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  環境ホルモン問題の最近の動向 09.02.2001




 「今週の環境」ではニュースがあるごとに取り上げているのだが、やはり、最近の動向をひとつの記事にまとめておく必要がある。これは、読者のためというよりも筆者自身のために。
 「環境ホルモン」問題は、当初五里霧中だったものが、最近かなり分かってきたと思う。現時点で議論の対象になっているものが以下のように限定されてきたからだ。
(1)ビスフェノールAの低用量効果について。
(2)DEHPの生殖細胞への影響
(3)ノニルフェノールの魚類ホルモン作用
(4)20歳代、30歳代男性の精子量が少ない
以下、この順で議論を行う。


C先生:現時点での環境ホルモンの情報を整理する。これまで今週の環境に掲載してきたものをもう一度、新しい知見なども入れて再度整理だ。

A君:それでは(1)から。ビスフェノールA(BPA)の低用量効果。そもそもこのBPAなる物質は、1930年代に合成女性ホルモンの研究が行われたときに、すでにそのホルモン活性が知られていた物質であったのですが、実は、DESのような強力な作用をする物質に比べると、効果が1/100以下なもので、「商品価値が無い」として見捨てられたものだったそうです。

C先生:しかも、その時代の女性ホルモン活性の有無をテストする方法が、最近の環境ホルモン騒ぎで結局もっとも確実な方法として再認識された。まあ、歴史は繰り返すというか、なんというか。

B君:要するにこんな方法。卵巣を摘出したマウスは、しばらくすると子宮が萎縮するらしい。そこで、テスト用の物質を投与して、サイズが戻るかどうか、これを調べるという方法なんだ。

A君:今回、BPAについて問題なったのは、予想された濃度よりも遥かに低濃度で女性ホルモン効果が見つかるという、米国のボン・サール教授の結果。これは、確実なテスト法で調べたというよりも、性行動というある意味で不確実性の高い方法で最初に問題になった。その後、この教授は研究能力が相当あるらしくて、他の研究者ではまねのできないような方法、マウスのスライスを作って臓器の3D的な形状を明らかにするという方法で、「BPAには低用量での効果がある」、と主張した。

B君:さらに問題なのは、そのマウスを他の研究者に公開しなかったこと。だから、再現ができない、とも非難された。

C先生:最近では、ボン・サールの実験も、再現可能なのではという雰囲気になってきた。しかし、いずれにしてもそのような作用を示すのは、妊娠初期に暴露された場合に限定される、ということは確実。

A君:ここで、2つの問題が出てきた。BPAが単に女性ホルモンとしての特性ならば、植物フラボノイドと呼ばれる天然のホルモン様物質がある。大豆などに多く含まれる。ざくろにも少量含まれるらしくて、美容食=機能食品として売られていたりする。これは安全なのか、ということ。

B君:ざくろで問題になったのは、ジュースか何かにフラボノイドが含まれているといって売っていたが、実は含まれていなかったからじゃなかったか。確か。

A君:もうひとつの問題は、それが本当に悪い効果なのか、さらにヒトに対してどうなのか、ということがなんとも言えないこと。マウスの場合に性行動が変わるとか、メスの成熟が早くなるといっても、それは、胎内で隣がメスなのかオスなのかでも影響を受けるという微妙な話しだし、さらに、それがヒトの場合にどうなのか。

C先生:さらにひとつ付け加えれば、ヒトに対するBPAの最大暴露量は、缶コーヒーが原因だということ。内部を塗料でコーティングをするタイプの缶飲料には、BPAが含まれてしまうのだが、ホットで飲む缶コーヒーに特に多い。これを妊婦が飲まなければ、特に問題は無いのでは、ということだ。あるいは例え飲んだにしても大豆を食べたのとどう違うか、ということ。このような情報を完全に開示することによって、自主的な判断に任せることで良い、という可能性もある。

B君:BPAを使っている缶飲料を追放すれば、われらがガラスリターナブルビンの復活か。まあ有りそうも無いな。環境NGO的発想でした!?!

A君:といったところに来ていて、まあかなり限定的な状況にはなってきた。当初の環境ホルモン問題で薄気味が悪かったのは、対象物質が絞られなかったことでしたね。それが徐々に実像が見えてきているのではないですか。

B君:一般に、幽霊の怖さは、「でるぞでるぞ」、であって、「3分後にあそこで出ますよ」、といわれれば怖さの90%は消えるからな。BPAもそろそろ見えてきたということだろう。

C先生:話題その(2)DEHPの生殖細胞への影響。最近、厚生労働省によって塩ビのおもちゃに対する規制が発表された。玩具のうち、赤ちゃんが使う「おしゃぶり」では、DEHPとDINP(フタル酸ジイソノニル)を使うことを禁止し、その他のおもちゃにDEHPの使用を規制した。新聞では、「環境ホルモン」としての規制であるという記事が踊った。

