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   食の安全とリスク管理 06.23.2002




 最近、化学物質関係の会議に出ることが多い。ダイオキシンと環境ホルモン以来、化学物質に対するなんとも言われぬ不安を持つ人が増えたのが、その主な理由であろう。そして、このところの食の安全騒ぎ。

 化学物質という、それこそ数万種類もあるような物質群をどのような考え方で管理すべきなのだろうか。その根本原則はどこにあるのだろうか。

 化学物質管理も科学の一つだとすると、いくつかの基本的な原則がある。それは、何を管理対象として選択するかである。

 個人的な主張も、また、化学を専門とする人間にとって共通の原則が、リスク管理である。リスク管理とは何か。その対極にあるハザード(有害性)管理とは何か。


C先生:ダイオキシンが終わり、環境ホルモンもどうやら終わりに近づいた。ところが、最近、テレビを騒がしているのが、これまた安全の問題。食の安全である。実体は、協和香料の未認可物質の使用問題。はたまた、中国野菜の残留農薬問題である。

A君:そして、「毎度」といえるのが、AERAの「安全が食べたい」6/20号といった軽薄なメディア報道。ダイオキシンのときにも、環境ホルモンのときのも、なんだか同じようなものが出たような気がしますね。

B君:中国野菜の報道は、YomiuriWeeklyの6/30号。この報道は、AERAの特集号と違ってまとも。いくつかの衝撃的な情報が入っている。例えば、「ホウレンソウはアクが強いので中国では食べない」。「ごぼうのような根っこは、中国では食べない」。だから、じゃんじゃんと農薬を使う。どぶ付け状態。なぜならば、日本向けの野菜は虫食いだと価格が極端に安くなるから。

A君:香港からの情報だと、時には、植木用の殺虫剤が使われたりもする。

C先生:中国からの冷凍野菜には、クロルピリホス、シペルメトリン、総BHC、pp−DDE、マラチオン、ジコホール、などの農薬が検出されたそうだ。ここで驚きは、BHCとか、DDTの分解物であるDDEとかいった、日本ではとっくに禁止されている農薬が検出されていることだ。クロルピリホスにしても、日本では、シロアリ用としての用途があるのだが、自主規制で使われていないらしい。

B君:禁止農薬ですが、その他にも、厚生労働省の調査によれば、ディルドリン、パラチオンなどという怖い農薬もまだ使われていて、検出されたとか。西岡一氏の指摘なので、若干割引を要しますが、エンドリンも使われているそうで。

A君:やはり、中国の野菜は当分危険そうですね。

B君:厚生労働省では、冷凍野菜の水際作戦を展開するが、前歴のあるホウレンソウ、枝豆、ゴボウなどに限られてしまう。これまた西岡氏曰く、「予算と検査官不足の状態の中、はなはだ心もとない。95%の冷凍野菜は検査されないで、マーケットに出てくると思う」。

A君:西岡氏は、「大きな政府」が必要だというのでしょうか。このあたりの議論は、先日の「今月の環境」をもう一度お読みいただきたい。

B君:久しぶりの宮田秀明氏からおかしなコメントが出ている。「日本は登録されている農薬だけを検査しており、登録外の農薬は検査しない。また、日本の決めた農薬の基準値以下なら違反ではないと言われているが、農薬に基準値があること自体がおかしい」。

A君:????

B君:やはり意味が分からないか????

A君:農薬の基準値があること自体がおかしい??????

B君:まだ続きがある。宮田:「基準値を超える農薬が含まれた野菜がはじかれると、次は検査体制の甘い別の農薬を使った野菜を輸入する。これではいつまでたってもいたちごっこ。この際、ペナルティーを設け、検査体制を確立してもらいたい。虫の食べていない野菜をどう考えるか。食全体の問題としてとらえて、そのへんも議論してほしい」。

A君:「ペナルティーを設け、検査体制を確立してもらいたい」とは、これまた「大きな政府」を望むということでしょうか。

C先生:良く分からないが、そこまで考えた発言ではないのだろう。

A君:この問題の解決は、簡単。消費者が意識を変えるだけでよい。単に目前のコストを重視するから妙なことになる。安いけど検査を必要とするような野菜を買うと、それには、検査体制を作る必要があって、結局長期的には、税金という自己負担が増える。だから、多少高くても安心できる野菜を買う、これが解決法。

