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ヒューマンエラーをどう回避するか 11.21.99




 東海村の臨界事故だが、やはり懸念されていた通り、初期バースト時の放射線の放出量は相当強烈だったようだ。最初の25分間で出た放射線の量は、全部で20時間弱続いた臨界で出た放射線の半分を占めたようだ。ということは、これまでこのバーストによる被曝が無視されていたため、市民の場合には人体への影響は無いと評価されてきたが、ざっと言って、市民の被曝を最低でも2倍はあったとして再評価すべきことになる。具体的にどのような値になるか分からないが、5ミリシーベルトと予測して来た本HPの値に近い被曝を受けた市民がまだ隠れているのではないだろうか。今のところ詳細は不明。
 さて、この臨界事故の原因は、認められていた手順を全く無視した作業が行われていたことにあることはすでに明らか。しかし、なんでそんな手順が実際に行われたのか、なぜ誰もそれを止めようとしなかったのか。誰も危険性を予測できなかったのか、といった実態が現時点でも明らかでは無い。
 臨界事故とならんで、このところ話題になっているものが、新幹線のトンネルコンクリート剥離である。今、たまたま新幹線の中でこのHPを書いているが、まもなく姫路である。山陽新幹線の工事では、コンクリートに使われたのが川砂ではなく山砂であり、場合によっては余り良く洗わない海砂も混じっていたという噂もあって、このあたりの新幹線はスリルがある。
 このような日本の状況を考えて、事故を完全に防止するには、どう考えるべきなのだろう。

C先生:最近、新幹線に乗ると、なかなかスリルがある。余り望ましいスリルではないがね。いつトンネルからコンクリートが落ちて来るか、落ちたらどうなるか、気にならないとも言えない。橋脚が突然潰れるとか、架線が突然垂れ下がる、あるいは、車が立体交差から落ちてくるなどという可能性だってある。さらに、東海道では、やはり地震が気になる。特に掛川あたりを通っているときだが。先日の新聞報道によれば、糸魚川−静岡構造線、通常フォッサマグナの西の端に相当する大断層と習ったのではないかと思うが、ここに大地震の可能性ありとの研究発表が最近行われたようだ。

A君:それにしても、新幹線っていうのは、恵まれているというか、例外的というか、開業以来、事故による死者ゼロですよね。神戸大震災だって、あの時間帯だったから新幹線は免れた。こんなのは信じられない。奇跡です。これまで無事故だったもので、やったら大きいのが来る、これが確率論の暗示するところだと思います。

B君:ぶっそうなことを言っている。でも、東海道・山陽新幹線が一発やれば、死者3000名でも不思議では無い。一車両100名近く乗っているから。片側が大事故を起こせば、反対側の列車も巻き込まれるだろうから、3000名といった数値が最大値か。

C先生:もっとぶっそうな話になってきた。それにしても、これまで死亡ゼロで来れたのは奇跡だ。奇跡を起こすためには、人的なエラーをも回避する必要があって、これが実に見事になされてきたのだろう。

A君:保線作業に関して言えば、やはり旧国鉄マンとしての誇りを持った、真のプロフェッショナル保線マンが居たのではないでしょうか。

B君:それに、日本の国情も安定していた。神戸震災でも、暴動的な略奪が起きなかったことなど、日本を筆頭として東洋圏ならではだったのかも知れない。新幹線もこれだけ広い地域に渡っていると、破壊活動があれば、その防止は不可能だ。

C先生:両君とも、古き良き日本の伝統が「新幹線の死亡ゼロ」を支えたという意見のようだな。臨界事故については、同じような文脈だったらどうなる。

A君:JCOにとって、あの作業は生命線的な重要な作業であったと同時に、実は日本の原子力全体にとっても、結果的に見れば極めて重要な作業だったと言えます。ところが、やっている側も、あるいは、やらせている側も、そんなに重大な作業だとは考えず、単に日常作業の一つという考えだったのではないでしょうか。

B君:JCO内では、あの作業は危険作業手当ての対象になっていたのだろうか。多分そうだと思うが。しかし、危険な作業をやっているという認識はあったのだろうか。もしあったとしても、「お金のため」といった考えに過ぎなかったのではないだろうか。

C先生:多分、そんなにも重大な意識をもつことは無かっただろう。たしかに、その作業の重要性に関する判断ミスで、今回の事故は起きている。日本のサラリーマン社会は、官庁のシステムに象徴されるように、エリート社員は現場作業に携わらず、管理のためのデスクワーク。ましてや、危険な作業などに手を出すエリートサラリーマンなどは居ない。この階級性がまず問題だった可能性ありだ。それに加え、最近の日本全体にはびこっている拝金主義が問題かもしれない。昔堅気のプロ意識は、拝金主義とはかなり異なったメンタリティーだったと思う。

