグレートリフトバレーができたのだ。キリマンジャロ山がこの山脈の主峰の一つ。それまで偏西風によって大量の雨が降っていたアフリカ東海岸が、この山脈の出現によって降雨量が激減し、樹木も減少して草原になってしまった。そこに住んでいた猿にとっては一大事だ。食糧が減ったし、住むべき森林も減ってしまったからだ。以前よりも遠くへ食糧を取りにいかなければならない状況になってしまったのだ。遠くから食糧を持ち運ぶには、手を使うと便利だ。一部の猿が四本足で歩くことを止めて、二本足で歩いてみたら、前よりも速く歩けることが分かった。これが二足歩行の始まり。環境に適合した猿ができたことになる。

C先生:そういう、「環境に適合した動物ができた」、という言い方が確かに一般的だが、実際には、生物の進化というものは、もっと厳しい現実によって起きるのだ。それは自然淘汰。二足歩行を始めた猿と、相変わらず四本足であるいている猿がいたとして、その東アフリカの草原では、二足歩行の猿の方が餌を獲得する確率が高くなる。となると、四本足の猿は、餌の分け前が減って、絶滅するしかなくなる。自然淘汰が起きる。たまたまその環境において、生存力の強い種だけが生き残るのであって、すべての猿がその方向に進化するのでは無いのだ。不適合種が絶滅する、これが進化の実態。

A君:しかも、ある地域の環境変化が劇的であればあるほど、進化も大きく進むということが言えそうですね。ぬるま湯状態では、進化は実現しないようですね。

B君:石器の進歩などでもそうだな。不必要な技術は作られないのだ。

C先生:それは、今でも真理。環境対策技術においても、そんな傾向だよね。自動車の排ガス規制のときにしても、マスキー法案によって一気に厳しい環境規制が課せられて、それによって技術は一気に進化した。そんなものだ。

B君:話を戻すが、いずれにしても、ヒトの故郷はアフリカ。それも、気候変動が猿を猿人に進化させたということ。当然ながら、類人猿はアジアにも存在していた訳だが、アジアに地形変動に伴う気候の変動が起きなかったもので、アジアの類人猿の頭が良くなることは無かった。先に述べた石器が進化しない話だが、アジアにも後で猿人がアフリカから渡ってくるのだが、この地では猿人の使う石器が進化しないのだ。その理由は、竹などの有用な素材があって、石器を鋭利にする必要が無かったからだと考えられる。不必要なものはすべて進化しない、といのが大原則。

A君:やはり、絶滅を招くような変動が無いと、進歩もない。厳しいものですね。

C先生:そう。不必要だと進化は起きない、これが原理原則。

A君:だから、教育にも自然淘汰が起きるように「厳しく放任」しているのですか。C先生の研究室では。

C先生:そう言えば、これまでに若干の自然淘汰が起きたが、現状ではまだ甘いな。まだ不足気味だな。もっと自然淘汰が起きるようにしなければならないだろう。

B君:続きをやる。そんな形で、猿から二足歩行をする種が分かれた。類人猿から猿人への変化ということになる。それが起きたのが、今から500万年前だと言われている。

A君:どうして500万年前などということが分かるのですか。

B君:一つは化石だ。440万年前と思われる猿人の化石が見つかっている。化石の年代測定の話は、今回は除外。それに、もう一つは、ミトコンドリアDNAだ。ミトコンドリアは細胞内に別の細胞が入り込んだような形をしている部分で、エネルギー代謝を司る。このミトコンドリアDNAは、母親側だけから引き継がれるので、その変化は突然変異によってのみ起きる。核のDNAのように、卵、精子のDNAが組み替えらて新たに作られるのでは無いのだ。だから、チンパンジーとヒトとのミトコンドリアDNAの違いを比べることによって、その分かれた時期が推定できるという。それが500万年前という時間になる。しかし、推定の誤差は大きいだろうなあ。

A君:人種によるミトコンドリアDNAの違いを調べて、今のヒト、すなわちホモ・サピエンスは、20万年前にアフリカに存在した一人の女性を起源としているという話、いわゆる、ミトコンドリア・イブの話だって、突然変異の起きる確率をちょっといじったら、100万年前になるじゃないか、という文句がでたようですからね。

