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環境とエントロピー 01.28.2001




 環境を考えるときに、絶対的な知識として必要なものが、おそらく熱力学的な考え方である。熱力学そのものは、もはや研究対象にはなり得ないために、このところ大学教育でもおろそかにされている傾向がある。化学系の学生にとって、熱力学は、相変わらず主要な知識だと思う。ここで熱力学の講義を展開するつもりはさらさら無いが、エントロピーで環境の何が語れるのか。逆に、環境の議論に必要な程度の「エントロピー」とは何か。
C先生:本日の話題は、エントロピーだ。エントロピーと聞くと多くの学生諸氏から、「嫌いだ」、という答えが帰って来そうだな。しかし、環境の話をするとき、エントロピーは必須だ。エントロピーを多少なりとも理解していないから、「完全ゼロエミッション」だ、「完全リサイクル」だ、といった、あり得ないことを主張する企業がでてしまう。

B君:そういえば、相変わらず「完全ゼロエミッション」を追求している企業がいるらしい。某ビール会社らしいが、某企業が廃プラスチックを高炉吹き込みで処理をしていると聞いて、ビールの絞りかすを高炉に吹き込めないかと相談に来たらしい。もしも有料で引き取ってくれれば、ゴミではなくなるので、ゼロエミッション達成のために有効だからだろう。ビールかすは、これまでは飼料として再利用されていたと思われるが、全量引き取りが難しくなったのかもしれない。ゼロエミッションは、その方向性は正しいのだが、完全にゼロにしようなどと考えたとたんに、馬鹿げたことになる。

A君:それをエントロピーで説明せよ、ということですか。余り得意でないので、すぐには不可能ですので、ちょっと勉強させて下さい。

B君:(こそこそと独り言)オーソドックスな熱力学を環境熱力学に変換することなんだから、多少時間はかかるだろう。

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C先生:さて、どうなった。どのエネルギーを対象に議論するか。まず、そのあたりからか。

A君:できるだけ熱エネルギーに限って議論したいです。ただし、物質の場合は別途やりますが。

B君:まあ、良いかもしれない。熱と物質がなんといっても環境問題では中心的役割を果たすから。

C先生:まず、熱エネルギーとは何かということも説明してもらおうか。

A君:熱エネルギーとは、そのモノの比熱×温度で表現できます。温度が下がるということは、熱が他に伝わって、その他のものの温度を高くするということです。温度差があれば、熱はいろいろなモノへと伝わっていくのですね。

B君:熱エネルギーは、モノの中では分子の運動の形で存在しているから、振動しているバネや振り子みたいなものが、他のバネや振り子に振動を伝えるのが、熱伝導の一つの形。モノを経由しないで、赤外線という電磁波の形でエネルギーが伝達する場合もあって、それが輻射。

C先生:そして、熱が持つ「熱を伝達する能力」が一つの鍵であって、その能力が使われてしまうと、エントロピーというものが「無から沸いて出てくる」。この無から沸いて出るということが、エントロピーの一つのわかりにくさである。

A君:エントロピーの定義は後ほどやるとして、エントロピーが沸いて出るとどんな状態になるのか、と言えば、熱の場合でしたら、廃熱です。温度は周囲の温度よりもちょっとだけ高いのですが、その差が少なすぎて利用価値が無い熱になってしまう状態。これがエントロピーの高い状態。

C先生:うーむ。まあそうだが、定義からやってみてくれ。

A君:熱が移動して起きるエントロピー変化は、その熱量を移動が起きる際の温度で割ることで計算できます。例えば、10kcalの熱が1000℃で移動すれば、1000℃を絶対温度になおして、1273Kですから、エントロピー変化S=10kcal/1273K(本当はジュールでやりたいところ)となります。もしも、同じ熱量10kcalが27℃で起きたとすると、そのエントロピー変化S=10kcal/300Kとなります。温度が下がってしまった熱が移動するには、大きなエントロピー変化を伴いますが、これがすなわち、その伝熱が起きる能力が低いことを示します。

B君:やっぱりわかりにくいなあ。もう少々わかりやすい記述をできないものだろうか。
 エネルギー保存の法則のときには、運動エネルギー+ポテンシャルエネルギー=一定、という形で書く。高いところにある玉はポテンシャルエネルギーを持っていて、それを低いところに落下させると、速度が高くなる。すなわち、ポテンシャルエネルギーが速度を持った物体という運動エネルギーに変換される。何かが一定というのが一つの鍵かもしれない。
 エントロピーの場合にも、ポテンシャルエントロピーという考え方を導入することは不可能ではないな。すなわち、
  あるモノのポテンシャルエントロピー+あるモノのエントロピー=一定
とすれば、あるモノのポテンシャルエントロピーが減ることによってあるモノのエントロピーが増えるという解釈をすることになる。
 あるモノのポテンシャルエントロピーのもっとも下がった状態、それが、周囲の状況と同じになったことだから、そのときには、
  あるモノのポテンシャルエントロピー(=0)+周囲と同じ状況のモノのエントロピー=一定
となる。すなわち、右辺の一定のエントロピーとは、周囲と同じ状況になってしまったときのエントロピーであり、これをエントロピー最大の状態だから、最終エントロピーとでも呼ぼうか。とすると、通常の状況では、
   あるモノのポテンシャルエントロピー=最終エントロピー − あるモノのエントロピー
と書くことができる。あるモノのエントロピーが小さければ、ポテンシャルエントロピーは大きい値を持っている。それは同時に、それが熱なら、「熱がまだ使える」ということを意味する。物質なら、純粋に近いから資源として価値があることを意味する。

