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からだと化学物質 03.05.2001




 本の紹介である。著者は、ジョン・エムズリー氏。英国人の科学ライター。元ロンドン大学化学科教授。訳者は、渡辺正教授(東京大学生産技術研究所教授)。C先生の同僚。ダイオキシン無害論といったやや過激な論説で知られる。日本という国は妙な国で、ダイオキシンで赤ちゃん死亡率急増といった一市民の妄想が報道されると、日本中がダイオキシン恐怖の坩堝となってしまう。常に批判勢力が存在し、科学的中立性を常時保つことが望ましいと考える。
 今回の本は、からだに作用する各種の物質についての議論であって、信頼にたる部分が多い。どこかの「テレビの健康情報」や「買ってはいけない」などを頭から信じている人は、こんな本を読んで目の開け方を習うべきだ。
 「からだと化学物質」  著者:ジョン・エムズリー、ピーター・フェル、訳者:渡辺 正
    丸善、ISBN4-621-04856-2   価格:1900円

言い訳:いよいよ3月14、15日に、六本木から駒場第2キャンパスに研究室が引っ越します。そのためもあって、前後に予定がばっちり詰まり、現在時間が極度に不足。ということで短めの記事です。しばらくの間そうかもしれません。

C先生:またまた渡辺先生の訳書がでた。同じエムズリーの本である、「逆説・化学物質」、「化学物質ウラの裏」に続く第3弾。今回は、環境との関係というよりは、化学物質の生理活性の話。この手の話は、日本の現代の「はやり話」の一つで、「ポリフェノールは良い」から「赤ワインが売れる」、とか、「ミネラルたっぷり」が良いから「深層水で発泡酒」を作ったりする。しかし、「どんな物質でも、取りすぎれば毒」だし、ポリフェノールがいくら良くてもチョコレートを食べ過ぎれば太って逆に健康に害が出る。こんな話をできるだけ科学的かつ化学的に説明している。

A君:取り上げられている物質や項目は、(1)グルタミン酸ナトリウム(味の素)、(2)アルコール、(3)腸の働き、(4)天然アミン、(5)サリチル酸、(6)カフェイン、(7)二酸化硫黄、(8)天然の毒、(9)添加物と汚染物質、(10)食と健康、(11)栄養ガイド、となっています。

B君:テレビなどで余り取り上げられていない物質を説明したらどうだ。例えば、天然アミンなどが良いのではないか。

C先生:そこは記述も難しいから、理解するのも難しい。大前提として、まず人間側の説明として(3)腸の働きあたりから始めて、それからどうするか考えよう。

A君:そうかもしれませんね。(3)「腸のはたらき」から行きますか。
 この章ですが、食物によってヒトが体調を崩す原因に、実は、アレルギーと不耐症という2種類があって、これらの違いを説明している章なんです。
 まず、消化器の基本的な認識ですが、消化器系では、食物を分解する消化と、必要な物質をとりこむ吸収、カスを捨てる排泄が行われているのですが、特に、出口に近い大腸では、カス寸前の物質から腸内細菌がエネルギーを搾り取っています。このような腸内細菌は、およそ1キログラムもいて、大便の重さのかなりの部分をこの細菌の死骸が占めています。

B君:これは、何回か、このHPでも表現してきた。

A君:そこで、こんな消化器系が不調になる場合ですが、その原因は、栄養物そのものと栄養物と一緒に入る非栄養物で、4種類ほどあるようです。
1.食品成分のどれかが、からだの解毒システムの手に余った。
2.天然アミン類が体内の受容体をひどく刺激した。
3.微生物が食物成分のどれかを化学変化でトキシン(毒物)に変えた。
4.傷んだ腸壁を通って異物(毒物)が体内にもぐり込んだ。

C先生:さて、次なる説明に移るか。まあ、本当は、目次に沿って、それぞれの記述を適切に説明するのが良いのだろう。しかし、それは本を読んで貰って、むしろ、ここではこの本を読みたくなるような形で、そのエッセンスを示そう。要するに、日本の常識、「......は体によい」といったものを探し出して、この本になんと書いて有るか、というのはどうだ。

B君:散漫になりそうだが、それで行くか。

A君:それだと、個人的には本の見直しがちょっと必要なんですが、各人1件で行きましょう。
 「グルタミン酸ナトリウムで頭が良くなる」「だけど、食べ過ぎると毒だ」。 まず、グルタミン酸ナトリウム=味の素ですが、勿論、天然の食物のなかに大量に存在しています。昆布などには多い。これは脳内の神経伝達物質でもあるから、頭が良くなると言われ、その後、中華料理店症候群という病気(口の中や首が痛くなり、6時間で頭痛、その後喉が乾く)の原因物質だと言われました。インドネシアの味の素工場で、豚を原料の一部に使っていたということで問題になったばかりです。英国には、千人に一人ぐらいは、大量の遊離グルタミン酸を処理できない体質の人がいるらしいですね。日本にはどうなのでしょう。多分、そんな割合なのでしょう。ところで、「脳内物質だから頭が良くなる」、の方ですが、残念ながら、血液脳関門をこの物質は通り抜けないので、食べても脳には到達しないそうです。脳が使うグルタミン酸は脳が自分で作らなければ駄目。

