________________


   2030年の環境と暮らし: 06.30.2002




 環境省が出した、循環型社会白書に、2030年における生活モデルが記述されている。そのざっとした説明は、朝日新聞のくらし欄にも掲載されてた。生活シナリオは、A、B、Cと三種類が記述されている、

シナリオA:大量生産・大量リサイクル型社会+廃棄物技術開発
シナリオB:無駄なしシンプルライフ+地域社会
シナリオC:技術開発による環境適合型社会

 2030年となると、今から28年後ということになる。今回、留学時と同じ場所を訪れて、米国の変化を見るというチャンスがあったが、なんと、25〜27年前と驚くほど変わっていないことを確認した。

 確かに、物価、例えばガソリンの価格は25年前の3倍にはなっているが(それでもまだ40〜50円/リットル)、消費者の感覚からすればガソリン代はあまり痛くないレベルなのだろう。ボロ車が減って、多少、車のサイズは小さくなったものの、米国全体が豊かになったような気がする。

 今後を考えてみても、若干の変化はあるだろうか。米国という巨大な国の保守性を見たような気がした。

 一方、日本は、この25年間でかなり大きく変化したように思う。27年前に日本を出発した時、為替レートは、$1=296円、持ち出し限度額があって、一人当たり$1500という時代だった。2名で$3000。しかし、90万円は極めて大金だった。この時点で、海外に行くことは、かなり特別の行事だった。現在、日本人ほど海外旅行が簡単にできる国民はない。

 本記事は、帰国前夜にユタ州ソルトレイクシティーのホテルからアップしたものであるが、帰りの飛行機の中で全面的に見直しをしたものを、帰国後に再アップする予定である。


C先生:2030年の環境と暮らしを考えることにするが、留学時代にいたところに再度行って、その変化をかなり詳しく見てきた。25年間の変化がよく分かった。というよりも、変わっていないことが分かった。

A君:しかし、日本はこの25年間で大きく変わりましたね。色々な意味で。

B君:まだまだ惨めな国という状態から、世界一の国になって、その後バブルの崩壊によって、再度惨めな国に戻った。実質的には、まだまだ豊かな国で、海外旅行が簡単にできるのはその証拠なんだが。

A君:精神的には惨めな国になりましたね。下手に米国流のシステムを無批判に導入するからこんなになるのですが。

C先生:今回、米国を回って感じたことの一つが、米国人には真面目な人間が増えたのではないかということだ。アーチーズという国立公園を見に行って、園内の歩道からちょっと外れて岩のアーチの下まで入ってしまったのだが、米国人は、決して真似をしないで、規則をきっちりと守る。交通ルールもきっちりと守る。

A君:以前、「横断歩道を渡るとき、車の来ない赤信号でも待っているのは、日本人だけ」、という話があったのですが、今や、「日本人は車が多少来ても、赤信号で横断歩道を渡るのは朝飯前状態」。

B君:豊かになると、精神的な余裕もでるし、また、昨年のテロ以来、米国人は一体感が出てきたのかもしれない。

C先生:そろそろ本題に入るが、米国人は、「自分達の暮らしが、時間とともに余り変化しないことを好む」。

A君:価値観なども余り変えないということですね。

B君:だから、エネルギー消費量などを気にする生活は貧乏くさくて嫌だという感覚がある。

C先生:ブッシュ大統領は、国民の支持を気にして、エネルギー消費を抑えて欲しいなどと言えなかったのだろう。もちろん、裏にメジャーを背負っているということもあるが。

A君:だとすると、米国は、しばらくこのままでしょうか。

B君:せめて、誰か、「米国よ、そのやり方は神の作った地球を滅亡させるぞ」、と言うべきなんだと思うが。

C先生:エネルギー消費を別にすれば、環境汚染的な意味からは、結構楽な国だ。しかし、さすがに分解速度の遅いPCB類の環境汚染はひどいようだ。ハドソン川にGEが流してしまったPCBは、未だに汚染がひどく、とうとう浚渫することになったようだ。

A君:一時的には、汚染濃度が高くなるのでしょうね。

B君:間違いない。

C先生:しかし、国土が本当に広いからか、大気汚染も余り気にならない。勿論、ロスアンジェルスは別。分解の遅い有害物質の汚染を除けば、環境関連事項は大体問題はなさそう。ゴミ問題などもまず起きない国だろう。

A君:二酸化炭素の排出で本当に温暖化が急激に起きると、南部は暑くて住めなくなりませんかね。

B君:ますますエネルギーをつぎ込んで、冷房をすればよいのさ。

C先生:米国が、世界の正義を気取っているうちは、京都議定書の枠組みに戻ることは無いだろう。彼らにとって、もっとも痛い指摘は、米国は不公正だという指摘だ。実際には、不公正なことをやっているのだが、それを公正という名のもとに行うという特技がある。

A君:京都議定書を無視して、自らの経済発展だけを目指すのは、不公正だということを先進国が声を揃えて言う。こんな状況が出てきて、果たしてどうなるかですね。

C先生:まあ、2012年までには、そんなことは起きないと読む。その時点で、二酸化炭素の排出量削減ができない国、あるいは、無駄な努力に終わったと思う国が、米国に対して猛烈に文句を言う。その国とは日本だが。

B君:それまでは、環境省版のシナリオA、B、Cのいずれにも当てはまらないで、現状のまま、あるいは、若干の変更で行くというのが読みですかね。

C先生:2012年に多少舵を切り始めたとしても、そんなにすぐには変わらない。だから、2030年ぐらいまでは、今と変わらないスタイルで行ってしまうのではないだろうか。多少、省エネなどという言葉が聞こえる程度で終わりそう。米国人の保守性からそんな気がする。