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 がん予防と食事の誤解   05.04.2002




 坪野吉孝氏(東北大学医学部講師)著、「食べ物とがん予防」、文春新書242、ISBN4-16-660242-Xのご紹介。インターネットでも情報を公開中。http://www.tsubono.com/ 
 昨年、お台場の科学未来館で行われたサイエンスジャーナリストの会議で名刺を交換した。


誤解その1: お茶を飲むと、胃がんの予防になる

C先生:お茶には、カテキンという物質が含まれている。これは活性酸素を消す作用があるから、お茶を飲めば胃がんの防止になる。これは、テレビなどでしばしば放送されるがん予防策である。
 ところが、このいわば「日本の常識」を覆す研究結果がある。「緑茶を1日5杯以上飲んでも、胃がんになるリスクは下がらない」。この研究は、坪野先生ご自身によるもので、その結果、1日飲む緑茶が1杯未満の人を基準として、1日1〜2杯飲む人の胃がん発生率は1.1倍、1日3〜4杯では1.0倍、1日5杯以上飲む場合でも1.2倍と、逆に胃がんの発生率が高くなった。

A君:テレビ文化における常識が覆された、ということですね。

B君:しかし、そもそも緑茶と胃がんの関係は、誰が何を根拠に言い出したのだろう。

C先生:実は、余り直接的な研究の結果ではない。「地域相関研究」と呼ばれるものなのだ。

A君:よくありますね。例えば、静岡県では胃がんが少ないとか、逆に、東北には胃がんが多いとか。

B君:東北は味付けが塩辛いから胃がんが多いとかいうことになるやつか。味付けが摂取している食塩量と相関するのは事実だろう。しかし、静岡県でお茶が生産されていることは事実だが、緑茶が本当に多く飲まれているのだろうか。

C先生:1989年に行われている研究だ。確かに摂取量そのものではなくて、茶葉の生産量の多い市町村で、胃がんの死亡率が低いという研究であって、静岡県内の75市町村を対象に行われ、相関係数というものが求めれられていて、−0.395だという。

A君:直接関係の無い事象の割には、相当な相関ではないですか。

B君:今回の坪野先生の方法論は?

C先生:「前向きコホート分析」と呼ばれる方法を採用している。これは、宮城県に居住する2万6300人余を対象に、1984年に開始されて、調査票でどのぐらいの緑茶を飲むか、他の食生活や生活習慣についてたずねた。その後、1992年末までの9年間の追跡調査を行ったところ、419人が胃がんになった。

A君:あらかじめ、食生活などを調べておく、ということですか。待ち伏せ型の研究だと言えますね。

B君:通常の症例研究だと、逆だもんね。胃がんになった人に、どのぐらい緑茶を飲んでいましたか、という質問をする。ところが、その場合には、問題があって、まず、患者の記憶が正しいかどうか若干疑問があるし、もしも、胃がんの症状が出ているとすると、胃がんのために緑茶を飲まなくなったということもありうるから。

C先生:正確には、「症状対照研究」と呼ぶが、このタイプの研究は結構存在している。結果を一口で言えば、「様々」。リスク低下の結論を導いている研究が多いようだが、逆にリスクの上昇を結論している研究もある。

A君:前向きコホートという研究法はなかなか大変な研究法ですが、他にも緑茶を対象としたものがあるのですか。

C先生:あるようだ。ハワイの日系人を対象に行った研究があって、胃がん発生数108件というから、坪野先生の場合よりも少ないが、その研究結果だと、リスクはかえって緑茶によって上昇している。1日に1杯も飲まない人に比べて、1日に1杯飲む人だと、リスクが1.3倍に、2杯飲む人だとリスクが1.5倍にもなるという結論だ。

B君:坪野先生の結果だって、統計的に有意とは言えないにしても、どうもちょっとリスクが増えているという感じ。むしろ、緑茶を飲むことによって胃がんの発生率は増えるのだろうか。