B君:協和香料の問題も似た要素がある。この会社は、知りながらやっていて悪質なのだが、恐らく同時に、米国では許可されている物質であることも知っていて、害が出ないことも知っている。

A君:実害が無いから誰も文句を言わないだろう、という甘え。倫理性の無さ。これで恐らくこの会社も潰れるでしょうね。商品を回収した各社が、民事訴訟を起こせば。

C先生:このような企業が出てきて、不法行為をすると、国が検査体制を強化すべきだという意見がでて、結局のところ、「大きな政府」が必要になる。相互信頼に基づいた社会は維持コストが低いが、相互信頼の無い社会は維持コストが高い。

A君:そろそろAERAの批判に行きますか。

B君:全部が全部だめという訳ではないのだが、「騙しに勝つ買い物術」本文フリーランス記者 坂口さゆり、チャート作成 ライター 恵藤ひなこ、なる記事が軽薄。

A君:増尾清氏のコメントがまず出ます。この増尾清という人は、元東京都消費者センター試験研究室長。本を何冊か書いているようです。「有機野菜なら虫は食わない」といった迷信を堂々と述べていますね。ABC流格言:「虫も食わない野菜は、農薬様物質が多くてまずい」、は正しいのですが。

B君:その後、食品添加物を一々細々と記述して、最後の最後に、再び増尾氏のコメントを掲載。「楽しく食べることが一番大切。あまり細かいことを気にしない、笑いの絶えない食生活が大事です」。

A君:結局、この記事は役に立たないということを自分で証明している。

C先生:根本的なところが完全に抜け落ちている記事だ。食品添加物というものは、色素などの「見てくれ」を良くする添加物は、消費者も拒否をするようになってきた。しかし、食品添加物の機能で最大のものは何か。それは保存性向上である。食品のリスクで最大のものは何か。それは(1)供給不足、(2)感染症=細菌性食中毒。この2つのリスクを回避するために、使われるものが保存剤。だから、保存剤使用によるリスクの増加は、「供給不足と感染症」を回避して得られるリスクの減少によって補填されている。

A君:ところが、食料の「供給不足と感染症」の回避は、食品会社に利益をもたらすだけからけしからん。消費者は、「無害な食品を食べる権利がある」、といった発言になる。

B君:そのような発言をする人々には、基本的に、(1)リスクがゼロの食品がある、(2)食品などは無限にある、という誤解がある。

C先生:人類というのは、食品を地球から得るために、莫大な環境破壊をしている。だから、食品は必要分だけを地球からいただく、という昔ながらの考え方に戻らないと。そもそも「いただきます」とはどういう言葉だったのだろうか。

A君:それに加えて、リスクのトレードオフという考え方が基本中の基本。

B君:リスクという言葉が分からないではないか。

A君:有害性のある物質を避ければそれで目的達成だと思っている。

C先生:それには、こんな原稿を書いているところだ。これは、「環境と健康 誤解・常識・非常識」という本の原稿で、この8月末ぐらいには、丸善から出版される予定。

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誤解しない方法No.54:有害性とリスクはどう違うか

C先生:ありとあらゆる物質に毒性の無いものは無い。これは、普通の食料を含めて真理である。しかも、カビ毒などには非常に有害性の高いものがある。しかし、その割にはヒトが平然と生きていられるのはなぜか。

A君:それは、いくら有害性があっても、体内に入れなければ良い訳です。それに、人には、かなり高機能の防衛機能が備わっています。

B君:有害性とは、物質に固有の値である、と考えれば良い。勿論、動物種によって毒性の強さは違う。有害性も当然違う。しかし、実験条件を同じにすれば、アメリカで測っても、日本で測っても、有害性は同じ値になる。

A君:そのような有害性は、しばしばハザードという言葉で表現されます。

C先生:さて有害性がある物質が、その有害性を発揮するには、体内に摂取されなければならない。対象が生態系の場合には、生態系に放出されなければならない。

B君:有害性と被害とをつなぐのが、暴露。暴露は、様々なケースが考えられるので、しばしば暴露シナリオと呼ばれるものを考える。その暴露シナリオを用いて、被害を確率的に考えたものが「リスク」。だから、リスクは、確率的被害とでも呼ぶべきものだ。