C先生:そんなもんだろう。しかし、昔なら考えられないような研究が分子生物学を基礎として可能になっているようだ。古い化石からでも、うまくやればDNAを採取することができるらしいから。そうすれば、分類学上確実なデータを入手したことになるから。

B君:猿人は、その後、原人になり、そして、旧人、新人と進歩していく。しかし、その進歩についても、アフリカがキーワードになっているようだ。
 途中を抜かして、社会の形成と言う話に飛ぶと、そもそも社会とは何かということが重要になる。協力して狩りをするという程度が社会なら、チンパンジーでもやるというし、猿山にはしっかりとした社会体制ができている。だから、人間だけが社会を構成するという訳でもないようなんだ。だから人類社会が貴重だということになると、猿社会はなんで貴重ではないのだ、ということになる。

A君:猿の社会は言語が無いからでは無いですか。もっとも、なんで言語があれば貴重なのか、これは別問題ですが、少なくとも人類社会との大きな区別ですよね。

C先生:なかなか難しい話だが、人類社会の意義とは、ヒトの生存を社会全体として尊重し、そして協調してお互いに守るというところでは無いか。このあたりが、非常に微妙なところなのだが、最近の個人的主張としては、「ヒトの命そのものが、なんの議論も不要なほど貴重品というのは誤解である」、と常々言っている。しかし、貴重であることには間違いはなく、社会の一員になったヒトの命は守るというのが人類社会のルールであるように思う。生まれただけで無条件に社会の一員になったとは言えない。だから親の教育によって社会の一員にするのだ。これが他の動物に比べて圧倒的に未熟で生まれてくるヒトの特徴でもある、という考え方はどうだ。

B君:まあ、大体合意できるのですが、そんな社会が有ったか無かったか、その歴史的な実証はどうやるんです。

C先生:葬儀などという行為は、その一つのあらわれなのでは無いか。また、成人式も結婚式もそのように思える。こんな儀式があったかどうかを実証すれば良い。

B君:だとすると、ネアンデルタール人は、旧人に属しますが、彼らは葬儀をしたようですね。死者の回りに多くの花を手向けたらしくて、人骨の化石の回りに花粉の化石が見つかるようだから。

A君:ネアンデルタール人は、クロマニヨン人などの新人と共存しながら、3万年ぐらい前に絶滅したようですから、少なくとも人類社会は数万年の歴史はあることになりますね。

C先生:そんな考え方を持つと、現代社会が言い始めた持続可能性というものの意味がだんだんとはっきりしてくる。やはり、人類社会をなるべく長期間維持し、その健全性を高めることが持続可能性を高めるという意味なのではないだろうか。

A君:やはり言葉を話し、そして、他者の命を思いやる心が、人類社会の基本なんでしょうね。

B君:なんだか、情緒的な結論になって、気にいらん。最後に一つ、ヨーロッパ大陸では、ネアンデルタール人とクロマニヨン人が共存していたらしいが、なぜ混血ができなかったのか。なぜ、ホモ・サピエンスであるクロマニヨン人が生き延びて、ネアンデルタール人が絶滅したのか。

A君:絶滅の理由は、やはり環境適合能力の有無でしょう。寒いヨーロッパで、生き延びるには、毛皮を縫い合わせて服を作ると言った能力、さらに、大型の獣を捕らえて食料にする狩りの能力など。物理的には脳の大きさでしょう。

C先生:多分そんなところなんだろう。混血ができなかった話は、種が違いすぎるとできないので、かなり似通った外見をしていたのに、DNAレベルで相当違ったのではないだろうか。

B君:それでは、最後に自分流のまとめを。現代に、自然淘汰が無くなったのが問題だろう。種としてのヒトは劣化を始めている。

C先生:それはそうだ。現代は、種の劣化を無視してでも、よりも個を重視する時代なのだ。そういう合意に基づいて社会が運営されている。しかし、個の重視のポリシーが行き過ぎたと思うが。少なくとも、社会の一員になって初めて命が活きる、という教育をすべきだ。これは主として親の責任だが、現在の親世代には難しいのかもしれない。祖父母の出番のような気もする。