A君:そう見ることもできるし、別の見方もあるのでは。塩分を大量に摂取すると胃がんが増えるというのは、まずまず確実だと仮定します。さらに、塩分を大量に摂取する人は、要するに塩辛い食べ物が好きな人は、お茶も好きなのではないか、というように考えると、結果もなんとなくきちんと解釈できることにはなりませんか。

C先生:坪野先生がそのように説明している訳ではないが、それも一つの解釈だ。さらに、東北地方のように胃がんの発生率が高いところでは、緑茶程度では効かないが、静岡県のように温暖な地域だと胃がん発生も少なくて、緑茶程度でも効くといった解釈だってありうる。

B君:いずれにしても、言えることは、テレビが提供しているこのような健康情報はかなり眉唾ものが多いということでしょうね。

C先生:テレビは本当のことを伝えるというよりも、基本的スタンスが「健康を題材とした単なる娯楽番組」なんだよ。そのように割り切って考えないと、消費者は騙される。

誤解その2: 食物繊維で大腸がんが予防できる

C先生:食物繊維も、テレビの健康娯楽番組では主役の一つ。ところが、坪野先生の本によれば、この食物繊維の効果を否定するような研究成果が2000年だけで3件も発表されたらしい。

A君:今回は、前向きコホート分析ではなくて、「無作為割付臨床試験」と呼ばれる方法のようです。これは、大腸にポリープが見つかって切除した人を対象に、食物繊維によって再発の防止ができるかどうか、を研究したもののようです。

B君:確かに、そのような研究方法を採用すれば、食事を管理できるというメリットがあるな。

A君:最初の研究は、ポリープを切除した1300人余を半分に分けて、1日に13.5グラムのふすまを含むシリアルを食べてもらい、残りの人には、1日に2グラムにしました。そして、3年後の再発を調べたところ、多くの食物繊維を食べた人が47%、余り食べなかった人が51.2%で、ほとんど差がないということでした。

B君:統計的に有意ではないだろうが、ちょっとはプラスなのが救いか。

C先生:この話も元が何かというところを知らないとね。どうも、「食物繊維が大腸がんの予防になる」という考え方は、1970年代の英国の研究者が、食物繊維を大量に食べているアフリカの民族では大腸がんが少ないと報告したことから始まっているらしい。その後、「食物繊維の消費量の多い国では大腸がんが少ない」とかいった研究が出た。

A君:国が違ってしまうと、それは食物繊維以外の食生活だって全く違う訳で、しかも、肥満や喫煙などの状況も違うとなれば、食物繊維だけを原因とすることには無理が出てきますね。

B君:やはり細かいことを言うのは、きちんとした研究が必要ということになる。

C先生:それでは二番目の研究。これは、ポリープを切除した男女1900名余をグループに分けて、第一のグループには、低脂肪、食物繊維、多くの野菜と果物を目標として食事をしてもらい、第二のグループには、それまでと同じような食事をしてもらった。その結果、4年後のポリープの再発率は、第一のグループでは、39.7%、第二のグループでは39.5%と変わらなかった。

A君:食物繊維はともかくとして、低脂肪とか多くの野菜・果物とかいった良さそうな食事も効かないということですか。

B君:ポリープの再発ということが、もはや食事では制御しきれないということではないのか。

C先生:そうとも言えないのが三番目の研究だ。ポリープを切除した552名を3つのグループに分けて、第一のグループにはカルシウムのサプリメントを1日2グラム、第二のグループには水溶性繊維の一種を1日3.5グラム、そして、第三のグループには、プラセボ(偽薬:多分ブドウ糖かなにか)を与えた。結果として、第一のグループの再発率が15.9%、第二のグループが29.3%、第三のグループが20.2%ということで、なんと水溶性繊維を摂取するとポリープ再発の確率が上がる。カルシウムは統計的に有意ではないが、良い効果。

