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   心と物質  11.03.2001




 心とは何か。まだ完全なる回答は無いと思う。しかし、以前のように、「心は、心臓に存在している」、と考えている人はさすがに居なくなったのではないだろうか。「心は、脳の活動によって作られるものだ」、ということは共通認識になったと言っても良いのだろう。
 その脳だが、実は、神経伝達物質なる物質によってその作用が決まっている。ということは、心を左右するのも物質だということになる。
 このような「心と物質」観が無条件に必要という訳ではないが、まあ、最新科学の一断面として記述をしてみたい。
 参考図書は、「脳と心をあやつる物質」、ブルーバックス、ISBN4−06−257269−9、生田哲著である。


C先生:「心」とは何か。夏目漱石の小説「こころ」である、というのも答えの一つではあるが、ここでは、人間のもつ「心」を取り扱ってみたい。そして、どのような物質が心を左右するのか、ということについて、常識的なところをカバーしてみたい。

A君:この話は大変ですよ。大体、神経伝達物質といっても、現在認識されているだけでも25種類ぐらいあって、実際には、100種類以上あるとされているわけですから。

B君:だから、そんなに厳密にはやらないで、今週の環境「電磁波の人体影響」でも出てきたメラトニンがなにを決めるといったこと程度のことが分かるようになれば良いのではないか。要するに、物質の名前ぐらいには、親しんで欲しいということで。

A君:分かりました。ちょっと勉強しつつ行きます。まず、「心」といっても、実際には、多少分類をした方が良いようです。それはレベルの違う心があるからです。「欲望」、「感情」、「理性」の3種類。脳のどの部分がこれらの心を司っているのか、といえば、それは、脳幹と呼ばれる脳の中心部分で欲望を、それよりちょっと外側=大脳辺縁系で感情を、そして、脳のもっとも外側の大脳皮質部分で、理性が制御されているようです。要するに、構造的に分業されている訳です。

B君:まず脳幹だが、すべての動物が生きるために必要な基礎的な部分。呼吸、血液の循環、発汗などを制御している。脳幹は延髄、橋、中脳、視床下部、視床からなる。中脳は、姿勢や歩き方をコントロールしており、また、集中力、積極性、気分などもコントロールする神経が中脳から始まり、脳全体に伸びている。

A君:視床というのもは、目からの情報を始めとして、脳に出入りするすべての情報の中継点です。視床下部は、ヒトの本能ともいえる「欲望」を発生させる根源で、例えば、食べたいという摂食中枢、おなかが一杯になったという満腹中枢、セックスに関わる性欲中枢、体温を一定にする体温調節中枢があり、また、ホルモンを合成もしているのです。

B君:その外側に、海馬と扁桃核など、大脳基底核がある。扁桃核は、「好き嫌い」、「怖い」といった「感情」が決まる。扁桃核を切除したサルは恐怖感をもたないらしい。ここで、「感情」が生まれるといっても良い。好きなことはしたいが、嫌いなことはしたくない、といったことがここで制御されている。

A君:大脳のもっとも外側にある大脳皮質は、ヒトの性格、創造性、意識を発生させる場所で、ヒトが他の動物に比べて大幅に増強されている部分でもある。一般に、四箇所に分類するのが普通。すなわち、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉です。

B君:前頭葉は、側頭葉の全部とあわせて連合野と呼ばれ、もっともヒトらしい部分で、特徴的な高いレベルの、言い換えれば「知性的な心」はここで決まる。後頭葉には、目から入った視覚情報が蓄積されている。頭頂葉では、触覚や痛みを感じたり、筋肉の収縮もここからの命令による。

C先生:以上が脳の大体の構造だということになる。次は神経系について若干の説明を。

A君:神経細胞は、「ひとつながり」にはなっていないのです。もしも、全部つながっていたら、すべてのシグナルが電気的に脳全体に伝わって、それでは分業が基本の脳が作用しなくなります。そこで、神経細胞は短く切れており、隣の神経細胞との間には、20〜30ナノmのわずかな隙間があって、この隙間を情報が伝達されるには、ある種の物質が神経の一方の端から放出され、それを他の神経の端が受け取るという機構になっているのです。要するに、ここでは、物質が電気信号を中継するということになっているのです。

B君:そして、どんな神経伝達物質が分泌されるか、これが神経の興奮状態を決める。これが脳の作用も決めるといえる。過剰になったり、不足すると精神状態が異常になる、といったものの名称と作用を表にして示す。

伝達物質 放出が多すぎる場合 放出が少なすぎる場合
ドーパミン 精神分裂病 パーキンソン病
ノルアドレナリン 不安、躁病 うつ病
セロトニン 同上 同上
アセチルコリン パーキンソン症候群 アルツハイマー病

A君:このような脳を興奮させる伝達物質のほかに、バランスをとる意味からか、ギャバのような脳のなだめ役がいますし、グルタミン酸のように記憶に関わるアミノ酸などもあります。

