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  グリーンケミストリーとは何か 08.17.2002





 我が国におけるグリーン化のトップランナーは、OA機器業界、自動車業界などである。やや遅れて、家電業界が追従しているといった状態だろうか。材料製造などの基礎産業は、市民に直接製品を提供している訳ではないので、先進的な業界からの圧力だけでグリーン化が行われるといった状況にある。食品業界は、調味料やビールなどの分野でのリーダー的な企業を除けば、市民サービスを最優先すると言いながら、むしろ、食肉の産地詐称が起こるような体質をもっている。そして、市民サービスという名の元に、過剰包装も厭わないという体質である。

 それでは、化学業界はどうなのか。一般的には、なかなかタカ派だと思われるのだが、それでも、最近になって、GSCN(Green & Sustainable Chemistry Network)なるものを自主的に組織し、学界・産業界を上げてグリーン化に取り組もうとしている。

 2003年3月13日〜15日には、早稲田大学において第一回の国際会議を主催する予定になっている。

 さてさて、グリーンケミストリーとは一体なにがグリーンだと言うのだろうか。



C先生:今回は、本業に近い話だ。といっても本業が一杯あって、何が本業だと言われそうだが。グリーンケミストリーなるものが、どのようなものであるかをまとめて見よう。

A君:最近になって、何冊も本が出ています。
(1)「グリーンケミストリー」
ポール・T. アナスタス (著), Paul T. Anastas (原著), ジョン・C. ワーナー (著), John C. Warner (原著), 日本化学会 (翻訳), 化学技術戦略推進機構 (翻訳), JCII (翻訳), 渡辺 正 (翻訳), 北島 昌夫 (翻訳)(1999/03/01) 丸善
(2)「グリーンケミストリー―持続的社会のための化学」
御園生 誠 (著), 村橋 俊一 (著)(2001/03/01) 講談社
(3)「グリーンケミストリー―環境にやさしい21世紀の化学を求めて 化学フロンティア〈4〉」
宮本 純之 (翻訳), GSCネットワーク (翻訳), 北島 昌夫 (翻訳) (2001/11/01) 化学同人

C先生:その3冊が、いずれも、GSCNに近いところから出版されているもの。

A君:その他にも何冊かありますが、読者の皆さんは、Amazonあたりで調べてください。

B君:(1)の原著者のアナスタスなる人物だが、彼は現在、米国の大統領補佐官で、グリーンケミストリーの推進者である。もともと有機化学を専門とし、EPAに入省して新規化学物質を取り扱い、その後、グリーンケミストリーの概念を作り上げた。

A君:その(1)の本は、薄いのですぐ読めます。まず、化学が起こした様々な公害や人体影響を取り上げています。以下のような項目が挙げられています。
a.レイチェル・カーソンによるDDTなどの指摘
b.サリドマイド事件
c.タイムズビーチ事件とラブカナル事件
d.クヤホガ川の有機物汚濁と火災事件
e.ロスアンゼルスやピッツバーグの褐色のスモッグ
f.オゾン層破壊問題
g.インド・ボパールにおけるユニオンカーバイド社のメチルイソシアネート

B君:そして、原理原則の提示になるが、「薄めれば汚染も消えるという」考え方の限界をまず指摘。次に、環境規制というものの考え方と限界について言及し、そして、1990年の汚染未然防止法PPA(Pollusion Prevention Act)を廃棄物の発生を断つのが米国の環境基本政策と宣言した法律であると位置づける。

C先生:そして、グリーンケミストリーは、汚染を防ぐ画期的な手段になりうるものだと評価している。すなわち、化学製品や製造プロセスそのものを、つまり根元をいじって、健康や環境へのリスクを下げる基本戦略を提供する。

A君:グリーンケミストリーは、「環境にやさしい化学合成」、「汚染防止に繋がる新しい合成法」「環境にやさしい分子・反応の設計」などと言い換えが可能だとしています。

B君:その後、多少説明があって、「化学者は、ヒトと環境にどのような影響がでるかをいつも頭において合成法を考えなければいけない」、とまとめている。

C先生:その後で、リスクの話になって、
  リスク=ハザード×暴露
だが、これまでは産業界は暴露を下げることばかり気にしてきたが、これからは、ハザードの低い物質への転換を行うのだ、という解説をしている。

A君:特に、許容レベルがリスクを100万分の1に設定してあっても、その”1”になりたくないというのが市民感情だと述べています。

B君:物質そのものを変えて、ハザードの無いものにするのだ、すなわち、環境に出ても問題の無い物質にするのだ、というハザード管理型の思想を述べている。

C先生:しかし、最後のところでは、若干違った思想も追加されている。”ライフサイクル総体”と言う言葉だ。「グリーンケミストリーでは、まず膨大な化合物のデータを基礎に、化学製品と合成法、そして化学物質のライフサイクル総体を評価する。健康と環境に危ない物質がどれかをつきとめ、危険を生む分子メカニズムをはっきりさせる。その2つをしっかり認識すれば、より安全な反応、より安全な物質をデザインできる」。