A君:リスクには日本訳が無い。これがリスクという概念が普及しない理由なんでしょう。「確率的被害」か。

C先生:リスクとは、確率被害、想定被害、こんなイメージの言葉であるのは事実だろうな。

A君:このあたりの考え方を分かって貰うには、実例を出すのがベストでしょう。まず、アフラトキシン。ピーナッツなどに付いているカビの出す天然毒。肝臓がんなどの原因とされています。B1という種類が強くて、この発がん性はものすごい。EPA(米国環境保護局)は、農作物や食品に微量に含まれるこの物質が、妊婦の胎盤を通過して胎児に移行し、その結果、生まれた子供が14歳までにがんになる主たる原因になっているとの研究プロジェクトをやっているらしいです。

B君:聞いたことがある。ダイオキシン並みの規制値10ppbでは、全く不十分で、1ppbぐらいの規制をしなければならないのだけど、もしもそうすると現在の食材のほとんどすべてが不合格になってしまうとのことだ。この地上最強の天然発がん毒のリスクをいかに人類が受けているか。

A君:基準値を超すことはめったにないものの、ナツメグなどの香辛料は半数以上汚染されていて、と聞くといささか問題ですね。

C先生:自然物は安全で、人工物は危険だという誤解を破る第一候補がこの天然毒なんだ。結論的には、すべての食料に少量だけれども含まれている。ピーナッツを大量に食べる人は暴露が多くなって、リスクが大きくなる。

A君:ピーナッツを大量に食べる人は暴露が多くなって、確率被害が大きくなる。想定被害が大きくなる。
 そうですね。「想定被害が大きくなる」というのが日本語として合っているような。

B君:アフラトキシンのような例を見ると、天然毒の方が、人工的な毒物よりもリスクが大きい。「天然毒の方が、人工的毒物よりも想定被害が大きい」。まあ、日本語になっている。

C先生:発がんについていえば、すでに述べたように、残留農薬とか食品添加物の影響は、少なくとも先進国においては、あまり心配するにはあたらない。すなわち、これらの物質によるリスクは少ない。「先進国では残留農薬とか食品添加物による想定被害は少ない」。まあまあ通じる。「リスクは、想定被害」という意味だということにしよう。

A君:リスクの大きな物質は、実際に被害を出しているものだと言えます。すなわち、想定被害が実被害になる可能性が高いということ。

B君:焼却炉起源のダイオキシンのリスクは、少なくともヒトに対してはそれほどのものではない。実際、ダイオキシンで被害を受けた可能性がある人は、能勢町の焼却炉の解体作業に従事した人だけだろう。

C先生:こんな理解で良いと思う。したがって、危険物の管理は、リスクで管理するのが大原則。すなわち、事故なども想定して暴露シナリオを作って、どのぐらいのリスクが管理できるか、という発想を持つべきなのだ。

A君:ところが、世の中は、北欧などの先進国を含めて、有害物の管理を「有害性」でやろうとしている。確かに、有害性のあるものを使わなければ、被害はゼロにできるように思えるのですが、これは、時代錯誤だといえますね。

B君:そうそう。なぜならば、地球温暖化のように、現世代だけではなくて、将来世代のリスクが問題になっているのが、この21世紀。有害性管理によってリスクをゼロにしようというのは、現世代のリスクだけを考えているに過ぎないから。

C先生:ものすごく有害性が高く、暴露がゼロにできそうも無いものは、確かに使用禁止にすべきなのだ。特に、環境中での分解性が低く、生体内での蓄積性が高い物質には注意が必要。PCBがその例だが、このような物質は大量生産をすべきではなかった。ダイオキシンがいくら有害性が高いといっても、非意図的に生成するものだけに、焼却起源だと年間数kgといったところ。何100トンも生産されるものとは全く違う。

B君:そのためにできた法律が化学物質審査規制法。

A君:加えて言えば、最近の有害性による管理の対象が、鉛のような有害性の低いものにまで広がっているのが問題ですね。

C先生:やはり、リスクで管理が本筋。電機・自動車産業の方々、リスク管理が大原則なんだ。NonToxic社会を目指すスウェーデンのやり方は、ハザード管理である。したがって、間違っている。