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  環境クズネッツ曲線  09.16.2001




 クズネッツ曲線なるものがある。経済学者サイモン・クズネッツの所得分配に関する逆U字型経験則、「経済発展の初期段階で所得格差は拡大し、その後、縮小に転じる」なるものと言われる。
 環境クズネッツ曲線というものがある。どうも世界銀行の1992年の発表以来有名になったもののようだ。横軸に経済的な規模を、縦軸に環境負荷をとってプロットすると、やはり逆U字型になるというもので、今、Editorを務めている環境科学会誌にも、広島大学の松岡俊二氏他が、成立する事例は限定的だとする論文を出している。「途上国の経済成長と環境問題−環境クズネッツ曲線は成立するか−」、11巻4号、p349〜362、(1998)。
 一方、インターネット上には、環境クズネッツ曲線に関して、肯定的な主張が多く存在する。さて、その実態はいかに。


C先生:今回の話は、先週版の「今週の環境」で述べたGEA(環境行動会議)で行った話に関連している。与えられた課題は、持続的発展のためにエネルギー問題をどのように解釈するか、であった。環境クズネッツ曲線なるものがもしも二酸化炭素の放出やエネルギーにも成立するものならば、限られた資源しかない状況下での人類の将来に若干の希望があるし、もしも無いのならば、社会的システムを作ることによって、そのような方向性を探る必要があるからである。

A君:環境クズネッツ曲線が成立するのは、SOxの場合に限るというのが、上述の松岡論文の主張です。NOx、CO2、安全な水の供給、衛生設備整備率、森林減少率などは、環境クズネッツ曲線は当てはまらず、直線的な関係しかないということです。

B君:それはそうだ。NOxだって、産業公害型の排出であれば、SOxと同様の傾向があっておかしくは無い。しかし、厄介なのは、NOxには交通公害型が存在することだ。これは、環境クズネッツ型になるとは限らない。

C先生:その通り。データとしてのNOxの推移には2種類ある。だから、単純にクズネッツ型になるとは限らない。両方の生データを図に示してみようか。

このデータを使えば、環境クズネッツ曲線は成立するだろう。

しかし、この交通公害型のデータを使用すれば、環境クズネッツ曲線はゆがんだものとなるだろう。

A君:SOxのデータにしても、日本なら日本のSOxデータを時系列的に整理すれば、それなりの曲線になるのでしょうが、世の中には、各国のデータを並べて、それから議論をしようという試みもありますね。

B君:図に示すのが、そんな例だ。SOxの場合だから、ある国については、環境クズネッツ型になるはずだが。横軸が対数になっていることには注意。もっとも、多くの場合、横軸は対数である場合が多いが。



C先生:これがなんとなく成立しているように見えるからまあ不思議なところ。各国の状況によって本来は違うはずだし、なぜ成立するかといった理由は余りないしね。しかし、大体のトレンドとしてはこんなものだ、という理解をする図としては悪くなさそうだ。

A君:エネルギーについて、同様の図を作ってみたのですが。これだって、一見クズネッツ曲線的だと見ることができませんかね。



B君:確かに、ちょっと目にはそう見える。だから、こんな図を書いて環境クズネッツ曲線が成立するなどという主張をしてしまうこともあるだろうな。インターネットを探してみると驚くことに、そんな自分の主張をしている経済系の学生や大学院生が結構いることだ。こんな研究をやっている学生が多いこと自体、ある種の驚きでもある。

C先生:環境クズネッツ曲線が成立するかどうか、それは各国の状況がどの方向に移動しているのか、個別に検討する必要がある。環境クズネッツ曲線に何か意味があるとすれば、それがある種のマスターカーブだからだ。マスターカーブかどうかということは、その曲線に沿って変化が起きるということが条件。

A君:なるほど。先ほどと同じ図ですが、曲線を入れないで、直線的に変化しているだろう方向を示してみました。曲線は結果的にそのようになっただけで、別に各国の状況が環境クズネッツ曲線的に変化している訳ではないようですね。


B君:米国は、このところGDPを生み出すのに必要なエネルギー量が減った。エネルギー効率が高くなった。それはインターネットのためだという人も言うし、そうではないという人もいる。

C先生:次に示す図が、最近講演の際に使用している図で、環境負荷には、「産業公害型」「消費型」という2種類があって、挙動が違う。「交通公害型」は中間に来る。いずれにしても、現時点で、GDPを増加させようとしたら、エネルギーの消費量を増やさなければならない、ということは日本のようなエネルギー効率が高くなった国においても真理だ。しかし、地球上での持続型の人間活動を考えると、エネルギー使用量を現時点の半分程度に削減しつつ、価値の創出は倍にするといったことが必要。これがいわゆるFACTOR4の思想だが。そうにでもならない限り、地球上での人類の生存には限界がある。


A君:などというと、自然エネルギーやバイオエネルギーがあるから、消費量の削減よりも、エネルギー資源の転換でよいのではないか、といった反論が来ますね。

B君:自然エネルギー、バイオエネルギーでは限界がある。現時点の全エネルギー使用量をカバーするのは難しいだろう。

C先生:発電衛星のようなものを作って、自然エネルギーの概念を拡大すれば、可能性があるのかもしれない。しかし、このような発想には、別の環境負荷の限界が来るような気がする。核融合にしても同様で、別の環境負荷、この場合には環境汚染というべきかもしれないが、付随するような気がする。当面は、化石燃料を大切に使うといった発想+自然エネルギー・バイオエネルギーの適正利用といった対応で行くのが賢いだろう。