B君:悪くなるのか。なんとも困ったもんだ。

C先生:ポリープがすなわち大腸がんという訳ではない。しかし、前向きコホート分析もあって、それでも食物繊維が大腸がんの予防には効かないという報告もあるらしい。

B君:それでは、食物繊維などは摂取しない方が良いのだろうか。

C先生:いや。大腸がんの予防にはならなくても、心筋梗塞や糖尿病のリスクを下げるという効果があることでは、一致した見解のようだ。こちらは、日本のテレビで放送されないから、余り信用されないのかもしれないが。

誤解その3: がん予防に食事は効果がない

C先生:これまで述べてきたように、食物繊維も緑茶も効かないとなると食事などでがんの予防に効果はないと思い勝ちである。しかし、そのようなことはない。単に、日本のメディアはそのように余り言わないだけだ。

A君:日本のメディア、特に、民放テレビは正統的な報道を面白くないと思う習性がありますから、まともな対策は取り上げられない傾向にあります。

B君:優等生的な対策は、インパクトがないからな。

C先生:なんだか最初から読まれているみたいだな。この表だ。説明してくれ。

A君:はいはい。まあ、優等生ですね。これだと、がんの予防以外にも効果がありそう。全身が健康になりそうです。

B君:酒を飲むな、タバコを吸うな、か?

C先生:まああせらない。この表は、世界がん研究基金が1997年に出した提言だ。

A君:15項目あります。
(1)食物供給と摂取:野菜、果物、豆類、精製度の低いでんぷん質など、植物系を中心に。
(2)体重の維持:やせも肥満もダメ。成人期の体重増加を5kg未満に。
(3)身体活動の維持:1日1時間の早歩きと、週に1時間程度の強い運動をする。
(4)野菜と果物:1日400〜800g。
(5)他の植物性食品:1日600〜800gの穀類、豆類、いも類を。できるだけ加工されていない食品を選ぶ。
(6)アルコール:男で1日2杯、女で1杯。
(7)肉類:赤身の肉を1日80g未満。魚や鶏肉の方が良い。
(8)脂肪と油脂:動物性脂肪を避ける。植物性油を選択。
(9)塩分と塩漬け:塩分を避ける。ハーブ、スパイスを調味料にする。
(10)かびの防止:かびの発生の可能性のある食品は避ける。
(11)食品保存:冷蔵庫に適切に保存。
(12)食品添加物と残留農薬:先進国であれば余り気にすることはない。
(13)調理:こげた食物を食べない。肉汁をこがさない。直火で焼いた魚・肉、燻製の肉を避ける。
(14)タバコ:禁煙。
(15)栄養補給剤:上記の提言を守れば、特に必要ではない。

B君:こげた食物や燻製は、ホルムアルデヒドなどを含む。勿論ダイオキシンも含むが。しかし、韓国焼肉はおいしい。

C先生:この提言だが、テレビ番組でやれないのは、やはりスポンサーの手前、アルコールは1日2杯までとは言えないからだろう。

B君:アルコールが男女で影響が違うのはなぜ。

C先生:どうやら乳がんに対する影響があるということのようだ。そのために、アルコールは女性に厳しくなっている。

A君:しかし、これって本当にがんの予防だけではないですよね。このような生活をしていれば、恐らく全身が健康になって、免疫システムも正常に働いて、がんだけでなくて、感染症にも掛かりにくい体になるでしょう。

C先生:がんになるかならないか、それは、やはり免疫システムがきちんと働いているかどうか、非常に大きいからね。ここでは、食物しか述べていないが、実際のところ、心理的なストレスとか、睡眠不足とかも悪影響があるだろう。