A君:日本全体の産業活力を支えて来たのは、確かに製品の改良に関する日本人の木目の細かさ、製造の合理化などの能力だったと思います。しかし、それ以外にも、中小企業のオヤジが持っていたプロの技能とプロ意識、これも日本の産業を支えた大きな力でした。

B君:プロの技能とプロの意識。それが両方消えた。それは日本社会が西欧化したからだろうな。西欧化した産業の一つの特徴として、個人のプロ意識に依存しない高度なマニュアル主義、すなわち、何も考えなくてもマニュアルを見ればやれるというものがある。日本もそのマニュアル主義に切り替えないとならないのだろうか。

C先生:多分そうなのだろう。ところが、JCOの例のように合理化という名目によるコスト削減だけが目的で作業マニュアルの改悪がなされる。これでは、ミスがでても当然なのだろう。

A君:プロの技能とプロの意識があれば、JR西日本のトンネルのコンクリートの剥離事故も起きなかったでしょう。水が流れ出ていて、しかも、コンクリートが飛び出している。こんな状況ならそこを叩いて見ようと思うのが普通でしょう。少なくともプロ意識があればですが。それに対して、「我々は単なる下請けだ」、という意識、「早く作業を止めて帰ろう」という意識では、見落とすのが普通でしょうが。

B君:やはり、JRの保線作業も、エリート社員の全員がまず数年間経験すべきだ。そして、完璧なるマニュアルを作成して欲しい。

C先生:それができないのならどうする。

A君:ちょっと話題を逸らしますが、米国の鉄道は遅いですよね。100km/hぐらいの速度でとろとろ走っている。これは、完璧な保線作業がやりきれないからなんでしょうか。

B君:そりゃーそうだ。あんなに広大だし、しかも、高架を走っている訳では無い。人目の無いところで、線路のボルトを外しても、それは誰にも見つからない。となると、運転士の目が頼りとなる。となると100km/hぐらいが良いところ。

C先生:日本でも保線が完全にできないのなら、スピードを落とせとでも言いたそうだな。

A君:新幹線もこれまではスピードが命だった。どんどん早くなって、はじめのころには3時間10分かかっていた大阪も、のぞみなら2時間30分。山陽新幹線では300km/hも出る。

B君:でも今になって見ると、そんなに速いことが必要か? と感じることもある。でも、価格的に飛行機がライバルになっているから、遅くするのは不可能なのではないか。

A君:しかし、安全のためなら多少速度を落とした方が良いですよね。2/3に落とせば、エネルギー的には、半分以下になりますから、危険性は1/2になるでしょう。

B君:大阪まで4時間になるぜ。これに乗る人がいるか。全員が飛行機にならないか。

C先生:岡山まで遅いひかりに乗ると4時間。これで大阪までしか届かないとしても、まあ十分に速いとも言える。それに飛行場はやはり不便だからね。加えて値段を下げてくれるなら、その方が良いかもしれない。もっとも、値段を高くしないと、逆に合わなくなるのかもしれないが。となると、JRとしては、生存の危機だな。

A君:11月4日に出た朝日新聞社説では、技術者は会社への責任よりも社会への責任を考えよ、という論調だったのですが、これはこれまでの議論との関連でどうなるのでしょうか。

B君:それは当然なんだが、今回のための議論として考えると、その理論は古いのでは無いだろうか。重大事故を起こせば、それが社会的に責任追及されるだけではなくて、その企業も潰れる。事実、JCOは消滅する運命だし、その親会社である住友金属鉱山だって危ないものだ。もしも、JRのどこかが新幹線の大事故を起こせば、それは、JR全体の新幹線に影響してくるだろう。会社に対する忠誠心でものごとの重要度を判断しても、実は正しい判断として成立しない社会になった、という指摘なら受け入れ可能だ。

C先生:まあその通りだな。その理由がエネルギーインテンシティーと私が表現していることだ。要するに、科学技術の進歩のお陰か、あるいは、その副作用か、様々な装置が取り扱うことができるエネルギー大きくなっている。速度が倍ということは、エネルギー的には4倍ということ。私が子供のころは、列車の速度は80km/h止まりだったと思う。今は、その4倍近い速度だ、エネルギーインテンシティーは16倍になっている。今回のJCOの臨界事故で、核分裂したウランの量はどうも1mgに満たないという結論になりそうだが、それでもこの被害。ウランという物質の持つエネルギーインテンシティーが高いからだ。
 このようなエネルギーインテンシティーが高い技術を安全に取り扱うには、それなりのプロの技術が必要だ。それが揺らいでいる。
 
A君:それではもう一つ。最近の子供達は、キレル、ムカツクと良く言うようですが、これも何か関連するように思うのですが。

B君:関連が無いとも言えないが、それよりも、最近の若者の無覚醒状態が怖い。現代が余りにも安全になったもので、周囲の環境との調和を保ち、危機回避を能力として身につけるという生き方が消滅した。すなわち、危険があっても、それは「向こう側から避けてくれる」と思い込んでいる。だから、自分の枠の中だけで生存しているとしか考えられない行動をする。回りを全く見ないで赤信号を渡るのは、今では若者が圧倒的に多い。昔は、オバサン連中の周囲との無調和性を嘆いていたが、最近では、若者の無覚醒状態が怖い。