A君:しかし、実際には、これらフタル酸エステルは内分泌かく乱作用のために規制を受けている訳ではない、ということですね。

B君:そう。フタル酸エステルは、ビスフェノールAのような低用量でのホルモン作用が問題になっているのではなくて、ごく普通の毒性が問題になっている。ただ、非常に特殊な毒性であって、動物実験によれば精巣細胞に毒性が出る。それが問題。生殖細胞に対する毒性だから、環境ホルモンだ、というのがメディアの主張で、その理由として、環境省が作っている内分泌かく乱物質のリストというものがあって、70種程度の化合物の名前が挙げられており、DEHPはそこに入っているから。すなわち、メディアは、このリストに載っている物質を無条件に環境ホルモンだと定義している。その作用がどうのこうのということは問題ではない。

A君:ちなみに、この環境省リストから消えたのが、スチレンダイマー。例のカップ麺容器騒ぎで、容器が紙になりましたが、実は、無駄な変更だったということになります。

C先生:DEHPには毒性があることが知られている。そのADI(許容一日摂取量)は、40〜140マイクログラム/kg/日。DINPもごく最近150マイクログラム/kg/日に決まった。

A君:以前は、DEHPには発ガン性もあるとされていたのですが、最近詳細な研究が行われ、人間に対しては発ガン性ではないとの評価になった。マウスと人とはかなり感受性が違いますから。

B君:そう。関連して面白いデータがある。サルモネラ菌をつかった、突然変異物質(発ガン物質)の判定法であるエームズテストは、これまで広く使われている。ラットの肝臓をすりつぶして作った上澄み液と化学物質を混ぜ合わせ、サルモネラ菌に作用させて、突然変異の発生を調べる。この上澄み液に、脳死者の肝臓15人分を混ぜて作った平均的なヒトのテスト液を作り、テストをした。その結果は、次のようになった。数値は、発ガン物質としての強さを相対的に示していると考えればよい。

食品関連物質 ラット ヒト
アフラトキシンB1 77000 513
ニトロソジメチルアミン 5 28
ニトロソジエチルアミン 8
トリプP2(焼けこげ) 1385 疑陽性
IQ(焼けこげ) 15900 276
AF2(防腐剤) 13000 33000
大気汚染物質 ラット ヒト
ジベンゾアントラセン 533
ニトロピレン 276 951
3,4ベンツピレン 468 疑陽性

C先生:いろいろなデータが出つつあるが、やはり、ラットとヒトとは相当違うのだろう。100倍から1000倍という違いも有り得るようだ。

A君:このデータをみて、やはり、生物は歴史的に長い間なじんできた物質対しては強い。最近でてきた物質には弱い。

B君:アフラトキシンB1は、カビ毒だが、ピーナッツなどに生えるカビだから、ヒトにはまあなじみの深い毒だ。ラットは余りピーナッツを食べる機会が無かったのだろう。それに、一般にヒトの方が強いみたいだ。やはりヒトの方が悪食だし飽食なのだろうな。毒物や栄養過多に慣れている。

C先生:今回のデータには無いが、フタル酸エステルのような脂肪類似の物質については、ラットは弱いようだ。げっ歯類では、恐らく栄養失調に耐えることができる能力が生存にとって重要だったのだろう。飽食状態にあったことなど無いのだろう。もっとも、ヒトの場合だって、飽食状態にあったことなど、歴史的には無い。ごく最近の状況は、ヒトの劣化に繋がることは必定。

A君:話がちょっとずれましたが、DEHPなどについては、毒物ではあるが、内分泌かく乱性物質とは言いにくい、ということで良いですね。

C先生:今回の規制については、そう言える。おしゃぶりからのDEHP、DINPの赤ちゃんへの移行量については、大人が「何時間もなめて」テストをしたようだ。いずれにしても、今回の規制も、もともと安全な規制値をさらに超超安全にするために行われたと言えるだろう。

A君:それでは、(3)のノニルフェノールに話を移します。最近のニュースでは、8月3日の新聞によれば、次のような記事があります。 「ノニルフェノールでメダカが雌化」
 ノニルフェノールがメダカなどを雌化する効果があることが確認された。環境省曰く、「魚類については、環境ホルモンの作用があると断定してほぼ間違いない」。実験は、環境省が委託した民間の研究機関が実施した。メダカ60匹を5つの濃度の水槽にいれたところ、河川や湖沼など一般水域でも見られる濃度(1リットルあたり11.6マイクログラム)で、無作為抽出した13匹中4匹の雄の精巣に卵のもととなる細胞が発生した。
 また、メダカなどの実験では、細胞内にある女性ホルモンの受容体とノニルフェノールが、人に比べて約100倍の強さで結合し、かく乱作用の強さを裏付けた。
 さらに、実験から生物に影響がないとされる濃度は1リットル当たり0.6マイクログラムと算定。一般水域1574の調査地点のうち71地点で、この濃度をこえたことも分かった。
 ノニルフェノールは魚類を中心に、藻類や甲殻類など生態系に影響を与えている可能性があると同省は見ている。人への影響は、「ないか、あったとしても弱い」という。
 ノニルフェノールは、国内の生産量が昨年で1万6500トン。半分は、工業用界面活性剤用。

