________________


ドイツ原発廃止と環境 07.07.2000






 ドイツが原発を廃止すること、さらに、そのスケジュールを正式に決めた。しばらく前、6月15日のことである。ただし、廃止が現実のものになるのは、かなり先の話である。このような選択をどのように考えるか。ゴミの処理処分、容器の回収などについても先進国だとされてきたドイツだが、このところ、この分野においては、若干の方針の変更があるのではないか、という情報もちらちら入ってくる。「ドイツと原発」、その実像は?

C先生:ドイツが原発廃止をそのスケジュール含めて正式に決定した。大分前のことで、これまでコメントを書かずに少々様子を見てきた。どこにどのような報道やコメントが載るか、それを読んでからと思ったこと、さらに、最近の環境対策におけるドイツの変質がちょっと見えてきたので、それを含めて議論をしたかったからだ。

A君:それでは、事実関係をまずまとめて見ましょうか。
 ドイツにおける原発の廃止が現実的になったのは、連合政権ができたため。社会民主党、90年連合、緑の党が、1998年秋に「原発をできるだけ早く止めるために、あらゆる努力をする」ということで合意。勿論、緑の党は、「2004年までに全面廃止」を主張していた。

B君:一方、電力会社は、「原発は100%出力で40年間運転したら廃止する」という意向だった。

C先生:この両者の主張が大幅に違ったものに見えるが、実は、余り違わないというところに、今回の決定が行われた真実がある。要するに、電力会社も、「原発は止めたかった」のだ。
 その原因となったのが、電力の自由化。98年4月の電力自由化で、国内、外国のどこからでも電力を買えるようになった。その結果、大手電力会社の地域独占体制が崩れた。大手電力会社も電力料金を大幅に値下げせざるを得なくなった。そして、電力そのものも、相当余っていて、発電能力は需要よりも3割も多いとされている。このような状況だと、発電所建設についても、もっとも重要なポイントが建設コストを含む発電コストだ。

A君:日本の場合でも、原発の建設コストは、他の火力発電、例えば天然ガスの火力発電所などと比較すると、相当高いと言われていますよね。ドイツでは5〜7倍。さて日本では?

B君:建設費は高いだろう。だって、ステンレスのパイプ1本の値段が、民生品の100倍するといった世界だから。しかし、運用コストが安いから原発は存在意義があるとされてきた。ところが、日本における運用のコストにしても、実は相当高いのではないか、といった計算がCASA(地球環境と大気汚染を考える全国市民会議)で行われたようだ。しかし、彼らのHPには、その結果が掲載されていないので、残念ながら、詳細は不明だ。NPOならもっとHPを充実されて欲しい。だから余りアクセス数が伸びない。
http://www.netplus.ne.jp/~casa/

A君:そのCASAの内容ですが、ちょっと古いですが、朝日新聞の6月19日朝刊の暮らしの欄に載っていましたよ。それによると、1989年度から98年度までの10年間の発電単価は1キロワット当たり、原子力が平均10.26円〜10.55円。水力が平均9.62円、火力が平均9.31円だった。一方、通産省は、1999年12月に原子力5.9円、水力13.6円、液化天然ガス火力6.4円などの試算値を発表しているとのこと。

B君:そうだったそうだった。 
 そして、その違いだが、CASAは、高崎経済大学の大島堅一助教授に委託し、電力9社の1970年から98年までの有価証券報告書総覧のデータを基礎に算出し、それに、解体放射性廃棄物や高レベル放射性廃棄物の処理費用、電源三法交付金などの費用を加算している。
 ということで、いずれにしても、発電コストというものも、勘定のやり方次第で、どういう数値にでもなるようだ。

C先生:日本でも、部分的にだが、平成12年3月21日から、電力小売市場が自由化された。特別高圧(2万ボルト以上、かつ、使用電力2000kW以上)の受電に関してのみ、すなわち、大規模な工場などが対象となる。しかし、将来の方向としては、当然自由化だろう。となると、ますますコストが重みをもつことになるだろう。

A君:しかし、ヨーロッパでしたら、陸続きですから、フランスの原子力発電による電力を買い取ることもできますし、再生可能エネルギーという趣味を持っている人ならば、デンマークの風力発電による電力を買うこともできる。ところが、日本は島国ですからね。

B君:そうだ。そういう意味では、日本は、かなり特殊な国だ。どうも、競争がやりにくい国であることは事実のようだ。

C先生:それで、ドイツの話に戻るが、32年という中途半端な年限になった理由をまとめてくれ。

A君:どうも、シュレーダー首相側としては、25年で止めるシナリオを用意していたようで、一方、電力会社は、先ほどのように、「原発の寿命は40年」という主張をしてきた。それが、どうも中間の値=(25+40)/2=32.5年ということで、決まったようですね。極めて妥協的。ドイツ人ってこんなに妥協的なんですかね。

B君:現実主義者なんではないか。

A君:そして、結局のところ、今後原子力発電所を100%稼動した場合に予想される発電量の総量である約2兆6千億kWhの出力が得られたところで、すべての原子力発電所をクローズするということになりました。何か、1000億kWhの上積みが行われたのですが、それは、妥協の産物だったようです。

B君:住民の訴えを裁判所が認めて、「廃業状態」になっている原子炉の発電分を電力会社側が獲得した、ということのようだな。

C先生:という訳で、電力会社の本音、原発廃止の住民運動の主張、それが一致するところが見つかったということだろう。
 日本では、相変わらず、原発を増やす方向で検討が行われている。これは、COP3の温暖化ガス6%削減の国際公約を守るには、原発を使うのがもっとも簡単だ、という要素が一つ。それに、日本のようなエネルギー資源に全くといって良いぐらい恵まれていない国の場合には、エネルギー資源の多様化が、エネルギー安全保障上極めて重要だという認識に基づいているのだろう。