A君:しかし、やはりハザード管理型の思想なんでしょうね。最後に、パラケルススが登場しますが、こんな登場の仕方です。「”どんなものも量次第で毒になる”といったパラケルスス(1493〜1541)は言った。万物は毒か、それなら騒いでも仕方が無いと逃げを打つのは簡単で、そんなふうに自己正当化をする化学者も多い、しかしそれは違う。どんな物質も多少なりと毒性を持つが、だからといって万物の毒性が同じだと言うわけではない。事実、毒性は物質で何桁も差がある。また、物質がもたらす毒性症状にも、毒性の分子メカニズムにも大差がある」。

B君:その主張は、ハザードの低い化合物を見つけて、物質そのものをよりハザードの低いものに切り替えるべし、ということ。となれば、やはりハザード管理だと言えるだろう。

C先生:アメリカ版のグリーンケミストリーでは、12項目の条件というものがあって、それを参照しながら、よりグリーンな化学を実現しようということになっている。その12項目とは、以下のようなものだ。英語で示して、その後に日本語訳を付ける。


12 Principles of Green Chemistry
(Anastas, P. T.; Warner, J. C. Green Chemistry: Theory and Practice, Oxford University Press: New York, 1998, p.30.)

1. Prevention
It is better to prevent waste than to treat or clean up waste after it has been created.

2. Atom Economy
Synthetic methods should be designed to maximize the incorporation of all materials used in the process into the final product.

3. Less Hazardous Chemical Syntheses
Wherever practicable, synthetic methods should be designed to use and generate substances that possess little or no toxicity to human health and the environment.

4. Designing Safer Chemicals
Chemical products should be designed to effect their desired function while minimizing their toxicity.

5. Safer Solvents and Auxiliaries
The use of auxiliary substances (e.g., solvents, separation agents, etc.) should be made unnecessary wherever possible and innocuous when used.

6. Design for Energy Efficiency
Energy requirements of chemical processes should be recognized for their environmental and economic impacts and should be minimized. If possible, synthetic methods should be conducted at ambient temperature and pressure.

7. Use of Renewable Feedstocks
A raw material or feedstock should be renewable rather than depleting whenever technically and economically practicable.

8. Reduce Derivatives
Unnecessary derivatization (use of blocking groups, protection/ deprotection, temporary modification of physical/chemical processes) should be minimized or avoided if possible, because such steps require additional reagents and can generate waste.

9. Catalysis
Catalytic reagents (as selective as possible) are superior to stoichiometric reagents.

10. Design for Degradation
Chemical products should be designed so that at the end of their function they break down into innocuous degradation products and do not persist in the environment.

11. Real-time analysis for Pollution Prevention
Analytical methodologies need to be further developed to allow for real-time, in-process monitoring and control prior to the formation of hazardous substances.

12. Inherently Safer Chemistry for Accident Prevention
Substances and the form of a substance used in a chemical process should be chosen to minimize the potential for chemical accidents, including releases, explosions, and fires.


日本語訳: 表4.1 グリーンケミストリーの12箇条

1.廃棄物は”出してから処理”ではなく、出さない。
2.原料をなるべく無駄にしない形の合成をする。
3.人体と環境に害の少ない反応物・生成物にする。
4.機能が同じなら、毒性のなるべく小さい物質をつくる。
5.補助物質(溶媒、分離剤)はなるべく減らし、使うにしても無害なものを。
6.環境と経費への負担を考え、省エネを心がける。
7.原料は、枯渇性資源ではなく、再生可能な資源から得る。
8.途中の修飾反応はできるだけ避ける。
9.できるかぎり触媒反応を目指す。
10.使用後に環境中で分解するような製品を目指す。
11.プロセス計測を導入する。
12.化学事故につながりにくい物質を使う。

A君:こうやって並べて、各論だと思えば、それぞれ妥当なところではあるのですが、例えば、問題点としては、「毒性のなるべく小さい物質」といったときに、何なら毒性が小さい物質だと言えるのでしょうか。

B君:LCA的な発想を盛り込む必然性がやはりあって、例えば、廃棄物だって、出してから処理をした方が良い場合だってあり得る。すなわち、出さないためのプロセスがやたらエネルギー効率が悪ければ、それは駄目だということになる。要するに、LCAにおけるトレードオフ的な考え方が、どう見たって入っていない。

A君:「原料をなるべく無駄にしない」にしても、エネルギーも原料のうちですから、トレードオフがあり得る、ということになります。

C先生:我々の思想は、トータルリスクミニマムということであって、トレードオフをきちんと明らかにして、その合計としてのリスクを最小にする必然性があるということを主張している。

A君:要するに、時間軸を考えて、将来世代の生存リスクまで考慮した基準でなければ意味が無いということです。

C先生:図1を見て欲しい。いくつかの環境問題を「エイ」とばかりに時代に対してプロットしてしまったものだ。見方としては、例えば、大気汚染は、1970年頃に最悪で、それからかなり急速に改善が進んだが、いまだに、ディーゼル排ガスなどの問題は残っていて、その解決には、少々時間が掛かる。ダイオキシン問題も、発生量で捕らえればすでに解決済みだが、その消滅まで含めて考えれば、底質などにたまっているので、かなり長期的な問題になっている。そんな風に読んで欲しい。