B君:「赤ワインはポリフェノールを含むので健康によい」で行こう。歴史的にはワインが心臓病を抑えるという話から派生したらしい。ポリフェノールは抗酸化剤で、悪玉コレステロールが酸化されると動脈の壁にくっつくが、その酸化を防止する、とカリフォルニア大学のフランケルが1995年に発表。ところが、最近、赤ワイン説も怪しくなった。ハーバード大学のリムが曰く、心臓を守るのは、アルコールそのもので、適量のエタノールが善玉コレステロールを増やし、血栓を防ぐと発表。エムズリー氏の解釈によれば、このような疫学から結論を信じるのは「ちょっと待て」とのこと。なぜならば、酒の適量を守ることができるのは、概ね富裕層に属し、健康状態も良い場合が多いので、結論を出すのも難しい。

C先生:「チョコレートとポリフェノール」で行くか。チョコレートは、カロリーもあり、必須ミネラルやビタミンなども含む。しかし、チョコレートを常習的に食べると、過食につながる。それは、チョコレートに大量に含まれるフェニルエチルアミンが食欲中枢を狂わせるから。それに、100gも食べれば550kcalもあって、これは、1日に必要なエネルギーの1/4以上になるから、それだけでも太る。

A君:「赤ワインは健康によい」編の追加。イタリア製の赤ワインにはチラミンという天然アミンが含まれていて、とりすぎると、血圧を上げ、偏頭痛に襲われる。

B君:「カフェインは心臓病を起こすので、デカフェの方が健康によい」。最近さすがに、こんなことは無いということが分かって、デカフェを飲む米国人は減っているようだ、一時期、デカフェを作るために使用された溶媒がコーヒーに混じるということがあって、これがマウスを用いた実験で、膵臓がん発生の原因になるという報告もある。デカフェ自体が余分な操作だから当然とも言える。

C先生:「野菜を食べると健康によい」。野菜だって、毒物を含んでいる。ジャガイモだって、ソラニンという毒物を含んでいる。芽のでかかったジャガイモは、毒だと言われているが、その毒物がソラニン。ごくごく普通のジャガイモでも100gに3〜6mgのソラニンを含む。これが、100gに40mgぐらいになると中毒を起こす。ジャガイモの葉っぱにもソラニンが多い。

A君:「豆は蛋白質を含む栄養価の高い食品」。豆にはレクチンという蛋白質の毒物がある。水によくつけた豆なら、水分中に解け出すので、大丈夫。要するに、ちゃんと調理をすること。電子レンジでチンばかりが能ではない。水は、毒物を除くのだ。

B君:「セロリのような生野菜を食べるのは健康によい」。セロリには、天然の農薬と呼ばれるソラレンなる毒物を含む。摂りすぎると日光過敏になって、皮膚に炎症が出る。

C先生:「食品添加物はすべて毒である」。パンの肌理を細やかにするために加えるアスコルビン酸は、ご存じの通りビタミンCである。

A君:「天然ワインに添加物は含まれていない」。ワインは瓶詰めの直前に、ボトルあたり350ミリグラムぐらいの亜硫酸塩を加える。ワインには亜硫酸が付き物。ワインの酵母によってブドウ汁がちゃんと発酵するには、他の細菌などを殺す必要がある。酵母はなぜか亜硫酸に強いので、この物質を殺菌剤に使うのが適切な方法。しかし、亜硫酸ガスは、いわゆるSOxだから呼吸器に悪影響を起こす人が結構居る。喉がおかしくなったり、呼吸が苦しくなったりする。
実際に死んだ人もいる。喘息、アレルギー体質、過敏性大腸の人は要注意。

B君:「最近使われている食品添加物はすべて安全である」。どうやら子供の多動性に食品添加物が悪い影響を与えるという観察結果があるようだ。特に、着色料(タートラジン、エリスロシン)と保存料(安息香酸)あたりが危ない。

C先生:「食品添加物は人工物である」。その安息香酸だが、ラズベリー、イチゴ、クロスグリなどに含まれる天然の保存料。食品添加物として使う場合には、合成品が使われるのは当然だが。

A君:「寒天も食品添加物の一つだが、無害だ」。どうやらそうとも言えないらしい。腹部の膨張や閉塞の原因になる。ただ、日本人には大丈夫なのではないでしょうか。食物文化がもともと違うから。

B君:「硝酸イオンや亜硝酸イオンは、ニトロソアミンという発がん物質になるので危険な添加物だ」。ハム、ベーコン、コンビーフなどには、添加されている場合が多い。発色効果もあって、ピンク色になるので、最近は汚い色のハムを選択して買う主婦も多い。しかし、この硝酸イオンなどは、猛毒を出すボツリヌス菌を殺すのに非常に有効。もしも加熱だけでボツリヌス菌を殺そうとすれば、肉の奥の奥まで火を通す必要があるが、亜硝酸イオンがあると、簡単に殺菌できる。

C先生:そろそろ止めよう。こんなところでエムズリー氏として推薦することは何かといえば、「野菜・果物・セレンを摂取しよう」ということのようだ。セレンについては、説明が必要かもしれない。これは、化合物ではなくて、元素。必要量は1日あたり女性60、男性75マイクロg。ただし、大変な毒物でもある。致死量が50mg。
 同氏のまとめは、以下の通り。「食品や栄養は、みんなが気にする身近な話題だから、何か新しい発見があるたびに尾ひれがつく。何かを万能薬のごとく言う通俗書が出る」。
 我々の結論。どんなものも、そんなに旨い話はないのだ。プラスが有ればマイナスも有る。