A君:メラトニン仮説というものが、電磁波の影響とか、不眠の影響で出されていますね。

B君:メラトニンの分泌量が少ないと、女性ホルモンが出るというやつ。となると、これまた乳がんだといことになりそう。

C先生:深夜勤務と乳がんの分析があるようだ。それによれば、深夜勤務を行うと、午前1時〜2時に起きている回数が週1回あると乳がんのリスクが14%高くなったそうだ。

A君:米国は乳がんが深刻ですが、日本は米国に比べればまだそれほどではないので、同じ結果になるかどうか。

C先生:いずれにしても、正しい食生活で維持する全身の健康が、がんの予防にもなるという結論で良いのではないか。

誤解その4: サプリメントはがんの予防に有効

C先生:すでに、結論は見えていると思うが、全身を健康にするような食事と生活習慣が最大の効果をもたらすようで、サプリメントは余り有効とは言えない。

A君:しかし、それで「結論」、では具体性がなさ過ぎますね。

B君:やはり話題の物質が出てこないと。

C先生:それはそうだ。

A君:これまでのところで、否定してきたのが、食物繊維:大腸がん、緑茶:胃がん、といったところですね。

C先生:坪野先生の本から結論だけ拝借するか。

B君:それでは分業しますか。まず、体に良い「緑黄色野菜」のベータカロチン。中国での研究ではがんによる死亡率を下げる。ところが、それ以後の欧米での研究では、効果なし、あるいは、かえって有害。

A君:それって過剰摂取ということはないですか。

B君:可能性あり。普通1日2〜3ミリグラムの摂取量なのに、研究では、その数倍を与えている。中国はもともとベータカロチン欠乏症が見られるのに、欧米ではもともと十分なところに、さらに与えたために逆効果が出たかもしれないとのこと。

C先生:ということは、サプリメントとして過剰摂取することはかえって危険を招きかねないということだろう。

B君:ビタミンは全部そうだ。過剰摂取はかえって危険。

A君:次。結論だけ行きますか。ビタミンEは心筋梗塞や脳卒中の予防にならない。えーっ、という感じ。

B君:ビタミンC濃度が高い男性は全体的に死亡率が低い。女性には余り有意性がない。それは、女性はホルモン性のがん死(乳がん、子宮がんなど)が多いから。でも、ビタミンCは男性にはお勧めか。

A君:ビタミンB群と肺がんリスクは、どうやら相関あり。特に、ビタミンB6がリスク減少に効いている。これまで抗酸化ビタミンとしては、ビタミンE、ビタミンC、ベータカロチンだったが、これからは、むしろビタミンB6か、ということになっているようで。

B君:トマトの赤色物質、リコペンが心臓病に効くかも。

A君:ココアのポリフェノール類は、採血して血中のコレステロールの酸化性を調べたものが多い。そして有効だという結論が多いが、最近では、この試験法そのものを疑問視する専門家が多い。

B君:イチョウエキスは、耳鳴りに無効。日本でもこんなこと言われているのか?

A君:コーヒーでパーキンソン病のリスク低下。無いとは言えないようですが、コーヒーのような依存性のある飲料を推奨するのはいかがなものか、という結論になっています。

B君:大量飲酒を止めると、大脳の体積が増える。これは、本当のような気がする。

A君:心筋梗塞後の禁煙で、死亡率が半減。これも本当のような気がする。

B君:カリフォルニア州のたばこ対策が始まった直後から、心臓病の死亡が減少。このたばこ対策とは、1箱あたり25セントを増税し、うち5セントをメディアキャンペーンや地域対策にあてるというもの。

A君:「喫煙の効用といわれている痴呆の回避効果は無い」。残念でした、スモーカーの皆さん。

C先生:これまで聞いていると、余りテレビ的に面白い話題は無い。ごく常識的なものが多いようだ。だから日本人には受けないが、やはり、全身が健康になること、これが一番のようだ。

E秘書:そうです。毎日、できるだけ多種類の食材を偏らずに食べる。これで十分。それでもガンに掛かったら、それは運が悪かったとあきらめるが、同時に、直るという強い意志を持つ。

C先生:まあ、とにかく、サプリメントに頼るような生活は、命を縮める。