C先生:上の表の意味するところは重要で、要するに、心が平穏であるためには、神経伝達物質が多すぎても、少なすぎてもいけない。すなわち、バランスが重要だということを意味する。前回やった「免疫力をつける」ことが、実は、「体内の免疫システムのバランス」を取ることだった。なんとなく似ている。ヒトの健康はバランスによって保たれている。これが真理のようだ。

B君:ドーパミンは、過剰になると、脳が興奮して幻聴、幻覚、誇大妄想といった症状を示す。少なすぎると、脳のコントロールがうまくいかなくて、手足が震えるといったパーキンソン病の症状を示す。

A君:ノルアドレナリン、セロトニンが多すぎると、脳が興奮しすぎて不安定。気分が高揚して他人に対して攻撃的になるのは分かるとしても、実は、「安心できない不安でしょうがない」、という状況も脳の興奮のし過ぎ。逆に、これらの物質が少なすぎると、神経の興奮が不足して、喜びが感じられなくなります。

B君:アセチルコリンが少なすぎると、アルツハイマー的症状になる。

C先生:これらの神経伝達物質の過不足は重大な事態を招く。次に、体外からどんな物質を摂取すると、心にどのような影響があるかをまとめてみよう。

A君:まず、アミノ酸類ですが、タンパク質の構成要素です。神経伝達物質の原料でもあります。脳がきちんと機能するには、アミノ酸が必須です。グルタミン酸(味の素の主成分)から脳のなだめ役であるギャバができますし、トリプトファンなるアミノ酸から、セロトニンや、まだ説明していないメラトニンが作られ、フェニルアラニン・チロシンからノルアドレナリン、ドーパミンが作られます。いずれも、アミノ酸から短い工程でできます。

B君:アミノ酸がいくつか結合したペプチドにも重要な伝達物質がある。糖尿病に関わるインスリン、やる気を出す甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、性欲を発生させる黄体形成ホルモン放出ホルモンなどがアミノ酸数個から作られる。

C先生:アミノ酸は、全部で20種類しかない。これらのうち、体内で作ることができるアミノ酸は12種類。残りの8種類は、体内では作ることができないから、「必須アミノ酸」と呼ばれ、食事から取るしかない。

A君:必須アミノ酸は、トリプトファン、リジン、スレオニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニンの8種です。

B君:トリプトファンから神経伝達物質のセロトニン、メラトニンが作られる。この2種類は視床下部という人間の欲望に関わる作用を持つので、これが不足すると、気分は沈み、不眠にも悩まされる。

A君:メラトニンは今週の環境で取り扱った「電磁波とがん」でも出てきた物質で、1993年には米国で、メラトニンが睡眠、老化、がん、インポテンスなどに効くらしいということで健康食品として販売されはじめ、爆発的ブームになった。本当かどうかは未確定。でも、睡眠と深い関係にある物質だということは確実で、時差ボケにはメラトニンを飲むのが一番という人もいます。

C先生:試みたが、「効かなかった」。むしろ、寝る前の牛乳1杯の方が良いような気がする。これは、牛乳中のトリプトファンがメラトニンの原料だという説を信用しての話。

A君:話を戻して、アミノ酸は絶対的に重要ですが、糖類も重要です。脳は1時間に5グラムのブドウ糖を消費しますから、朝食を食べないと、午前中には脳の機能が低下してしまうことになるのです。もちろん、肝臓に蓄えてあるグリコーゲンをブドウ糖に変換して使うこともできるのですが、肝臓には、12時間分程度の蓄積しかないのですから。

B君:いずれにしても、ストレスを低下させないと、ヒトの脳は耐えられない。そこで、抗ストレス物質なるものが存在する。その一例が小型のたんぱく質であるメタロチオネイン。これを作るには、亜鉛が必要で、亜鉛不足になると「切れやすい」人間ができてしまう。

A君:亜鉛が必須だからといって、サプリメントから摂取するのはお勧めできないです。なぜならば、亜鉛は有害であって、必要量と毒性を示す量が近い。要するにサプリメントからだと過剰摂取してしまう可能性が高いから。やはりバランスの良い食事からの摂取が望ましいです。

C先生:脳が興奮しすぎて不安を感じるような状況になったら、コーヒー、タバコは止めたほうが良い。ところが、人間、不安になると、これらの消費量が増えてしまう。コーヒーの代わりにミルクティー、タバコの代わりは無いかもしれないが、栄養バランスの良い食事をどうぞ。

E秘書:黙って全部聞いていました。今回の話題はちょっと深刻に受け取る人もいるかもしれませんね。しかし、「心の病も所詮神経伝達物質のバランスが悪いせいだ」、と思うと多少気が楽になって、直る方向に向かうのではないでしょうか。よく効く薬もある訳ですからね。