A君:そして、あるモノの状態が、周囲の状況と似た状態になれば、そのモノのエントロピーも最終エントロピーに近い値になるから、ポテンシャルエントロピーがゼロに近くなってくる。こんな考え方ですか。なるほど。先ほどの教科書的定義よりは多少マシでしょうね。

C先生:そのポテンシャルエントロピーの考え方は、エントロピー学者の槌田敦氏の本に出てくる。一般的な教科書で採用されている考え方では無いようだが。まあ、多少はわかりやすいような気がする。まあ、エントロピー学者というのは、どちらかというと、悲観的。さらに、反原発主義者が多い。なぜなんだろうね。
 さて、熱の場合だけでなくて、物質の場合にも同じような考え方が可能である。ある物質が純粋の状態で存在していれば、それはエントロピーが低い状態である。したがって、ポテンシャルエントロピーは高い。すなわち、使える状態である。ところが、混じりものが増えたり、あるいは、水溶液の場合には希薄溶液になると、エントロピーが増える。となると、ポテンシャルエントロピーが下がって使えない状態になる。最終的、かつ完全に使えない状態が、周囲と同じ状況になること。例えば地球の平均組成と同じになったものはもはや使えない。すなわち、資源としての資格を失う。

A君:そのポテンシャルエントロピーは、自発的に起きるような変化がおきると、減少してしまうということなのですね。すなわち、あるモノのエントロピーは自発的になんか変化が起きると増大してしまう。

B君:そう。ただし、ある部分のエントロピーを選択的に下げることはできる。ある製品を製造するということでその意味を考える。例えば、鉄を鉄鉱石から作るには、コークスを使って、また、石灰石をつかって溶鉱炉の中で作る。鉄鉱石は純粋になって、鉄になるが、当然ながら、そのとき鉄のエントロピーは鉄鉱石のときよりも小さな状態になっている。しかし、コークスや石灰石のエントロピーはものすごく増えている。コークスは、かなり純粋な炭素だし、石灰石も純粋な化合物だったのが、鉄を作ってしまうと、コークスは、二酸化炭素というエントロピーのすごく大きな物質に変化しているし、石灰石は酸化ケイ素などとガラス状態を作って大幅にエントロピーが増大している。すなわち、全体としてはエントロピーは増えてしまっているのだが、鉄の部分だけを見ればエントロピーを下げて「純粋な状態」にしているのだ。これが製品製造の実態。

C先生:要するに、製造プロセスとは、対象とする製品のエントロピーを下げることによって、目的を果たすのだが、そのためには、どこかで大幅にエントロピーを増大させているものなのだ。

A君:要するに、どこかでエントロピーを下げようとすると、それには、熱や物質のポテンシャルエネルギーを使わない訳には行かないから、全体としては、エントロピーが増えてしまうということですね。これが、実は熱力学の第二法則。

B君:閉じた系で自発的な変化が起きると、エントロピーは増大する、というやつ。

A君:だから、エントロピーを捨てる方法がないと、持続不可能になるというのですね。

C先生:人間だって同じことをやっていきている。労働をすると、体温が上がる。すなわち、廃熱という形でエントロピーが貯まる。これを下げるために、水を飲む。純粋な水のポテンシャルエントロピーを使って、水が体の表面からポテンシャルの高い気体状の水に変化させること、これを普通は蒸発と呼ぶが、これでエントロピーを外に捨てて、ヒトは体温を維持している。

B君:もっと大きな例として、地球だってエントロピーを宇宙に捨てている。太陽光は、温度が3000Kに相当するポテンシャルエントロピーが大きい資源だが、残念ながら、その大部分は、地面に吸収されていきなり300K前後の「周囲と同じ状況」になってしまう。すなわち、太陽光は、実は「地表に廃熱をまき散らすこと」を主として行っていることになる。その廃熱を、地球は宇宙空間に赤外線の形で放出している。これでエントロピーが蓄積されることを防いでいる。