C先生:A君は、無覚醒な若者になるのが、キレル、ムカツク少年少女達だと言いたいのではないか。確かにそんな気がする。これは、大問題だ。どのような原因があるのか、と言われれば、それはやはり教育の失敗だ。特に家庭教育に問題がある。一言で言えば、過保護が原因だ。子供のときから、家事を手伝わせないで勉強だけやっていれば親が満足している、言いかえれば、周囲を見まわして気を利かせるという訓練が全くなされていない場合が多いのだろう。

A君:そうです。そう言いたいのです。大きくなってから、これを訓練するのは非常に難しい。子供の頃から自然に身につけないと。

B君:出生数が低いのが根本的な原因だな。親が面倒を見過ぎる。

C先生:自己批判を加味して、子供の数は0か3以上。1、2は駄目だな。ひとりっこは論外として、2でも駄目。我が家も実は2だが、やはり親の目が回り過ぎる。子供のときから生存競争を経験させる、これが今後の日本にとって重大な命題だろう。

A君:そろそろ結論だと思うのですが、となると解決法が無いじゃないですか。だって、これまで出たのが将来の幹部候補も実業をやる、そしてマニュアルを完璧にする、でしたが、その幹部候補生だって、本人が秀才ならますます親の過保護の下で育っている訳ですから。

B君:そうなるな。困ったもんだ。

C先生:うーん。たしかに教育からやっていては間に合わない。でも、文部省の言う「ゆとりの教育」がますます駄目な方向であることは確実だ。これは早急に改めてもらおう。
 となると、対症療法を言うしかないか。やはりエネルギーインテンシティーの低い技術に戻るか、あるいは新幹線にはフルハーネス(4点式)のシートベルトとヘルメット着用を義務付けるか。
 
B君:せめて、2点式でも良いから、シートベルトは有った方が良い。
 フォーミュラ1も300km/hになるが、その事故で死者が思ったよりも少ないのは、コースがそのように作られているからだ。回りに砂場があって、その先には衝撃吸収ゾーンがある。これを新幹線に全部付けるのはどうだ。いやいや、できないのは分かっている。
 
A君:とかなんとかいいながら、実は提案があるのです。ヒューマンエラーを科学的に研究するというのはどうですか。どのような人がエラーを起こしやすく、どのような人は起こしにくいか。そして、ヒューマンエラーを起こしにくい人をさまざまなケースで選択する。

B君:なんだかロボットを選別するみたいでいやな感じがするな。

A君:でもしょうがないでしょ。それ以外に無いのだから。

C先生:研究の価値はあるだろう。誰がこんなことを研究しているのか、見当もつかないが。どなたか情報をお持ちでしたら、よろしく。
 どうも、解決法の無い問題を議論してしまったようだ。


C先生:というような記事を書いて貯めていたのが、実は、今から3週間前だった。余り自信が無かったもので、しばらく貯蔵して、もう一度自分で批判的に読みたいと思ったからである。今でも自信が有る訳ではなく、何か問題点を見逃しているような気がしてならない。

 例えば、先週(11月15日の週)、日本経済新聞が夕刊に連載した、最近の若者の特性に関する記事で指摘された「勤勉性の喪失」や、ときどき衝撃的事件を起こす「反科学性・非科学性」も問題にすべきように思える。しかし、どのように問題にすべきなのか。

  現在、例の成田のミイラ事件を起こしてくれたライフスペースなる団体がマスコミ報道の対象になっている。このような事件によって、「反科学性・非科学性」が問題視されること自体、環境問題の解決という点から見れば歓迎すべきだ。

 ところが、そのマスコミが自分達で作る番組には、妙なものがある。11月21日の日本テレビ系の番組に限っても、極めてまともな科学的娯楽番組である「特命リサーチ200X」と、昼前のニュースの後でテレビが付けっぱなしになったため、たまたま見てしまった「怖い日曜日」(今回のテーマは「死者の警告」)、がどうして同じ放送局で作られるのか? この後者に含まれる「反科学性・非科学性」が変形して、ライフスペースなる団体が発生してしまうように思える。

 ただし、このような現象は、先進国にとって共通の問題でもある。例えば、米国のカンザス州では、進化論を初等中等教育で教えないことを決めた。これは宗教的な選択だという。遺伝子組み換え技術があれほど研究されている米国でも、この始末。46億年の地球の歴史で生れた生物(始めは微生物)が脈々と受け継いで来たDNAの構造の一部、例えば耐紫外線性の遺伝子を、現代のほとんどすべてのヒトが持っているというこの事実をどのように教えれば良いのだろうか。