図1: 各種環境汚染・問題の発生とその収束

A君:そして、トータルリスクミニマムとは、ある行為をどのように行うか、あるいは、行うこと自体を止めようか、という判断するとき、この横軸を例えば、もっと長期間にわたって考慮に入れて積分をして考える。

B君:まあ500年を考えることが、絶対的に必要だろう。

C先生:そんな思想を持ち込んで、グリーンを評価すべきだというのが、主張なのだが、実は、昨年度のGSCNの表彰基準では、そんな考え方を盛り込んだものを試験的に用いたのだ。その話に移りたい。

A君:リスク=ハザード×暴露の式で、暴露はいくら制御したとしても、人間世界のことですから、ゼロにはならない。となると、事故のようなことまで考慮して、ハザードの低い化合物を使うというプロセスの提案は当然でもありますね。

B君:しかし、ハザードが低ければ、多少の暴露があっても許容される可能性がある。すなわち、環境への放出量に数値規制があるような物質の場合には、そんな考え方がすでに採用されていると言っても良い。

C先生:急性毒性が高いものや、生態濃縮性があって、しかも蓄積性も高いような慢性毒性物質、こんなものについては、ハザードの低い物質に切り替えたということが、すなわちプロセスのグリーン化であると評価する。

A君:しかし、環境への放出濃度に上限が設定されている程度の物質、例えば、NOx、BOD、などだけが放出されるようなプロセスについては、エネルギー使用量や、地下からの枯渇性資源の使用量の削減、固形廃棄物の削減、さらには、NOxなどの通常の環境負荷の削減といったトレードオフ関係にある4種類程度の環境負荷で負荷を表現して、従前のプロセスと新規プロセスを定量的に比較することが適当だと考える。

C先生:それを我々は四軸法と呼んでいる。この発想は、すでに、5年以上前から国際会議などでは発表を続けているが、今回、我々以外の手によって、実践がなされたということだと思っている。

図2: LCA結果のもっとも単純な表現:四軸法。これでトレードオフの表現もできている。

A君:以上をまとめると、大体、次のようになるということですね。

(1)ハザードの大きな化学物質を使っている場合
  ハザードの大きな物質に着目して、その使用量を削減できるプロセスがグリーンである。

(2)ハザードの大きな化学物質を使っていないし、分解過程でも現れない場合
  通常の環境負荷程度の場合には、エネルギー使用量などを含めて、四軸法によって表現することが適当である。ただし、従前のプロセスと新規プロセスとの相対比較という表現形式になる。

C先生:(2)の条件を、サステイナブルな条件、(1)をグリーンな条件と呼ぶこともできるかもしれない。

B君:米国のグリーンケミストリーは、まだまだ(1)の観点が主であって、(2)も考えない訳ではないが、現在の政権の体質から言って、エネルギー効率などは二の次になっている。サステイナブルといった考え方は、経済発展の阻害要因だということになっている。

A君:しかし、(1)のハザード管理的な発想だけだと、例えば、リサイクルを完全に行っているような産業、例えば、コピー機とかテレビとかいったものまで、無鉛化をしないといけないといったことになりがち。

B君:OECDがこのあたりでもリーダーシップを取っているのだが、最近のEUの傾向を色濃く反映させているので、どうにもゼロハザード思想が強い。

A君:スウェーデンなどのように、日本と同程度の環境の水準にある国は、もはやハザード管理から再度高度なリスク管理に移行すべきだと思うのですが、やはり国民からの要求というものがあるのか、リスクはゼロにできないということを市民社会に正しく伝達できないようですね。

B君:北欧は社会保障が進んでいて、そのために、公務員も多い。となると、環境関係も、なんらかの意味で目に見える社会貢献をしないと存在価値を問われてしまう。となると、市民社会のリテラシーのレベルに合ったハザード管理思想の方が選択されるのだろう。

A君:リスク管理は、かなり知的レベルを要求しますから。まあ、大したことではないとも言えます。「人は必ず死ぬ」ということを理解し、実践の場での判断基準に採用できる、という知的レベルなのですが。

C先生:日本は、ここ数年で世界でもっともハザード管理の面から言えば、環境的に良い国になるだろう。しかも、日本人の寿命と健康は、恐らく世界一だ。となったら、次世代のことを十分に考慮に入れた新しいリスク管理思想である「トータルリスクミニマム」に移行することを、そろそろ考えておくべきだ。

A君:米国は、過去の環境汚染の負の遺産から逃れるのが大変でしょう。

B君:しかも、京都議定書を無視する政権だ。

C先生:といういうことで、現時点では、日米にちょっとした差がある。そこで、19日からちょっとワシントンに出かけて、P.Anastasに会ってくる予定。17日の夕方現在では、台風13号がいて、果たして飛行機が飛ぶか、いささか心配だが。