B君:というニュースだから、冷静に読めば、ヒトの感度が100分の1だから、ほぼ問題ではない。魚類に対しては問題だ、ということが読み取れる。しかし、放送になると、細かいニュアンスが全部消えてしまう。例えば、同日のフジテレビのノニルフェノール報道で、コメントをしたどこかの助教授のコメントがひどかった。「ノニルフェノールは、英国では10年前から問題になっている」、「ひとつひとつの物質の効果は少なくても、それが5種、10種とあれば、相乗効果で人への影響も出る」。それを聞いたアナと解説者は、「物質によっては、どんどんと蓄積されて10000倍にもなるものがある。やはりきちんと規制すべきだ」、などと、とうとうと述べたのだ。

A君:英国のノニルフェノールの話は、昔からある話。しかも、し尿処理水を含む下水中に残っている、ヒトの女性起源の17βエストラジオールが犯人だった。ノニルフェノールよりも、その方が強かった。

C先生:その助教授か誰かのコメントだが、環境ホルモンに関して、相乗効果が認められたという研究例でもあるのだろうか。教えて貰いたい。

B君:それに、蓄積されて10000倍にもなるというのは、恐らく、魚への生物濃縮のことだろう。これは物質に依存する。環境ホルモンリストに載っている物質がすべて同じではない。PCBは、5000〜20000倍に濃縮されるというが、ノニルフェノールは300倍程度だ。

C先生:繰り返すが、ヒトへの影響は、かなり考えにくい。

A君:しかし、ヒトに影響が無いからといって、放出を続けて良いというものではないですからね。

B君:環境省がそろそろ環境ホルモン問題の落としどころを探し始めているのでは無いか。ノニルフェノールは禁止するつもりなのでは無いだろうか。

C先生:そうかもしれない。魚類への影響が問題になって、ある物質の使用を禁止するということがあれば、それは極めて画期的。ひとつやってもらうのも良いなあ。
 一方で、こんな報道もある。
7月26日: 3環境ホルモン、検出河川減る 日経7月25日朝刊
 国土交通省は、国が管理している河川109を対象に2000年度に実施した内分泌かく乱化学物質の調査結果を発表。ノニルフェノール、フタル酸ジ−n−ブチル、ビスフェノールAの3物質が減少していることが分かった。ノニルフェノールについては、98年度の調査では131地点のうち66地点で検出されたが、00年度には、17カ所に減少した。一方、女性ホルモンである17βエストラジオールの検出地点は余り変わらないらしい。

C先生:やはり環境ホルモン騒ぎも、それなりに効果があったということだろう。まあ、ノニルフェノールについては、本当のところは規制で済む話だろう。単に、工場からの排出基準を作ればよい問題なのだ。

A君:この問題の本当の怖さは、女性ホルモンそのものの下水からの排出が本当に問題なのかどうかということでは無いでしょうか。もしもそうならば、これまでの下水道というものの意味付けが全く変わってしまう。

B君:政治的な意図をもってこれを問題にすれば、日本中の土木工事のやり直しができる。土建国家としての日本が再生される可能性があるのでは無いか。

C先生:どこかの環境活動家が読んだら喜びそうな話ではあるな。

A君:最後の話題、(4)20歳代、30歳代の男性の精子が減っているという話。何に比較してか、というと40歳代との比較。

B君:それは、われわれも毎度言っていることだが、中西先生などの研究の結果から、農薬起源のダイオキシン、PCBなどの放出は、1970年代にもっとも多かった。現在30歳ということは、ちょうど、1970年頃に生まれているから、その影響が見えてきたということなのではないか。

C先生:まあそうかもしれない。そうでないかもしれない。カルチャーが変化したということ、あるいは、あらゆる情報があふれている社会になったということ、食物が変わったということ、特に脂肪質の食事が増えていることと、偏食によって亜鉛などの微量元素の摂取量が減っていること、などなど解析すべき要因が多すぎて分からない。
 現時点でまずやるべきことは、若者の偏食を治すこと。ミネラルバランスを考え直すこと。といっても、亜鉛はもともと毒物で、必要量と有害量の間のマージンが小さいので、サプリメントの利用は危険だろう。
 この問題だが、20歳代、30歳代の人達には、それこそひとごとではないから深刻かもしれないが、現在の生殖医療の進歩で、極端に言えば、精子はそれこそ数匹(個)あればよい時代になったから、まあ、解決可能な問題だとも言える。

A君:以上で大体全部カバーしました。

B君:解決に向けて方向性が定まってきた。

C先生:ただし、解決に向かったとして、日本における研究がどれほど寄与したのか。多額の予算を使ったそれぞれの研究チームが、一体何を出したのか。「問題解決のための環境研究だ」といって予算を獲得したが、自分の興味だけで研究を進めなかったか、などなどの検証すべきことは非常に多い。言い換えれば、環境ホルモンも、これからは、別のフェーズでの問題になっていくことだろう。これらの問題はさらに分かりにくいので、今後、アンテナをしっかりと伸ばしておく必要がある。