A君:汚染物質を大量の水で薄めることもエントロピーを捨てていることなんでしょうか。

B君:純粋な水のポテンシャルエントロピー、言い換えれば低エントロピー資源である水を使って処理をしているから、そうなんだが、考え方がちょっと難しい。ある汚水があって、これを10倍に薄めたとする。そのとき、起きる変化は自発的な変化だから、エントロピーは当然増大する。だから、エントロピーを処理したことにはならないように見えるが、同じ量の水、例えば1リットル単位で比較すれば、エントロピーがもとよりも低い水にはなっているのだ。だから、処理されたように見えるのだ。しかし、全体で見れば、エントロピーは増えているから、大量の水で薄めることは、必ずしも正解とは言えない部分がある。汚水の場合も、汚染物質が最終的には微生物で分解され、無害な物質になること、これが汚水処理の原点だ。分解されにくいものはやはり捨ててはいけない。

C先生:それを言うと、だから石鹸が良いのだ。石鹸は分解されやすいから、という主張がまた出そうだ。分解されやすいものでも、量が大量になるとそれを食べる細菌が繁殖して、水が貧酸素状態になるから、やはり駄目。量を減らせば、まあまあ。それがBODという指標の意味なんだから。合成洗剤は、分解性が石鹸に比べるとやや低いが、それだけに、様々な場所で分解されて、ある場所だけを貧酸素状態にすることは少ない。ただし、魚毒性が高いから、処理しないで川に出るのは問題、というところ。脱線したな。

A君:以上のようなところからで、「完全ゼロエミッション」とか「完全リサイクル」が駄目だということが説明できますね。要するにエネルギーとか物質とだけを考えていて、エントロピーを考えていない思想だということですね。
 廃棄物というのは、そうでなくても、かなりエントロピーが高い状態になっている。これをゴミにしないでなんとか有価物にしようとすると、あるいは、それを再利用のために原料として使用しようとすると、まずはエントロピーを下げることになる。それには、ポテンシャルエントロピーの大きいもの、例えば、純粋な物質とか、燃料とか水とかを使って、その効果によって下げるしか方法は無いので、余分な資源を消費することになる。

B君:だから、適当なところで、廃棄して、あとは地球のメカニズムに任せるのが妥当ということになる。ただし、「適当なところ」というのが難しい。これまで、どちらかと言うと簡単に捨てすぎていたから。かなり積極的にリサイクルを進める、なるべく捨てる量を減らす、こんな態度が正解なんだろう。

C先生:その通り。リサイクルやゼロエミッションのやりすぎは害。しかし、捨てすぎは論外
 もう一度まとめてみよう。熱力学には第一法則なるものもあって、それはエネルギー保存の法則。さらに絶対的な法則として、物質不滅の法則がある。この2つの法則は分かりやすい。そこで、物質をできるだけ大切に使えば、しかも、エネルギーを保存するように心がければ、無限の持続可能だと思いがちなんだな。ところが、エントロピーなるやっかいな存在があって、ある範囲内、例えば工場内で物質とエネルギーを保存するようにしても、エントロピーだけは何をやっても増えている。だから、このエントロピーをどこかに流す方法を見つけないと、全く持続可能ではない。エントロピーを人為的な方法で流すと、実は、どこかで別のエントロピーを作っていることになる。例えば、水を大量に使うことになったりする。だから、最後のところでは、地球というシステムに乗せて、なんとかエントロピーを減らしてくれるように頼むしかない。神頼みではなくて、地球頼みだ。地球は、質の良い太陽光を活用し、かつ廃熱を宇宙に捨てることによって、エントロピーを減らしているから、これに任せることになる。ところが、現在の人間活動は、このような地球の環境処理能力を超える負荷を掛けているのが問題。

A君:二酸化炭素を地球が処理する能力の2倍ほども出していますからね。

B君:それに、温暖化ガスの一種として、フロン類PFCなどを出しているが、これは、地球が分解することができない物質だ。こんな物質を放出してエントロピーを増加させてしまったら、さすがの地球でもエントロピーを減らすことができない。こんな物質を出すのは問題だ。

C先生:その通り。エントロピーを減らすことが可能なように、使用する物質などについて、できるだけ工夫をする必要がある。
 場合によっては、極力人力を使うというやり方も正解である。なぜならば、人力というエネルギーは、反応温度が体温という一定状態であり、また効率がかなり高いために、エントロピーが増大する傾向が少ない。となると、リサイクルをやる場合にも、エントロピー増大の防止を考えると、できるだけ人力を使うべきことが分かる。

A君:そうですね。生命現象は、エントロピーをかえって減少させる可能性もありますから。部屋の整理整頓などは、その場所のエントロピーを下げているのでしょうから。

B君:人力を使うと、様々な変化のある状況に的確に対応できる。だから、様々な製品が回ってくるリサイクル現場では、人間の判断能力がもっとも活きる。だからリサイクルには人力なんだと思ってきたが、エントロピーの点からみても、人力なのか。

C先生:ところが、現代の日本の状況だと、「人件費が高いから、人力を使ったリサイクルがコスト高になる」。そこで出てくるのが、「(人力を使う)コスト高なプロセスは環境負荷が高いからやらない方が良い」、という反リサイクル論だが、これは、いろいろの点で間違っているが、エントロピー論から言ってもどうやら間違いと言えるようだ。