A君:日本の場合はさておき、ドイツなんですが、そのうち、化石燃料の価格が急激に上昇したら、やはり原子力発電にしておけば良かったということになりませんか。

B君:当然、そうなるだろう。しかし、それがいつの日か。これが問題さ。確かに原油の価格がバレル$30を超したりして、値上がり状況にはあるものの、一気に$50になるといったことは無いだろう。それは、そんな価格になれば、他のエネルギー資源が開発されて、OPEC諸国が苦しい立場になるという、かつての石油ショック時代の学習効果があるからだ。
 さらに、現在のような逆風状態で原発を作ると、様々な補償費用・住民対策費などに予想以上にお金が掛かる。だから、国民的合意が原発推進の方向を向くまで待つのが得策、という政府・電力会社の方針なんだろう。恐らく、方針の変更が比較的容易に可能な国であるドイツのことだから、その気になれば原発をすぐ作ることができるように、準備をしておくのではないだろうか。

C先生:ドイツがそのように懐の深い政策を取るのか、そうではないのか、これは興味のあるところだ。なんでそんなことを言うのかというと、急激に環境先進国になったドイツだが、これまでの廃棄物対策がどうも変質を迫られていて、方針を大幅に変更するのではないか、という情報がちらちら入る。

A君:同志社の郡島先生なども、そんな感じの講演をされますね。

B君:当然なんだよ。日本の対応は、すべてにおいて「遅い」が、結果的にはそれほど不正解ではない。その対応の遅さが実は大問題なんだが。

A君:ドイツのように、焼却を全面否定すると、「埋め立て」か「完全リサイクル」のいずれかになる。となると、総合的な環境負荷としては、最小値を実現することは不可能だと思います。

B君:ドイツの完全リサイクルは、お金ばかり掛かって、使い物にならない製品を作っているという指摘が大分前から有った。

C先生:そういうことで、ドイツは、日本や諸外国に存在する高度な焼却技術を見直すことにしたようだ。日本もダイオキシンがでるから焼却は駄目ということで、随分と反対が多かった。実際、能勢町(三井造船製)の焼却炉のようにひどいものが有ったようだ。しかし、最近の良いものについては、サーモセレクトという名の焼却炉(もとはスイスの技術、川鉄が事業化)のように、焼却炉に供給される大気中よりも、焼却炉からの排気中のダイオキシン濃度が低い、といった処理ができるものも出てきた。環七の大原交差点では、車のエンジンが吸う空気中のNOx濃度よりも、プリウスなどのLEVの排気中のNOx濃度の方が低いといったことが起き得るが、そのダイオキシン版だ。

A君:もっとも、そのような技術があると、なんでも燃やせばよいということにならないか、多少心配ですが。ドイツ人は環境モラルが高いから大丈夫でしょうが。

B君:いや、怪しいもんだぜ。ドイツには、有名な容器リサイクルのシステムがあって、DSDという組織がほぼ独占的にその事業を行っている。ところが、DSDの回収システムに、なんと相当量の生ゴミが混入して来るのだそうだ。生ゴミの処理はある量以上は当然有料。となると、市民が生ゴミ処理のコスト負担を避けようと、容器回収ルートに生ゴミを載せてしまうのだそうだ。

C先生:日本だって、「容器包装は無料、生ゴミは有料」にしたら、容器包装用の回収袋に生ゴミを入れる人が出るだろう。これは、世界中どこでも同じだろう。DSDの回収システムは、容器料金が製品価格に上乗せされているから、市民としては買ったときに、すでにコスト負担をしている訳だ。一方、生ゴミは出す量によって値段が決まる。このシステムは必然的にそのような結果を招く。
 大分長くなったから、話を戻すと、日本の電力会社は半分国営のようなところだから、国の方針に逆らって「原子力発電をやめます」、とはいえないものの、本音としては、電力九社は、コスト面から言えば、できれば、天然ガスにでもしたいと考えているのでは無いだろうか。ドイツは、そのような本音と、住民感情とが同じ方向を向いたことで、32年という原発の寿命が合意されたのだろう。

A君:「今後、どうなるか」、ですが、化石燃料のコストの上昇がどのようになるか。これがキーポイントということでしょうか。

B君:化石燃料の絶対量が不足していることは事実だから、いずれは、原子力発電が復活。これは事実だろう。

C先生:私もそう思う。絶対量が不足していると思う。ところが、最近のドイツのブッパタール研究所などでは、2050年には、一人当たりのエネルギー消費量を1/3にすれば、そのほとんどを太陽関係のエネルギー、太陽電池とか風力とかでまかなうことが可能だという予測を出している。

A君:でも、本気ですかね。ドイツではそんなにも冷房は要らないから夏は良いとしても、冬は寒い。暑くて死ぬ人は少ないが、寒ければ確実に人は死ぬ。となると、1/3のエネルギーで本当に生活できるのでしょうか。

B君:まあ、計算だけだろう。やはり、ドイツも40年後には、原子力に再度依存していると思う。やはりエネルギーが不足してきて、凍死のリスクを目前にすれば、その時点では余っているはずの頼りになるウランに戻るというのは当然だ。

C先生:「頼りになるウラン」か。実際のところは、通常の軽水炉によるウランの利用だけでは、余り頼りになるようなものではないのだ。世界の全消費エネルギーの20年分程度しかない。もしも原子力に相当依存するということになったら、やはり高速増殖炉を作るということになるだろう。それが「何時か?」、と問われれば、まあ30年以上先。ひょっとすると、22世紀になっているかも知れない。すなわち、B君の言うように、エネルギー不足のリスクと原子力のリスクが天秤に乗る時代になってからだろう。